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009 髑髏の者

「あ、あの……シマヅ様、ありがとうございます」

「ん? 何がだ?」

「私はこんな肌の色ですし、どこに行っても不吉なものとしか見られなかったので、人としてまともに見てくださったのはシマヅ様が初めてです……」

「肌の色で人かどうか決まるのか? 違うだろ? 誰かが一方的に決めつけてるだけだ。気にするなよ、さあ行こう」


 しかしまいったな。

 偉そうな事をぬかしてしまった俺だが、きちんと彼女の生活も整えてやらないと、生活できずに奴隷に逆戻りなんていう未来も考えられる。

 薄々ながら、無責任に流れのままやっていればそうなるだろうなって感じ取ってはいたが。俺が抱える責任はどんどん大きくなってしまった。

 地図を見ながら宿屋へと向かうその道中。


「あれ? 街灯がついてないですね」

「どうしたんだろうな、故障か?」


 進行先の小道に差し掛かったのだが、これまで道を照らしてくれた街灯のいくつかが光を失ってしまっていた。

 大地から湧いてくる魔力を吸収して魔力石が埋め込まれた街灯が光を放つ、との事らしいのだが壊れてしまう事もあるのだろうか。


「そうそう壊れはしないはずなのですが……」

「何か人影もあるな」


 闇の中に溶け込むように、黒いフードを身に纏ったその人影は物陰から物陰へと移動している。

 足音も立てず、極力目立たないように移動しているようにも見られる。

 俺はハスの手を引いて少し道の端へと移動した。


「ど、どうしたのです?」

「こういうのは一応警戒しとかないとな」

「た、確かに……そうですね」


 どこに向かっているのだろう。

 脇道に入っていったが、地図を見ると住宅街かこのあたりは。

 地図を指でなぞる、道の先に少し大きめの建物があるようだ。衛兵にマークしてもらった宿屋とは違う。


「なあハス、これはなんて書いてあるんだ?」

「教会です。あの人影がまっすぐ進むならそこへ辿り着きますね」

「近くには宿屋もあるし……まあ、とりあえず行ってみようか」


 念のために道の端を沿うようにして進むとする。

 やや遠くには、未だに黒フードの者達が数人、移動しているのが見える。こちらには気づいていないようだ。

 宿屋もこの先だが、遠回りしたほうがいいかな……?

 いやしかし怪しいというだけで彼らが何かをしたわけではない。小さなため息を空へと溶かし、足を進めた。

 彼らが何者かは定かではないが、気になるのは彼らの進行先の街灯はどれも光を失ってしまう事だ。

 これに関しては意図的な細工が感じられる。

 何かこれから仕出かすであろう雰囲気は、ハスも感じ取っており俺のマントをつまんでいた。


「あの、シマヅ様……」

「こんな時間に教会に向かうとは、熱心な信仰者もいたもんだね」

「そんな感じには見えませんでしたが……」


 どちらかというと信仰者というより犯罪者にしか見えないが、人は見た目で判断してはいけないだろう?

 ここはそう判断しても早計とはならないであろうが。

 教会も見えてきた。思ったより小さくて壁には亀裂が走っていて年季を感じる。

 黒フード達は教会を囲み、何人かが中へと入った。

 同時に――


「止まれ」


 後ろから、女性の声。

 振り返ると、暗闇の中に、黒フードの人影があった。


「な、なんだよ……」

「はわ……」


 ハスが不安そうに俺の服の袖をつまんだ。

 彼女の視線の先を辿ってみると、この女……銃を持っているじゃないか。

 独特な形状の拳銃だ、でもゲームかなんかで見た事がある。モーゼルとかそういう名称のハンドガンだったような。

 高性能の銃を持っているとか衛兵が言っていたがこいつが帝国軍か?


「ここで何をしている」

「何をって……宿屋を目指しているだけだ」

「そうか」


 銃を持ったまま、女は少し言葉を止めた。

 何か考えているようだ。暗闇にうまく身を沈めているために表情もうかがえない。


「うぉっ、今度はなんだ!」


 教会のほうでは何かが割れる音が聞こえてきた。

 争っているような騒音もしはじめ、徐々にただならぬ雰囲気が漂い始めた。

 地面を走る衝撃――一部の街灯がその衝撃のおかげか光が戻った。

 目の前の女の顔が照らされるや、その異質さに思わず声を漏らそうになった。ハスはもはや悲鳴を上げそうになるも口を手で覆って辛うじて留められていた。

 顔中、刺青塗れだ……それも、髑髏を思わせる刺青。


「……始まったか。仕方がない、お前達、運が悪かったな……不本意ではあるが、始末しよう。嗚呼、神よ、私の罪をお許しください」


 髑髏女は、銃身を額に当てて目を閉じて祈っていた。

 フードを取り、俺達を睨むように見ては、ゆっくりと銃口を向け直した。


「お、おいおい……まさか殺す気か? いや殺してくれるなら是非殺してもらいたいんだがね。でもこの子は関係ないから逃がしてくれよ。俺には何発でも撃っていい」

「私のボードが主の祝福により満たされますように。主を讃えます。我が魂、我が指に力を与えたまえ。主よ、あなたを信じます……」

「聞い――」


 途端に、髑髏女は俺の眉間へと銃口を向けるや、銀の輪のネックレスを口に当てて銃口を引いた。

 容易く骨を貫通し、脳を通り過ぎていく感覚、撃たれた衝撃で視線は空へ。

 ……ただ、意識はある。


「ああっ! シマヅ様!」

「……うーん。これくらいじゃあ死ねないか」


 意識が途絶えたのはほんの数秒だった。

 撃たれた額に触れてみると傷も既に塞がっている、流れた血はそのままだが。


「な、何故生きている……」

「諸事情により死ねない身でして……」


 髑髏女は狼狽えて後退した。

 その間に少しずつハスを俺の後ろへ、そして物陰へと移動させる。


「こ、この方は言い伝えにあったアルヴ様の使い、不死者様なのですよ~!」

「こらっ、余計な事は言わなくていいぞハス!」


 いい子だから隠れてなさい!

 するとその時、胸に妙な感覚が走る。

 見てみると、見事にナイフが刺さっているではないか。間髪を容れずに左肩、腹部、右足と更なるナイフが突き刺さり、だがそれでも俺には痛い程度で死には至らない。


「まさか……いや、ありえない……!」

「俺もそう思う」


 髑髏女は教会のほうへと逃げ込んだ。

 彼女がこの場では一番地位が高いのだろうか、何人かが彼女の傍へと迅速に寄っては指示を受けて、俺へと視線を移した。

 おいおい聞こえたぞ、撃ち殺せって。

 ハスは……物陰に隠れているな、大丈夫だ。しかし意識は向けておかなくてはならない。

 きっと奴らは帝国軍? で、何かを仕出かそうとしていてその目撃者である俺達を消そうとしているのだろう。

 容易く目撃者を出すくらいなのはどうなんだ、計画が杜撰だったんじゃないかあんたら。


「よし、満足するまで撃ってい――」


 俺の許可なんて別に聞いてもくれず、黒フード達が発砲する。

 どうせ死ねないんだろうなあという諦めもややあるものの、大人しくハチの巣にされておいた。

 倒れるにも至らず、意識が飛ぶにも至らず、死ぬにも至らず。

 撃ち終わりにため息をつく。


「な、なんだこいつは……」

「ば、化け物か……?」

「化け物とは失礼な」


 すると彼らの後方にある教会から、黒フードが入り口の扉を半壊させて飛び出してきた。

 ……というより、吹っ飛ばされたと表現するのが正解か。


「騒がしくなりましたな」


 教会から出てきたのは一人の老紳士だった。

 白髪が目立ち、その分年齢も重ねているであろうが体格は服の上からでも分かるほどにいい。

 後ろに手を組み、悠然と歩くその様子はこの場に漂わせている苛烈な状況を鈍らせる。

 黒フード達にとって、あの老紳士も敵なのであろうが、しかし彼らは俺をも敵と見ている。

 いつの間にか自然とできた挟み撃ちという状況、ここは……黒フード達にあえて近づいて威圧しておこう。

 撃たれても構わず前進し、老紳士は隙をついて黒フードの一人にそれは見事なかかと落としを決めた。

 銃で撃たれても魔法によるものなのか拳で弾いており、この世界の戦闘というものはどのようなものなのか、その片鱗を凝望させてもらえている。

 ……いかんいかん、俺も何かしたほうがいいか。

 どうせ死なない身だ、特攻でもかますのも一つの手かな?

 発砲を繰り返している黒フード達の中に、教会へと入り込もうとしている先ほどの髑髏女を見つけて俺は突進した。


「どりゃぁぁあ!」


 腰めがけて突っ込むのがいいんだよな、必ず態勢を崩せる。

 いじめっ子への反撃をするためにネットで調べた対抗手段だぜ。


「ぐっ……! これも主がお与えくださった試練か!」

「違うと思うよ!」


 髑髏女を押し倒す事は出来たものの、うまく体を捻って覆い被さらないようにされてしまった。

 う、動けるなこいつ……。これといって戦闘技術が俺はあるわけではないので、避けられると次は何をしていいのか分からない。

 けれども銃を突きつける髑髏女とて、撃ったところで俺が死なないと分かっているためか発砲は躊躇していた。

 老紳士が黒フード達を圧倒していく、形勢は悪くなさそうだ。そろそろハスを連れてこの場から立ち去りたいが、こいつらのほうが先に立ち去ってくれるか?

 周囲も銃声を聞いてざわつき始めている。街の人々がやってくるもの時間の問題であろう。

 すると髑髏女は銃をしまい踵を返した。

 指笛を鳴らすや、周りの黒フード達と共に一斉に散っていく。

 跳躍もさる事ながら、壁を蹴って屋根まで容易く到達するとは……これも魔法があってこそなのか。


「申此度は私一人では手に余っていた事でしょう、実に助かりました」

「別に俺はただ攻撃されてただけなんで」


 もう撃たれに撃たれたし刺されもしたしで服は血塗れだ。


「お体のほうは大丈夫なのですか?」

「も、問題ないです!」

「……頭部を撃ち抜かれていたように見えましたが」

「――シマヅ様~!」


 ハスがわたわたしながらやってきた。

 無事なのは分かっているだろうに、俺の体を隈なく診てまわり無傷なのを確認するや胸を撫で下ろしていた。


「ご無事で何よりです」

「一体何だったんだあいつら」

「銃を使っておりましたね……帝国軍でしょうか」

「かもしれませんな。去ったとはいえ油断はまだできませぬ。お気を付けくだされ」


 言下に失礼、と呟いて老紳士は会釈をして教会へと入っていった。

 黒フード達の狙いは教会内にいる人間だったのだろうが、あの老紳士が対象だったのか?

 ……いいや、そういう雰囲気ではなかったな。

 ちょっとした好奇心から、教会内をハスと共に覗き見る。

 いくつかの長椅子が破損し、中でも激しく争った形跡のある室内。

 奥の物陰には誰かがいた。


「あっ……」

「知ってる人?」

「は、はい……確か王女様です……。私も数回しか見た事がございません」

「へえ、王女か……」


 白のローブを身に纏った少女がフードを取ると艶やかな金髪が零れた。

 青くつぶらな瞳は怯えを宿していたものの周囲の安全を確認して次第に表情と共に安堵を見せていた。

 人形のように小さな顔だ、ハスもそうだがこの世界の女性というのは美人しかいないのか?

 老紳士は彼女に何やら説明をするや、彼女の視線は俺へと向けられ、その小さな歩調でトタトタとやってくる。


「あ、あのっ! お体のほうは大丈夫なのですか!? 血塗れなのですが……」

「ああこれ? 大丈夫大丈夫」

「そ、そうですか……。この度は助けてきただき誠にありがとうございます。これもアルヴ様のお導きによるものでしょうか」

「左様でございますね」

「違うと思うよ」


 王女とハスが互いに祈りを交わしあっていた。俺の言葉なんか聞いちゃいない。

 これだから信仰者は……なんて思いながら仕方なく同じく祈るとした。

 アルヴ教の聖地にいるのだ、この祈りは腐るほどさせられそうだ。


「お名前をお伺いしてもよろしいでしょうか」

「ああ、はい。俺が島津生哉。この子はハス・ピパルです」

「第一王女イトラ・ガルフスディアと申します。彼は私の執事をしているフラニフ・ウェトラスです。この度は助けていただきありがとうございました」

「いえいえ。それにしても王女様がこんな時間に教会にいるなんて少々不用心では?」

「そう、ですね……。しかしアルヴ教を信仰する身、民と共の教会で祈りを捧げたく思いまして」

「せめて朝か昼間にしたほうがいいでしょうに」

「日中では立場上、人目を寄せ付けてしまうので……」

「ああ、それもそうか」

「それでいつも日付が変わるこの時間に数分ほど密かに祈りを捧げておりましたが、私の習慣を利用して何者かが狙ってきたようですね……」


 祈りの一つを捧げるだけでも人目を避けてこの時間帯に行わなくてはならないとは、王女様というのも大変なものだな。

 けれども今回の騒動、彼女が内密に行っていた習慣を知っていた者による犯行……? となれば、何か複雑な事情がありそうだ。

 既に面倒事に片足を突っ込んでしまった気がしてならないが、どうか何も起こらずに済んでほしい。

 俺が死ねるような事であるのならば大歓迎だけど。


「巻き込んでしまい申し訳ありません」

「いえ、そんな」


 漫画などのせいか、王家って結構驕り高ぶっているイメージがあったのだが、彼女はそんな事など一切なく礼儀正しく頭を下げていた。

 こうも畏まられるとやりづらささえ生じてしまう。


「何かお礼をしたいのですが……」

「お気遣いなく。それより街の警護を強化したほうがいいのでは?」

「ええ、それは必ず」

「聖騎士なんかはいないんですか?」

「おりますが、私用での利用は行えません。それにしても銃声が聞こえましたが、帝国の者でしょうか……」


 そこへすっとフラニフさんが一礼して話に入ってくる。


「その可能性は十分に考えられます王女様。彼らがアルヴ教の聖地を狙い、信仰者を支配して国の拡大を狙っているのは明白。貴方様の命を狙い、国家に影響を及ぼす事が狙いかもしれません」

「力で支配しようとするなど、浅はかな事です。神は御赦しにはなられないでしょう」

「なんだか大変そうですね……」


 この国、大丈夫なのかな?

 俺が来て早々に戦争なんか勃発とかならないでほしいな。


「王女様、長居は禁物でございます。そろそろ……」


 彼に促され、彼女は再びフードを被り帰宅の準備を始めていた。

 住民達も何人かが外でざわついているな。俺達も離れたほうがいいか。


「それじゃあ俺達はこれで。ハス、行こう」

「は、はいっ。イトラ様、フラニフ様――アルヴ様のご加護がございますように……失礼します」

「あっ近いうちにまた改めてお礼を――」

「ではではー!」


 別に悪い事をしたわけではないが、これ以上あれこれ問い詰められたりするのも勘弁願いたいので逃げるようにしてその場から離れるとした。

 



 ……長い夜だった。

 宿屋についた頃にはハスの表情にも疲れが見えており、すぐに休ませた。

 風呂もあるようだが深夜はもう開いていないため、タオルを借りて体を拭く程度にしておく。

 朝一番に風呂へと飛び込むとしようじゃないか。

 店主も優しい方でいらない服をくれて血塗れの服とはおさらばできた。

 部屋は八畳ほどの広さで壁側にベッドが二つ左右に寄せられていた。小さなテーブルがその間に置かれており、手前はいくつか棚がある程度で最低限の寝泊まりをする部屋といった印象だ。

 清掃は行き届いているようで、埃っぽさもなく木々の香りがほんのりする心地良い空間だった。

 食事は基本的に食堂でとれるらしい、希望があれば部屋で食事をとる事も出来るようだ。遠方から来た冒険者には部屋の長期契約も可能との事。金銭面に関して今後どうなるか定かではない今、すぐには契約できないもののとりあえず安いのもあって数日分の支払いはしておいた。

 後はこの先次第。

 ハスはベッドで眠る事に戸惑いを見せていたが、ここでも奴隷本能みたいなものが働いていたのかな。

 二階の窓辺から、眠気がやってくるまで軽く外を眺めるとした。

 兵士が何人か見回りをしており、街全体での警戒は高まっていた。帝国とやらの連中との邂逅には驚かされたが、きっと死なないんだろうなという自分の意志が、恐怖心を鈍らせていたな。

 以前の自分であれば、怖くてあんなに動けなかったと思う。

 しかしながら……。


「なんだかんだで、生きちゃってるなあ……」


 首吊りに飛び降り、首を吹っ飛ばしてもらったり頭を撃ち抜いてもらったりもしたがどれも死ねなかった。

 もしや死ねる方法なんてないのでは?

 ……いや、めげてはいられない。次はギルドに行ってみるとしよう。

 情報集めをしなくては。それと何かしら仕事? もあるようだからそれで金を稼いでハスの面倒は見ようじゃないの。

 死ぬために生きなきゃならない上に、宗教が色濃いこの世界……しかもあのアルヴを信仰しているだなんてなんとも酷ぇ世界だぜ。

 はあ……とりあえず明日になったらまたじっくり考えよう。

 眠りにつくとして、このまま死ねたりしないかなあ?

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