022 暖かなパーティ
「着替えをもう一着持ってきておいてよかったです」
「いやあ、ありがとう。全裸で帰るところだったよ」
帰路につき、森の中を歩く。
いつ襲われてもいいように警戒心は研ぎ澄ませているが、今日も特に変わった事はなく、平和な自然を保っている。
時折物音がしても、獣かはぐれた魔物程度、それか薬草採取の依頼を受けている冒険者くらいだ。
「しかしあれから三日経ったっていうのに、全然動きがないな」
「私からすれば襲ってこないのならばそれに越した事はありませんが、天国病の蔓延が気がかりでございます」
「普段からペストマスクをつけておいたほうがいいかもしれないな」
「普段からはちょっと……」
「死ぬかもしれないっていうのに危機感が足りないぞっ」
「いつも死のうとしているシマヅ様からそのようなお言葉が出るとは……」
とりあえずハスにマスクを装着させる。
日中だと中々に暑いようだ、そりゃそうか。ほどほどの冷気を付与させた魔力石をつけてやると快適になったようでよかったが、ペストマスクの鼻のあたりから白い冷気が出てきていて少し怖かった。
通りすがりの冒険者はハスを見てぎょっとしていて、その反応は見ていて面白かったが。
魔力石にも魔法を放つ際に魔力を練る要領で送り込めるのだけど、自分の魔力量を基準にすると送りすぎる事もある。これには気を付けなければいけない。
「王女のほうも接触してこないし、今日もギルドによってまた普通に過ごそうか」
「聖火祭を控えているのでお忙しいのかもしれませんね」
「天国病についても全然情報は集まらんし、どうしたもんかねえ」
「今度東側のほうに行ってみますか? 今まで遠かったために足を運ぶ機会もございませんでしたが」
「それもそうだなぁ……。考えておこう」
ギルドに戻り、今日もまた多大な報酬を受け取った。
龍を退治できずともギルドとしては龍関連の素材が手に入るだけでも上機嫌だ。
だがあわよくば退治か、それか追い出すだけでもしてくれればダンジョン解放――そんな期待を込めてか、次回もよろしくとすぐに言われた。
依頼そのものは午前中で済んでしまったな、龍もあんまり構ってくれなかったのもある。
午後はゆっくり休むのもいいが、別に疲れてもいない。
天国病について聞きまわるついでに何か他の依頼を探してみようかな。
「ああ、それとシマヅ様、お手紙を預かっております」
「手紙?」
一通の封蝋された手紙を受け取った。
封蝋の模様はガルフスディアの王家紋章らしい。
ハスのもとへと戻り、手紙を開いて読んでもらうとした。
「――手がかりは未だ掴めずにいるとの事ですね。しかし黒フードの者達を南西側で見たという目撃情報があったらしいです」
「南西側か……」
「そのあたりに足を運んでみますか?」
「そうだなあ、時間さえあったらふらついてみようか。他には何が書いてある?」
「王女が聖火祭に集まる他国の貴族様との面会もあって自由な時間が少ないようです」
「暫くはあまり会えない……か」
ただそれはそれで王女は安全といえば安全ではある。
王女は今多くのお偉いさんと共にいるのであれば警備も相当なもののはず、彼女を黒フード達が襲いに行くのは考えにくい。
後は天国病がその間に蔓延しない事を祈りたいね。早く黒フード達を捕らえて抗体を手に入れなければ……。
「やあやあ、元気かい」
「ああ、元気だよクオン」
そこへやってきたのはクオン一行。
前回と同じように俺達の向かい側へ続々と座り込む。
何やら支度をしているようだ、依頼書らしきものも持っている。
「今日は早く戻ってきたな、依頼はもう終わったのかい?」
「予想以上に早く終わっちゃってね。午後はどうしようか考え中」
「もしよかったら共同依頼やってみないか? 俺達はこれから南側のノシイシ討伐に出ようと思うんだ」
依頼書を見せてくる。
勿論読めはしないのでハスの出番だ。
「ノシイシの群れが南の渓谷付近で出没中、ですか」
「群れの数が詳しくは載ってなくてさ、もし多かった場合は手に余るかもしれない。だから念のために人手を増やしたくてね」
「何より八角形のあんたの戦闘を見たいニャ~」
「わしも同感じゃ」
「何よ貴方達、私だって五角形なんだからこれくらいの依頼なら共同依頼にしなくてもいいじゃない。ヴァフベアの討伐くらいならまだしも……」
「まあまあシスティア、いいじゃないか。別にこれは共同依頼そのものが目的じゃないんだ、俺はただ彼らと親睦を深めたいってのが正直なところなの」
「ふぅん……親睦ねえ」
俺としては正直、嬉しい誘いだ。
仲良くするためのお誘い、そういうものは今までの人生でまったくなかった。
頼られるという事だけでも、心底嬉しくなるんだがね。そういう誘いだとなるとこれまた更なる嬉しさで口端が自然と上がってしまう。
「予定も無いし共同依頼受けてもいいよ」
「本当か!? じゃあ早速手続きしよう!」
受付へ行き、依頼書とは別に共同依頼の書類に二人でサインをした。
報酬は二班に、本来は銀級のみが受けられる依頼だが共同依頼であれば銅級も参加できるようだ。それは知らなかった(説明を聞いていなかったの間違いか)。
「よかったらこの後一緒に食事でもどうだ? まだ食べていなかったらの話だけど」
「折角だし、ご一緒しようかな? ハスもいいよな?」
「は、はいっ」
こくこくと小さく頷くハス。
でもちょっと不安そうに、俺の服の袖をつまんでいる。
もう少し俺以外と慣れさせたいのだが、まだまだ難しいな。
ギルドから出て俺達は近場の酒屋へと入った。
昼間は飯屋としても運営している。
午前の依頼を終えた冒険者で店内は実ににぎやかで、その中には国外からやってきたと思われる観光客や信仰者達もいる。
観光客はもっぱら昼から酒を嗜んでおり、信仰者は祈りを捧げつつもその料理は豪華な肉料理だったりもする。
店員は人類種と人獣種、エルフ種もいるな。
どれも美人さんでメイド服がよく似合う。この店は西区では一番評判がいいらしい。
俺達は普段は混雑の少ない店を選んでいたからここに入るのは初めてだ。美味いらしいっていうのは人づてに聞いてはいたが。
クオン曰く肉料理は絶品、ロッゾじい曰く酒も絶品、システィア曰く店内は煩くて下品、パニヤ曰くツナサラダは天下一品。
みんな(システィア以外)のお勧めを取り入れつつ、酒はまだ早いのでそれは無しで頂くとした。
「最近結構色んな依頼を受けてるよな、そろそろ銀級?」
「ああ、クオン達のほうは?」
「金級ももう上がれると思う、ただ難易度の高い依頼を受けてもっと早く昇級したいが装備が如何せん高くてね……」
「そうそう。私なんかは魔法の発動や質を高めるにも杖が必要で、杖にも相性があるから余計にお金がかかるのよ」
システィアは自身の持つ杖を見せてくる。
木の根が渦巻いて作られたかのようなもので、先端には円が作られている。
その円の中にペンダントのように垂れ下げられている五角形の宝石は魔力石か。
「わしは鎧かのう、これ以上太ったらまた新調せねばならん」
「ロッゾじいは痩せる事をお勧めするニャ~。ツナサラダ食べる?」
「いらん! わしには肉が一番だ!」
本当に仲の良いパーティだこと。
俺達が入る余地のないほどに、彼らの会話は止まらない。
こういったにぎわいの中での食事は、いつ以来だろう。
たまには大人数での食事も悪くないかもな。
……ハスはどうだ? 口数は減っている。
けれども表情は笑みを浮かべている、無理に笑顔でいるようにも見えなくもないが。
「それにしてもシマヅの装備は随分と安物だよな、装備には頼らないタイプ?」
「そうではないんだけどね……大体壊れちゃうから、消耗品として今は扱ってる」
「そういえば龍関連の依頼を受けているんだったのう。龍となれば上質な装備であれ耐えられんだろうな」
「よくあんな依頼こなせるわね。報酬はすごいらしいけど……」
「でも退治じゃなく素材回収をしてるだけだよ」
「それでもすごいニャ~」
「わしらも昔、山に出た龍相手に一度だけ素材回収を挑んでみたけど近づく事すら無理だったのう。クオンは大切な愛剣を粉々にされてたな」
「ううっ、思い出したくない事を……。高かったんだぜあの剣……」
「それは災難だったね……」
俺の片手剣は行くたびに壊されている。
龍の鱗に斬りかかっても折れるし、折れずとも尻尾攻撃で容易く剣は粉々だ。
折れない頑丈な剣があればいいけど、しかし折れない剣を手に入れてもあの全てを溶かし灰にする炎に耐えられるかどうか。
魔力石を埋め込んで強化するという手もあるらしいしシスティアの杖にもその細工を施しているようなので、俺もその辺を試してみようかな。
「今度一緒に龍関連の依頼を共同依頼で行ってみる?」
「い、いやそれはやめておくよ……知り合いの冒険者も挑戦したらしいけど、あの龍はただの龍じゃないらしいし」
「え、そうなの?」
「いずれ龍王にもなりうるほど、だとか」
俺にとっては大きな爬虫類って感じなんだがな。
まあ死なない身だから今一強さがどのようなものなのか把握しづらいが、死ぬ度に魔力の器も広がって強化されているはずなのにそれでも何度か俺を殺していると考えれば……ああ、確かにただの龍ではないのだな。
「その依頼を三回も受けて素材回収しているってなると流石八角形ボードって感じよね。この五角形の私でさえ死ねる自信があるのに」
「そのうちお偉いさんからも声が掛かるんじゃないか?」
「お偉いさん?」
「ああ、国の軍関係から国に働いてくれとスカウトしてくる事もあるんだぜ。ガルフスディア第一王子なんかは強者を集めているんだとか」
第一王女なら接触してきたが、王子様のほうはまだだな。
今は相手にしていられないし興味もないが。
「――よし、行こうか」
食事を終えて支度をして西口門を出た。
クオンのパーティは実に慎重で、一通りの道具をきちんと揃えて不備がないか確認し、かつ時間の管理も完璧だった。
午後一時には準備を済ませて南口門から馬車で出発。
何気に南口から出るのは初めてだった、西口と違って出た時の景色はこれまた違う。
山と山の間を通る渓谷が遠くに見える。
目的地はあそこだ、低地となっているようでその分渓谷も深くなっているのだとか。
馬車に乗り込んで渓谷へと向かった、到着予定は三十分後との事。
「本来は南区のギルドの冒険者が担当するはずだったらしいんだけど、龍関連の依頼に挑戦しにいって悉く返り討ちにあってこの依頼を受ける予定だった人達ができなくなっちゃったんだとか」
「馬鹿よねぇ。私達は貴方や龍の情報を得ていたから依頼は受けなかったけど、一攫千金を狙って判断を見誤ったのね」
「人類種は欲深いニャ~」
「そうかなぁ?」
「ニャ~」
ぴこぴこ上下する猫耳に、ふりふり左右する尻尾。
パニア……可愛いな。抱きしめて全身撫でたい衝動に駆られるが何とか抑え込んでいる。
「時にそこの人類種~」
「……? 私、ですか?」
「その肌、何か塗ってるニャ?」
「いえ、私達ハイラア族は元々このような肌の色をしています」
「おー、そうニャのか~。あんまり見ないものだから、気になってたニャ~」
「同族はもうここ何年も見ておりません、この国では私以外はもはやいないかもしれませんね」
いつになく凛とした様子でハスは接していた。
どこか堅いような気もしなくはないが。
「ハイラア族も信仰はするのかニャ?」
「勿論です、アルヴ教を信仰しております」
「お~、アルヴ様の祝福あれニャ~」
「はい、祝福があらん事を」
お互いに祈りを捧げていた。
もう好きにしてくれ。