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流行病の出所

 ヘレンモールはディマンド公国に着いた。

 だが、そこでの雰囲気は最悪だった。

「……指揮権の集中はあったほうがいいにしても、それを他国の人間にやらせるなど聞いたことがありません。当然そのようなことを求める気もない」


 神教の人間が、指揮権をヘレンモールに集中させると話をしている。それは軍の中で広がっていた。


 ヘレンモールは到着するなりその現状を認識してすぐに、軍のトップと話し合っていた。


「では、我らに従うと?」

「援軍が勝手に動いては戦いになりません。過去に我らは何度も連合軍としてアラニアと対峙していますが、一度たりとも指揮の優越権などうけたことはありません」


 実際、アンジ公国のガダベニルとヘレンモールの二人は他国から尊敬されていて、連合軍となると自然にアンジ公国をたてる指揮をしていたからなのだが。


 当然ヘレンモールもその実情は知っている。

 知った上でも

(そもそも不慣れな海戦で指揮権を預けられても困る)

 ヘレンモールはあくまで援軍。


 海戦で敗れた際に、上陸戦で撃退しようと考えていた。


(しかし、神教の害は深刻だ。今回のアラニアの帝国本国占領も、上手く動けば止められただろうに……)

 口出しはするが、その口出しが中途半端。

 個別に動いて撃破されてしまうの繰り返し。


「今回の援軍もそんなに意味があるのか……」

 ヘレンモールから見れば、どちらにせよ海戦では役にたたない。

 上陸戦の時に呼ばれても間に合ったはずだ。


「そもそもディマンド公国は、アディグルと緊張状態にあった。軍の緊張感は並みの国より遥かにマシだ」


 帝国内で暴れまわっていたアラニア。

 アラニア付近の国々は緊張状態になっていたが、アラニアから遠い南方と西方の軍は友好国に囲まれて使い物になる状態ではない。


 帝国内で援軍が必要となる海岸の国など他にも沢山あるのだ。


「南方にはアラニアが進出している。となると……」

 オーディルビスは南方から、西方を回ってディマンド公国に来る。


「ヘレンモール様!!! こちらにいらっしいましたか!!! 大臣がお呼びです!!!」

 兵士が呼びにくる。


「……大臣が……?」

 ヘレンモールはあくまで援軍。

 大臣が話をする必要などなかったのだが。


 そのまま城に入ると、ディマンド公国の大臣ロウブラントが青い顔をしたまま部屋に案内する。


「ロウブラント殿? どうされました?」

 ロウブラントが慌てているのはすぐに分かった。だが理由が分からない。


 まだオーディルビスが着くには早すぎるからだが。


「……ヘレンモール殿。今グラドニア公国から緊急の連絡が来ました。オーディルビスはグラドニア公国の軍港、サリルハンドを占領したそうです」

 その言葉にヘレンモールも顔を青くする。


「軍港を占拠したということは武装と食糧がより潤沢になるということ。我らの防衛は大丈夫でしょうか……?」

 ロウブラントの問いかけに


「正直オーディルビスは元々十分な準備をしてから攻め込んできた筈です。食糧、武装が足されたたしても情勢にそこまで影響はない。それよりも問題なのはグラドニア公国です。グラドニアはエネビットと戦いボロボロにされたはず。この状態で攻められるなど……」


 そしてすぐに気付く。


「オーディルビスはグラドニアにも宣戦布告をしていたのですか? していなければ重大な条約違反です」


 各国、戦争時には宣戦布告をする必要があると決められていた。これを破ると罰則は酷い。

 アラニアですらこれをしっかり守っていた。

 この世界は貨幣価値を安定化させるために、どんな劣悪な関係になろうと、金貨、銀貨、銅貨の発行、交換は確実に行われてきた。


 だが、宣戦布告無しの戦争だけは例外で、貨幣の交換が出来なくなる。

 これをされると財政が破綻しかねない。


「それが、グラドニアから宣戦布告が為されたようです」

 なにやってんだよ、とヘレンモールは頭を抱える。


「グラドニアから援軍の申し出がありそれを受けました。ところがその援軍がオーディルビスとぶつかり、敗北したそうで……」


 ヘレンモールは口をパクパク動かしている。

 声がでなかったのだ。


「……ま、まずい。グラドニアの海軍が無力化したということでしょう? 援軍は恐らく海軍の全勢力で向かっている。それが敗れて軍港を占拠された。軍港なんて要塞ですよ? 要塞に籠もられたら勝ち目など無い。間違いなくそこがオーディルビスの拠点となる」


「軍港を拠点にされる。そうするとマズいですか?」

「マズいなんてものではありません。オーディルビスは遠国。撃退出来ればしばらく来れない。ところがグラドニアの軍港に拠点があれば、そこで立て直してこれる。絶対に占領しないと終われない戦いと、ある程度ダメージ与えればそれでいい戦いとでは、難易度が違います」


 ヘレンモールにとっては「海戦は負けていい。上陸戦で勝てばいい」というスタンスだった。拠点さえ作らせなければオーディルビスは引き揚げざるをえない。

 それを狙っていたのだが


「戦いの前提を変える必要があります。最悪はグラドニアの援軍にいくしか……」


 =====================

 グラドニアの軍勢は、軍港サリルハンドに向けて全軍集結しつつあった。

 だが、遠巻きで見守るだけで攻めたがらない。


(……エネビットと同じようにやりすごせないか)

 エネビット公国との戦争でグラドニアは大打撃を受けた。


 だが、戦死者は殆ど出ていない。

 みな降伏したのだ。

 この投降により、グラドニアは多くの武装と食糧を失った。


 今も陸軍は武装が足りず、鎧を付けていない兵士が殆どだった。


 鎧が無いということは、城壁から飛んでくる矢はどこに刺さっても致命傷になりかねない。


 盾の数も少ない。

 この状況ではグラドニアの兵士は攻城戦などやりたがらなかった。


 そしてなによりも将軍が問題だった。


「なんで戦など……」

 率いる将軍はコネと汚職で身分をもらった人間ばかり。

 あくまでも将軍職はお飾りであり、命懸けの戦いをする気などなかった。


「王が言うから仕方ないが……」

 仕方なく集まっている軍隊。

 それが故に攻めることも出来ない。


 グラドニア軍はサリルハンドを、矢が届かない、離れた範囲でぐるりと囲むことになった。


 =====================

(タチアナ視点)


「討って出てもいいと思ってる」

「しかし、タチアナ様」

 ディルアルハと話し合い。


 今は緩やかに囲まれている。

 ここから見ても明らかだ。グラドニア軍の士気の低さはあまりにもひどい。


「一撃打撃を加えてまた戻ればいい。あの士気の低さで、一か八かの突撃などすると思う?」

 味方が城壁に戻る時に追撃されれば終わる。


 だが、こいつらがそんな賭けをする? と思う程度には酷い。


「困るのが他国が海から攻めてくることだ。そうなると挟み撃ちになる。ここでグラドニアの陸軍を迎撃しておけば、今後の戦は有利になる」


「タチアナ様。一撃を加えたとして、それが思い通りの形になるとは限りません。また態勢を立て直されたら泥沼の戦いになります。一撃を加えて壊滅状態になれば良いですが、逆に本気になるかもしれません」

 なるほど。


「とは言え、この状態をそのままにしておくのは惜しいわ」

「……そうですね……その。これは策にもなっていませんが」

 ディルアルハは少し困った顔をしながら


「結局彼らが本気になるとしたら家族を守るなどでしょう。流石に王都が陥落などになれば本気を出す筈です。逆にこの状態ならば士気は上がらない。となると街と無関係の場所を占拠する分にはこのままでしょう」


 街と無関係の場所。


「軍備のある場所か」

「はい。海軍の軍港は抑えました。次は陸軍の拠点を占拠する。これをすればグラドニアは武器が足りなくなります。武器が不足した軍隊は恐れるに値しません」


「よろしい。それで動きなさい」


 =====================


 帝国本国にいるエウロバは、ジェイロウから報告を聞いていた。


「ドクドレのスパイはオーディルビスとディマンド、そしてグラドニアに潜んでおります。その報告によれば、オーディルビスはグラドニアの占拠に目的を変えたとのことです」


「なぜそうなる? ミルティアからは聞いてはいるがな。グラドニアとディマンドの共通点はなんだ?」


「はい。どうもタチアナは兄から頼まれ『疫病の出所』を探すために戦を始めたようです」


「……疫病……? ああ、オーディルビスの王族が亡くなった流行病か」

「はい。どうもあれは帝国、ひいては神教の陰謀ではないか? と兄は疑っているそうで」


「マザーファッカー。そんな都合のいい流行病はやりやまいがあってたまるか」

 エウロバは呆れたように言う。


「タチアナも半信半疑の状態とのことです」

「そんなもんがあれば真っ先にアラニアに試してるだろ」


「……ま、まあ。一応アラニアは神教の信徒も多いですから……」


「あの流行病は、親父が珍しく帝国本国に『今すぐ海上封鎖しろ!!! 病が大陸に上陸したら止めようがないぞ!!! 急げ!!! ボケナス共が!!!』と正論言ってやらせたものだ。あれが無ければ普通に帝国にも来てたぞ」


「……ああ。あれですね。チンコ丸出しで怒りながら転移したやつ……」

 ジェイロウは遠い目をする。


 テディネスはエウロバの父。

 既に亡くなっている。

 ジェイロウはテディネスの部下で、この時も同行したのだが。


「テディネス様は粗暴に見えても、流行病には敏感に対応していましたからね。ソレイユ様は毒を愛用されていたそうで、そのことから、病の恐ろしさは身にしみていたとよく言っていました」


「毒、か。流行病と毒は似ているのか?」

「私は素人です。分かりかねます。ただ、テディネス様は『毒も病も同じだ』とは常々言っておりました」


 エウロバは少し顔をしかめ

「……だとすると、可能性はあるのか?」

「分かりかねます。率直に申しまして、そこの判断は我らには不可能です。頼るとすれば」


「龍族、龍姫か。おばあ様も龍族だ。ご存知だろう」

「はい。フェルライン様ならばご存知かと」


「よし、聞き込め。正直オーディルビスの動きは有り難いが、コントロール出来なければ意味がない。今のうちに探るのだ」


「はっ」

 ジェイロウは跪いた。

 その瞬間。


「いやー。どうもどうも」

 ジェイロウの背後に、唐突に女性が現れる。


 エウロバもジェイロウも動じない。

 その声を知っているからだ。


「エールミケア様。相変わらずの気配ですね」

 ジェイロウは振り向かず言う。


 世界最高の諜報と言われる、龍族エールミケア。


 彼女が本気を出せば誰にも捕捉されない。

 ありとあらゆる情報を盗み出してしまうのだ。


「先に答えを。龍族は流行病が人為的なものだと掌握出来ていません。あれはテディネスの進言がなければ、我々が忠告していました。もしテディネスと我々が無視していれば、帝国本国に病は上陸していたでしょう。リスクが高すぎる。とても人為的とは思えない」


 エウロバは頷く。


「しかし、それとは違う話もあります。神教の腐敗は酷い。そう、その腐敗ぶりの問題です」

 跪いているジェイロウが顔を上げる。


「……ま、まさか?」

「はい。帝国本国に病をバラまくような人間が、神教にはいます。今龍族チャズビリスが容疑者に尋問をしているところです。それまで少々おまちください」


「……それは、それは有り難い。エールミケア殿は食事が好きでしょう? 果実でも食べられますか?」

 エウロバの誘いに嬉しそうに笑うエールミケア。


 だが

「いえ。有り難い誘いですが。チャズビリスの尋問にかかれば口を割るのはすぐです。もう報告が来ます」


 そして、エールミケアの持っている遠距離会話装置から声が漏れてくる。


『ミケア。チャズが口を割らせた。黒だ。間違いなく、毒をバラまいたやつがいる』


 エウロバの目が開かれる。

 ジェイロウも震えていた。


「……やっばい名前が出てきそうですねー……」

 エールミケアは苦笑いをする。


『ああ。マズい。龍姫様がキレている。この毒をバラまいたのは』


 漏れ聞こえる声は冷静だった。冷静な声のまま

『神教のトップ。前神皇のフェイラルノルジェだ』

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