027 少女の覚悟
「思ったほどの反応はないが、意識は戻っていない。やはり悪魔の類であろう。そのうち死ぬ」
スカルはほんの少し、期待をしていたが嘆息を漏らし、踵を返した。
「あの者はいかがなさいましょう」
「放っておけ。奴の仲間が駆けつけてきたら厄介だ。行くぞ」
「はい」
パニアは最後にシマヅを見るが、目を閉じたまま動かない様子を確認し、彼へ駆け寄るハスを見ては微笑を浮かべ、スカルの後を追った。
二人が渓谷の奥へと消えて暫くすると、クオン達がハスの元へとやってきた。
「銃声が聞こえたが、何があったんだ!」
「シ、シマヅ様が……」
「襲われたのか!? 大丈夫かシマヅ!」
クオンは彼の元へと駆け寄るが、応答はない。
所々に血痕が付着しておるも外傷はない、不思議に思うものの呼吸が弱く顔色も悪いその様子はただ事ではないと察した
。
「すぐに運び込もう!」
「依頼はどうするのよっ」
「そんな事を言ってられる場合か! 二人は援護を頼む! パニアはどこにいったんだ!?」
「あの方が、帝国の者と共にシマヅ様を襲ったのです……」
「なんだって……?」
帝国――その言葉を聞いて三人は表情を強張らせた。
ロッゾは斧の柄を強く握り警戒心を高める。帝国が近くにいて、八角形ボードであるシマヅを倒す者――となればよほどの強者、この場を去ったのだとしても油断はできないと、神経を研ぎ澄ませた。
街へと戻る道中に、これまでの事情を三人はハスから聞いた。
以前に王女を襲った黒フードの者達のリーダーと思しき者が現れた事、パニアがその者と共にシマヅを襲った事。
そして、シマヅが、頭部を撃たれた事。
彼の額には紫に染まる弾痕がついていた、淡く脈動しており、触れるのはやめておいたクオンだがその判断は正しかっただろう。
巡回の馬車もちょうど停まっていたのは幸いだった、一行はすぐに乗り込み無事に街まで戻る事ができた。
「病院はすぐそこだな! シマヅ、大丈夫だからな!」
「ギルドには帝国についての報告もしなくちゃならないわね……」
「俺は病院に行く、ギルドは任せていいか?」
「ええ、その場にいたその子から話をさせたいから、連れていくけどいいわね?」
「は、はい……」
シマヅと離れたくないハスではあったが、事情が事情であるが故にシスティアへとついていった。
ギルドの受付にはハスがこれまでの事情を説明し、証人としてシスティアもその後の状況について事情を付け足した。
ギルドの職員達はみるみるうちに慌ただしくなっていく。
帝国の者達の出現の他に、やはり八角形ボードの冒険者が意識不明の重体となると事は重大だった。
「あの……マルァハさん、この手紙の送り主との連絡は取れますでしょうか……」
封蝋の模様を見てシスティアは驚愕した。
ガルフスディア王家の紋章――王家と何かしらの接点があるか貴族階級の者でなければ先ずそのような封蝋を頂く事はない。
「直ちに――」
王家と手紙でのやり取りをしていた関係となれば、シマヅとハスがどれほどの立ち位置にいるのかを彼女は理解した。
「それと、シマヅ様は外傷は額の傷以外なく、意識は不明で呼吸は弱い……ですね?」
「はい」
「……分析魔法では、特に異変は見当たらないですが、念のため皆様一行は隔離処置を行います」
「はぁ? 隔離ですって!?」
「シマヅ様は依頼中に天国病に感染した可能性がございます、皆様も感染しているかもしれませんので、ご了承ください」
速やかに職員達が周辺に浄化魔法をかけ始め、冒険者達を離れさせた。
二人は馬車へと移され、シマヅのいる病院へと運ばれる。
「何でこんな事になるのよ……」
「申し訳ございません……」
「ったく……うちのパーティだって余裕があるわけじゃないのよ。何日も依頼を受けられなくなったら困るわ」
しかしハスに文句を言っても仕方がなく、彼女はため息をついて馬車の固い背凭れに背中を押っ付けた。
「……王女と手紙のやり取りをしてるのは、なんでなのよ」
「その、シマヅ様が八角形ボードの持ち主なので……」
「そもそもどうして三角形ボードのハイラアが八角形ボードの彼と一緒にいるのよ」
「それは……私が奴隷商人様に捨てられたところをシマヅ様が拾ってくださって……。成り行きでシマヅ様のお手伝いをする事になりまして……」
「ふんっ、うまく近づけたものね」
「わ、私は別に……」
「まあ別にどうでもいいけど。ただ今回の件はあんたが足を引っ張ったんじゃないの? どうするのよ、彼がこれで死ぬような事になったら」
別にハスを責めてもどうこうなるわけではない。
ただ、隔離と聞き、居心地の悪い馬車に揺られている中でシスティアの不満は溜まっていっていた。
そのはけ口が目の前の少女に向けられただけで、彼女の言葉は本心からくるものではなかった。
「その時は……私も死ぬ覚悟は、できております」
「は、え、し?」
思わぬ返答に、馬車の窓枠へ肘をつこうとしたシスティアだったが、肘は窓枠からずれてがくんと体が揺れる。
「私はシマヅ様が拾ってくださらなければ死んでいた身、あの方の命がなくなる時は私も死にます」
その相貌には確かな覚悟が宿っていた。
冗談で言っているのではない、彼女の作る拳には力が入っており、覚悟の気迫を肌で感じたシスティアは、一瞬言葉を出せずに唾を飲んだ。
「な、何を大げさな……」
「シマヅ様が私を必要ないと仰るのならばいつでも離れます、ご迷惑をおかけし続ける事になった場合はいつでも私から離れます。あの方が死ぬ時は、私が死ぬ時と、いつでも覚悟しております」
「わ、わかったから……もう、いいわよ!」
これ以上彼女の覚悟を肌で感じるには、この狭い車内では苦しくなる。
システィアは逃げるように、視線を窓の外へと向けた。
(なんだっていうのよこの子は……。アルヴ様の加護も受けられなかった三角形ボードのくせに……)
シマヅは、ハスの覚悟を知らない。ハスも、シマヅにその覚悟を伝える事はない。
馬車に揺られる事数分――赤煉瓦の壁が特徴的な病院へとたどり着いた。
入り口付近には老紳士が誰かを待っているように待機しているのがシスティアは気になった。
黒スーツからして地位の高い者に仕える執事、彼――フラニフは二人に一礼する。
とはいえ向ける視線はハスへ。
「お嬢様がお待ちです、シマヅ様もお運びいたしております。どうぞこちらへ」
「えっ、ちょっと、私はどうすれば……?」
「こちらの病院へ隔離となるようです」
一旦二手に分かれてハスはフラニフと共に移動する。
場所は、例の地下研究室だ。
「システィア様、ご迷惑をおかけしました。またいずれ機会がございましたら、よろしくお願いいたします」
「あ、うっ……ええ、よろしく……」
ハスの大人びた対応に、システィアは自分のこれまでの態度が酷く幼稚に見えて自嘲した。
彼女が病院へ入るのをハスは律儀に見送り、その後フラニフと共に地下研究室へと向かった。
「シマヅ様!」
「ハス、落ち着いてください」
地下研究室には別室がある。
いつでも患者を受け入れられるようにしており、病院施設の機材や治療道具、薬も一式揃えている。
魔力石を装着させたシートによりシマヅが横になっているベッド周辺の隔離は済んでおり、滅菌等の処置は施されていた。
医療において王女イトラは独学ながら魔法文明と機械文明を取り入れている事により時代を先行している。
「容態のほうはよろしくないですね……一度心臓も停止しましたが不死者である彼は再び生き返りましたけれど、その際に再び昏睡状態に陥りました」
「額のほうは……」
「摘出に取り掛かっております、ご安心ください。このシートより先は入らぬようお願いします」
手術着を身に纏い、メスを持つ彼女のその姿は王女とは思えぬ外見であった。
彼女の親族が目にしたら激怒していたに違いない、王家たるものは――と何かと言葉を並べて。
「彼は蘇生すると魔力を膨大に得るようですが……これは固有魔法でしょうか」
「死再付与という固有魔法でございます。魔力の器も大きくなるために膨大な魔力は溢れる事なく収められております」
「なるほど……そのような固有魔法をお持ちでしたか」
鋏に似た形状の摘出道具を用いて、彼の額から紫色に染まる小さな粒が摘出される。
柔らかさもあり、殺傷能力自体はないものの昏睡に陥るほどのものはある。しかし摘出により彼の意識が回復するという事はなく、昏睡状態のままだった。
「その膨大な魔力を取り込むと同時に、症状も悪化の傾向にありますね……」
イトラは更に彼の傷口に付着していた紫の液体を採取する。
この液体、そして粒についての分析も同時に進めていた。
「魔力に反応する……として、彼が昏睡状態に陥っているのは……。魔法で細工し幻覚を見せる? でしょうか、しかし幻覚作用を発生させるものが必要となりますし……」
「幻覚……?」
魔力、幻覚。
二つの言葉が、ハスの記憶を刺激した。
「ランハンショウ……」
ランハンショウに関しては007 死の衝動に駆られど。にて。