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032 収束

「聖塔は柱が多くて狙撃しづらい、悪いがこれ以上は無理だ」

「十分です。いいものも見れました」


 狙撃手は煙草に火をつけ、ゆっくりと味わい始めた。

 もはやこれ以上の発砲は衛兵達に正確な位置を知られる上に対象を狙う事もできないために無意味だ。

 スコープを覗いて聖塔の様子を窺う事しかできない。

 彼の後ろにいる男――トゥトは、双眼鏡で聖塔の様子を把握していた。

 計画は失敗に終わった――しかしながら、彼の表情は実に穏やかだった。


「スカルが捕まって全部吐いちまえばあんたの立場も危うくなる、強引にでも殺しておくか?」

「やめておきましょう。もし彼女が捕まったらその時はその時ですよ」

「相変わらず楽観的だな」


 その言葉にトゥトは一笑に付し、双眼鏡から一度視線を外して夜空を見上げた。

 巨大魔力石から魔力がにじみ出て夜空に広がる時の光景は、年に一度しか見られない最高の瞬間である。

 特にこの四階建ての建物は十分に見渡せる、叶うならばここでゆっくりと鑑賞したいところだが、そうもいかない。


「あの東洋人……塔から落ちていったように見えたが……何者なんだ?」

「最近噂になっていた八角形ボードの持ち主ですよ、おそらく生きているでしょう」

「ほう、あいつが……」


 聖火祭は無事に進行している。

 これ以上こちらが出来る事と言えば撤退のみ。


「それでは私はこれで。報酬は逃走経路の最終地点に置いておきます」

「ああ、どうも」


 トゥトは踵を返してその場から立ち去った。

 ――シマヅイクヤ。

 最後に彼の雄姿を思い返して、彼は再び笑みを零した。



 * * * *



「――ズ様」


 途絶えた意識が回復し、鈍い思考のまま目を開ける。

 何をしていたんだったか、一瞬分からずに目の前に広がる夜空と、俺の顔を覗き込むハスに、茫然としていた。

 心配そうな顔をしている、とりあえずハスの頭を撫でてやるとハスは胸を撫で下ろして双眸に溜めた涙を拭いた。


「ハス……」

「ご安心ください、成功です」

「成功?」


 すると、夜空には綺麗な花火が上がっていた。

 聖火祭だったな……成功、そうだ、確か抗体を……。


「ああ、そうか……よかった……」

「お体のほうは大丈夫ですか?」

「暫く動けそうにないが、大丈夫だ」


 天国病の強化版みたいなものを取り込んでしまったためか、全身が鉛のように重かった。

 しかし少しずつそれも溶けるような感覚もある、問題はないな。


「スカルは、どうなった?」

「申し訳ございません、シマヅ様の傍にいたもので他の方は見ておりません」

「そうか、いやいい。どうせ逃げただろうなあいつは。は~……とりあえず死ねなかったようだし、聖火祭でも眺めるか……」

「そうですね、そうしましょう。衛兵の方もこちらに来ると思いますし、それまではこの特等席で……」


 聖塔から放たれる濃厚な魔力は虹色を彩り、空へと散っていく。

 国民達へと降り注ぎ、彼らはそれを受け取って自分の魔力と共に空へと放つ。

 各方面で様々な色を作り出すそれは幻想的で、国全体を包んでいるであろうオーロラは神秘的だった。

 充実感も相まって、気分は……悪くない。



 それからの事。

 俺達の身柄は一度国に確保されて、地下水路での行動やら現地での行動などを事細かに報告する事になった。

 王女も俺を擁護してくれたので疑いは早く晴れたものの、敵については一人も確保できず、スカル含める一団についての詳細は不明のままだった。

 パニアもうまく逃げたようだ、残念。

 そしてスカルのほうは、いくつかの弾痕が残っており、何発か狙撃されて現場の血痕からして本人は相当な重傷を負ったと推測される。

 狙撃はおそらくスカルが躊躇したために強引に実行へと移すためと、口封じによるものであろう。

 狙撃地点は1K(キレルというようだ、距離は元の世界でのキロと同じ)先から、狙撃方向からして四階建ての建物の屋上で、薬莢も見つかっている。相当な腕の持ち主らしい。

 スカルは地下水路から逃亡を図ったようだが、未だに足取りは掴めていない。

 国はこれらの状況や報告をまとめた結果、帝国による犯行と決めつけていたが俺はスカルが最後に言っていた言葉が引っかかっていた。

 ――このガルフスディア国のために。

 奴らは……帝国ではなかったんじゃないだろうか。

 帝国に濡れ衣を着せようとしている別組織なのだとしたら、脅威はまだ身近に潜んでいる。

 国や王女にもこの説明したがしかし、証拠もないために直接の進展には至らないであろうとの事。まあいいさ、こちとら別に帝国やら秘密組織やらを探すような機関に属しているわけではない。

 ただの冒険者で、死ねる方法を探す自殺志願者なだけだ。

 その他には、俺以外に不死者がいる可能性もスカルの発言から示唆されている。敵側に不死者がついているとするならばもし対峙した時は相当厄介だ。どう決着つければいいのだろう。あ、もしかしたら死ねる方法が不死者に殺される事だったりする? それならば一度試してみたいものだな。


「シマヅ様、今日はいかがなさいましょう?」

「どうしようかね、所持金にも結構な余裕は出来たし数日はゆっくりするのもありかなあ」


 国からは帝国の計画を阻止した勇敢な冒険者として謝礼金をたっぷり貰ったのもあって骨休めも視野だ。

 お金の使い道はどうしようかな。

 宿屋生活からそろそろ安い一軒家生活に切り替えるのもありか?

 けれど宿屋は宿屋で風呂もついてるし飯も美味いしギルドにも比較的近いしで悪くはないんだよな。

 宿屋から出て、歩きながら考えるとした。


「阿呆……か」


 道中、ハスはアルヴ像に祈りを捧げていた。


「えっ、何か仰いました?」

「ああいや、なんでもない」


 神様にあの日、久しぶりに会ったが馬鹿から阿呆と罵倒の言葉が変わっていたのは俺への評価に何かしらの変化があったのだろうか。

 聞くにも聞けないし、まあ……別にもういいか。


「そういえば王女様のほうもこれまた大変だったようですね」

「あー、何かごたごたしてたな。天国病の抗体生成に関して、その技術がうんたらこうたらと。ったく、頭の固い連中だよな。人助けの技術くらい文句言うなっつうの。死んだら元も子もないのによ」

「ええ、死んだら元も子もないですよねシマヅ様」

「ん? なんか俺、言い聞かせられてる?」

「どうでしょうか」


 そのジト目やめない?

 それにしても。


「王女とも暫くは会えないかねえ」

「元々気軽に会えるような方ではないので今までが特別だったかと」

「まあそうだよな。紅茶美味しかったなあ」

「あ、惜しむのはそこなのですね」


 いやあだってあんなに美味しい紅茶を頂いちゃったらギルドの紅茶がちょいと物足りなくてね。


「まだこのガルフスディア全体を回りきってなかったし、死ぬほど美味い紅茶でも探すついでに回ってみようか」

「そうしましょうか」

「死に物狂いで」

「それは嫌です」


 なんだよ、つれないなあ。

 まあいいさ。じゃあ、回るとしようか。

 死なない程度に。

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