【コミカライズ】転生王子は悪役令嬢を溺愛するのに忙しい
「公爵令嬢エリカ・マグノリア!あなたの罪を告発します!」
学園主催の夜会で突如大声を上げたのは、得意げに広間の真ん中に立つ子爵令嬢。そして彼女を守るように立つのは、俺の側近候補の男子生徒、ポールとロバートだった。
「……突然なんだ?」
呆れて問えば、目に涙を浮かべた子爵令嬢が俺に縋り付いてきた。
「リヒトロメオ様!あなたは騙されているのです!その女は悪女なの!」
「……離せ」
愛しのエリカのエスコートに両手を使っていた為、俺は仕方なく子爵令嬢を足蹴にして引き剥がすしか無かった。少し野蛮な方法なのでエリカの前でやりたくはなかったが、エリカ以外の女にくっつかれるよりはマシだ。
「きゃあ!ひどいわ、みんな見たでしょう!?あの女が私を蹴り飛ばしたのよ!」
演技がかった涙声で悲鳴を上げ、エリカを指差す子爵令嬢。俺は冷静にツッコんだ。
「いや、その目は節穴か?お前を蹴り飛ばしたのは俺だろ」
「で、殿下!酷いではないですか!レディを蹴り飛ばすなど、やはりその女に影響されて……」
子爵令嬢を庇うように前に出てきたポールは、どうしてもエリカを悪者にしたいらしい。しかし、そんなことはこの俺が許さない。
「ポール。俺の愛する婚約者であり、公爵令嬢であるエリカを"その女"呼ばわりとは、お前は何様だ?」
「……っ!」
睨み付けるとポールは唇を噛んで押し黙った。その間にロバートに助け起こされた子爵令嬢は、再び泣き真似を始めた。
「今日だけではありません!私は、前からエリカ様に嫌がらせを受けてきました!私の教科書を破かれたり、物を隠されたり、身分が低いと罵ったり、階段から突き落とされて怪我を負わされた事もありました!そんな悪女が王子殿下の婚約者でいていいわけがありません!私はエリカ様の悪事を告発します!」
「我々も殿下の側近候補としてこの事態を重く受け止め、リリスの告発を支持します!」
「エリカ様は殿下に相応しくありません!今すぐ婚約を破棄すべきです!」
悲劇のヒロインぶる子爵令嬢とまるでヒロインの騎士になったかのように振る舞う馬鹿どものその物言いには、呆れを通り越して感心するばかりだった。いくらゲームの強制力とは言え、よくもまぁこんなにデタラメなことができたものだ。
「エリカ。一応確認するが、心当たりはあるか?」
この状況に驚いたであろうエリカを気に掛けながら問うと、エリカは戸惑いつつも首を横に振った。
「いいえ。まったく何の事を仰っているのか、わかりませんわ。婚約破棄だなんて……と言うか、あのご令嬢はどなたでしたでしょうか?」
真面目な顔で考え込む愛らしいエリカに、俺は思わず笑ってしまった。
「……ぷくく、そうだな。エリカは普段、俺しか見えていないものな。隣の隣のクラスの紹介も受けていない子爵令嬢のことなど、眼中にすらないよな。」
「な、なんて事を仰るのですか!それではまるで、私が恋に溺れリヒト様に夢中すぎて盲目になっているようではありませんか!」
「違うのか?エリカは俺と同じように、この恋に溺れてくれているんじゃないのか?」
「ちがっ……わなくも、なくはない、かもですわ……」
からかうと、エリカは真っ赤になって俯いた。かわいい。俺の婚約者は今日も途轍もなく可愛い。
思えば初めて会ったあの日から、卒倒するほどに可愛かった。
俺には前世の記憶がある。記憶が戻ったのは、エリカとの婚約が確定した8歳の時だった。婚約者と顔合わせをすると聞かされた時、唐突に前世を思い出し、ここが前世で妹がプレイしていた乙女ゲームの世界であると気付いた。
そしてこのゲームにはヒロインと悪役令嬢が登場し、自分が攻略対象の王子であることも知った。ゲームの中で悪役令嬢だったエリカとの婚約に不安を覚えた俺は、顔合わせの前にエリカの本性を探ろうと、エリカを監視することにした。
忍び込んだ公爵家で俺が目にしたのは、愛猫に向かい何度も自己紹介を繰り返すエリカの姿だった。どうやら俺との顔合わせに向けて練習しているらしいその姿は死ぬほど可愛く、猫に向かって時に高飛車に、時に弱々しく、上から目線だったり下から目線だったり、笑顔だったり無表情だったりと、とにかく色んなパターンの自己紹介を練習するエリカの健気さは俺のツボに刺さりまくった。結果として俺は、ゲームの事なんか気にせず彼女を愛そうと誓ったのだった。
と言うのも、妹の話を聞いてずっと思っていたのだが、なぜ乙女ゲームの攻略対象は婚約者がいながらヒロインに浮気するのか。そんな事をすれば婚約者が怒るのは当然で、嫌がらせは別にしても、修羅場に発展するのは当たり前じゃないか。そんなの浮気男が一番悪いだろ。俺は絶対に浮気はしない。愛するなら一途にその人だけを愛する。
そう決意した直後、予定通り行われた顔合わせ。エリカが緊張でパニックになり、顔を真っ赤にして高飛車で支離滅裂な自己紹介をした瞬間、俺は雷に撃たれたかのように一生エリカを愛し抜こうと心に誓った。かわい過ぎた。あんなに練習してたのに、いざと言う時に気負い過ぎて悪い部分ばかり出てしまった不憫なところも、終わった後、失敗を引き摺り落ち込む姿も引っくるめてかわいくて仕方なかった。
それから8年、愛情深く健気でちょっぴり天然で不器用なエリカのやることなすこと、全てが俺のツボに入って愛は深まるばかり。不器用な傷だらけの手で刺繍入りのハンカチをプレゼントしてくれたことも、猫に向かって夜な夜な俺の事が好きなのに素直になれないとお悩み相談しているところも。全てがかわいい。
俺がただの王子であれば、初対面の挨拶から失敗し、不器用で天然で素直じゃないエリカを誤解していたかもしれない。しかし前世の記憶を持つ俺は、そんなエリカの全てが可愛くて仕方ない。更には8年という歳月を経て、より俺好みにエリカを成長させた。自分をよく見せようと派手派手に着飾っていたドレスや化粧を直してやり、今ではすっかり清楚な見た目のエリカ。こんなに可愛い俺好みの婚約者がいるのに、ヒロインに浮気する男の気が知れないと、ゲームの内容などもはや記憶の遥か彼方へ忘れ去っていた頃に現れたのが、ゲームのヒロインの子爵令嬢だった。
「殿下!リリスの話を聞いて下さい!」
思い出に浸っていると、ロバートの声で現実に引き戻された。
「あー、なんだったか。嫌がらせ?どれもこれも俺のエリカがするとは思えないが」
「殿下の前では猫を被っているのです!リリス、他にもあるんだよな?辛いだろうが、話してくれ」
ロバートに促された子爵令嬢は、話を続けた。
「そうです!私、エリカ様が宿舎に連れて来た猫に傷付けられました。私は動物が大好きで好かれやすいのに、こんな事は初めてです!あれはエリカ様が仕込んだ事に違いありません!」
手に出来た引っ掻き傷を見せびらかす子爵令嬢に、俺は苛立ちを覚えた。どこまで愚かなんだ。
「俺はその時その場に居合わせたが、あれは子爵令嬢の自業自得だ」
この件に関しては腹が立つので言わせてもらう。俺はあの時の状況を思い出しながら懇切丁寧に説明した。
「そもそも、子爵令嬢は動物好きを自称しているようだが、俺はそれすら許せない。子爵令嬢はあの時、残酷にもエリカの愛猫フランチェスカテリーナを撫で回していた。わしゃわしゃと、犬を撫で回すように激しく」
「そ、それの何が悪いのです?可愛がってあげていただけです!!」
「君は馬鹿なのか?フランチェスカテリーナは犬ではない。猫だ。可哀想なフランチェスカテリーナ……あのようにしつこく撫で回されれば嫌がるのは当然だろう」
「そんなことありません!だってあの時、あの猫ちゃんは尻尾を振りまくってました!あんなに喜んでたのに、急に引っ掻いたんです!エリカ様が何か合図をしたに決まってます!」
子爵令嬢のあまりにも頭の悪い発言に、俺は目眩すら覚えた。
「君は犬と猫の区別がついていないのか?確かに犬は嬉しい時に尻尾を振る。しかし、猫が尻尾を激しく振るのは嬉しい時ではない。苛立っている時だ」
「……え」
「あの時。フランチェスカテリーナは明らかに君の乱暴な撫で回しに苛立っていた。犬ならばああいった撫で方を喜ぶ事が多いが、猫にあの撫で方は禁物だ。大抵は噛まれて引っ掻かれて威嚇されて逃げられる。しかしエリカのフランチェスカテリーナは行儀の良い猫。初対面である君のあの撫で方に耐えていた。尻尾で苛立ちを表現しつつ、極限まで耐えた。エリカもフランチェスカテリーナの様子に気付き君を止めようとした。にも関わらず、君はエリカを無視して嫌がるフランチェスカテリーナを調子に乗って撫で回し続け、結果として我慢の限界に達したフランチェスカテリーナは君に猫パンチをお見舞いしたと言うわけだ。猫に対するあのような横暴、フランチェスカテリーナでなければ、そんな傷では済まなかったぞ」
「え? だ、だって喜んでると思ったから……えー?猫ってそうなの?私、犬派だし!そんなの知らないし!」
愚劣な脳みそでは理解が追い付かないのか、子爵令嬢は反論するばかり。
「お前が犬派かどうかなど、フランチェスカテリーナには関係ない。可哀想に毛を逆撫でされてさぞ不快だったろうに。動物が好きならそれくらい勉強しておけ。自分の愚かさと自業自得の根拠がこれで分かったか?因みに猫は気まぐれな動物。犬とは違い、訓練するのは難しい。いくらエリカのフランチェスカテリーナと言えど、必ずエリカの指示に従うとは限らない。エリカがフランチェスカテリーナに君を襲わせたと言うのは到底無理な話だ」
いい加減相手をするのも疲れてきた。とっとと詰めよう。
「1つ聞くが、エリカが嫌がらせをしていたとして。その動機はなんだ?」
俺の問いに、いち早くポールが声を上げる。
「そんなのは決まってます!エリカ様はリリスが殿下と仲良くしている事に嫉妬して……」
と、そこでポールは言葉を切った。ロバートも違和感を感じたのか、微妙な顔をしている。そしてこれまでのやり取りを聞いていた周囲の者達も、一様に首を傾げた。
「子爵令嬢と俺が、仲良くだと?それはいったい、いつの話だ?どういった経緯でそんな誤解が生まれた?俺は今まで一度だって挨拶以外の会話を子爵令嬢と交わした事はなく、個人的な話をした事など皆無だ。無論、名前すら呼んだ事もない。それどころかいくら学園内とは言え、馴れ馴れしく俺に話しかけようとする子爵令嬢には嫌悪感を覚えていた。俺と子爵令嬢の間に仲の良い要素が一欠片でもあるか?また、それによってエリカが嫉妬する要因は?」
俺は決して浮気男ではない。エリカ一筋と決めたその日から、エリカ以外の令嬢とは必要最低限度の接触しかしてこなかった。ヒロインである子爵令嬢とは取り分け距離を置いてきた。そもそもの話、エリカが嫉妬して嫌がらせをする理由は存在しないのだ。ポールとロバートは、押し黙ってこれまでの事を考え直しているようだった。
周囲の目は完全に白けて、3人組に疑惑の視線を向けている。
「更に聞くが、証拠はあるのか?」
「リリスの証言が何よりの証拠です!」
まるで話にならないロバートの断言に、俺は鼻で笑った。
「ハッ だったら言わせてもらおう。俺もエリカの証言が何よりの証拠だと断言する。エリカが何もしてないと言うのならそれが証拠となるのだろう?」
「ひ、被害者の証言の方が、より重いはずです!」
馬鹿なりに食い下がってくるポールに向けて、俺はニヤリと笑って見せた。
「ならこちらの証拠を出そう」
そう言って俺が取り出したのは、愛しいエリカとの交換日記。
婚約当初、手を繋ぐだけで子供ができると思い込んでいた初心なエリカに、俺はどうやって恋愛していくべきかそれはそれはもう身悶えながら悩みに悩んだ。可愛すぎるだろ。脳内花畑か?この可愛い生き物を保護して大切に育て、俺の手で全てを教え込まなければ、と決意を新たにした。その結果編み出した交換日記は、今でも続き、日々の連絡帳となっている。
「ここ3ヶ月、この交換日記を遡ってみるとエリカに犯行は不可能だ。学園内では常に俺が一緒にいるし、宿舎にいる間の行動も全てエリカがここに書いてある通り。エリカと離れている間は護衛騎士を10人ほど監視に付けているので、エリカの日記に齟齬がないのは確認済みだ。休日の外出には俺も必ず同行しているし、そもそもエリカのやる事を俺が知らないわけがない。食べた物から目に留めた物、会話した人物、触れた物まで逐一報告させてるからな」
堂々と言えば、エリカ以外の目がドン引きして俺を見ていることに気付いた。が、俺にとって大事なのはエリカだけなので特に問題はない。エリカは俺の教育のお陰で、それが当たり前だと思い込んでいるのだ。
むしろ気にかけて下さってありがとうございますと真面目に感謝される始末。どこまで可愛いのか。俺を殺す気か。これだから俺は婚約者を愛でるのに忙しいんだ。しょうもないヒロインや脇役相手に使う時間が勿体ない。
流石にもう無理だと悟ったのか、子爵令嬢は歯軋りしながらも俺に笑顔を見せた。
「どうやら私の誤解だったようです。お騒がせして申し訳ありません」
そうしてポールとロバートを従え、下がろうとするその背中へ向けて。俺は声を掛けた。
「待て。これで終わりだと思っているのか?」
俺の言葉に、3人組は三者三様の顔で振り向いた。ある程度状況を察しているポールは怯えながら、嫌な予感がしているロバートは不安そうに。そして、何も分かっていない子爵令嬢は、キョトンとして。
「お前達は罪の無いエリカに濡れ衣を着せ、断罪しようとした。俺の愛する婚約者で公爵令嬢であるエリカに、だ。誤解だと分かったのでもう大丈夫です、で済まされると、本当に思っているのか?」
殺意を込めた笑顔を向けると、愚かな3人組は固まった。
「連行しろ」
俺の一言で、どこからともなく出てきた兵士達が3人組を引っ捕えた。
「キャァ!何するの!?どうして!?私はヒロインなのにっ!?」
「殿下!俺は騙されていたんです!リリスが泣きながら訴えてきてつい……」
「俺も騙されてました!許して下さい!」
「どこまでもお目出度い奴等だな。俺の愛するエリカを陥れようとしたお前達を、俺が許すはずないじゃないか。さて、どんな罰を与えてやろうか。特別に考えてやるので楽しみにしておけ」
悲鳴を上げながら連行されていった奴等が消えた所で、俺は改めて愛しのエリカに向き直った。
「驚いただろう?もう大丈夫だ。ダンスの続きをしようか」
「はい!」
楽団に合図を送り、再開した曲に合わせてエリカと踊る。たまに足を踏まれそうになるが、そこは長年の経験で難なく避けつつエリカを誘導する。
「あの、リヒト様。……一つだけ気になったのですが、お伺いしても宜しいでしょうか?」
「ん?どうした?」
「先程、私の護衛は10人と仰ってましたけど、前に伺った時は5人だと聞いておりました。いつの間に増やされたのですか?」
「…………」
先程は公衆の面前だったので敢えて護衛の数を少なく言ったのだが、エリカには更に少なく伝えてしまっていたらしい。実際はその3倍くらいなのだが。俺は笑顔のままエリカの問いに答えた。
「エリカはもうすぐ成人だろう?大人の女性になると色々と危険が増えるものだ。特にエリカはこんなに美人に成長してしまったからね。だから少し前に増員したんだ」
これは嘘じゃない。前世で妹から悪役令嬢ものには色んなパターンがあり、中には悪役令嬢が婚約破棄されて隣国の王子とか高位貴族とかに見初められてプロポーズされるとかいう恐ろしい展開があると聞いていたので、その対策に増員したのだ。実際に、エリカの可愛さに気付いたらしいロムワール王国の王子は俺が追い払った。
「まあ!そうだったのですね。いつもありがとうございます」
美人だと言われて頬を染めつつ。俺に全幅の信頼を寄せる可愛いエリカ。その笑顔が俺の胸に直撃する。そろそろ頃合いだろう。
「エリカ。君は幼い頃、手を繋いだだけで子供ができると勘違いしていたよな」
「リヒト様!そのお話はおやめ下さい、私の黒歴史です!」
真っ赤になるエリカをもっと見ていたいが、俺もそろそろ我慢の限界なんだ。からかうのはまた今度にしよう。
「あの時、いつか子供の作り方を教えてあげると約束したのを覚えてるか?」
「はい。ですので私、両親にも教育係にもその事は聞いておりませんの。全てリヒト様から教えて頂くと宣言しておりますから」
その結果、俺はエリカの両親からとても残念な目で見られているのだが、そんなのは些細なことだ。
「それなんだが、結婚も近いことだし、そろそろ準備を始めてもいい頃だと思うんだ」
「あら、そうなのですか?事前の準備が必要なのですね」
「ああ。色々と訓練が必要でな。どうだろう、今夜あたりから特訓を始めてみないか?」
「はい!これもリヒト様の妻になる為ですもの。一生懸命励みますわ!」
俺の婚約者は今日も可愛いが過ぎる。清楚な見た目に反して不器用で天然で健気で初心な世間知らずのお嬢様。片時も離れていたくないし、その顔をずっと見ていた過ぎて瞬きする時間すら惜しい。
乙女ゲーム?ヒロイン?悪役令嬢?それが何だと言うのか。
ドン引きする周囲の目など気にせず、俺は今日もエリカを溺愛するのに忙しい。
転生王子は悪役令嬢を溺愛するのに忙しい 完