復活の日 2
祖母は仏壇に手を合わせ深く一礼した後此方に向き直し
「これより2時間後に其方に立花の秘事を伝える
叔母達らに伝えておるので安心して準備をするが良い
時間が来たら呼びにやるでな」
立花の秘事?
私が持つ不思議で怖い力、それをみんなが持っている?
頭の中はまさに混乱の嵐が吹き荒れている状態だ
確かに我が家は裕福といえる
父と母の愛情に浸り、何不自由なく暮らしてきた
あの力には恐ろしさを感じ疎ましさもあったが
母は一も優しくその力について
「あなたの大切な力、大切に育んでこれから役に立つようになりなさい」
そう言って慰めてくれた
母にもやはり同じ様なことがあったのだろうか?
聞くのが怖くて聞けてはいないがこの後で解るのだろうか?
祖母の前を去り、叔母様達の元に帰ると風呂に入れられ髪を巫女さんの様にされて
花嫁衣装の様な白い白無垢の着物を着せられた
その間中、誰も口も聞かずただ流作業の様にただ進んで行くだけだった
約束の時間になり再度祖母の前に進むと
祖母も用意をしたらしく、白無垢に着替えていた
仏間の壁に沿って両側に叔母様達も白無垢で並んでいる
確かに立花の家は女家であると言える程の人数だった
母を探すと母は祖母から近い位置に座っているのが見えた
祖母と叔母様達は私を見定める様な目付きといえば悪いが
私の動きを見逃すまいとしている様で薄気味悪く感じた
ただあの浮いた感じの私にそっくりな叔母様だけは探しても見つからなかった
「用意はできた様じゃな」
祖母がそう言うと
叔母様達は声を揃えて
「ご当主様、万事つつがなく」
そう言って頭を下げた
それを聞いた祖母は一段上がった仏壇に近い場所に敷かれている3つの座布団に近づき
左端の座布団をずらして座り込む
それを見届けた左右の襖に近い場所の叔母様が
「御出座で御座います」
そう、確かに言った
叔母様が左右に襖を開きそこから現れたのは
私にそっくりの叔母様だった
叔母様が入ると左右の叔母様方は一斉に両手を突き頭を下げる
私はどうすれば良いか解らないので混乱していると祖母がそのままで良いと
目で伝えてくれる
静々と言った感じで祖母の右側の座布団をずらし座った
すると頭を下げていた叔母様達が一斉に頭を起こしていく
まるでいつ見たか忘れたが江戸時代の将軍が大奥を歩いている
ような光景を思い出し吃驚したのを思い出す
祖母と真ん中の座布団を隔てて座った叔母様が
「時は来た様じゃ
我が立花の家はこれよりこの娘に全てを与え、捧げる
そして遙かなる地に居られる主様に
いえ、主様のお力を私は感じます
主様はこの地に現れて下さいました
我等立花の家が栄えたのは全て主様のお力があればこそ
今こそそのご恩を返す時が来ました
どんな事があっても櫓櫂の及ぶ限り我が立花の全力で主様をお探しする時が来たのです
皆の者、今以上に心を一つにしてお探しするのじゃ」
叔母様はそう仰られたが私には意味はわからない
主様?恩?
そんな事を考えて居ると叔母様の言葉を聞いた叔母様方は
全員が再度手を着き、頭を下げる
祖母ですら叔母様に頭を下げている
「娘よ、其方は今日より名前を捨て新たに千代と名乗りなさい
慈しみ育ててくれた二親の愛は変わりわせぬ
家族で団欒をする時は元の名でも良いのじゃ
だがこれからは千代がお前の新しい名前じゃ
いつか我が名を継ぐ日が来るまで千代の名を名乗るが良い」
そう言うと祖母に視線を向ける
視線を受けた祖母は再度深く礼をして
「これより立花の娘として秘事を授ける
この儀によりこの娘は千代となり立花の当主となる
この秘事は凡そ500年振りの事になる
我等にとってこれ以上の喜びは無い
皆も今以上の忠誠を持って千夜に仕える様に」
そう言うと再度叔母様に礼をした
叔母様は私の方を向いて
「ちよ、近う」
そう言って呼び寄せる
私は膝歩きの様な形で叔母様に近づくと
叔母様は懐からハンカチの様白い布に包まれた物を取り出し恭しく捧げながら
開いていく
そこには小さな貝殻が有った
「これを持ちなさい
そして開いて見るのです」
そう言って白い布を渡してくる
恭しく受け取り、片手で貝を開くとそこには紅が詰まっていた
「その紅を手に取り付けるが良い
さすれば千代はお力を授かりこれまでの様な不安は無く
主様にお仕えすることが出来るでしょう」
そう言われて私は正直困った
一体、主様とは誰だろう?
お仕えするとは?
確かに立花の家は古風な家であるのは間違い無い
分家の我が家でも躾は厳しかった
まさか何処かに嫁にやられるのか?
夫となる男が主様なのか?
この後に見合いでも有ってとかなんだろうか?
だが伴侶は自分で決めたかった
選んだ伴侶を両親に認められて
両親の様な夫婦になりたかった
いきなり形だけの見合いで結婚してその人を愛せるのか?
いや、尽くせるのかそれも違うお仕え出来るのか?
男女同権と言われて長いこの時代にお仕えするとはどう言う意味なのか?
奴隷の様になるのか?
それをそこに座っている母も認めているのか?
そう思い母の方を見るといつもと変わらぬ優しい眼差しで私を見返し
頭を下げた
もう全て決まっているんだ
反抗も抵抗も出来ないただ従うしか無い状況
そう思うと自然に涙が溢れる
唇を噛み締めてせめて一言位と叔母様を見ると
「何も心配する事は無いのです
ただ定めに従い流れるのみ
千夜に降り掛かる禍などは無いのですから」
そう言って優しい目で私を見ながら促す
母の顔にも不安そうな仕草は無い
兎に角これを終わらせてしまおうと
小指に紅を取り塗ろうとすると
母が立ち上がり手鏡を取り出して紅を刺しやすい様に掲げてくれる
「落ち着いて差しなさい
あなたの幸せは私の幸せよ」
そう言って祖母と叔母様に軽く礼をした
私は母が掲げてくれた手鏡を見ながら小指に取った紅を
唇に当てて一気に引く
上と下両唇に弾いた途端に体の奥底から不思議な力が渦巻いてくる
昔、恐ろしくなって出さない様にしていた力の数百倍はあろうかと思われる
恐ろしいほどの流れが奥底から私を包んでいく
頭の先から毛の先足の先までも全身余す事なくその力は私を包み込み
気が付いた時は叔母様以外は祖母ですら私の前に頭を下げていた
頭を下げたまま横にいる母が
「我が娘千代は、これより立花家当主千代と成ります
これよりは我等立花の者を如何様にもお使い下さいませ
我等も千代様に忠誠を尽くしぎん様にお仕えするが如く
お仕えさせて頂きます」
母が聞いたこともない様な神妙な声で言うと
叔母様達は一斉に私の手を着き頭を下げた
正直何が何だか分からない
私は分家の娘でしか無い
いきなり本家の当主とか信じられない
だが紅を刺した直後から私には解ることがあった
それは遥か昔戦国と言われた時代に生きた女性
今までは不思議な力もこの家では使えなかった
だから他人の考えも読み取らず居れるこの本家は安心できた
ただ屋敷は怖かったが
それが紅を刺した直後から叔母様達の思念が見える
決して逆らう事の無い透明な思念
そしてあれほど怖かった力が私の中で命を与えてくれる様に燃え盛る
「見事覚醒した様じゃな
これで立花家の悲願も達成できるに違い無い
後は主様をお探し申し上げ、ここにお座り頂ければ
わらわの望みも成就するであろう」
そう言う叔母様を見た時私は生き地獄を観た




