徹夜の議論の行方
帝国の首都は新都という都市。
そこに神教の本拠地となる神殿がある。
その神殿では激論が続いていた。
「……ねむい」
エウロバは椅子に座りながらイラついていた。
「エウロバ様、一度戻られた方が……」
既にエウロバが議論を見守ってから2日経っていた。
寝ずに議論しているのだ。
「このバカ共はなんでこんなに議論が好きなんだ……」
そしておもむろに自分の腋を嗅いで
「くさっ!」
その光景に少し苦笑いするジェイロウ。
2日水浴びしないのはこの世界にはよくある事なのだが、エウロバは綺麗好きで毎日水浴びをしていた。
「終わりそうにないな。一度水浴びして仮眠する」
「そうされてください」
エウロバ達が立ち上がり去るが、神教の議論は収まる気配はない。
現神皇か、元神皇か。
元神皇の処分に反対する意見はかなり根強かったのだ。
どれだけ罪を列挙されていても、それでも強行に反対する。
神殿の中には現神皇もいる。
まだ議論には一言も意見を言わず、背を向けて祈っていた。
(どうでもいい。神が決めることだ)
祈ることしかしない現神皇。
現神皇派もその態度に不安を持っていた。
そんな中、天井から見守る女性。
「えーーー。私ほんとうにやんのーーーー」
龍族エールミケア。
フェルラインから「半裸で誘惑してこいよーー」とか笑いながらおちょくられていたが、情報を集めるに従ってフェルラインは本気になっていった。
「……マジで元神皇の糾弾に失敗するかもしれないわね……」
現神皇と元神皇の派閥。
龍姫はさすがに元神皇の悪行公開で、元神皇派は勢いを無くすと思っていたが、実際は拮抗どころか未だに元神皇有利。
理由は現神皇が祈ること以外なにもしないから。
「姫様がキレたらどーーーすんのよ。ミケア、半裸で行って教皇励ましてきなさい」
と送り出した。
半裸はともかく、フェルラインの意図はエールミケアは汲み取っていた。
要はこのままでは元神皇の処断が出来ない。
そして元神皇と現神皇の争いになれば、野心の無い現神皇は降りる。
そうなったらどうなるか。
エールミケアも深刻さは理解していた。
そしてこの会議の不自然さも感じ取っていた。
(……洗脳されてるっぽいのが混ざってるな)
エールミケアは諜報。
人を観察するのが仕事で、そういう人間の見分けができる。
「……なんか自然にかかりすぎって感じかな? こんなことできるの誰だ?」
見たかぎりで数十人が洗脳され元神皇の擁護をしている。
そうなれば現神皇派が不利になるのは当然。
『私じゃないですよー』
当然頭に響く声に苦笑いする。
聖女ミルティア。
『ろくでもないのに付きまとわれてますね、あなたのご主人様。私が出てってもいいですけど』
ミルティアの言葉にエールミケアは色々察する。
「……ああ、うん。理解しました」
そのままフェルラインに遠距離会話装置で会話。
『はーい。どう? 勃起させたー?』
「真面目な話で~す。元神皇の勢いの理由が分かりました。洗脳です」
『誰がやらかしたの?』
「ドラゴンでしょうね。人間のやれることではないです」
「龍姫様、お話が」
エールミケアから連絡を受けたフェルラインはすぐに龍姫の元にいった。
龍姫には常に龍族が付いている。
勝手に順番を変えて入ることは通常無い。だがそれを知り尽くしているフェルラインが敢えてやるということは緊急事態。それは龍姫も理解しておりすぐに
「入りなさい」
許可が出る。
フェルラインが扉を開けると、そこには全裸の龍姫と全裸のユレミツレ。
護衛筆頭の龍族。
次世代のリーダーは諜報のエールミケアか、このユレミツレか? と言われている。
二人は抱き合ったまま
「なにがあったの?」
龍姫の姿をジッと見ながらフェルラインは口を開く。
「……姫様、現状をまずはお知らせします。元神皇の弾劾ですが、想定以上にうまくいっておりません。現神皇の体制作りが遅れている、というのもあるのですが、他の理由をミケアが探りあてました」
眉がつり上がる龍姫。
「……何者? 今の聖女、ミルティアがやるとは思えないけど?」
「はい。ミケアはかなり確信を持って『ドラゴンの仕業』と言っておりまして……」
その言葉に立ち上がる龍姫。
「……ど、ドラゴン? あのバカドラゴンが、こんな手の込んだことをやるわけがない。となるとゴールドドラゴンか……?」
顔を真っ赤にして怒りに震える龍姫。
「姫様、どうされますか?」
隣にいるユレミツレが静かに聞く。
どうするか?
龍姫に害をなす存在を消し去るのが護衛筆頭の仕事。
「……話をするわ。あいつを殺すとなれば、龍族全部を引き連れないと戦えない」
そのまま衣服を着るような仕草をして、ユレミツレとフェルラインが着せていく。
ちょうど服を着たところで
『気付かれたとは。龍族を舐めすぎたかな?』
部屋に響く声。
フェルラインとユレミツレはすぐに戦闘体勢を整える。そして
「全員起床!!! 敵に警戒しろ!!!」
フェルラインが館にいる龍族全部に呼びかける。
「……正直、信頼はしてなかったけど」
龍姫は怒りに震えた声で話しかける。
『もう信仰などどうでもよかろう。本能のままに殺し合うほうが幸せだぞ?』
「ドラゴンに私の幸不幸など決められてたまるかっっっっ!!!!!!」
牙を剥いて怒る龍姫。
それに合わせ
『ビリッッッ!!!』
服が破れていく。
龍姫の肌が鱗に覆われ、全体的に膨れ上がるように巨大化していく。
ドラゴンのフォルムに変化しようとした矢先
「ひめさま!!! お怒りを一度鎮めてください!!!」
慌ててフェルラインが飛び込み龍姫に抱きつく。
「…………っ!」
龍姫は人型に戻る。
『聖女は厄介だ。この大陸に来られては困る』
ゴールドドラゴンの語りに
「……それで、私に戦わせようと……? 本当に陰険ね。あのバカドラゴンの方がよっぽど好感度高いわよ……?」
龍姫は破れた服をつまらなそうに放り投げ
「……私は人よ。ゴールドドラゴン。身体はドラゴンでも、こころは人」
『それで、そんな脆弱な神に縋っているのか? それが人間の時の証か?』
ゴールドドラゴンの問いかけに
「だまれ!!! クソトカゲ!!! 黙っていればいい気になるな!!! 御許可頂き次第貴様を解体するぞ!!!!!」
ユレミツレが叫ぶ。
『ふん。龍族風情が……と言いたいが。その龍族にあっさりと策を見破られた我が言う話ではないな。敵を舐めたものから死んでいく。よく警戒しておこう。メイル、洗脳は解こう。だが聖女の進出は避けねばならない。そのことに変わりはない』
「やかましい、帰れ」
そしてゴールドドラゴンの気配は失せた。
「姫様」
「エールミケアに通達しなさい。洗脳は解かれたと。その上でも元神皇が勝つようならば」
「……勝つようならば……?」
「エールミケアとユレミツレの二人で、上層部を皆殺しにしなさい」
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フルノルゼへの宣戦布告。
これが済んでから戦争なのだが、使者から手紙が何度も連絡があった。
「意見が決めきれていないそうで……」
「みなしで、布告とするわよ。帰ってきなさい」
グズグズしている間に援軍を呼んでいるかもしれない。
フルノルゼの隣国には援軍に出せそうな国は無いが、遠くからならあり得る。
「タチアナ様、今はフルノルゼは大混乱しております。国の上層部は元神皇についているのですが、龍姫の発表した元神皇の悪行に信徒がキレているそうです。内乱寸前とのことで……」
「最高のタイミングね。グラドニアと比べたら狭い国土。一気に攻めるわよ」
1000しかいない部隊。
残りは北に残している。
でもさほど心配はしていない。
フルノルゼの混乱は確実なものだ。揺れる国を攻めるのは容易い。
私たちは一気にフルノルゼの王都目掛けて襲いかかった。
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既に討論は五日目。
未だに結論は出ない。
流石に入れ替わり立ち替わりで睡眠や休憩を挟んではいたが。
「……もう、決めろよ」
欠伸をするエウロバ。
「……私以外の4将軍なら、もう斬り込んでますね」
洗脳の話はこの二人は知らない。
だが、途中から流れが変わったのは感じ取っていた。
「……このままいくと」
「……現神皇で固まるのは決定的です。ただ、元神皇の処断まで踏み込めるかどうか」
元々この話は、元神皇の処断を決めるものだった。そこから元神皇と現神皇の派閥争いに発展したのだが。
今は、元神皇をもう一度復帰させるという案はなくなった。だが処断には未だに反対意見が多い。
しかし
「もう十分だろう」
初めて、会議で現神皇が口を開く。
皆が黙って現神皇を見る。
「五日に渡る有意義な議論は今後の神教の運営に良い効果をもたらすであろう。議事録係り、しっかり残すように。その上でだ。元神皇の待遇に関して」
皆が喉を鳴らし、教皇の話に注目している。
「神教の規律違反は神が裁くものだ。私たちが裁くものではない。だから神教の教えを元にした処断案は全て却下する」
みなはビックリした顔で見つめる。
対立している元神皇の罪は全て却下。
「だが、世俗の法、こちらを誤魔化すことはしない。つまりだ、皇帝の子の暗殺は、例え赤子、胎児の段階でも死罪対象。我々神教は、帝国からの超法規的優遇を受けていたが、今回はそれを使わない。元神皇は、そのまま引き渡し帝国の法で裁いてもらう」
『ザワッッッ!!!』
一気に皆が声をあげる。
「……つ、つまり!?」
声をあげた一人の声を引き継ぐ形で
「我ら神教は元神皇の罪に対し、世俗の法での取締を求める。その結果には口を出さぬ」
そこまで言った段階でエウロバは席を立った。
「エウロバ様」
「話は決まった。後はこちらでやることだ」
そして天井にはっていたエールミケアは心から嬉しそうに
「やったーーーー!!! 色仕掛けとかしなくても判断したーーー!!! セーフ! 半裸セーフ!!!」
そして遠距離会話装置に向かって
「現神皇が議論を打ち切りました! 世俗の法で元神皇を裁くとのことです!!!」




