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魔法使いの苦悩-ADVENT-~闇の聖女と光の魔王~  作者: 黒緋クロア
第三章 The story began to move.[動き始めた物語]
32/32

魔法使いの真実

 気が付くと……という表現が正しいか、定かではない。意識を取り戻したようにも感じるが、瞬きをしただけのようにも感じる。黒……“俺”は、久城一真が右手で俺の頭を掴み、魔法を発動している姿を、第三者の視点で眺めていた。

(何だ……?)

 言葉が出ない。口を動かす感覚も無い。自分の姿は、橙色の正三角錐の淡い光に照らされている部分だけが見えるのみ……意識は、ある。思考は、回る。だから俺は、情報を集める。

 久城一真は魔法を止めると、俺の頭から手を離す。その後、何か口を動かすと、俺の頭に土下座をした。そこへ、今城梨紅がやってきて、俺の頭に手をかざすと、頭は今城梨紅の手に吸い寄せられていく。

(……“戻っている”?)

 ゆっくりと……それこそ、動画を逆再生しているように、これまでにあった出来事が戻っていく。久城一真は逆再生で説教を受け、俺が今城梨紅に両断されると首が戻り、再び逃げ回る。

(これが、《アンダンテ‐時は進む、歩くような速さで‐》の効果か……)

 アンダンテ……時を戻す力。ただし、戻る速さは“時が進む速さのまま”である。1分戻るのに1分、1時間戻るのに1時間。1日戻るのに1日、そして……

(1年戻るのに1年……真理の言葉を信じるのなら、最大“17年まで”戻れる。これは予想だが、戻るのを止められるのは、“1回だけ”ってことだろう)

 真理になった一真は言った。『何をするかは、ゆっくり考えれば良い。何せ、最大で“17年”も時間があるんだからな』。つまり、戻れる最大まで戻るには、今から17年の時を逆再生で過ごしていくことになるのだ。

(魔法の“域”にある力なのか? “歪んだ時空を正す対価”に受け取ったと言っていたが、それはつまり、“世界を救う力と同等”の力なんじゃ……)

 俺の思考に、応える者はない。真理は消え、魔法王はまだ土下座の最中だ。孤独……それもきっと、時を戻る対価の一部なのだろう。魔力が対価でないのなら、これはやはり、魔法ではないのだろうか……わからない。考えて、答えが出るものなのだろうか。俺が考えるべきことなのだろうか。俺はどれだけの時を戻るべきなのだろうか。そもそも、何の目的で過去に戻ろうというのか。

(……全てはこれから、俺が決めることか)

 俺は、現状を受け入れることに決めた。緩やかに時を遡りながら、知ることもあるだろう。その上で、1つ1つ、判断していくのだ。

 決意した俺の視線の先で、真神あおいが顔に暗い影を落としながら久城一真を見下ろし、何事かを呟いていた。




 貴ノ葉高校の体育館には、多くの生徒が集まっていた。壇上に掲げられた国旗、校旗。紅白の布で装飾された館内、新入生が座るパイプ椅子。貴ノ葉高校の入学式が、行われたと言うべきか……今はもう、行われる前になっていた。

(もうすぐ、1年か……)

《アンダンテ》の光に照らされながら、俺は体育館の壁を擦り抜け、外へ出る。そのまま空中に浮かぶと、久城一真たちの教室に向かった。

 窓の外から室内を見ると、退屈そうな久城一真や、真面目に前を向いて座る今城梨紅、今はまだ自分の特異性を知らない川島暖や、人間の山中沙織が居る。

 他の教室を見る気にもならず、俺は屋上に向かった。高い所に上がったところで、風を感じることもない。

俺は今、“星の魔力と同化している”というのが、この約1年の結論だった。元々、魔王ナイトメアの魔力だった自分なのだから、ただの魔力としてそこに存在するのは難しいことではない。身体が無いということも、時を遡る上での障害を減らすことに繋がっているのだと考えられる。この意識を散らさずに守ることも、《アンダンテ》の力というのは、まだ予想だ。

(魔力がある所ならば、何処にでも行くことができる……久城一真にくっついている必要はないというのは、自分のやるべきことを判断する上で、選択肢を広げすぎてしまう)

 この1年を遡る中で俺は、久城一真が経験していない部分についても、知ることになった。久城一真が異世界から帰る前の、大晦日の今城梨紅たち。カプチーノと久城真人が出会った瞬間。異世界ヴェルミンティアから魔導隊が転移してくる様子。夏休みに久城一真が異世界に行く度に、この世界に何が起こっていたか。一万の魔物に挑んだ裏で、進藤勇気がどのように動いていたか。久城一真たちが日常を過ごす中で、他の国の魔法使いたちが何をしているのか。逆再生で見ることには慣れないが、それでも俺は、この長い旅の目的を少し、理解しつつあった。

(“知ること”が重要なんだ。なるべく多くのことを知って、久城一真の記憶に無い“何か”を見出す。それを続けることで、必ず……)





 必ず、どうなるというのか。





 何が、見つかるというのか。





 変えるべき何か、俺の存在意義を最も生かせるその時を、俺は正しく判断できるのだろうか。






(……やめろ)


 後ろ向きな思考が、押し寄せるように溢れてくる。俺は思考を止め、考えるのをやめ、《アンダンテ》の光を見つめる。そうすると少しずつ落ち着いてくるのだ。


 まるで、精神安定剤だ……もうしばらく、眺めていよう。





 金色の炎が燃え盛る教室。幼い久城一真の、緋色に染まった長髪が揺れる。泣き叫ぶ子ども達に混じって、今城梨紅は廊下から、その光景を見つめていた。

 溢れ出す魔力からは、“俺”の存在を感じる。魔王ナイトメアの魔力としての黒……だが、俺の意識はそこには無い。“円熟”には程遠い状態なのだろう。その魔力は段々と、久城一真の中に戻っていく。炎が消え、全てが元に戻っていく。久城一真の、暴走前最後の呟きが、逆再生される。

(……“逃げて”)

 逆再生の読唇術など、この世の誰が身につけている技術なのだろう。逆再生の世界に身を置いて初めて得られる技術だとすら思う。ただ、俺が時を遡る上で、この上なく必須の技術と言える。

 友達に傷つけられてなお、友達に配慮した言葉が口から出る。この男は、何だというのか。魔王の生まれ変わりなのだから、もっと身勝手に、もっと性格が悪くあっても良いのではないだろうか。そう、久城一真の仲間を傷つけた俺のように……


 2時間程度経過すると、久城一真と今城梨紅は2人で登校――俺から見れば下校なのだが――しているところまで遡る。今城梨紅が心配そうな顔をしており、久城一真の表情は暗い。体調が悪そうに見えた。段々と家に向かって戻る中で、不意に、久城一真が仰向けに横になった。驚く今城梨紅。どうやら突然、久城一真は転んだらしい。

(……前じゃなく、後ろに?)

 転ぶなら、前なのではないか? 違和感を覚えた俺は、2人の様子を注視する。


 すると、久城一真が倒れた瞬間に、それは姿を現した。


 それは、音を超える速さで久城一真の脇をすり抜け、すれ違いざまに額に何かを押し当て、遥か彼方へと去っていった。どうやら、その衝撃で久城一真は倒れこんだらしい。

 久城一真が立ち上がると、その表情は先程までと違い、笑顔が見えた。今城梨紅と楽しそうに話しながら、仲良く手を繋いで歩いて行く。

(“人型”で、“金髪”)

 俺に知覚できたのは、それだけだった。例え魔法使いや退魔士だとしても、子どもの目では捉えられないだろう。

(久城一真の暴走……仕組んだ奴がいるのか)

 ここが、俺が戻るべき地点なのだろうか。ここが“ターニングポイント”になるのだろうか。わからない。今の俺はエニスを“使えるかわからない”のだ。エニスは退魔力だ、星の魔力と同化している身で使えるとは思えない。使ったら終わる可能性すらある。

(駄目だ……判断できない)

 まだ、戻る。これも、俺が知るべきことだったのだ。そう言い聞かせ、俺は2人が家に戻るのを見届けた。






 何だかもう、どうでも良くなってきた。正確には、どうでも良くなってから数年経過している。時を遡り始めてから“16年”を超えて、久城一真たちはもう乳飲み子だ。教室での暴走以来、久城一真が大きな問題を起こすこともなく、金髪の誰かがちょっかいをかけに来ることもない。“戻るべき地点”なんてものがわかるはずもなく、新しく知ったことと言えば、久城真人が狂った勢いで世界を飛び回っていることぐらいだ。

 俺にとっても父にあたるのだろうか……という疑問は既にどうでも良く、どちらかと言えば、どうして“月1から月3のペースで”国を股にかけて働いているのかの方が気になっている。どの国の魔法使いに対しても礼儀正しく、真剣で、どこか必死な様子……口を開けば『For my family(家族のため)』と言う。洗脳でもされているのだろうかとすら思える。

 そんな久城真人が、帰ってくるらしい。逆だ、日本を飛び立つ前に戻るらしい。パスポートを覗き見るに、次が日本だ。久城一真と今城梨紅が産まれるまで、あと数週間……この男に付いて回ればわかることもあるだろう。だが、もう、何か、どうでも良い気がちょくちょくしている。意識が薄れかけることも増えてきている。一時期、負の考えが過ぎることが多い時期があったが、それに近いのかもしれない。《アンダンテ》だ、あの光を見よう。心を落ち着かせるんだ。

(……あれ?)

 光が、消えかかっている。カンテラの灯のように俺を照らしていた《アンダンテ》の光が、吹けば消えてしまいそうな程に弱弱しい輝きになっていた。効果の限界が近いということだろう。

 それでも少し、気持ちが落ち着いたように感じる。日本に戻り、2人の誕生を見て、産まれる前のことも知る。《アンダンテ》の限界まで戻り、全てはそれからだ。今は、久城真人を追うのだ。



 空港に着いた久城真人を出迎えた……正確には見送りなのだが、その場に居たのは数人だった。見覚えのある人物、久城一真の周りにいる仲間たちによく似ている人物が多い。まず、今城幸太郎と寺尾聡明、重野深鈴の3人は久城一真の記憶にある人物だ。重野深鈴は、どうやら重野恋華を身籠っているらしく、お腹が大きくなっている。他にも、珊瑚と呼ばれた大柄な男……川島暖の父だろう。正樹と呼ばれた眼鏡の男は、桜田正義にそっくりだ。礼と呼ばれている女性は、穏やかな雰囲気だが、瞬間的に凉音愛に似ているように見えなくもない。そして、もう1人……

(……は?)

俺は、思考を止めた。止まってしまった。その男を、俺は……いや、俺だけじゃない。“久城一真も”、よく知っている。

短めの金、茶髪に、真面目そうな目。軽薄なイメージ。

(進藤、勇気……?)


 貴ノ葉高校の制服を着た進藤勇気が、彼らの輪の中で笑っていた。






 貴ノ葉高校に入学する前まで遡った段階で、久城一真に近しい者たちとの関りは絶っていた。意味が無いと、思い込んでいたのだ。ここに来て“進藤勇気”が出てくるとは、完全に想定外だ。

(今まで、親世代が進藤勇気に言及したことがあったか? いや、そもそも会ったことが無いんじゃないか?)

 互いの家に遊びに行ったりすることもあるMBSF研究会の面々だが、進藤勇気が誰かの親と遭遇した場面は記憶に無い。意図的に会わないようにしていた? いや、だとしても親の前で進藤勇気の名前を一度も出さないということがあり得るのか? 親との雑談の中で、学校の様子を話すような家庭ならば、日頃からやり取りの多い奴らの名前は親にも伝わるだろう……いや、全家庭がそういう会話があるわけではないのかもしれないが、一家庭ぐらいあるだろう。

(……こいつ、何で制服なんだ?)

 疑問が溢れてくる。この10年ほとんど無かった感覚だ。わからないことだらけで、疑問しか出てこない。

 見た目は、久城一真がよく知る進藤勇気のまま。服装は、貴ノ葉高校の制服。こいつ、ずっと高校生を繰り返しているのか? つまり、久城一真と同学年であり、久城真人たちとも同学年なのか? いや、それを知るすべは無い。俺が遡れるのはあと数か月程度だ。ただ、現状はそう仮定しても良いはずだ。

(……幼い久城一真に、何か仕組んだのはこいつか!)

 久城一真が暴走した日の朝、登校中に何かをした人型で金髪の人物……思い返してみると、服装は貴ノ葉高校の制服だった気もする。こいつの能力は電気……何をした? いや、これは情報が少なすぎる。

(くそっ……もっと早くこいつが怪しいとわかっていれば!)

 最初からとは言わない。どこかのタイミングで進藤勇気に不信感を抱くことができていれば、頭の片隅にでもこいつの存在があれば……

 だが、後悔しても仕方ない。残された時間で、こいつの行動を見張る。そうして得られた知識で、判断するんだ。なるべく正しく、自分のやるべきことをする。それ以外に、俺にできることはない。




 進藤勇気の周辺を探りながら時を遡り始めたものの、明確な成果と呼べるものは無かった。わかったことといえば、この男は貴ノ葉高校の制服を着ているが、日常的に学校に通っているわけではないということ。そもそも、あまり“人間界に居ない”のだ。久城真人たちと会っている時を除き、恐らくは天界に帰っている。自宅らしき家はあるが、ドアを開けた先は天界だった。進藤勇気が入った後に家の中に入ったが、中には一切の家具が無く、ようするに空き家のそれだった。

(進藤勇気の気配……強い退魔力を探る)

 進藤勇気が消えた後すぐに、今後いつ、奴が出現しても良いように、広範囲の探索を意識する。次に現れた時、その瞬間を逃さないようにするためだ。

探索を開始してすぐに2つの退魔力が探索に引っかかった。1つは、今城幸太郎だろう。その近くに、もう1人いる。

(天界に帰ったんじゃなかったのか!)

 俺は慌てて、退魔力のもとに駆け付ける。決定的な瞬間を見逃してはならない。2人のやり取りから、探れることもあるはずだ。

(……いない?)

 駆け付けた俺はまず、眉をひそめ、首を傾げた。今城幸太郎はいるが、進藤勇気がいない。その場にいたのは、今城華子、久城真人、久城美由希の3人……そして、産まれて間もない久城一真と、今城梨紅。今城梨紅の退魔力が、探索に引っかかったのか? いや、封印されているから、退魔力はほとんど感じられない。近くにいてようやく、退魔力を持っているとわかる程度だ。では、誰が……

(……え?)

 この場で、今城幸太郎に次いで退魔力が強い人物。俺はその人を見て、固まってしまった。どういうことだ。だって、久城一真の記憶では、“ただの人間”だったはずだ。



 俺の視線の先で、幼い久城一真を抱き、“久城美由希”が幸せそうに笑っていた。






 久城美由希……久城一真の母が退魔力を持っていることに、俺は大きな衝撃を受けた。つまり、久城一真は魔法使いと退魔士の子どもということになる。

(いや……退魔力があるからといって、全員が退魔士というわけではないはずだ)

 落ち着いて考える必要がある。この場の6人について、もう一度整理しよう。久城真人は、魔法使いだ。それなりに魔力を持っているし、俺自身がこれまでも、海外での仕事を見てきた。今城幸太郎は退魔士……強い退魔力を持っているし、久城一真もよく知っている。久城美由希は退魔力を持っている。今城幸太郎に比べれば弱いが、はっきりと持っているとわかる程度には持っている。今城華子……

(そうだよな、探索に引っかからなかったから、退魔力は無いよな。だからって別に“魔力”持ってなくても良くない?)

 梨紅の母、今城華子は、魔力を持っている。退魔力を持つ父と、魔力を持つ母の子……久城一真の逆だ。

(どうなってんだマジで……久城一真は魔力を持ってて、今城梨紅は退魔力を持ってる。母親たちがそれぞれの力を失うような場面があったのを、俺が見逃した?)

 進藤勇気ではなく、久城真人を継続して観察しているべきだったのか? いや、久城真人が海外にいる時に何かあったのかもしれない。考えていても仕方ない。

(どうする……進藤勇気が出てくるまでは、久城真人周辺を見ておく……で、良いのか?)

 段々と、判断が難しくなってくる。知れば知るほど、わからないことが増えていく。母親の件は、一度保留にするしかない。『本当は母親逆なんじゃないか』とか考え始めたら、その先は地獄だ。

(考えるなって、無理じゃね?)

 衝撃が大きすぎて、落ち着いて考えようがない。次に進藤勇気が現れるまでには、冷静な判断ができるようにしておけるよう、努力しなけらばならない。



(……落ち着ける瞬間がもう、無ぇよ)

 翌日の夜……否、前日の夜になる。深夜の公園で、3人の男たちが顔を突き合わせていた。1人は久城真人。緊張感に満ちた面持ちで、金髪の男に相対している。2人目が進藤勇気。表情は無く、いつもとは大きく雰囲気が異なる。最後の1人……その男は久城真人の隣に立ち、彼の肩に手を乗せ、進藤勇気に笑みを見せる。

(……『お前“ら”の好きにはさせねぇぞ』)

 俺が読み取った、3人目……“久城一真”の唇は、そう言っていた。






 時間を少し、遡る……いや、未来に進める。俺が最初に見たのは、家から公園に戻っていく久城真人だ。

(こんな時間に、何処に……)

 俺はいつものように、久城真人についていく。表情は……特に、何かをされたような様子は無い。足取りも、しっかりしている。

 公園に入った久城真人は広場まで進むと、背中とおしりの汚れを払い、その場に仰向けに横になると、目を瞑った。

(何かあったんじゃねぇか!)

 明らかに、誰かに何かをされた後だった。そうなると、次に現れる人物が鍵になるわけだが……俺の思考に合わせるように、退魔力の探索に反応があった。公園まで、雷に近い速さで飛んで来たのは、進藤勇気だ。それとほぼ同時に、久城真人が立ち上がる。進藤勇気が久城真人の頭を掴むと、掴んだ手が白い光に包まれる。

(……『大天使……の名の……に、真……記憶を……』)

 唇を読みながら様子を見ていると、光が消え、久城真人が抵抗を始める。

(……『記憶の保護……それとなく……道……無駄……』)

 読み取りにくい。単語だけならいけるが、文章を読み取るのは難しすぎる。苦戦していると、不意に進藤勇気が久城真人を離し、拳に電気を貯め、久城真人の隣の空間に振りぬいた。すると、その男が現れた。

(久城一真?)

 黒髪に、緋色の前髪。久城真人に似た雰囲気もある。突然、久城一真が現れた。進藤勇気は2人から飛び退き、距離を取る。

(……『お前“ら”の好きにはさせねぇぞ』)

 やけにすんなり読み取ることができた。久城真人の肩に手を乗せ、進藤勇気に不敵な笑みを見せながら、久城一真は続ける。

(……『黒幕に伝えて……記憶に干渉……お前だけじゃねぇ』)

 久城一真は魔法を使っているように見える。久城真人に触れている部分から、魔法の気配がしていた。

(……『その言葉……必ず未来に繋げる……お前……俺たちの……妨害……全ては無駄……進藤勇気……久城一真……全てを成し遂げる……お前も……仲間だから……』)

 1人で長く喋り過ぎだ。長すぎて何処が切れ目かまったくわからない。そもそも、この久城一真は何者なのか。俺を過去に向かわせて、自分も飛んできた? 進藤勇気の一撃で霧散した所を見ると、身体が魔力で構成されている……魔法王? 考えにくい。

(……『だとしても……それが一真の幸せ……言うなら……精一杯やる』)

(……『……息子じゃない……? ただの……魔法みたいな……』)

(……『息子を信じない……いない……オレは思う』)

(……『……どうして……気を許す……身内でも……疑り深い……未来から来た……ふざけた……どうして……』)

(……『……無いな』)

 久城真人と進藤勇気の会話が続く。長いとどうしても読み取れない。

(……『真人……言ったこと……本当だ……確証は……』)

(……『勇気』)

 久城真人が言うと、進藤勇気が姿を消した。

(……『来たか』)

 久城一真が言うと、手から再び魔法の気配がする。

(……『ここまで……知っていても良いこと……アルカナ……かけさせて……これで良い……できないよう……』)

(……『そんなに話して……歴史が変わる』)

(……『16年……この町……貴方は……久城一真に……渡す……これは良い……』)

(……『1万』)

(……『でも……やり遂げた……貴方にもできる……それなりに育つ……魔物の襲来……協力して……異世界に……ないから……大変……』)

 1万の魔物……16年後の夏のことだろう。自分で伝えに来ていたのか。

(……『壮大……イメージ……』)

(……『貴方は……世界を周る……未来のために……犠牲に……自分に言い聞かせる……多くの国に恩を……全世界が久城一真に協力……魔法や魔物……本にして』)

(……『オレ』)

(……『貴方次第だ』)

(……『自分自身……産まれたい……程度……楽しく過ごせている……かな』)

(……『そうなる』)

(……『……君は産まれさせる……選んだ……』)

(……『ある意味……産まれさせない……あったわけ……』)

 産まれさせない……そういう選択肢があるという話か。自分のことだろうに、恐ろしい話をしている。

(……『相当なリスクを……だろう』)

(……『自分で自分を助けて……お礼……ない』)

(……『ありがとう。君のおかげ……梨紅ちゃんも無事に……できた』)

 そこで、久城一真の姿が消える。久城真人も、公園から出ていった。







 精神力をかなり持っていかれた感覚があった。公園での会話を整理しながら、俺は久城真人を追う。

(久城真人が言っていた“未来の知り合い”は、久城一真本人のことだったのか? いや……)

 直前の出来事を思い返しながら考えてみると、必ずしもそうではないのかもしれない。

(あれが“俺”の可能性もあるのか?)

 自分が過去の世界にどのように干渉できるのか、俺はまだ知らない。《アンダンテ》と一緒に受け取った黒い正六角柱《グリッター・オブ・トワイライト‐黄昏か薄明の輝き‐》を使うイメージは皆無だ。

(そもそも、進藤勇気に見つかったらアウトなんじゃないか?)

 多少の会話は望めるのかもしれないが、結果としては消されているわけで……今はただただ魔力として存在するだけだから見つかりようがないが、身体にしたら一発で異変を感じさせてしまうように思う。

(俺が久城一真を演じ、未来に繋げる……)

 あくまで、そういう選択肢もあるという話だ。それをしない選択肢も、俺にはある。さて、どうしたものか。

(……久城真人はコンビニに寄って、その足で帰宅。久城一真は出てこなかったか……)

 家までの道のりで、久城一真が出てくることは無かった。どのタイミングで公園に入るように指示を出した? 事前に伝えてあったのか? 進藤勇気の気配も無い。久城一真はあの瞬間にだけ出てきて、あの数分で消されたのか?

(情報が足りない気がする……)

 会話から読み取れなかった情報もあるのだ。仕方ない……と、思う他ない。



 その後、久城真人と進藤勇気をなるべく並列して見ているが、特に大きな動きは無かった。今城梨紅を見ながら終始にやけている今城幸太郎は予想通りだが、久城真人も似たようなものだった。流石ににやけてはいなかったが、オムツを変える時も、抱いている時も、愛おしさが伝わってくる。

(……ちゃんと、父親なんだよなぁ)

 久城一真の記憶に、父親のことはほとんど残っていない。それはそうだ、物心ついてから会っていなかったのだから。この男の16年を知っているのは、俺だけだ。

(記憶……)

 公園での会話から、進藤勇気は“記憶に干渉する力”を持っていることがわかる。これは、脅威だ。記憶を消す、記憶を植え付ける。久城一真によって、久城真人がやるべきことが示された。それだけで、あんな勢いで働けるものだろうか。少なからず、進藤勇気から何かされているとすれば、何だ……?

(進藤勇気“たち”だとして、そいつらの目的がわからない今、考えても仕方ないのかもしれない)

 俺は改めて、久城真人に視線を向ける。子の幸せ? 未来のため? 父親とは、そのためなら何でもできる……本当にそうなのか?

(わからん……俺も、父親になれば、わかるのかなぁ)

 そんなことをぼんやり考えながら、自分の意識が薄れるのを感じる。

(……何考えてんだ、俺は)

 不意に、意識がはっきりする。俺は慌てて《アンダンテ》を見ると、その灯は消えかけていた。

(いつ消えてもおかしくない……17年戻れるんじゃなかったのか!)

 自分が何処まで戻れるのか、《アンダンテ》の効果が切れた時、自分がどうなるのか。今まであまり触れてこなかった不安が、呼び覚まされる。

(少なくとも、あと数日……2人が産まれるまでは、もってくれ)

 俺は祈るように、《アンダンテ》の灯を見つめた。






 7月8日。久城一真と今城梨紅が産まれた翌日。新生児室にいる2人を、俺は眺めていた。

(公園での一件以降も、進藤勇気は他の仲間たちに混じってお見舞いにくることはあった。だが、大きな事件は起こっていない。ボディタッチの多さはかなり気になるが、今の俺にはどうすることもできない)

それよりも今は、2人のことだ。魔力と退魔力は既に安定し、久城一真は魔法使い、今城梨紅は退魔士としてそこにいる。周りには2人の他にも新生児がいるが、俺の視線は2人……いや、“今城梨紅”に吸い寄せられていく。

(胸が、ざわつく。ここ数日、ずっとだ。どうして、今城梨紅を見ると、胸が締め付けられるような感覚がするんだ)

 それは、“欲求”に近い感覚だった。俺が今城梨紅を欲している? 久城一真の感情が、俺の中にある影響なのだろうか。

(……違う)

 漠然とだが、そう思う。これは、恋とか愛とか、そういった感情ではない……と、思う。もっと根底の……俺の“存在”に大きく関わっているような気がする。

(それとも、ただただ緊張しているのか)

 2人の誕生……伝え聞いた知識だけでも、相当の事件がこれから起こるのだ。魔力と退魔力の奔流に、俺はきっと、耐えることしかできない。読唇も、自信はない。しかし、それでもなるべく多くの情報を集める。やはり緊張だろうか、鼓動が速くなっていく感覚がある。意識しかない俺が、鼓動を感じることもないはずなのに……

(……備えろ)

 俺は、自分に言い聞かせる。気持ちを、能力を、全てをこの数時間に集中させる。覚悟は決まった。俺の視線はやはり、“今城梨紅”に向けられていた。





 その理由は、ほんの数時間後に、明らかになった。





 分娩室で大の字になって横になる、久城真人と今城幸太郎。2人は汗だくになっており、今城幸太郎の持つ退魔刀、覇流鹿は刃が欠けている。壮絶な時間であったことが想像するに容易いが、これがそれから起こるというのだから、恐怖を感じる。

 2人が起き上がると、久城一真と今城梨紅の身体から、魔力と退魔力が噴き出してきた。それに伴い、2人の魔核と聖核も浮かび上がる。それらを封印したであろう無数の魔法陣が空中に現れ、久城真人は膝をつく。微かに“俺”の気配がすると、久城真人が立ち上がり、その手に握る《黒い正六角柱》が山吹色に輝いていく。魔法陣が更に増えると同時に、今城幸太郎が退魔力を覇流鹿に集めていく。すると、覇流鹿は“山吹色に”輝き始めた。その輝きのままに覇流鹿を振るうと、9つに分かれていた久城一真と今城梨紅の魔核と聖核が、1つに戻っていく。その後、魔核は“今城梨紅”に、聖核は“久城一真に”入っていく。久城真人が大きな魔法陣を作り出すと、それは“山吹色に”輝く。魔力と退魔力の奔流が分娩室を満たしていく。久城一真と今城梨紅を取り上げた医師達を守護する魔法陣が消えると、俺の気配も消え、更に《黒い正六角柱》も消える。そして、久城真人と今城幸太郎は分娩室を飛び出していった。今城華子と久城美由希はそれぞれの魔力、退魔力の膜で守られる中、医師達は奔流に巻き込まれ、吹き飛ばされそうになりながらも、処置を続けていた。


 俺は久城真人たちを追うように分娩室を出て、震える身体を抑えるように両手で抱きしめる。今にも意識が飛びそうな程の衝撃に、《アンダンテ》すらその明滅から、動揺しているように見える。病院の公衆電話から救急車を呼ぶ今城幸太郎には目もくれず、俺は溢れる涙もそのままに、思考を続けた。

(恋じゃない。愛でもない。ただの“帰巣本能”だ。これは“俺”の感情だ。本来入るべきだった身体を求めたんだ。久城一真じゃない。“俺”が今城梨紅を求めていたんだ)

 思考が止まらない。今までの久城一真の人生を思い返し、俺は恐怖で震えた。同時に、俺は自分の思考を否定する。

(久城一真の今城梨紅への感情の一端を、魔力である俺が担っていた。嘘だ。そんなはずはない。俺が覚醒する前から、久城一真は今城梨紅を想っていたはずだ。では、俺の始まりはいつだ? 魔王ナイトメアの魔力である俺は、意識を覚醒させたのは16年後だが、存在としては今、この時なのか? それとも魔王ナイトメアの魔力に“ナイトメアの意識”が残っていたとすれば、それこそ“帰巣本能”ですらなく“ナイトメアの感情”ではないのか?)

 前提が、大きく覆ったと言える。考えれば考える程、わからない。今、わかっていることは1つだけ……確定した“真実”は、1つだけ。



 久城一真は、魔法使いではなかった。


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