017 信仰とは。
しかし……天国病か。
うんうん、これは、死ねそうな気がしてきたぞ。
「あの、シマヅ様?」
「ん? どうした?」
「何やらにんまりして頷いてますが、天国病の情報を聞いてそのような様子でいる時点で……天国病にどうにかして罹ろうなんて思っていませんか?」
「ふふっ、ハスは面白い事を言うね」
「その屈託のない笑顔に私は恐怖を感じています」
とりあえずギルドへ来る途中で道具屋でハス用にペストマスクは購入していた。
こちらの世界でもペストが蔓延した時代があったらしい。
その時に使用されたマスクが現在も売られており、魔力石を組み込んでいるために微量の魔力によって外からの害となる菌を遮断できるようになっている優れ物だ。
このあたりでは毒を吐く魔物はいないために需要はあまり無いようだ。
こいつは何かあったらハスに装着させよう、常時装着されるのは流石に辛いだろうから。
それにしても懐がどんどん厚くなっていくために、装備のほうも徐々に上質のものへと整えられていった。
といっても主にハスの装備なのだが。
奴隷商人が落としていった物の中にあった魔力石のほうもうまく有効活用させてもらっている。
最初に使っていた袋よりも上質な袋を購入し、氷属性を宿した魔力石を入れた袋は今や冷たい水をいつでも飲めるちょっとしたクーラーボックスだ。
勿論食料保存もできるために、これから受ける依頼は快適にこなせるだろう。
「銀級ももうすぐそこかなあ?」
「おそらくは。共同依頼もこなしていけばどんどん昇級できると思いますよ」
「まあしかし、そろそろこの国のためにも天国病についての調査依頼を受けたいところだな」
「絶対本心からくるものではないですよね?」
「おいおい何を言うのかね。愛国心めちゃあるよ」
「では、国王様のお名前をお聞きしてもよろしいですか?」
「……まあ、あれだ」
「あれとは?」
じとーっとした目つきで俺を見やがる。
いつから君はそんな目つきをできるようになったんだ、ここ数日で様々な表情を見られて嬉しく思うぞ俺は。
「……ハス、卑怯だぞ!」
「ひ、卑怯ではないと思いますが! ちなみにゼン・ガルフスディア様でございます」
「そうそう、それ!」
「……」
「そのジト目、やめたまえ」
そんな視線に目を合わせられず俺は「さて~」と紅茶を飲み終えて掲示板へと向かった。
また龍関連の依頼があるな、内容は前回と同じだ。
「こちらの依頼、再び依頼主から提出されまして何人かの冒険者が挑戦したのですがことごとく追い返されております」
いつになく冒険者達の間をすり抜けてやってきたマルァハさんが説明を添えてきた。
君、意外と俊敏だよね。受付より冒険者としてやっていけるんじゃないか?
「もしよろしければ、シマヅ様にご依頼を受けてもらいたいのですよね。失敗続きだと他のギルドに依頼が回される可能性もありますので」
「そうだなあ……美味しい依頼だし別に受けても構いませんよ」
「おおっ! それはありがたいです、では早速手続き致しましょう!」
受付へと移動し、今や慣れた手つきで自分でサインをして依頼を受注する。
そうか、やはり他の冒険者では無理か。
……俺も龍退治は出来ていないんだけどね。素材回収のみなんだが、むしろこっちのほうを期待しての依頼といったところであろうか。
加工して様々なものになるし国としても潤う貴重な要素、そしてギルドとしても依頼達成率を高められて評判を上げられる貴重な要素、更には依頼を達成できる冒険者にとっては稼げる貴重な要素――
こういった難易度の高い依頼はこなせる人がいればうまく循環する。
期待の新人として、注目されている。
……こんな立場になったのはいつ以来だろうか。
昔は新入社員として、そりゃあ期待の新人と呼ばれたもんだから頑張ったし頼りにもされたものだ。
結局……使い捨てとして頼りにされていただけなんだけどね。
それでも最初の頃の期待の眼差しは悪くなかった。今再び、その眼差しを受けられて、口端が少し緩む。
単純に、頑張れば頑張るほど評価されて階級も上がっていく。やりがいがあるなあ……。
もとの世界でもこういうやりがいのある仕事に就けたら、何か俺の未来は変わっていたのだろうか。
「……シマヅ様?」
「ん、はい?」
「いえ、何かお考えになられていたので」
「ああいや、別に。気にしないでください」
依頼書を受け取った、明日にでも洞窟へ赴くとしよう。
「そういえば天国病についてなのですが……調査依頼なんかは掲示板に貼る予定があったりはします?」
「今のところはないですね。国もギルドに調査依頼を出すべきか悩んでいるところでしょう。感染者も極端に少なく感染者と接触しても感染はしないとはいえ、不明な点が多いので……」
「そうですか……」
ギルドを後にして、今日はもう夕方に差し掛かりそうな時間帯であるために残りの時間はゆっくりするとした。
街では最近、天国病の不穏な噂が広がる反面、聖火祭とやらの準備が着々と進められていた。
「聖火祭ってのもそろそろなんだっけ?」
「はい、十日後に」
少し中央の聖都と呼ばれる区域まで歩いてみる。
これといった用もなく、ただ城を眺めるくらいしかやる事はないのだが、聖火祭の準備が今は観察できるのだ。
その道中では、ちらほらと目に留まるはホームレスの人達。
三角形ボード持ち……らしい。
「聖都へと訪れる観光客などからお金を恵んでもらうためにこうして人が適度に通る道中にて、道の端で座り込んでいるのです。私も、幼い頃に一度やりました」
「マジかよ……」
「マジです」
三角形ボード持ちは、この世界で生きるには中々に過酷だ。
帝国のように三角形ボードの持ち主を受け入れる国はあるといっても、帝国はどうも評判は良くないし、どう足掻いても道は茨か。
けれどハスが俺に拾われたように、希望は捨ててはいけないと思う。
流石に俺が三角形ボードの持ち主達全員を養う事は出来ないが、彼らの前に置かれた小銭入れの中に金貨を入れる事くらいはできる。
だがハスは俺の手を止めて、小声で囁いた。
「金貨を入れていくのはよろしくありません。この子のように若い子の場合、裏では腕力を行使して奪ったり、時には大人数での奪い合いにまで発展します」
「そ、そうか……」
「お恵みはありがたいのですが、ほどほどの金額でないと被害が出ますので慎重にお考え下さい」
言われて俺は袋の中で手にしていた金貨から、銀貨と銅貨数枚にして均等に、数人のホームレスへ分けていった。
彼らもまた信仰者であり、感謝の祈りはアルヴ式。
ホームレス達の裏事情も、大変そうだ。
「もしシマヅ様に拾われなければ私も今頃はここに座っていたかもしれません」
「彼らをどうにか手助けしてやりたいものだが……」
全員を救えないのは分かっている、俺には抱えきれない規模、そして責任も生じる。
けれども何か、出来る事があるのならばたとえ偽善と言われようが手助けをしてやりたい。
やらぬ善よりやる偽善ってやつ。
「いつか四角形ボードに昇角する事をお祈りください。それに時には奴隷として拾わればとりあえずの衣食住を得られる事もあるので、まだまだ希望はございます」
やはり何も明るい面だけじゃない。
きちんと見てまわればこうした暗い面もある。
それは異世界であれど当然の事なのだ。
まだ十歳に満たない子もいれば、青年ほど、それに大人や老人までと老若男女様々だが、彼らは必死に生きている。
……俺と違って。
生への活力に気圧されて俺は足早にその通りを通過した。
通りの先は聖都の中心地だ。
「……なんか鉄球みたいなの運び込んでるな」
「あれは巨大な魔力石を球状に加工したものですね、相当な魔力量をため込められます」
「聖火祭に使うのか?」
「です~。聖火祭の夜にあの巨大魔力石にため込まれた魔力が国民へと降り注ぎ、国民は溢れる魔力を自身の魔力と共に空へと放つのです。空には魔力に反応して色とりどりの光を放つ魔法を名だたる魔法士達が行っておりますので、聖火祭の夜空はそれはもう素晴らしい眺めとなりますよ」
「ほー、そりゃあ楽しみだな」
国民全員の協力による花火大会みたいなものか。
周辺では夜店らしき骨組みも着々と出来上がっている。商人達の場所取りは既に始まっているようだ。
その他にはチラシを持った観光客らしき人達が巨大魔力石が城へと運び込まれるのを眺めていたりしていた。お祭りの雰囲気が、少しずつにじみ出ている。
「毎年ガルフスディアの伝統行事でアルヴ様への祈りを込めた大規模なお祭りなのです」
「けど大丈夫なのかね、天国病とやらがちらほらと聞く中での開催は」
「感染者は数える程度ですから軽く見ているのではないでしょうか。かたや聖火祭は国内外から信仰者という信仰者が集まるだけ集まる大規模な行事ですから」
「アルヴ教第一って感じだなあ。まあ別にどうなろうが俺には関係ないが」
少し聖都内を回ってみるとした。
思えば聖都の、それも中央の城付近まで来たのは初めてだ。
城は高い壁に囲まれており、守りは厳重で近づく事さえ許されない。
「この塀の先に教皇がいるんだっけ?」
「はい、中央には大聖堂がありまして普段はそこにおられます。ご住居は隣接されている宮殿で、王家も同じくお住まいになられております」
「国王よりも偉いだなんてどんな奴なんだろうなあ」
「荘厳にして神秘的な雰囲気をまとうお方でした。ご老体ながら溢れる生命力で民に元気を分けてくださる方です」
「ふーん……」
こんな感じかなぁ~と、脳内ではガタイのいい老人を想像する。
多分合っていないのだけど、まあいいだろう。
それにしてもこの施設、城とひとくくりにするにしては内容を知ると驚かされる。
大聖堂に宮殿、アルヴ教に関する書物や遺物などが集められた保管室、寺院に鐘道など、様々な施設が一か所に集められている。
宗教で知られる観光地の名所を寄せ集めたかのような空間がこの塀の先にあるわけだ。
一般開放は二日に一度、日中のみらしい。ちなみに俺は行く予定などさらさらない。
……この塀の先に、いつだか会った王女もいるのだろうか。いたとしても会えるとは限らないが。
まったく、今思えばちょいと変わった王女だったなあ。
城の敷地内には教会の上位にあたる大聖堂があるのにわざわざ敷地から出て教会で祈りを捧げるんだもの。
……民と共の教会で祈りを捧げる、か。
大聖堂を一人占めして祈るより皆が利用している教会で祈るほうが好感度は高い。
「しっかし……信仰者ってのはなんとも異様なもんだなおい」
城から聞こえてくる響きのいい鐘の音を聞くや、皆が城に向かって祈りを捧げる。
数日に一度は見られる光景だ。
中には地面に座り込んで五体投地をしている奴なんかもいた。
「お、おい……あれは何をしてるんだ?」
そんな中、一人の男性に目が留まる。
片膝をついているが、その太ももには刺々しい鎖が巻かれており、男は表情をやや歪ませながらも鎖を締め付けていた。
「あの方はエメリフィア派の方ですね」
「エメリフィア?」
「アルヴ様の子であり、民のために多くの悪と戦い、時には拷問も受け、しかし心折れず民を御救いになった方です。エメリフィア派はああしてエメリフィア様の受けた苦痛を自ら受ける事で痛みを知り、痛みを分かち、エメリフィア様に近づけるという信仰方針を持っております」
「そ、そうか……随分と熱心なもんなんだな」
「時には狂信的と言われる事もありますね」
「俺にはアルヴ教の奴らは誰もが狂信的に見えるがね」
「そ、そうですか?」
「は~、自覚ないのか。これだから信仰者は……」
「ごく普通の事だと思いますが……」
ほんのり頬を膨らませるハス。
咄嗟に指でぶにっと突いて口内の空気を放出させてやった。
「ぷぴっ」
「ぷぴて」
「む~……!」
口をへの字にして不服そうに拗ねていた。
宥めるべく頭を撫でてやると溶けるように表情は緩んでいく、ちょろいぞハス。
暫く聖都周辺のお祭り準備の雰囲気を味わいつつ回るとした。
俯瞰で見れば、聖都を円で囲むようにこの広い歩道が作られているのだろう。
一周したいと希望するハスだが流石に時間が掛かるために半分にしてくれと頼んだが、これまたシュンとした表情をするものだから仕方なく一周を付き合ってやった。
聖都の塀、東西南北それぞれ四か所にはアルヴ像が建っており、教皇や国王の像は建っていない事からやはり宗教第一といった様子が伺えた。
そして必死に祈る者達の中には、自らのボードを出しては角数を見て落胆する者がおり、中にはボードの角を増やしたいという思いから必死に祈っている者もいるようだ。
ハスはどうなのだろう。
……この子は、自らボードを出す事はほとんどしない。
この子は心から祈りを捧げているのだろう、ボードの角数が増える事を期待して祈る奴らは是非とも見習うべきだな。