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018 絡みつく不安

 一周をようやく終えた頃、そろそろ宿に帰るかと西区の方へと向かったその時、一台の馬車が俺達の前で停まった。

 他の馬車とは違い塗装や装飾からして高貴さを感じる。

 御者台から降りてきた老紳士の顔には見覚えがあった。


「こんにちわ」

「あっ、どうも」

「お久しぶりでございます、フラニフ様」


 フラニフさんとは王女が襲撃されたあの夜以来だ。


「聖都の観光ですか?」

「そんなところです。ギルドの依頼も明日する予定で、今日はもうやる事がないので」

「なるほど。あれからどうでした? あの夜襲撃してきた者達との接触などはございませんでしたか?」

「いえ、特には。なあ? ハス」

「です~」

「それは良かった、ご無事で何よりでございます」


 警備のほうも日に日に強化されていたようだし例の奴ら――帝国? は下手に動く事もできないだろう。

 聖火祭を前に更なる警備の強化もあるだろうし、安心ではないかな。

 危惧していた面倒事にも意外と巻き込まれずに済んでこっちはそういう意味でも安心しているがね。

 王女暗殺を阻止した奴ら――として襲ってきやしないかほんの少し心配だった。


「もしお時間がございましたら、ご乗車いたしませんか? お送りいたしますよ」

「おっ、それじゃあお言葉に甘えて」

「ではどうぞ、お乗りください。西区でよろしいですね」

「ええ、ありがとうございます。お願いします」


 馬車で帰れるなら楽でいいな。

 ほんのりと薔薇の香りがする馬車へと乗り込むと、中には既に誰かが席に座っていた。

 黒い布で顔が隠されているが、目の部分は生地が薄く薄っすらと顔が見える。


「お、王女……?」


 何かのドッキリでも仕掛けられたような気分だ。

 恐る恐る彼女の向かい側へとハスと共に座る。

 同時に馬車はゆっくりと走行を開始した。


「お二人とも、お元気そうで」


 布を取るとやはりその正体は王女だった。

 顔を隠すのは宗教的な面から? それとも王女という正体を隠すため? カーテンも閉められているし後者のほうか。

 ハスはすぐさまに祈りを捧げ、彼女も同じく返す。

 あーもう、お前らは今後会う度にそれをやるんだろうな。俺はもうやらないからな、いちいちわっか作って挨拶するより頭ぺこっで済ますほうが楽だ。

 あとこの前同時に祈りの挨拶をしたらハスと肘をぶつけて軽く痺れていい思い出がない。


「はわっ王女様、お会いできて光栄でございます」

「この国には慣れましたか?」

「見た目通り順調に適応できてますよ」


 どうですか、ハスなんか随分と雰囲気変わったでしょう?

 最初に見た時より服装は断然いいし、肌のハリと弾力もよくなって髪も手入れしているから艶やかさが宿っている。

 本人の卑屈さはまだお変わりないですが。


「ギルドのほうでも早速ご活躍されているようですね」

「ええ、この国で安定した生活を送れそうです。それに、何かこの前ギルドに行ったら謝礼金を貰いまして、とても助かりました。どうもありがとうございます」

「危機に瀕していた私をお救い頂いたので謝礼は当然の事。感謝の言葉を述べるべきはこちらにございます、誠にありがとうございました」


 謝礼金のお礼も述べた事だし、これにてお互いに終了――という流れにはならなそうな気がする。

 こうして接触を試みてきたからには、何か話があるのだろう。


「お話は中で聞いておりました。例の者達による襲撃はなかったようで安心しております」

「これもアルヴ様のご加護でしょう」

「違うと思う」


 警備の人達のおかげだ。

 アルヴは何もしてくれやしない。

 ため息が出かかったがなんとかこらえた。


「どうやら俺達の事は把握しているようですが、大体もうお調べに?」

「はい……調べさせていただきました。貴方が八角形ボードの持ち主である事も、襲撃に遭った夜、貴方が撃たれていたにも関わらず平然としており、その後病院にも行った記録がなく、宿屋で過ごしていた事も……」

「それは……」


 直接は言わないものの、俺が不死者であるという事は感づいているようだ。俺の口から直接聞きたいのか?


「私はアルヴ教を信仰しております。アルヴ様の使いは不死者という言い伝えも、存じております」

「……別に俺はそんなんじゃあないですよ」

「死なないのは……確かなのですね?」

「……そんな質問をしなくても、もう調べはついているんでしょう?」


 龍関連の依頼を受けた時に感じた視線。

 あれはおそらく王女の部下――フラニフさんあたりのものではないだろうか。

 となれば俺が龍に何度か殺された光景も見ているはずだ。


「それで、俺が不死者だと突き止めてどうするおつもりですか? まさかアルヴ様の使いだとかいって民衆に触れ回ろうなんてしないですよね?」

「そんな事は致しませんのでご安心ください」

「ならよかった……」


 ほっと胸を撫で下ろす俺を横目に、ハスはどこか嬉しそうに口端を上げていた。

 俺が不死者であると知ってもらって嬉しいのかな?


「それで、今日は自宅まで送ってはい終わりって感じでもなさそうなのですが……」

「よろしければ、お話を聞いていただけませんでしょうか」

「シマヅ様、王女様からのお話であれば……」

「聞いたら即死するとかなら喜んで聞くんだけどね」

「そんな究極の呪いみたいなのを期待しないでくださいよシマヅ様」


 だよね、と肩を落とす。

 流れから言ってただの世間話をするわけではないだろう。このまま何かしら巻き込まれるんだろうなあと思いながら、仕方なく俺は承諾して話を聞くとした。


「現在ガルフスディアで流行りつつある天国病についてはご存じでしょうか」

「ええ、知ってますよ。この前なんか天国病に罹った人と接触もしましたよ。ああ勿論検査も受けましたし何か消毒やら自粛やらさせられて異常は無かったのでご安心を」

「天国病が報告されていく中、国内では黒フードの者達の目撃情報もいくつか報告されております」

「ああ、例の……一人は骸骨の刺青みたいな顔してて本当に不気味でした」

「おそらくその者がリーダー格と思われます。私は天国病について調査も内密に行っておりましたが、天国病と黒フードの者達の報告はほぼ同時期だと判明しました」

「では、奴らと天国病は何か関係が……?」

「はい、私は天国病は人工的に作られたものかもしれないと疑っております。そして私が襲撃されたのは天国病を調べ始めて間もない頃……」

「じゃあ……あの襲撃は天国病を嗅ぎまわっている事が原因、ですか?」

「おそらくは。暗殺されても王女だから狙われたと、理由付けもできます」


 どうやら天国棒はただの奇病では片づけないほうがよさそうだ。

 帝国による陰謀、だとして……俺達があれから襲撃されなかった一番の理由はもしかしたら天国病について嗅ぎまわっているわけではないからではないだろうか。

 勿論警備の強化も理由の一つではあろうが、王女のほうをマークしていたのだとしたら、納得がいく。

 では……現在王女からその陰謀を聞かされている上にこうして共に行動しているとなると、奴らの矛先は?

 ……ああ、とても嫌な予感。


「そして私には現在、味方がほとんどおりません。兄様が私を異端者だと臣下達に噂を流しておりまして……。何よりも、身近な者が帝国に繋がっている者がいる可能性も捨てきれず、私にはフラニフしか信用できる者がいないのです」

「だから、俺達に協力してくれと?」

「……八角形ボードの貴方様がいれば、これほど心強いものはないと、思いまして。勿論出来る限りの謝礼も致します」


 窮地に追いやられている上に、味方も少ない、と。

 しかしだからといって入国してまだ数日程度のよそ者を頼るのもどうかと思うが、それでも八角形というボードの持ち主がいれば頼もしいという事か。

 頼られるのは、嫌いじゃないが……。

 ハスが俺の服の袖をきゅっとつまんだ。彼女を見ると、その顔には「協力しないんですか?」と書かれている。顔で言ってやがる、顔で訴えてやがる。


「分かりました、協力しましょう」


 ハスの表情も、王女の表情もぱぁっと曇り空の中から太陽が出てくるかの如く明るくなった。


「といっても具体的に何をすればいいんですか? 天国病については俺も気になってまして、国のためにも調べたいとは思っていたところですが」


 死にたいがためですよね? とハスが横からジト目で見つめてくる。

 頬をぶにっと突いて僅かな抵抗をしておこう。


「ギルドのほうでの情報収集をお願いしたいのですが……その、なるべく天国病について調べ回っているように、強調してもらえれば」

「……それで、黒フードの奴らをおびき出そうと?」

「こんなお願いをするのも、無礼だとは承知しております。しかし彼らを取り押さえて正体を暴く事が天国病解明の近道だと思っています」

「人工的に作られたものだとしたら、の話ではあるでしょうけれど」

「それについては、ご説明をさせていただきます。少々、お付き合いいただいても?」

「ええ、構いませんけど」


 すると王女は御者台側の小窓を軽く叩いた。

 馬車はゆるやかに方向を変えていくのを体で感じる。どこか別の場所へ向かっているようだ。

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