基礎を怠るべからず
「―――魔術には要素を理解して使う“構築魔術”と魔力を暴発させて使う“無構築魔術”の二種類ある。構築魔術は発動に少々時間は掛かるが調節がしやすく事故も起こり難い。無構築魔術はその名の通り構築をせず無理矢理発動するため事故は起きやすく危険である、しかし無構築魔術固有の魔術も存在し、その威力は絶大なものである」
「……宜しい、よく学べていますね」
「何か調子が良かったかな、記憶力が戻った気がする」
翌日、イェソドに言われていた通りに魔導書を全て読み切った。
教科書みたいなものを想像していたが、意外にも実践あるのみというような内容で覚える部分も然程多くなかった。
アンジェラさんから貰った辞典に無い物もあった為、試すのが楽しみだ。
「それでは実践に移りましょう」
「待ってました!」
ウキウキ気分で訓練場の一角を使って魔術の試用を始める。
狙う相手は案山子、鉄の鎧を着せてある為少しの攻撃程度なら防いでくれる筈だ。
「ではまずは下級魔術から、今までも使っている様ですから簡単でしょう」
「よっしゃ任せろ!」
案山子に手を向けて脳内で魔術を構築し、案山子に向かって放出させる。
「業火!」
掌サイズの炎が一直線に案山子に向かって飛び、鎧に当たり消え落ちる。
「よし、安定していますね、続けてください」
「あいさー!」
それから風巻、放電、浄水、地盤と下級魔術を放つ。
どれも安定しているようで、続いて中級魔術に移る。
「中級魔術は理解を少し深める事で使えます、使った事はありますか?」
「えっと……獄炎かな?」
「結構、獄炎は炎の上、獄の理解をする事で構築が可能となる魔術です、イメージしやすいので使える人も多いですが」
そうだったのか、辞典開いて二十頁目くらいだったからそこそこ難しいのかと。
「では他の理解もして頂きましょう、まずは海ですね」
「海…………」
海か、あんまり行ったこと無いんだよな、泳ぐのも殆ど学校の授業だったし、初めて泳いだのが広めの風呂だからな。
海……太平洋辺りでも想像するか?グレートバリアリーフも綺麗だよな、モルディブとかもあった気がする。
『―――海の原理を《理解》しました』
「出来たみたいですね」
「え?そんなの分かんの?」
「私だから分かるものですね、どれだけ鍛錬しようと出来る人は居ません、貴方の様な技を模倣する人を除いてですが」
「へぇ」
俺には分からなかったが、理解出来たなら良いかな?
「では放ってみてください、中級ですので海流辺りが良いかと」
「よし、ではいきます」
先程と同じ様に案山子に手を向けて魔術を構築し、そのまま放つ。
「海流!」
掌から某ポンプ並の水量が放たれ、案山子がずぶ濡れになる。
「……宜しい、では次に―――」
それから数時間かけて中級、上級の構築魔術を頭の中に叩き込んだ。
気、過、震、閃、杜、無、去etc...まあ色々と原理を理解したらしい。
まあそのおかげで疲労が溜まっているわけだが。
「疲れた…………」
「お疲れさまでした、一日で終わるのは予想していましたが午前中とは思いませんでした」
「面倒な事は早めに終わらせておくに限る、後から忘れてたなんてことになったらシバかれるからな」
「実体験ですか?」
「そうだよ言わせんな恥ずかしい」
筋トレサボってたら一時間宙釣りにされたからな、あの時は死ぬかと思った。
「……イェソドのステータス見ていい?」
「唐突ですね、構いませんよ」
忘れる前にちゃんと確認しておかないとな。
『種族名 精霊族:基礎 個体名 状態 通常 Lv2681 MP 726500/726500 STR 130 VIT 362 INT 5620 AGI 622 LUK 340 スキル『超思考』『思考切断』『魔力増強・極』『第九守護天使』所持』
魔力多いな!スキルの『魔力増強・極』って奴のせいか?
何にせよイェソドは魔力の父みたいな存在だな…………
「どうでしたか?」
「や、イェソドは凄いな〜と」
「? そうですか」
生命の樹の一員ってどこかしら突飛してるところがあるよな、防御力然り攻撃力然り。
「あ〜……こういう時こそ癒やしが欲しい、何か無いかな」
「数日前の人形はどうしたのですか?」
「あぁ、あれはな…………」
首を傾げるイェソドに説明するのが面倒だったので、霧霞で引き出す。
「あら?貴方から呼び出すなんて思わなかったわ」
「そこの人がメリーどうしたのかって、俺は疲れた」
「ちょっと、此処で寝たりしたら風邪引くわよ?」
「午前だから大丈夫よ」
俺は人形を置いて机に伏せる。
目を瞑っていると、背後から二人の声が聞こえてくる。
「はぁ……それで、何が聞きたいんだったかしら?」
「貴女の事ですが説明要らずですね、エゴは大体覚えているので」
「あら、私の事知ってるのね、あまり珍しいものでもないのかしら」
「私からすれば珍しくは無いですね、現に私も幾つか持っていますし」
イェソドもやはりエゴを知っている、というか持っているらしい、生命の樹の職員は皆知っているのだろう。
個人的に気になりはする、機会があれば見せてもらおう。
「でも一応名乗っておくわ、私はメリー、まあそう名付けられただけなのだけれど、契約者である御主人様の近くに居ないと動けない身体なの、その代わり死ぬことも無いけどね」
メリーというのはそのまま「メリーさんの電話」から取った、だってあれは都市伝説と同じじゃん、メリーが優しい娘じゃ無かったら俺死んでたよ?精神的に。
「ふむ……記憶の共有は出来ていない様ですね」
「?」
「いえ、気にしないでください」
「そう?……私みたいなのはどれくらい居るの?」
「そうですね……機関全てを含めれば七十八体ですね、《王冠》を除けばそれぞれが六体管理しています」
「その機関については知らないけど、かなり居るのね」
俺も初めて知った、良くもまあ見つけたもんだな。
しかし……ケテル?どっかで聞いたことがあったな、何処だったか…………
「貴女は《栄光》に管理されていた筈です、彼女の管理するエゴは呪いの類が多いので」
「私は別に呪われてなんか無いわよ」
また新しい名前だ、ホドだってよ、情報量が多くて敵わないね。
「それにしても……この世界は不思議ね、魔力なんて物があるんだもの、まるで御伽噺みたい」
「世界線というものが存在しているとするならば現実的に解明できない物も存在するでしょう、まあ一般論ですが」
「模範解答が聞きたいわけじゃないんだけど……まあいいわ」
そう言う声が聞こえると、俺の頭の上に手が置かれる。
「それで、これからどうするの?御主人様」
「……俺の事言ってる?」
「貴方以外に誰が居るのよ」
「まあ、分かってたけど」
ふむ、これからどうする、か。
正直明日まで待って王都にカチコミに行くくらいしかする事は無い、訓練の続きでもするか?
「特にこれと言って」
「あらそうなの?」
「後一日だし訓練でもしてるさ」
と、俺が話し終えると部屋の扉が開いた。
「……此処に居ましたか」
「アンジェラさん、お疲れ様です」
アンジェラさんは部屋に入るとイェソドに何かを渡していた。
「結果はどうですか?」
「彼は記憶力が宜しい様で、理解も早く既に上級まで終わらせています」
「そうですか、ありがとうございます……カスイさん」
「はい?」
アンジェラさんに声をかけられて席を立つ。
「これから何か用事はありますか?」
「いえ特には」
「では今からやって頂きたい事があります、基礎」
「お任せください」
「?」
やって欲しい事が何かは分からないが取り敢えずイェソドとアンジェラさんについていく。
連れて行かれたのは帝都の隅にある広場、周囲には建物は無く人通りも無い。
「此処で何を?」
そう聞くと同時にイェソドはカプセルの様な物を地面に投げ、叩き割った。多分アンジェラさんに貰った奴だ。
その瞬間、謎の違和感を感じた。
「今から貴方には私からの試練をこなして頂きます」
「! 試練か」
生命の樹恒例の試練の時間だ、今回は何が試練になることやら。
「今割ったのはNo.CPa「考える時間」、広がった空間の中では一日が四十八時間になります、体感も変わりますが」
「一日が二倍の長さになるのか……エゴって凄いな」
「……私を見ながら言われても困るんだけど」
しかしさっきの違和感はそういう事か、時間の流れが変わったからだな。
「ええ、常識を覆す存在ですから、人工的に作られたとは思えない程」
しかもそれが七十八体も居ると、管理が大変だな。
イェソドは指を立てながら言った。
「私からの試練は至極簡単、並列構築の使用を維持して貰う事です」
「維持?」
「ええ、これでも私は常に魔術を構築しているのですよ」
えっ、何それ脳が破裂しそう、凄い事やってんだな。
「貴方の場合他にもする事はあるでしょうから、常に構築して頂く事はありません」
「そうなのか……良かった」
「ですので、一度に複数の魔術を構築し発動出来るようになってもらいます、猶予は残り六十時間です」
それからイェソドの説明を受けながら並列構築の訓練を始めた。
…………昼飯食いそびれたな。
―――…
「…………ッ」
三時間経過、どうにか二つの魔術を同時に構築、発動に成功した。
後はこれの数を増やすだけだ、使いこなせないと意味がないからな。
小耳に挟んだ話だが、アンジェラさんの並列構築は二十を軽く超えるらしい、凄いな〜。
―――…
「…………はぁ」
八時間経過、構築数は未だ六つ、目標に十八は必要だと聞いたから後三倍、時間計算で言えば二十四時間、つまり一日で終わらせられる筈だ、希望が見えてきた。
―――…
「…………ふぅ」
十八時間経過、現実はそう甘くは無かった。
現時点で八つ、残り六時間で六つ増やす事は出来そうに無い、猶予は残り四十二時間。
―――…
「若様?」
「…………何だ?」
二十二時間経過、䪊が現れた。
「いえ、昼を過ぎても現れないものですから、何をしておられるのでしょうか?」
「…………ちょっと…………訓練を…………な」
脳内て構築を続けている為話し辛い、休憩した方が良いのかもしれないが感覚を掴み損ねているところだからまだ諦めたくない。
「では終わるまで側に居ります故、御用があれば何也と」
「…………あぁ」
䪊の笑顔でちょっと癒やされた、頑張ろ。
―――…
「…………」
三十六時間経過、お腹空きました。
その代わりに十七つ並列構築出来るようになった、最低基準までもう直ぐだ。
―――…
『―――《基礎》の発達を確認、《並列構築》を習得しました』
「……………………………………………………………………………………………………………………………………………………はぁッ!」
―――ドゴォォォォォォォォン!!!
構築した全ての魔術を地面に放つ。
とてつもない破壊音と共にクレーターの様な地面が出来上がる。
「出来た…………」
「お疲れ様でした、若様」
「良くもまあ続けられたわね」
身体から力が抜け、そのまま䪊の方へ倒れる。
開始から四十時間、空腹が限界を超えて飢餓状態になりそうだ。
「貴方の吸収力は凄まじいですね、教えたその日に扱える様になるとは」
「もう直ぐ日付変わるけどな…………」
「いえ、それでも短時間で覚えたのですから流石と言えるでしょう」
「そっか…………」
脳を使い過ぎていまいち理解できていない、とうぶんがたりない、えいようがほしい。
イェソドが割ったカプセルを集めると、違和感が消え、カプセルは元通りになっていた。
「お疲れ様ですカスイさん」
「アンジェラさん……お疲れ様です…………」
「そろそろ夕食ですが……どうしますか?」
「あ、食べます…………」
昼から抜いてたからな、栄養が全然足りない。
「分かりました、䪊、丁寧に運びなさい」
「任せておけ」
「では私は準備に行きますね」
そう言ってアンジェラさんは本部の方へ歩いていった。
䪊に背負われたまま、頭にメリーを乗せて本部へ向かう。
「……イェソド」
「何でしょう」
「俺って今アンジェラさんの役に立ってんのかな」
特に意味など無いが、自然と口から言葉が漏れていた。
返答は期待していなかったが、イェソドは口を開いた。
「貴方が役に立っていないと感じるのならそうなのでしょう」
「うぐっ…………」
「ですが、評価というのは自分が付けるものではありません、他者が感じる事が評価となるのです、その点私は貴方を無能だと感じたことはありませんね、天使様がどう感じているかは分かりませんが」
イェソドの言葉に納得する、確かに自分で付ける評価なんて確実じゃないからな。
すると、頭の上から声がする。
「遠回しな言い方ね、ハッキリ言えば良いじゃない」
「……少なくとも役には立っていますよ」
その声に顔を逸しながら返事をする、その言葉が聞けただけで俺は満足だった。
「そうだ、イェソドにも名前をあげようと思うんだけど」
「名前?私にですか?」
イェソドは不可解であると言う様な顔をして俺を見上げる。
「嫌?」
「そうではありません、理由が不明瞭です、私が名を貰うに至った経緯が謎です」
言葉を捲し立ててくるイェソドに、䪊が口を挟んだ。
「理由なぞ必要無いじゃろう、必要なのは欲しいか欲しくないかの選択じゃ」
「しかし」
「妾も若様から名を頂いておる、それに名を頂けて嬉しく思ってもいる、深く考えんでも良かろうて」
そう諭す䪊にイェソドは考える様に顎に手をやる。
「分かりました、頂けるのであれば頂きましょう、否定するのは無礼に値しますからね」
「それじゃあ仕方無しに貰ってるって言ってる様なものじゃない」
「……私も名を頂きたいです」
「宜しい」
メリーの指摘にイェソドはまた顔を逸して返答する。
何かメリーがイェソドを尻に敷いてる気がするんだが。
それは置いておいてイェソドに名を告げる。
「オセディ・ベイシクス、これが新しい名前」
「……スペル変換と基礎の直訳ですか、安直ですね」
「そういうのは言わないで欲しいんだけど…………」
俺が項垂れていると、イェソドは「ですが」と話を続け、
「気に入りました、直訳という事は曲がる事が無いということですから」
初めて見る笑みを浮かべていた。
『種族名 精霊族:基礎 個体名 オセディ・ベイシクス 状態 通常 従属 カスイ』
段々投稿が遅くなってる気が…………
この作品が「面白い」と思っていただけたら是非広告下の五つ星やブックマーク等で応援していただけますと幸いです。