025 穿つ銃弾
「うーん……こんなに見つからないもんなのか?」
あれから数十分、渓谷を奥へ奥へと進んでみたがノシイシどころか魔物一匹も見つからない。
崖下も何度か確認しているが時折魚が元気よく川を飛び跳ねる光景を目撃する程度。
自然を堪能して終わりってわけにもいかないしなんとしてもノシイシの群れを見つけなくては。
「あともう少しで橋にも到着するはずなのですが……」
「もしかしてあれか? なんか切れてない?」
「ありゃ~? 老朽化で切れちゃったのかニャー?」
本来ならばここで橋を渡って小山で合流するはずだったのだが、それができないとなると来た道を引き返さなくてはならない。
面倒な事になってきたな。
けど俺ならノシイシの群れがやってきても大丈夫かな? フレイムも覚えたし。
ちゃちゃっと見つけて退治して終わりといきたいな。
「……あの、この橋」
「どうかしたのか?」
「手すり縄の切断面が、鋭利な刃物で切られてます。それもこちら側から」
「本当だ……一体誰が……?」
何の目的でこのような行為を……?
小山への移動を妨害するため、としても誰を対象にしたものなのだろう。
「――主よ、今一度悪魔を滅する力を私にお与えください」
その時、後ろから聞こえるはパニアの祈り。
振り向くと、パニアは右手を大きく振り上げていた。
「ハス!」
パニアの武器は腰に差している小剣――しかし魔力を込めているのか、小剣はほのかに光を宿していた。
地面へ突き刺すと同時に俺はハスを抱きかかえる。
亀裂が小剣から広がり、俺達の足元が不安定になる。
このまま崖下へ落とす気だ――ハスを抱きかかえたままで落下の衝撃は緩和できるか? いいや、完全には無理だ。
ならば下の川に落ちれば何とかなる……? いいや、川は見たところそれほど深くはない、着地での緩和は期待できない。
「くっ……! フレイム!」
背中越しながら、右手を下へと向けてフレイムを放った。
魔力を多めに含む感覚でいた、威力は高いはず。それが証明されたのはフレイムを放つと同時に生じた反動だ。
体が半回転し、地面と正面に向かい合う――飛び降りはもはや慣れてしまったが、ハスがいるのだ、ここは何としてでも状況を変えねばならない。
「フレ……イム!」
全力の威力を地面へ向けてお見舞いする。
更なる反動により、体が浮く感覚を得た。
だが方向までは安定せず、崖側へとぶつかってしまった。
「ぐはっ……!」
けれども、なんとか地面に叩きつけられる事は避けられた。
倒れこむように着地するが、痛みはほどほどといったところ。
この程度で済んだのはやはり何度も死んで魔力の器が広がり身体能力が向上したおかげだ、これ以上死んだら化け物の領域に入ってしまうのではないだろうか。
「ハ、ハス……大丈夫か?」
「は、はい、私は大丈夫です。マスクは飛んでいってしまいましたが。助けていただきありがとうございます」
「パニアの奴……なんであんな事を……うぉっ!? 逃げるぞ!」
頭上を見ると、瓦礫が追い打ちをかけるように降ってきていた。
すぐにハスを抱えて転げまわる様に回避した。
瓦礫の後に、パニアがふわっと降下してくる。
魔法? と思ったが、右手に持っている銃で降りてきたようだ。
ワイヤー銃と呼ぶべきか、ワイヤーが銃に収納されていくと錨のような先端が銃口にカチャン、と戻ると同時に突き出ていた爪が縮み、円錐状に変形する。
ガルフスディアでは先ず見ない道具だ。
「……帝国の人間か」
「やはりこの程度では殺せないか」
彼女の笑顔は変わらぬも、その笑顔には似合わない言葉をさらっと吐いている。
口調も声色も、変わってしまっていた。
「スカル様、いかがなさいましょう」
「――私がやろう」
俺達の後方、川の向こう側から――スカルがやってきた。
その髑髏の刺青はやはり印象としては強烈。スカルってのはまさか本名じゃないよな?
「あんたか……」
「そこの娘、離れていろ。お前には用は無い」
……ハスを巻き込むつもりはない、か。
ありがたいが、その気遣いは一体どこからくるものなんだ。
「ハス、川の下流側へ逃げてくれ!」
「わ、私は後方支援です、シマヅ様をおいて逃げる事はできません!」
「そうも言ってられないだろう!」
「しかし……で、では、離れておきます!」
「そうしてくれっ」
スカルとパニアは少しずつ位置取りをし始めた。
スカルのほうは既に銃を抜いている。
パニアを誤って撃たないように位置をズラしているのだろう。
「……まさか君が敵だとはねえ、パーティのみんなが知ったら悲しむぞ」
「安心しろ、彼らとはほんの少し前に知り合ったばかりの仲さ」
「そうなのか、もっと詳しくあんたらについて話を聞いておくべきだったかな……?」
ふんっ、と一笑し、パニアの目つきは鋭くなり、小剣を握る手に力が入った。
心臓の鼓動が、激しく脈動する。
魔物ならまだしも、人との戦闘というのは未だに慣れていない。
前みたくスカルにタックルしてみるか?
いいや、あんな無策はやめておこう。以前とは違うんだ、魔法も片手剣もある。
とりあえず剣を構えるが、これといった剣術は勿論習っていない。
右手に剣、左手はいつでもフレイムを撃てるようにして、様子見をしてみる。
「貴様が神の使いか、悪魔か……見定めてやる」
後方の砂利を踏む音と共に、俺は後ろへフレイムを放った。
スカルは避け、川に着弾して水しぶきが宙を舞う。
銃口が向けられ、放たれるは二発――銃は妙な光を漂わせており、銃弾が体を穿った。
「ぐっ……!」
「魔力によって威力を高めている強化弾だ、貴様がどれほどの力を持っていようとも、流石にこれは効くだろう」
「ああ、効いたよ!」
更には空を斬る音、視線をパニアへと戻すとナイフがすぐ目の前まで迫っており、慌てて俺は剣を向けた。
刃と刃が弾きあい、火花が散る中、パニアは俺の経験不足を察してか、また一笑する。
随分と舐められているな、まあ仕方がないのだけれど。
小剣を必死に防御するも、手首を斬りつけられて剣を落としてしまう。
「――フレイム!」
同時に、魔法を発動する――地面へと放つ事で石礫も発生させる、自分ごと巻き込む自爆技だが、俺には特に問題は無い。
「がぁ……! き、貴様ぁ……」
「シマヅ様ぁ! その調子でございます! ぎったんぎったんにやっちゃってくださいませ~!」
「うるさいぞガキがぁ!」
「ひゃっ……」
近くの草むらへとハスは逃げ込んだ。
応援の一つくらいさせてやってもいいじゃないかパニア。
「パニア、冷静に」
「は、はい……失礼しました、スカル様」
「さあ……神の使いか悪魔の化身か、確かめよう」
再び二人は動き出す。
――銃声とフレイムによる騒音はクオン達にも届いているであろうが、彼らを巻き込む前にケリをつけたい。
しかし……流石に二対一に加えて俺の経験不足が――対人での経験不足が体を思うように動かせられていない。
フレイムの威力は高く、スカルの足元へと放ち石礫でのダメージは与えられている。
けれど、直接当てるには躊躇してしまう。
「――何を躊躇している?」
パニアの持つワイヤーガンが、弧を描いて横から俺の体に巻き付いてきた。
一度ワイヤーを放ち、撓らせて鞭のように使ったのだ。
まずい、身動きが取れない……!
「神は常に我らと共に」
すぐさまにスカルが距離を詰める。
懐から新たに取り出したのは紫の銃弾、それを銃に籠めて俺の額へと銃口は向けられる。
「貴様が神の使いであれば、この神聖なる力の宿った銃弾で天国に触れた後に、戻ってこれるだろう……。神の使いの使命は常に、この世に留まるのだからな」
引き金が引かれ、頭部に衝撃が走った。
大丈夫だ、すぐに意識が戻るはず――