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019 静かなる侵食

 それから数分後、外の光がなくなりどこかの建物へと入ったと思いきや馬車は停まった。


「ここは……」


 木箱だけがいくつも四方に積み重ねられた一室。

 一見にして倉庫にしか見えないが……。


「どうぞこちらへ」


 フラニフさんが奥の床に手を置くと、ほんの少し光ったと思いきや地下への階段が出現した。


「おおっ……」

「我が国の地下に広がる水路へと繋がっております」


 長い階段を下りていく。

 俺達が来た地下への入り口が閉じられると共に、壁に一定距離で設置された魔力石を利用した照明が点灯する。

 地下へ進むほどに空気は徐々にひんやりとしていき、ようやくたどり着いた地下水路には一隻の船があった。


「ここからは船での移動となります」

「秘密の階段に秘密の水路か」

「この国の王女は、意外と秘密をお抱えしているのですよ?」


 王女自身が、そう言って悪戯な笑みを浮かべていた。

 礼儀正しく、時にはお茶目、魅かれるものがある。王女、いい……。

 船に揺られる事数分後、辿り着いた行き止まりには扉があった。

 船から降りてその扉の先へと行くと……。


「うぉぉ……研究室か?」

「はわ~、すごいですっ」

「私が異端者呼ばわれる所以でもあります」


 棚にはずらりとビーカーやフラスコに見た事のない薬草や液体が入った瓶が並べられていた。

 テーブルにはアルコールランプにいくつかの魔力石、山積みになっている資料はどれも天国病についてのものであろうか。


「科学を知る事で私の視野は大きく広がりました。この国では発展した科学は否定的ではございますが」

「ここだけガルフスディアとは違った別世界みたいだ……」

「み、見た事のないものでいっぱいです~……」

「ご安心ください。私は異端者ではなく、ただの科学者です」

「でも……帝国と同じく科学を扱うのは……」

「言ってもこの国だって魔力石を使った照明や施設だって科学の一つだろう

? そんなに驚く事か?」

「それも、そうですが……」


 科学の質の違いはあるだろうが。

 帝国はあの銃の形状からしてガルフスディアよりも遥かに科学が発展しているようだ。

 発展しすぎた科学は、魔法を中心とした国々では否定的に見られている背景があるのかもしれない。


「シマヅさんはご理解があるようですね」

「ええ、それなりに。むしろ今まで科学面より魔法面に疎かったものですから」

「はわ~神様の世界は科学が発展しているのですかっ」

「いや、そういうわけじゃないけど……それにしても熱心にお調べになられているんですね」

「しかし感染者を救うには至っておりません。国も感染者が少ないがために重要視していないのが残念です」


 フラニフさんに促されて空いている席に座る。

 別の棚では魔力石を使っての湯沸かし器があり、お湯が沸かされて紅茶が提供された。

 ギルドで頂いたものよりも香りとその深いコクのある飲みやすさ、上質な紅茶は違いがすぐに分かった。

 いいものを飲んでるんだなあ、流石王家。

 彼女は眼鏡を掛け、赤い液体の入った試験管を覗きみていた。


「これは天国病感染者の血液です。ああ、密閉しているのでご安心を」

「念のために飲ませてもらえないだろうか」

「シマヅ様、何が念のためなのですか?」

「駄目かな?」

「絶対駄目だと思いますよ」


 困惑する王女に、ハスはすぐさまに説明を添える。


「すみません王女様、シマヅ様は死ねない身でありながら、死にたがりでございまして……」

「そ、そうなのですか……」

「あんまり残念そうな顔をしないでください、死にたくなります」


 まあ死なないんですけどね。

 こほん、と彼女は仕切り直して話を再開する。


「この血液を調べた結果、健常者とは特に変わりはなかったのです」

「変わりはなかった? 天国病の病原菌も見つからなかったんです?」

「はい、培養検査も行ってみましたが、菌は発見されておりません」


 別の平皿も見せてくれた。

 菌らしきものは特にはないようで、綺麗な赤を保っている。

 顕微鏡らしきものもあり、彼女の研究はかなり本格的なもののようだ。


「魔力石に様々な属性を付与させ、血液との反応も見ましたが、それもなし。ですが……魔力そのものを与えると少し、反応があったのです。こちらへどうぞ」


 壁側に置いてあるキャビネットへと移動した。

 ガラス面には手を入れられる穴がついており、ゴム手袋がケースの内側へと設置されている。

 映画でこういうの見たなあ……。

 隣にあるガラスケースに平皿と魔力石を入れて、彼女はキャビネットへ両手を入れてそれらを取る。

 キャビネットにも、ガラスケースにも魔力石が取り付けられており、どうやらそれが菌を出さないよう安全を保つようにしているようだ。

 科学と魔法石を大いに活用しているねえ。


「この平皿に魔力を注ぎます」


 すると――平皿の中にあった血液が少し赤紫へと変化するや、まるで蜘蛛の巣のように波紋を広げた。


「うわっ……なんだこれ……」

「ぶ、不気味です~……」

「体内でこのような反応が起きる、とはいってもまだ分析は済んでおりませんが、これは普通では考えられない反応です。医者に診てもらってもこれは分からないでしょう。治療魔法をかけるならまだしもわざわざ直接魔力を送るなど、先ずしないでしょうから」

「確かに、それもそうですね……」

「しかしこのような反応のみでは重症化も、命を落とす事もないと思います。天国に触れられるような症状と、死に至らしめるほどとなるとまた別の条件があるのでしょう」

「では、もはや人工的に作られたのは確実、ですか」


 王女は頷き、キャビネットから手を放した。


「帝国による生物兵器だとしたら、天国病解明を速やかに進めて対策を取らなくてはなりません」

「抗体は作れるんですか?」

「難しいところですね、作れるとしても時間が掛かります。それまでに蔓延してしまっては手遅れです。首謀者はこのような事件を起こすのならばおそらく抗体は既に作ってあるはず」

「首謀者を取り押さえて抗体を手に入れて大量生産するほうが手っ取り早いか」

「では早速捕まえにいきましょう!」


 ハスは決意の握り拳をする。

 意気込みはいいのだが、そう容易く行動に出られる事でもないんだが。


「……とりあえず地道に情報集めをするか」

「警護を一部手薄にしてみて、敵が食いつくよう誘いもしてみようと思います」

「聖火祭も控えてるんだし、早いとこ解決したいところだな」


 席に戻り、再び紅茶を味わうとする。

 さて、これからどうなるやら。

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