魔法使いの計画
「……意外と早く収まったな」
自分と全く同じ顔が仲間に踏み抜かれる様子は、決して気持ちの良い物では無い。一真はそんなことを考えながら、黒が愛に踏みつぶされる瞬間を眺め、呟く。前髪はゆっくりと緋色に戻り、どうやら落ち着きを取り戻したようだ。
両眼から入ってくる情報量に耐え切った脳は、更にはそれらの情報を整理、判断し、正確な情報を一真の視界に映し出す。
「……魔力濃度37%か。思ったより少ないんだな」
一真は言いながら、辺りを見回す。地上には倒れている魔導隊がおり、頭上では2体の竜騎士が組み合っている。
「吸収速度上げるより、散らして分配した方が速いか……」
「さっきから、何ぶつぶつ言ってんだ?」
一真の独り言に、橙色のジェスターハットを揺らしながら、暖が首を傾げる。一真はそれに答えず、右の掌を頭上の竜騎士に向けた。
「これを、こう」
その右手を、閉じる。まるで、何かを握りつぶしたような動き――否、本当に握りつぶしていた。
竜騎士が、音も無く四散したのだ。それも、2体とも……だ。
「そんで、こう」
更に一真は、握った掌を魔導隊に向け、ゆっくりと開いた。すると、倒れていた魔導隊に変化が起こる。彼らは黒に魔力を奪われて倒れた、すなわち魔力喪失に近い状態にあったはずだ。だが今、1人、また1人と意識を取り戻し始めたのだ。
「おぉ!? 何したんだよ、一真!」
「上の2体を消して、使われてた魔力をあの辺に還元させた」
一真は暖の問いに、今回は答えた。2体の竜騎士には、かなりの魔力が使われていた。それを使って彼らを助けようと考えた一真は、『何らかの方法で』魔法を魔力に戻し、『何らかの方法で』その魔力を彼らの近くに移動させたということだ。
結果は、一真の眼に数字として表れている。魔力濃度が、魔導隊の周りだけ90%を超えていたのだ。余談だがこれは、ヴェルミンティアの魔力濃度をも上回っていた。
「俺には、手を握って開いただけに見えたけど……」
「あぁ、動きとしてはそれだけだけど、実際には頭の中で複雑に魔法組んである」
「……なんか、器用だな、お前」
暖のこの発言を、麻美を始めとした魔法に通ずる者たちが聞いていたならば、全員が全員、暖に対して何らかの制裁を加えていたに違いない。
器用などという言葉で済む話では無いのだ。他人の発動した魔法を即座に魔力に戻し、それを望む座標に移動させる。後者は魔力移動の技術が高い者ならば可能かもしれないが、前者は不可能……そう、不可能なのだ。
上級魔法を瞬時に魔力に戻す……無効化することなど、未だかつて、誰にも出来たことが無い。
「いやいや、もっと器用なことできるから」
一真はそう言うと、その場に片膝を着き、右手で床を押さえる。その目は緋色に輝き、その表情は言葉とは裏腹に、“全てを終わらせる”という気概を感じさせるものだった。
一真が竜騎士たちを消滅させたことで、多くの魔導隊員が救われつつあった。しかし、
『……ちょっと』
同時に、少数ではあるものの、救われず……報われなかった者たちがいた。黒の魔法に対抗するために、3人で竜騎士を召喚した、麻美たちだ。一真がどこまでを考えて3人に9つの鍵を受け継がせたかはわからないが、使うべきは確実に今だったはずだ。間違いなく、3人が居なければ現状は悪い方向に変わっていただろう。大活躍だ。それなのに、麻美が操作していた竜騎士は急に姿を消し、驚く間もなく自分たちの魔力は回復させられた。何事かと周りを見回せば、久城一真の所業であることが一目瞭然である。
「……なぁ、一真」
3人からの冷たい視線に気づいたのは、暖だった。戸惑いと悲しみと、微かに怒りが混じり合ったそれが、一真に突き刺さっているのがはっきりとわかる。だが、一真は床に視線を向けたまま、反応を示さない。
「なぁ。なぁって、一真」
「……何だよ、魔法組んでんだから集中させろよ」
「いや、多分……だけどな、あの……最優先は、あっち……かも」
「は? 何……?」
作業を中断し、一真が暖を見上げると、暖は何とも言えない表情で、魔導隊の方向を向いていた。その視線を追っていった一真が、3人を視界に入れた瞬間、
「……!」
クラウチングスタートの要領で、一真は駆け出した。
「くそっ……化物め」
身体の再構成をしつつ、黒はその場から離れる。愛から決して視線を外すことなく、優先的に距離を取るが、今や全員が脅威であり、常に全てを把握しなければならない。魔導隊から奪った魔力で、最善手を打ち続け、確実に1人ずつ倒していき……
(……捕まる)
「くっ!」
黒の脳裏に、“久城一真に捕まった自分”が浮かび上がる。それは、全知の眼から得られた情報だった。視界に入るそれぞれの能力、状況、その他を総合的に判断した結果であり、黒の足掻いた先にある物……それは決して、黒の望みが叶った未来では無かった。到底受け入れられない、言うならば絶望だ。黒は“最悪のイメージ”を振り払い、自分の求める事について、改めて考える。
(……倒すのでは無く、逃げるのは)
思考をしつつ、自身に飛んで来る魔法や雷を避ける。しかし、頭に浮かんだのは捕まるイメージだった。黒はそのイメージも、振り払う。
(ならば、一度魔力に戻り、世界と同化するのは)
愛からの攻撃で左腕を切り裂かれつつ、頭の中で再び捕まった。
(くそ……せめて、久城一真だけでも道連れに!)
捕まることから逃れられないとして、一矢報いることならばどうか。驚くべきことに、黒の頭に“捕まるイメージ”は出てこなかった。
黒は期待をした。久城一真をその手で亡き者にできるという期待だ。彼にとって唯一の活路だと、心から信じた。すぐに久城一真の現状を把握しなければと、黒は視線を動かしていく。
「……は……」
結論から言えば、それは“悪手”だった。彼が今、最もしてはいけなかったことは『久城一真に視線を向けること』だったと言える。それによって彼は、思考だけでなく、動きまで止めてしまったのだから。
黒の視線の先にあった物……それは、土下座をする久城一真だった。
人が驚く時の反応としては、反射的に退いたり、動きが止まったり、あるいは声を出したりと、いくつか考えられる。黒を人として分類するかは置いておくとして、少なくとも彼の反応は、2つ目と3つ目のそれだった。迫りくる攻撃は完全に意識の外にあり、一真から視線を逸らすことができない。とは言っても、それは1秒……長くても2秒という極めて短時間の出来事だ。
「呆けるのは、自由だけど……」
1秒という時間は、短時間だが、彼女に与えるには長すぎた。黒は未だに一真に視線を向けているが、その視界が、ゆっくりと傾いていく。まるで、右に首を傾けていくような変化だが、黒は決して自主的にそうしているわけではない。でなければ、彼の視界が上下反転するようなことにはならなかっただろう。
「自分がどういう状況にあるかは、考えた方が良いと思うよ」
彼女――梨紅は言葉を発すると同時に、華颶夜を鞘に納める。鍔と鞘が触れる微かな金属音が響くの同時に、黒の頭は地に落ち、首から下の肉体は霧散した。頭が転がったことで、黒の視界から一真が外れ、代わりに梨紅の姿が視界に入る。
(……何が、起きた……?)
一真の状態を意識する前、黒はその場にいるほとんどの者の位置を把握していた。自分に向かって走る者、攻撃の準備をする者、現状を把握できずに狼狽える者……大きく分けで3種類の状態だったが、梨紅は唯一の例外だった。
ある程度の距離を取り、黒を見つめる者。
それが、数秒前の梨紅だった。故に、黒は現状を把握できずにいる。
あの距離を一瞬で詰めることなど、できるはずがない。なおかつ、自分の頭と胴を切り離し、胴に無数の斬撃を浴びせ、自分が気付く前に退魔刀を鞘に戻すなど、人に許される速さではない。自分のように魔力で構成された身体なら可能かもしれないが、魔族の体‐ベルグ・パード‐を使った高速移動では、少なくとも衝撃波が発生するはずだ。しかし、発生した様子は無い。
「……その顔で」
梨紅は黒の顔を見下ろしながら、呟く。
「そんな表情‐かお‐しないで」
驚き、怯えたような表情を見せる黒に、梨紅は続ける。一真と同じ顔で、一真にしてほしくない表情をする黒を見て、胸が張り裂けそうになる。だが、“その感情は、表には出ない”。
(……そっちこそ、なんて表情‐かお‐してんだ)
黒が見上げる梨紅の表情は、“無”でしかなかった。何の感情も、その表情からは見受けられない。だが、その瞳の奥を覗き込んだ時に、黒は理解した。
梨紅の中にある感情‐もの‐の、悍ましさ……自分が与えたであろう負の感情さえ糧とし、蓄えるように抑え込まれたそれは、時による劣化など考えられず、むしろ増大と悪化を繰り返さんとしている。
今、自分はそれを向けられたわけではなく、自分を切り裂いた事に微塵の感情も込められてはいない。
いつか彼女の前に立つ、“全ての元凶たる者”が、彼女の劫火にも似た感情を向けられるのだと。
深く、深く頭を下げ、地面に額を擦り付ける一真。それを1人見下ろすのは、茶髪のショートカットの少女だった。
「……ねぇ、カズ兄ぃ?」
口を開いた真神あおいは、出来るだけゆっくりと、そしてねっとりとした口調で、一真に向けて言葉を発する。
「麻美姉とハウルちゃんは優しいから何も言わないと思うけど、私はせっかくの機会だから、言わせてもらうねぇ?」
あおいは一真の前に座ると、口元だけニヤニヤと笑みを浮かべ、目はギラギラと滾らせ、言葉を続ける。
「あのねぇ? 知らなかったかもしれないけど、私たち3人の魔力量って、カズ兄みたいに『ちょっと本気出し過ぎて星一つ消した』みたいなそういうレベルじゃないの。3人合わせても『カズ兄の足元にも及ばないって言うか足の小指の白い所の先ぐらい』なの」
一真の頭頂部に向かって、顔に暗い影を落としながらあおいは言った。その様子を麻美とハウルは見ているのだが、直前に一真がしたこと、あおいの現状、両方に圧倒された結果、口を開けずにいた。
「いや本当、カズ兄からしたら大した魔法じゃなかったかもしれないけど、私たちとしてはね、結構頑張って、形にしたの。ヴェルミンティアでも練習に練習を重ねて、いつかカズ兄の力になれればと思って、これまで頑張って来ました私たち、はい」
段々と感情が入ってきたのか、あおいの呼吸が荒くなってくる。口元のニヤニヤは更に増し、もはや幼い日の面影は無い。
「それを、『むすんで、ひらいて』で消し去るってもう、何なの? むしろ、私の中のこの感情は何なの? ねぇ、怒りですか? 恐怖ですか? 嫉妬ですか? 虚無? 虚無なの? 虚無って感情?」
既に怒りを通り越している様子のあおいに対し、一真は土下座の姿勢を崩すことなく、言葉を発することもしない。
「……あの、あおい?」
恐る恐るといった様子で、ハウルがあおいに声を掛ける。
「そんなに矢継ぎ早だと、兄さん、言葉を挟めないんじゃない?」
「え? そう?」
「うん。とりあえず、兄さんの話も聞こう?」
「……カズ兄、何か言いたいことある?」
ハウルに促され、渋々……という様子で、あおいが一真に発言を促す。
「……この度は、3人への配慮を怠り、せっかく頑張ってくれたにもかかわらず、魔法を勝手に消し去り、不快な思いをさせてしまい、誠に申し訳ありませんでした」
ようやく謝罪できた一真だが、あおいの表情からはニヤニヤが消え、怪訝な様子だった。
「何だろう、凄く、『謝罪のテンプレ』みたいな気配がする。謝罪されたのに全く『許そう』って気にならないのは、何で? 私の心の狭さ? それともカズ兄の日頃の行い?」
(多分、日頃の行いかな……)
麻美とハウルを始め、様子を見ていた魔導隊の面々、そして暖も、心の中でそう呟いた。
「……思うところはあると思うけど、落ち着こう、あおい」
ハウルはあおいの背中を優しく撫でながら、優しく、語り掛けるように続ける。
「結果だけ見れば、時間を稼ぐことはできたし、魔導隊の皆は助かったし、私たちの頑張りにも、価値はあったと思うよ?」
ハウルの言葉を受け、あおいは目を閉じ、眉間に皺を寄せる。その様子からは、凄まじい葛藤が見える。
「許容するのが難しいのは“わかる”けれど……“時間がかかる”と思うけれど……“この場は”、ね?」
言葉の端々から、ハウルはハウルで思うところがある様子が伝わり、一真の背中が冷たい汗で満たされていく。
「……麻美姉は?」
「え? んー……まぁ、言いたいことは大体、あおいが言ってくれたし、“大きな貸し”ってことで、収めようかなって」
麻美の言葉を受け、あおいはハウルに視線を向ける。ハウルが無言で頷くと、あおいは深く息を吐き、一真に視線を向ける。
「……カズ兄、反省してね」
「はい……すみませんでした」
一真の言葉を聞き、あおいは立ち上がる。最後にもう一度深く息を吐くと、その場から離れた。一真はその気配を察し、ゆっくりと身体を起こしていく。すると、
「はい、一真。終わったよ」
梨紅の言葉と同時に、先ほどまであおいが居た位置に、黒の頭が落とされた。
「……何だろう、お前に対してもなんだか申し訳ない気持ちになってくるな」
顔をしかめ、一真は目の前に転がる黒を見つつ、呟く。
「心にも無いことを、それらしい表情で言うことで、お前の何かが満たされるのか?」
黒も一真と同様に、顔をしかめつつ問う。だが、黒は床に頬をつけたまま、一真に後頭部を見せている状態であり、黒の表情が一真に伝わることは無かった
魔導隊や梨紅たちに見守られながら、一真と黒のやりとりは進んでいく。
「満たされるなんてことは無ぇな。と、言うかそれは、俺も聞きたかった所でもある」
「……」
「そもそもお前、“何をしたかった”んだ?」
一真の問いに、黒は沈黙する。
覚醒した“ナイトの魔力”である黒が、久城一真の身体を、その命を奪った末に、仲間たちを傷つけ、逃走を考え、最後には再び久城一真を狙った。梨紅たちとしては、一真を奪った存在であり、敵対するだけの理由があった。だが、黒の本来の目的とは何だったのだろう。
「覚醒した魔力……ナイトメアの魔力が意思を持った存在……その点から察するに、だ。」
一真による考察が続く中、黒はゆっくりと目を閉じる。肯定も否定も、する気はない。黒にとって、芽生えた“意思”と“目的”に、繋がりなど無いのだ。
「本能的に、“持ち主の元に戻ろうとする”。帰省本能みたいなものがあるのか……それとも、そうするように“仕組まれて”いるのか……」
そこまで言って、一真は両眼に《創造する者‐ヴィアン・ト・イビヤ‐》を浮かび上がらせる。“魔”についての情報を引き出し、自身の仮説に肉付けをしていく。
「ヘイムルギアン‐転生体‐に受け継がれた……“貸し与えられた力‐ヴィルフェイラ‐”は、使えば使うほど、魔や聖に触れるだけ円熟する。数十年、百数年という短い寿命しか持たない人間界の生物では、円熟させることはまずありえない。扱える量は、ほんの雫程度のはず……だからこそ、“転生”というシステムに“人間界の生物”を組み込み、魔界と天界のパワーバランスを下方修正させた……」
「……つまり」
一真が情報を整理する中、黒が口を挟む。挟むつもりなど無かった。一真の考察など、聞き流してやろうとすら思っていた。だが……
「俺は、そのシステムから弾き出された……バグみたいなもの……?」
黒の声は、微かに震えていた。意思ある魔力、円熟したヴィルフェイラ‐雫‐である黒の、存在意義。存在する理由。
彼の頭の中にあったのは、大きな所で2つ……『久城一真を消すこと』と『魔界に“帰る”こと』だ。それは彼の意思とは無関係に、頭の中に存在していた。“最初から”存在していた。
「……お前だけじゃない」
「……」
「“仕組まれた”のは、お前だけじゃない」
黒の後頭部を見つめながら、まるで彼の頭の中を見透かしているかのように、一真は言った。一真、梨紅、そして暖も、黒と同様に、誰かに何かを仕組まれている。そして一真は、それらに反逆すると決めていた。
「そしてお前は……お前だけはまだ、自分で決めることができる」
「……何を、言っている? 俺が、何を決めれるって……」
「“どう生きるか”だ」
黒に返答しつつ、一真は右手で、黒の頭に触れる。
「お前の頭にあったのは、仕組まれた2つの……まぁ、“バグ”だな。だけどな、それだけじゃないはずだ。感じているはずだ、他にあるものを……感情を」
「わからない……全知の眼‐ヴィアン・ト・エニス‐には、何も反応は……」
「なら、教えてやる」
一真の右手から、魔法陣が展開されていく。それは複雑で、複雑で……折り重なり、繋がり、細かく細かく書き上げられて、輝きを増していく。
「“アルメガ・ソニエ=ジオレル・ソニエ=ネリー・トスタル=ヴァイ・ゼンス‐愚者の意思か世界の意思か・産まれた意味は自分で決めろ‐”」
一真が詠唱を終えると、魔法陣は激しく金色に輝き、光が脈動しつつ、辺りに拡散していく。最後に一際大きく脈打つと、光は消え、黒の顔もまた、微かな痕跡も無く、消え去った。
窓の外は薄暗く、景色はよく見えない。しかし、しばらく眺めていると、見覚えのある景色であることに気付く。
貴ノ葉高校、MBSF研究会。一真がいつも座っている背後の窓からの景色。それを認識した瞬間、“黒”は意識を覚醒させた。
「何だ……?」
つい一瞬前まで、久城一真に頭を掴まれていた。その記憶があるのだが、今は高校の部室にいる。服装は、貴ノ葉高校の制服……顔は久城一真そのものなので、まるで久城一真がそこにいるかのようだ。
黒は辺りを見回すが、見れば見る程、見慣れた部室だった。試しに入口付近にあるスイッチを押してみるが、天井の蛍光灯が光る様子も無い。わかったことといえば、ここは……
「現実ではない」
自分が声を発する前に、自分の声が響く。黒が振り返ると、窓際の指定席に座る久城一真が、退屈そうに嘆息する。
「久城一真……」
「だった者だよ」
一真……だった者の返答に、黒は眉をひそめる。自分をこの世界に送った久城一真なのか、そうではないのか、黒にはわからない。
「久城一真の身体が分解され、意識は2つに分けられた。1つは現実世界で魔力の身体を得た、“魔法使いの王”久城一真。1つは閻魔界で“真理の司を継いだ”久城一真。俺は後者。そうだな……仮に魔法王と真理とでもしておこうか。流石にAとBじゃ抵抗がある」
真理の短い説明で、黒は状況を理解する。つまり、真理の言う魔法王一真によって、黒の意識がここに送られてきたのだ。そして、真理一真が自分を出迎えた。
「出迎えられてないけどな。2つ程、用事を済ませていたから少し遅れた」
黒の思考を読み、真理は言葉を続ける。思考を読まれる気持ち悪さは感じなかった。どちらかと言えば、便利で楽だとすら感じた。
「それはお前も“俺”だからだろうよ。俺たちがやっているのは、概ね自問自答に近い」
広い捉え方をするならば、その通りだろう。久城一真の使っていた魔力だった、久城一真の記憶を持つ、別意識。意識は2つではなく“3つ”に別れたと言っても良い。
「じゃ、そろそろ本題に入ろう。魔法王には何て言われて来た?」
真理に問われ、黒は記憶を辿る。魔法王は「お前だけはまだ、自分で決めることができる。“どう生きるか”」と言っていた。
「魔法にも意思は乗っていたんだけどな。“産まれた意味は自分で決めろ”とも言っていたよ」
どういう意味かは、わからなかった。全知の眼‐ヴィアン・ト・エニス‐をもってしても、理解できなかった。
「創造する者‐ヴィアン・ト・イビヤ‐はエニスよりも遥かに深淵を見る物だから、理解は無理だろ。だから俺の所に送ったんだろうよ」
真理はそう言って、振り返る。薄暗い外を眺め、続けた。
「お前さ、外の景色見て、“黄昏”と“薄明”のどっちだと思う?」
言われた黒は、窓の傍まで近づき、改めて外を見る。黄昏と薄明……夕焼けか朝焼けか……
「……薄明」
「良かった。なら、任せられる。まぁ、お前次第だけど」
黒の言葉に、真理は満足気に……そしてどこか、ほっとしたように呟いた。
「ここに、2つの“力”がある。“一哉”と“文雄くん”から対価として受け取ったものだ」
黒い、正六角柱の石と、橙色の、正三角錐を机に置いて、真理は言った。一哉も文雄も、黒には誰だかわからない。
「黒いのが《グリッター・オブ・トワイライト‐黄昏か薄明の輝き‐》で、橙色が《アンダンテ‐時は進む、歩くような速さで‐》。壊れた世界を元に戻す対価と、歪んだ時空を正す対価に受け取った」
説明を受けてなお、黒には理解しきれなかった。エニスなど持っていないのではないかというぐらい、わからない。
「率直に言えば、“運命を変える力”と“時を遡る力”だよ」
言いながら、真理は机の上の2つを左手で押し、黒の方に動かす。
「やるよ、これ」
「……はぁ?」
真理の言葉に、黒は顔をしかめ、呟いた。
「お前からすれば、わからないことの方が多いだろう。こっちもそれをわかって言ってる。ただ、全てを伝えるとお前が“変えたい”と思ったことを変えられる可能性が減る。それは避けたい」
「……なるほど」
真理の言葉に、黒は考え方を切り替えることにした。視線を下げ、腕を組む。理解できない部分が多いならば、理解できる部分だけをヒントに、エニスを使ってこれからの動きを……計画を組み立てていく。
(言葉の裏は、考えない。額面通りに受け取って、思考を進める)
黒は自分に言い聞かせるように、微細な欠片を残さず集めるように丁寧に、慎重に、この数分を振り返る。
(俺だけは、“どう生きるか”を決めることができる。“産まれた意味”さえ、自分で決められる)
何故? という疑問を、黒は切り捨てた。考えても仕方のないことは、一度保留にする。そうして、思考を進めていく。
(久城一真……真理が“やる”と言った“運命を変える力”と“時を遡る力”。前者は使い方がわからないが、後者は単純明快。過去に戻れるのだろう。“産まれた意味”と関連付けると、自分が何のために産まれたのか、それを知る……違う。“自分で決める”ために戻る? どこまで?)
「最大で、今から“17年まで”なら戻れるぞ」
黒の思考に、真理が口を挟む。黒はそれに返答せず、知識としてそれを取り入れ、思考を重ねる。
(17年ということは、久城一真と今城梨紅の産まれる前まで戻れるということ……そもそも俺が産まれたのはいつということになるのか。意識が覚醒した瞬間? 久城一真が産まれ、初代魔王の魔力を得た瞬間?)
その思考への返答は無かった。黒はこれも保留にし、更に思考する。
(産まれる前まで戻れる……久城一真が産まれる前……もしも、久城一真が“産まれなかったら”、俺はどうなる?)
これも保留にした。もっと考えるべきことがあるはずだ。
『そもそもお前、“何をしたかった”んだ?』
魔法王の言葉が、黒の脳裏を過ぎる。自分のしたかったこと……今、自分がしたいこと。
(……“仕組まれる前”に戻って、仕組んだ奴に一泡吹かせる? 自分が、そして久城一真“たち”が“仕組まれた時”よりも前に戻り、何かしらの仕掛けを施す。仕組んだ奴のことを仮に“黒幕”とするならば、そいつの思うようにさせないことが、俺のしたいこと……)
『かもしれない』というのが、黒の本心であった。この思考すら、誰かの筋書きの上なのではないかと疑ってしまうぐらいに、“自分”というものが揺らいでいるのを、黒は感じていた。
「……とりあえず、結論だけ先に聞いておこうと思うんだけどさ」
不安そうな表情を浮かべた黒に、真理は声を掛ける。それに対して黒は顔を上げ、真理に視線を向けた。
「お前、過去に行くのか?」
何を今さらという質問だが、確かにまだ、黒は『行く』とは言っていない。“時を遡る力”を真理からもらっただけで、それを使うとは言っていない。
「まぁ、使う前提で色々考えてるみたいだけどな」
真理はそう言って、苦笑する。はたから見ると馬鹿にしているように見えなくもないが、その意図は無いと、黒には伝わっていた。だからこそ、黒は自然に――即答に近い速度で――答えた。
「あぁ。行くよ」
瞬間……橙色の正三角錐《アンダンテ‐時は進む、歩くような速さで‐》が、闇を照らすカンテラの灯りのように、淡く光り始めた。
「何をするかは、ゆっくり考えれば良い。何せ、最大で“17年”も時間があるんだからな」
「おい待て、どういうこと……」
「これも忘れず持っていけ」
黒の言葉を遮り、真理は黒い正六角柱《グリッター・オブ・トワイライト‐黄昏か薄明の輝き‐》を投げ渡す。
「それが“鍵”になる。“全て”を知って、それから使い処を探すといい」
黒は聞きながら、投げられた黒い正六角柱を掴む。
「じゃ、“またな”」
真理の言葉と同時に、黒の視界が白く染まっていった。




