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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

死に顔

作者: 山口五日

 ある日、帰りの電車を待っていた時のこと。


 先頭列車がちょうど停止するホームの端の方にあるベンチに座って待っていました。


 すっかり仕事で遅くなってしまって、待っている電車は終電。スマホでもいじって待とうかと思いましたが、充電が切れかかっていました。


 仕方なくぼおっとして電車が来るのを待っていると、仕事の疲れもあって眠気に襲われる。


 終電を逃してしまったら面倒だとなんとか重くなっていく瞼を押し上げますが、気付けば私は真昼間のホームに立っていました。


 ああ……これは夢か。


 眠気に耐え切れず寝てしまったんだな。ホームなんかで寝るから、駅にいる夢なんて見て……と思い、早く起きないといけないなとぼんやりとした頭で思いました。


 ただ、夢にしては少しおかしい。妙にリアルなんです。耳に入ってくる昼間のホームの喧騒、視界に入っている線路や向かいのホームで電車を待つ人、誰か駅地下で総菜でも買ったのか揚げ物の美味そうな匂い。まるで実際に自分が昼間、ホームに立っているようだった。


 立っている場所は自分が座っていたベンチのすぐ近く。だからこんな妙にリアルな夢を見るのかと思っていると、特急電車が駅に入ってくる。


 この駅は各駅停車の電車しか停まらないので、特急電車はそのまま走り去ってしまいます。


 何百回と利用している駅ですから、そのことは知っていて「ああ特急だ」なんて私は思うくらいでした。ただ、夢の中の私は何を思ったのか特急電車が近付いてくるのに、線路の方に近付いていくんです。


 え? 何してんだ? まさか……おいっ! やめろっ! 止まれっ! それ以上は……! 止まれってっ!


 何をしようとしているのか気付いた私は必死に足を止めようとしますが、勝手に足は動くし、声も出せない。


 そして特急電車が目の前を通過しようという瞬間、私はホームから線路に向かって飛びました。いえ、正確には走ってくる特急電車に飛び込んだんです。ホームから足が離れた瞬間、そこから全ての動きがスローになっているように感じました。


 ゆっくり……ゆっくりと動いていく。電車が徐々に自分に近付いてきて、視界の端には特急電車の先頭、ガラス窓の向こうの運転手の姿が見えました。そして電車にあたる瞬間、怖くて目を瞑りました。幸い瞼の自由は利いたのでギュッと固く閉じて……何も起きないと安堵して目をそっと開けます。


 夢の中で高いところから落ちたりなど衝撃的な経験をすると、よく目が覚めるものでそれを私は期待しました。ですが、残念ながらまだ夢の中でした。


 ただ、幸いなことにホームではなく、今度は電車の中。線路に飛び込むことはないだろうと安堵しました……ですが電車のどこにいるのか、目の前の光景に気付いて、察した私は嫌な予感がしました。


 私がいるのはどうやら運転席のようで、目の前には駅が近付いてきます。その駅というのは自分がいる駅、それも昼間。ほとんど減速することなく駅に入って行き、この電車は特急であることに私は気付くと、ホームの端の方に目を向けました。


 私が飛び込もうとしてるんじゃ……と思いましたが、私の姿はありません。ただ、サラリーマンらしき中年の男性がふらふらと線路に向かって近付いていくのが見えました。まさか……と思っている間にも電車は進んで行きます。そしてホームの端に電車の先頭が来たと思った直後、中年男性の姿が目の前に現れました。


 うわっ! と思わず目を瞑ろうとしました。ですが、その時はまだ瞑ることができず、男の顔をしっかり見てしまいます。ほくろの位置まで見えるほどに顔が近付いてきて、窓に蜘蛛の巣状の罅が入るのとほぼ同時に、顔がぐしゃりと、まるで紙をぐしゃぐしゃに丸めたかのようにひしゃげるのが見えてしまいました。


 恐ろしくて今度こそ目を閉じようとすると、今度は目を瞑ることができました。


 ああ……恐ろしいのを見たな……と、今度こそ夢から覚めているだろうと期待したのですが、またしても夢の中。そして今度はホームに私は立っていました。


 それから恐ろしくて明確な数を覚えてはいませんが、何度も何度も電車に飛び込む側と、運転手側の光景を何度も味わうことになりました。


 飛び込む場所はいつも同じ、ホームの端の方。ただ、運転手側の目線で見て、毎回飛び込む人は違うことに気付きました。男女問わず、若い学生から杖をついたお年寄りまで。色々な人が電車に飛び込んでいきました。


 そしてその度に一瞬ではありますが、ひしゃげる人の顔が見えてしまうんです。


 こんなこと何度繰り返せばいいんだと気が狂いそうになった時、ふと誰かに肩を叩かれました。


「お客さん、終電ですよ」


 肩を叩いたのは駅員さん。そして私はベンチに座っている。私はあのおかしな夢から抜け出すことができたんだと気付きました。


 「あー良かった」と喜びたいところですが、終電が出てしまうので、起こしてくれた駅員さんに礼を言うと慌てて電車に乗り込みました。


 終電の合図のベルが鳴り響き、やがて扉が閉まります。


 終電に乗れて、見慣れた車内の人混みに気持ちが落ち着くと、吊革に掴まりながら先程の夢について考えました。


 あの夢について、私は心当たりはありました。あの駅は特急電車が通過することから、それを見計らって飛び込み自殺をする人が多いんです。もしかするとその自殺の鮮烈な記憶が、あのホームに染みついてしまったのかな……などと自分なりに考察をしました。


 まあ、なんにせよ、あんな怖い目はもう二度とごめんだ。今後はあの駅で寝ないようにしようなどと思いながら、電車の先頭に目を向けてぼんやりと運転手の後ろ姿を眺めていました。


 ……その時、ふとあることに気付いたんです。


 そういえば運転手側から見た飛び込む人たちは毎回違ったけど、飛び込んだ側から見た運転手は毎回同じだったな、と。


 その運転手が運転するときに限ってたまたま自殺が多いのか。それとも、その運転手には何か人を引き寄せる力……もっといえば死に誘い込むような力があるのかもしれない……なんてことを考え、私はそっと別の車両に移動しました。


 目の前にいる運転手は後ろ姿しか見えませんが、夢の中で見たあの運転手に背格好が似ていました。


 何度も電車にぶつかる直前に、運転手の顔を見ていたので、もし顔を見てあの夢で出てきた運転手だったら、自分も死ぬんじゃないか……と思ったんです。


 その後、何事もなかったんですが、それ以降はできるだけ運転手の顔は見ないように、そしてホームの端では電車を待たないようになりました。

読んでくたさり、ありがとうございます。


感想などいただけると嬉しいです。

怪談がまた読みたいといったお声をいただけたら、

また違う怪談を書きたいと思います。


何卒、よろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 電車に轢かれる側と轢く側の両方の視点から描かれる飛び込みの一部始終が、強く印象に残りました。 線路に飛び込んでからの時間経過がスローモーションになったのは、危機的状況下で脳がフル回転する事…
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