ヒロインになりたかった悪役令嬢と、悪役令嬢になりたかったヒロイン
初めて乙女ゲームに転生してしまったヒロインと悪役令嬢を書きました。よくある転生モノとは違うかも……です(笑)
とある国のとある学園で――。
「ねぇ、貴女。ちょっといいかしら」
「えっ……、はい」
これが、この世界における主人公と悪役の初めての対面であった。
******
中庭で共にお茶を飲んでいる少女が二人。
「あぁ、私も貴女みたいに平民に転生したかったですわ」
そう言って紅茶のカップを手にため息をついたのは、この学園で一番高位である公爵令嬢だ。
「……私こそ貴女みたいに公爵令嬢に転生したかったです」
そう言ってお菓子に手を伸ばしながら公爵令嬢の考えに反対したのは、この学園で一番身分が低いであろう平民の少女だ。
この、傍から見れば両極端の二人がこうしてお茶を囲んでいるのは二人に共通の記憶があるからだった。
『零れるほどの愛を貴女に』、彼女たちの前世で流行していた乙女ゲームの名前だ。先程、共に転生者であること、またこれがゲームの世界であることを確認し合った二人は初対面とは思えないほど気さくに話をしていた。
「せっかく『零愛』の世界に転生したというのにまさか悪役令嬢だなんて」
「私こそ、何でヒロインなんかにって思ってますよ」
「「はぁ……」」
二人同時に盛大なため息をつく。
「……そういえば、あなたの名前は何というの?確かデフォルト名では『ユナ』だったわよね?」
「私はシオンと申します。何故か前世の名前を引き継いでしまったみたいで」
「まぁ!貴女もなの!?私もゲームの中での悪役令嬢の名前は『アリア』の筈なのに、前世と同じホノカという名前なの!」
「え!そうなんですか……?」
「えぇ、だからもしかしたらゲームのシナリオから逃れられると思っていたのだけれど……」
そう言って公爵令嬢はため息をつく。
「貴女が特待生としてこの学園に入学したという事はシナリオからの回避は不可能なのかしら」
「……それは、」
平民の少女が何かを言いかけたその時、突然公爵令嬢を呼ぶ声が聞こえた。
「ホノカ!どこにいるんだ?ホノカー!!」
ガサガサガサという音とともに、庭の茂みの中から出てきたのは、
「で……殿下!?」
この国の王太子殿下だった。
「ホノカ、探したぞ」
「どうなさったのですか?」
「君の侍女から君が男爵令嬢とお茶会をしていると聞いてね。その子が件の特待生かい?」
「えぇ、そうですわ」
この会話の間、ずっと平民の少女は礼をしたままでいた。
「特待生のシオンさんですわ」
そう言われてやっと平民の少女は挨拶をした。
「ご紹介に預かりました、シオンと申します」
「君の噂は聞いているよ。これからもこの学園で勉学に励んでくれ」
「はい。これからも精進する所存にございます」
この時点で平民の少女は会話は終わりとばかりに一歩下がった。
「ところで殿下、何かお急ぎのご用事でも?」
「あぁ、そうだった。今日の帰りに、王宮に寄ってくれ。渡したいものがあるんだ」
「かしこまりました」
「ではまた王宮で」
「はい」
こうして王太子殿下は去っていった。
「ね?分かるでしょう?」
急な公爵令嬢の問いかけに、平民の少女は驚いた顔をした。
「……何がですか?」
「王太子殿下の私への態度よ。彼と私との間には事務的なやり取りしかないもの。今日みたいに用事が無ければ彼と話すこともないのよ。やっぱりシナリオは避けられないのね……」
「……」
平民の少女はしばらくの間考え込んでいたが、やがて口を開いた。
「本当にそうでしょうか」
「え……?」
「王太子殿下の態度を見ていてそんな風には感じられませんでした。第一、殿下が本当に貴女のことを疎んでいるならば、事務的なやり取りでさえ伝えに来ずに伝言を頼むのではないですか?」
「それは……」
「わざわざ中庭まで探しに来ることもないはずです」
「確かにそうなのだけれど……」
公爵令嬢が納得しかねている中、平民の少女はぐっと拳を握りしめ決意を固めた視線を彼女に送った。
「もう少しだけ、信じてみませんか」
「この世界は、乙女ゲーム『零愛』の世界とは別なんだって。現実の世界なんだって」
「確かにこの世界は『零愛』の世界と酷似しています。実際私たちがお互いの存在を認識できたのは私たちに前世の記憶という共通認識があったからですし」
「だけど、貴女の名前も私の名前もゲームの中の名前じゃないですよね」
「それに今までにシナリオ通りになったことはまだありません」
「シナリオなんて存在しないと、私と一緒にそう信じてはくれませんか」
平民の少女にここまで言われてしまった公爵令嬢はついに折れた。
「分かったわ。貴女の言うとおりね」
「私はシナリオが始まってすらいないのに、乙女ゲームの存在に怯えて……逃げていただけなのだわ」
「私ももう少しだけ……私の周りの人達……殿下や私の友人たちを信じてみるわ」
この言葉に平民の少女は笑顔で応えた。
「えぇ。えぇ!」
そして言葉を続ける。
「私、お伝えしてなかったんですけど、実は恋人がいるんですよ」
「えっ!?恋人…?」
「はい、だからシナリオ通りなんかじゃないんです」
「そんな……、一体誰なの!?」
「私の幼馴染です。来年からこの学校に入学する予定なんです」
「そうだったのね……私、本当に馬鹿みたいだったわ。そうよね、どうしてこの世界がゲームと同じだなんて信じていたのかしら」
「私も初めは信じてましたよ。だけど、私、彼に恋をしてこの世界は現実の世界なんだって思えたんです」
「そう……、良い出会いをしたのね。私もそんな人と出会えたら……」
「もう出会っているじゃありませんか」
平民の少女のその言葉に、公爵令嬢はハッと顔を上げた。
「もう……出会っている……」
「そうです、本当は気付いているのでしょう?」
公爵令嬢はみるみるうちに頬を赤く染めた。
******
「それはそうと、王太子殿下に王宮に呼ばれているのでは?急いで行かなくて大丈夫なんですか?」
「そうだわ!では今日はここで失礼するわね。またお話しましょう」
「はい、私で良ければ是非。良い報告をお待ちしております」
公爵令嬢が去って行った後、平民の少女はひっそりと呟いた。
「この時期に渡したいものなんてねぇ」
******
お茶会から数日が経ったある日のこと。昼食を取っていた平民の少女の元に、公爵令嬢がやって来た。
「シオンさん」
「はい、何でございましょうか」
「少しお話したいことがあるの。お時間よろしいかしら」
「勿論でございます」
そうして彼女たちが向かったのは数日前にお茶会をした中庭だった。
「どうぞお座りになって」
「失礼いたします」
「もう人はいないから、いつも通りで構わないわ」
「ありがとうございます。ところでお噂はかねがね、あちこちから聞いていますよ」
「まぁ……!もう皆さんご存じなのね」
「えぇ。ついに王太子殿下がホノカ様にプロポーズをされたと。そして来月のホノカ様のお誕生日をもってご結婚されると」
「……だから貴女は良い報告だなんて言ったの?」
公爵令嬢は真っ赤になりながら尋ねた。
「そうですよ。だってお誕生日目前にわざわざ渡したいものがあるだなんて、指輪くらいしか考えられないでしょう?それに王太子殿下の溺愛っぷりを見ていたら、正直学生結婚もあり得るなって思ってたんです」
「ちょっと待って……溺愛……???」
「え。本当に分からないんですか?数日前にお茶会に王太子殿下が乱入してきたのは、ホノカ様のことが心配で仕方なかったからですよ?」
「そうなの?」
「そうです」
とうとう公爵令嬢は机に突っ伏した。
「まぁ何やともあれ、ホノカ様、おめでとうございます」
「……っ、ありがとうっ……」
******
公爵令嬢と平民の少女が初めて出会った日から一年が経ったある日。公爵令嬢、いえ、王太子妃殿下と平民の少女は中庭でお茶会をしていた。
ただし、そこには王太子殿下と平民の少女の恋人、ユウも一緒にいた。
「シオン、このお菓子も美味しくってよ。ほら、あーん」
「あーん。あ、本当ですね!ホノカ様」
「シオン、ホノカは私の妻だぞ」
「分かっていますよ、殿下」
「絶対分かってないだろ!」
「殿下。落ち着いて下さい。シオン!あんまり殿下を困らせるんじゃない!」
「ユウのケチ!そんなに困らせてないですよーだ!」
「ふふっ」「ははっ」
「お二人とも、どうなさったんですか?」
「いえ、身分が違っても普通に個人として接してくれるのは貴方達だけだわと思って」
「そうだな。萎縮して何も言わない貴族たちよりよっぽど良い」
「そりゃそうですよ。だって私たちはマナーや礼儀こそ学びすれ、やっぱり平民ですもの。生まれが貴族の方と全く同じような思考にはなりませんわ」
「身分が違うからといって、意見を言えないというのはおかしいと僕たちは考えますからね」
「ふふっ、それでいいわ。これからも意見を言って頂戴」
こうして彼らのお茶会は楽しく終わっていったのだった。
******
そうして、その後平民の少女が王太子妃殿下の侍女になったり、少女の恋人が王太子殿下の侍従になったりするのはまた別のお話。
******
「ねぇシオン。私いつだったか、平民に転生したかったと言ったことがあったわよね」
「殿下。そんなこともございましたでしょうか」
「えぇ、あったわ。だけど、私今になって思うわ。公爵令嬢で良かった、と」
「それはようございました。ですが私も平民で良かった、と思っております」
「そう。良かったわ」
こうして、転生した二人の少女はそれぞれの人生を歩んでいったのだった。
ここまでお読み下さってありがとうございますm(_ _)m
お楽しみ頂けたら幸いです。