魔法使いだった者
「戻すって……何で?」
8人共通の疑問を、代表して梨紅が口にする。当然の質問と言えよう。今でさえ黒は、大気中の魔力を摂取して回復を図っているのだ。一真の中に戻せば、再び魔力を取り戻した後、今回のようなことが起こる可能性は大いにあり得る話だ。
「後々、あいつの人格が必要になってくる」
いつ、どのタイミングで必要になるのかはわからないが、一真がそう言うのであれば、そうなのだろう。という、共通認識があるものの、やはり彼らは釈然としない様子だ。
「それで、具体的にはどうすれば良いんだ?」
口を開いたのは、暖だった。無理矢理に納得したという風でも無く、恐らくは考えることを放棄したのだろう。他の7人に先んじて、一真に説明を求める。
「魔力を回復する隙を与えず、魔力を削り取る。使えば使うほど消耗するから、どんどん魔法を使わせたり、あいつの身体にダメージを与える。暖と梨紅は、加減しろよ?」
「よし、《付加・虚無限-アディル・ゼオウラ-》で――」
「なぁ、削れって言ったよな? それであいつを丸ごと消し飛ばしたら、お前の首を消し飛ばすぞ……ん?」
暖に向かって、冷たく言い放った一真の視界の端。白い何かが、そこを高速で横切って行く。微かに見えたそれ関する情報が、一真の脳に入ってくると同時に、一真の表情が青くなり……
「凉音! お前は手加減とかじゃなくてっ」
「うらぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
「攻撃しなくて良いって言うのが間に合わなかった!」
一真が珍しく後悔し始めるや否や、白炎を纏った愛の拳が、黒に向かって振り下ろされた。しかし、
「……ちっ! 豊!」
愛が拳を振り抜くと、黒の身体が霧散して消える。どうやらいつの間にか、分身を残して移動したらしい。愛は瞬時に、豊に向かって異常を伝える。
「……凉音の右、向こうの魔導隊の中」
「勇気!」
「クソッ!」
豊の言葉を聞くや否や、正義と勇気は魔導隊に向かって飛んでいく。だが、それでも対応は遅すぎたようだ。
「ふん、こんなもんか」
声を上げる間もなく、魔導隊の半数が、その場に崩れ落ちる。その中心に居たのは、一真の容姿を持つ魔力、黒に間違いなかった。先ほどまでよりも、幾分か存在感が増したような印象を受ける。
「あいつ、魔導隊の魔力を――!」
雷の槍を構えながら、勇気は黒に向かって突き進む。周りに影響が出ない程度の速さに抑えていても、勇気の速さは常人が反応出来る速度を遥かに超える。だが、
「遅いな」
呟きながら、黒は足で地面を踏み鳴らす。すると、彼の周りに倒れていた魔導隊が、宙に浮き上がった。
黒は浮かべた隊員達で壁を作り、勇気から距離を取るため、後方に跳躍する。それと同時に、一真たちの現状を把握するため、辺りを見回す。
一真は両目を閉じて立っており、梨紅はその隣で華颶夜を鞘に戻している。暖と沙織、恋華は勇気の後を追って駆け出しており、正義の姿は見えない。麻美、あおい、ハウル、プチ子の4人はこちらに杖を向けている。口元を見るに、詠唱中のようだ。
(先に対処するか……いや)
4人からの攻撃について思案しつつ、黒は気付く……暖が壊した壁を背に、こちらを指差している男――豊の姿に。脅威は麻美達では無く、姿が見えない愛と正義だ。風になれる正義はともかく、天井や四方、何処を見回しても愛の姿が無いのはどうしたことか。
(魔導隊の中? いや、あんな化物がいればすぐにわかる。まさか、透明化なんてことは無いだろう。なら、何処に――!)
黒の視界に、一筋の黒い線が映る。それは床についた、焼けたような痕だった。先ほどまでは、絶対に存在していなかった物だ。その証拠に、煙までたっている。
「なん――っ!」
黒が認識した時には既に、自分の胸部と腹部が消し飛んでいた。爪で裂かれたか、砲撃にやられたか、あるいは食い破られたかは定かではない。だが、犯人だけは明確だった。
「いったい、どうやって」
「あんたの死角を走っただけよ。まさかこんな派手な外見で、隠密行動が出来るとは誰も思わないでしょ」
上半身と下半身が床に落ちる最中、至って冷静な声だけが黒の耳に届く。そして、頭部が床に触れようとする刹那……白炎を纏った足が、黒の顔を踏み抜いた。
「……何が、どうなっているの?」
人間界での戦いと時を同じくして、遥か異界――閻魔界の更に深奥、人々の運命を記した書物“道程の導”が保管されている、本棚と本だけが存在する部屋……“道程の間”に、閻魔、ナイト、そしてエリーの姿があった。
エリーは呟きつつ、部屋の惨状に視線を彷徨わせる。書物という書物が緋色に明滅し、棚を離れて飛び回る様が、彼女の目に映る。
「爺さん、こいつは?」
ナイトもエリー同様、状況が掴めずにいた。閻魔に説明を求めた物の、返事は無い。だが、異常事態だということは明白だった。ナイト達が知る限り、今までに閻魔が魂の転生を中断したことは無かった。閻魔が離席する際は必ず、ナイトかエリー、もしくは両方に仕事を任せていたのだ。だが、今回は3人揃ってここに来ている。
「久城一真が」
ようやく声を出した閻魔に2人は視線を向けるが、不思議と興味は無さそうな印象を受ける。まるで、これから何を言うか“わかりきっている”ようだ。そして、
「……死んだ」
1人の人間の終わりを、閻魔は重々しく宣言した。
そもそも、2人にはわかっていたことだった。ナイトとエリー、一真と梨紅、4人は浅からぬ繋がりを持っている。遠く離れていても、互いの存在を感じることは難しくない。呼吸するように把握できると言っても、過言ではない。
久城一真という人間の死……それは、最も近くにいた梨紅が、その場に居た誰よりも深く、理解した。
その理由として挙げられるのが、『共有していた心の消失』だ。
2人は産まれた時から、心の深い所で繋がっていた。互いの心の『光の部分』が『闇の部分』を隠すことで、常に平穏だった。時折、一真が異世界に行くことで心が分断されることはあったが、帰ってくればすぐに繋がる。故に、一真の帰還をすぐに察知できていたのだ。そして今回の件で、梨紅は一真の存在が“永遠に”自分から離れたことを悟った。
同じ世界に居ながら、心が離れた。目の前に身体があるにも拘らず、心――精神が世界を離れてしまったのを理解した。魔力の喪失により、魔法使いである久城一真は死んだのだ。だからこそ、梨紅の心は瞬時に闇に染まった。闇が、片割れを真に喪失した梨紅の心の揺らぎを温床として、梨紅を黒が言う所の“闇の聖女”と化したのだ。そして、ベルグ・パードの“獣化-ビースト・リヴァル-”、退魔刀に魔力を付加する“纏”の技法、そして砕けた退魔刀すら復元する“自在形状変化”など、怒りと悲しみを糧に、劇的な成長を遂げるに至った。
梨紅が心を取り戻したのは、『魔力耐性と経験』によるものだ。元々の退魔士としての能力と、魔界の魔力でベルグ・パードを慣らした経験が、梨紅に、善悪を包み込む心の芯を与えた。誰よりも大切だった一真の死を受け入れ、前に進む……それは見方によれば、梨紅の心が部分的に凍結されたようにも感じられる。
そして、梨紅は意識を取り戻したまま獣化を維持し、期を待つ。内心では愛や勇気との連携を考えつつ、成り行きを見守る。すると、暖が覚醒し、チャンスが巡って来た。そして、一真の死体の奪還に成功……暖は一真の蘇生を試みるが、梨紅はそれが不可能であることをわかっていた。僅かに退魔力を戻した所で、死者は蘇らない。
だが、一真は蘇生した――“ように見える”。
周りから見れば、一真が瞬時に立ち上がり、暖の背後に移動したように見えただろう。だが、恐らく梨紅だけが、全てを見て、理解していた。
一真の死体は瞬時に“分解された”のだ。本来なら長い年月をかけて土に還るはずが、瞬時に、骨すら残さず、分子より粒子より小さく分かれ、世界に同化した。それとほぼ同時に、暖の背後で一真の身体の“再構成”が始まる。とは言え、身体に使われている物質は人間のそれではない。水、炭素、アンモニア……錬金術における人体錬成に必要と言われる物は何一つ含まれておらず、唯一の構成物質は大気中の“魔力のみ”。
そう……今の一真は、表皮から内臓に至るまで全て、魔力で生成されているのだ。
「……あってはならない」
頬を伝う汗、震える声から、閻魔の動揺が目に見えてわかる。ただそれが、道程の間の現状と、久城一真の死のどちらについて述べているかは定かでは無かった。しかし、
「『あってはならない』ねぇ」
結論から言えば、どちらでも無かった。部屋の現状も一真の死も、『ありえないこと』ではあるが『あってはならないこと』では無かったのだ。
「転生体-ヘイムルギアン-の死によって、“全人類の運命が変えられていく”なんてことが『あってはならない』ってことなんだろうが……」
その声は、どこからともなく聞こえ、部屋の中に響いていた。エリー、ナイト、そして閻魔が注意深く声の出所を探ると、1冊の“道程の導”が一際眩しく、緋色に輝いた。
「それ以前の問題だと、オレは思うけどな。神々様のいざこざで、人間の一生をめちゃくちゃにすることがそもそも、『あってはならないこと』だろうよ」
言葉を区切ると、声の主たる道程の導が開き、頁が勢い良く溢れ出す。その、小さな見た目からは想像も出来ない程に詰まっていた、1人の人間の運命が、解き放たれているのだ。
飛び出した何千もの頁は、道程の導のすぐ隣に集まり、何かの形を成そうとしている様子だった。
「……何だと、言うのだ」
呆然と見つめていた閻魔だったが、遂に堪えきれず、言葉が漏れ出した。頁が形成したのは、人型――指の先から髪の毛まで、細部に亘って再現された、人間のそれだった。
「そうは思わないか? 神々様“共”」
人型が右手の指を弾き鳴らすと、頁は全て着色され、加えて、人の質感を得た。素足に、黒い綿パン。大きな白い布を被っただけのような、いわゆるポンチョ姿で、前髪だけが緋色の黒髪。
久城一真の姿が、そこにあった。
閻魔にとって現状、何一つ想像の範疇には無かった。全てが異例で、想定外だったのだ。道程の間の荒れ様、久城一真の出現、それに対して何の反応も見せないエリーとナイト。それらは閻魔の許容を大きく超えた出来事だ。
「何者なんだ、お前は……!」
だから、聞いた。否、『聞いてしまった』そして『聞かざるを得なかった』。その巨大な身体で、自身の1割にも満たない大きさの人間に向かって、閻魔は問う。
「何者って、あんたが転生させたんだろ? そこの魔王と女神を、16年前に」
一真は目を細め、閻魔の後ろに浮かぶ2人に視線を向ける。それを受けても、彼らは何の反応も見せない。
「知っての通りさ。初代魔王の転生体-ヘイムルギアン-、魔法使いの久城一真」
閻魔に視線を戻し、一真は両手を左右に広げて見せる。そして、
「……正確に言うなら『だった者』って感じか」
そう続けて、両手を下ろす。一真はそのまま部屋の中を見回し、面倒くさそうに顔をしかめる。
「ちょっと騒がしいな……【お前ら、棚に戻れよ】」
右腕を軽く振り、一真がそう言うと、部屋の中を縦横無尽に飛び回っていた道程の導の動きが静止する。それから間を置かず、再び一斉に動き始めたかと思うと、全ての道程の導が元々収まっていた棚に戻ったのだ。
閻魔はそれについて、声を上げることも出来なかった。何が起こったかがわからないのだ。目の前で起こっている現象を何一つ、彼は説明することも出来ず、誰に聞いて良いのかもわからない。
「静かになったな……ここは、そうあるべき場所なんだろ? 悪かったな、騒がせてしまって」
文面からは謝罪の念を感じなくもないが、彼の発した言葉からは、微塵も――本当に全く、申し訳なさという物を感じられなかった。それもそのはず、彼は3人に対して、謝罪などする気は更々なく、むしろ謝罪を求める側に立っているのだから。
「さて、閻魔からの質問には概ね答えたけど、オレからも聞かせてもらおうか」
そう言って、一真は真っ直ぐにナイトを見据える。ヴィアン・ト・エニスが緋色に輝くその両目で、彼を射抜くように……
「自分が転生した人間が死んで、人間じゃなくなったのって、どんな気持ちだよ」
射抜ける物なら、射抜きたいのだろう。一真の言葉には恐らく、怒りが込められている。梨紅、ナイト、そしてエリーが心の中で繋がっていれば、3人の感情にも影響しかねない程の怒りが、そこにあるはずだった。
「……強いて言うならば、『こんなはずでは無かった』かな」
ようやく口を開いたナイトの口調には、およそ感情という物が感じられなかった。ただただ、結果を口にした。そのような印象だ。
「そうだな、お前とエリーの計画は、オレと梨紅が死ぬような段階まで考えられていなかっただろうからな」
一真の返答についても、結果からの考察のような印象だ。こちらも、感情が込もっているようには思えない。当然だ、『込められてなどいない』のだから。
「まぁ、『2人の死の真相を突き止めてくれれば良いな、なるべく近い距離で一緒に産まれて育って、自分たちが介入して上手く誘導していこう』なんてアバウトな計画じゃ、上手くいかないのも利用されるのも当然と言えば当然だしな」
一真の言う2人の計画は、閻魔も知る所だった。言うならばこれは、エリー、ナイト、閻魔、3人の計画なのだ。発端は2人が閻魔に計画を持ちかけたことだが、それを彼が了承しなければ、実行は出来なかったのだから。
「了承した結果、閻魔は川島暖の存在に気付かないぐらい、2人の計画のことで頭がいっぱいになった。終いには、それすら利用される始末……と」
溜息を吐きそうな表情で、一真は3人を見つめ、続ける。
「その結果がこれだよ。オレは死んで、人間じゃなくなり、他の人間たちの運命もぐっちゃぐちゃさ。どうすんの?」
無論、一真には彼らの返答がわかっている。正確には、『返答が無いことが』わかっている。だから彼は、言葉を続ける。
「転生前の神々共の尻拭いとか、勘弁被りたいんだけど」
「……その辺りにしておいたらどうだ、久城一真」
一真の言葉に唯一反応したのは、意外にも閻魔だった。現状を何一つ理解出来ていない彼が、エリーやナイトを差し置いて、一真に反論を試みたのだ。
「我々に非があったのは認めよう。だが、結果についてどう対応するかを決めるのも我々だ。お前には関係のないことだ」
「そう、オレには全く、何一つ関係が無い。無かった。無いままで居たかったし、そうだったらどれだけ良かったか……」
一真は目を閉じ、何かを噛みしめるように眉をひそめる。人間界での自分の行動、それらを思い返して、そして再び目を開き、閻魔を見つめる。
「オレが産まれてから16年と数ヶ月。何度となく、自分の行動に対する責任を取らされてきた。自分で責任を取ろうと考える前から、その重要性を少しずつ、身体で覚えてきたと言ってもいい」
一真はそこで区切り、3人の様子を確認する。閻魔は変わらず困惑顔で、残る2人は頭を下げ、黙っている。2人にはわかっているのだ。現状と、これからのことが……
「にも拘らず、お前らは責任を取れもしない計画を立て、あろうことか実行し、その責任をオレに取らせようとしている。何様のつもりだ?」
「……何様のつもりとは、こちらの台詞だろうな」
そう答え、閻魔は一真を睨みつける。理解はしていないが、彼からすれば唯一確かなことがあった。それは一真が、この場においてイレギュラーな存在であることだ。
「人間の身でこの部屋に立ち入り、あろうことか我々に生意気な口を利く……ナイトメアの転生体とは言え、容赦は出来んな」
閻魔はどこからともなく、その身体に見合う巨大で、刺々しい金棒を取り出した。
「久城一真、お前には輪廻から外れてもらおう。二度と転生をすることもなく、存在をこの場で消滅させる」
「転生の番人たる閻魔のみが持つ金棒――魂滅の金棒-リーン・テイル・ヴァム-か」
一真の両目が緋色に輝く。魂滅の金棒……全知の眼や魔族の体と同じ部類の宝の詳細が、その目に映し出される。叩き潰した魂を消失させる武器とのことだ。
「もったいない……そう何度も使う機会はなかっただろうに」
一真の感想は、その場の誰にも理解出来るものではなかった。誰も聞いてはいなかった。閻魔は既に金棒を振りかぶっており、むしろ振り下ろしている最中だった。
「けどまぁ、また“作ればいいか”」
一真はそう言って、右手を真っ直ぐ上に伸ばす。まるで、振り下ろされた金棒を受け止めようとしているようだ。そして、
「【シン・デリス】。」
金棒が右手に触れる直前、一真は呟いた。
「……なっ」
閻魔は思わず、声を上げる。また1つ、彼に理解出来ないことが増えてしまった。いや、理解出来ないではなく、今回は“思い出せない”のだ。
自分は“何を”久城一真に振り下ろしたのか。
一真が呟き、閻魔の□□がその手に触れた瞬間、訪れたのは無だった。衝撃、風、何一つ起こらず、そもそも□□が閻魔の手元からも消えてしまった。
「オレの手に触れた瞬間、お前の武器の“存在を消した”。そういう【理】を作った」
一真はそう言って、静かに腕を下ろした。
【理】を作った。
目の前の少年の言葉に、閻魔は漸く、事態を理解するに至った。自分の抱いた全ての問いに対する答えが、一瞬の内に脳裏に過る。
「……【真理の化身】」
閻魔の呟きに、一真は口元に笑みを浮かべる。しかし、その目には一切の感情が無く、当然、笑みなど存在しなかった。
「『人間の身でこの場に立ち入り』って言ってたけど、そんなことは不可能だって知っているだろ?」
溜息混じりに、一真は続ける。
「“人間の身じゃ無くなったから”この場にいるし、この場に居る時点でただの“魂”ではない。つまり……」
ポンチョから右手を出し、人差し指で空を指しながら、一真は結論を告げる。
「久城一真は人間から、『真理を司る者』になった。正確には、【真理の化身】を“継いだ”んだよ」
瞬間、閻魔は膝を折り、頭を垂れる。一真を『真理の化身』と認識した瞬間に、身体が勝手に動いたのだ。これこそが【理】である。
『概念』や『思想の基礎』に【順守すべき物】として情報を刻み込む。存在の創造主にして、数多の世界の理を司る者が、『真理の化身』――久城一真が継いだ存在なのだ。
「数多の異世界の魔力に触れ、ナイトメアの魔力――“雫-ヴィルフェイラ-”が円熟したことで、魔力が意思を持ち、ヘイムルギアンに反逆……肉体から魔力が分離し、空になった所に“上位の退魔力”を戻し、全知の眼-ヴィアン・ト・エニス-を《創造する者-ヴィアン・ト・イビヤ-》に覚醒させる」
右手を下ろすと、一真は順を追って確認するように、目を閉じて、1つ1つを思い浮かべる。回った世界、薄れる意思、黒の目覚め、暖の覚醒、自分の肉体の分解と魔力による再構成、そして梨紅の涙……
「そして、久城一真だったオレは【真理】として世界の理から外れた。お前ら3人の計画、暖の中の3人の計画、ナイトメア達を殺した黒幕の計画、全てが狂って何一つ達成出来なかった末にオレは、“オレ達”は、“進むべき未来”さえも歪んでしまった!」
一真の露わにした激情が、閻魔たち3人に向かって放たれる。見開かれた彼の目に宿るそれは、怒り……“憤怒”と言っても過言では無い。神々の都合で生み出され、幸福なレールに乗せられるでもなくただただ苦難の道を進まされた挙句に、人間であることさえ許されない。
「勇気の言葉じゃないが、本ッッッ当にクソみたいな神々だよお前らは!」
吐き捨てるように、一真は言った。
続けて、一真は左手を前に突き出し、掌を上に向ける。すると、一真の道程の導“だった物”が現れた。一真はそれを片手で開き、読み上げる。
「『久城一真、2年生より貴ノ葉高等学校普通科から新設された“異能科”に転科』、『魔法使いの世界一を決める大会に日本代表として出場、決勝戦まで進むが対戦相手の使用した魔法により地球滅亡の危機に瀕し、巨大隕石を魔法で粉砕。実質優勝』、『貴ノ葉大学異能学部魔導工学学科に入学、4年間かけて“魔力を原動力としたエネルギー利用”について論文を纏め、大学を主席で卒業』、『卒業と同時に今城梨紅と結婚、共にMBSF元帥として活動』、『子どもが産まれ、順風満帆に過ごす』、『アマテラス計画により人間としての肉体維持困難により、自らの魔力で身体を封印――意思を持つ魔力に託す』、『母を救うために天界に乗り込んだ子どもたちの手で復活、捕らわれていた妻を取り戻す』、これならギリギリ、ハッピーエンドかもしれないな、もう“消え去った未来”なわけだが」
一真は皮肉混じりに言って、道程の導を捲る。
「こっちの未来も凄いぞ? 『久城一真は魔法に狂った』、『無数の異世界を回り、【理】を観測し続けた彼は【真理】に辿り着く』、『仲間たちから離れ、愛する者の声も次第に遠ざかり、【真理】に身を投じた彼は、大切な者たちを護りたい一心で世界に挑み、その身と引き換えにアマテラス計画を阻止する』、悲しいな、仲間を護ったのに誰もそのことを知らず、自ら【久城一真の存在を忘れる】って【理】を作って仲間から離れて世界を救う。自分がこんな自己犠牲精神で頑張るなんて、寒気がするね、この未来ももう無いわけだけど」
道程の導を閉じ、ゆっくりと深く溜息を吐く。心を落ち着かせるように、静かに呼吸を整え、一真は続ける。
「もうさ、逆に笑えるわけよ。笑ってないけどさ……自分に存在した未来が無数にあって、そのほとんどが『アマテラス計画の阻止』で人生詰んでるわけ。『自分が何のために産まれたのか』って悩んでる青少年に『世界を救うためだよ』なんて“イタい”だろ、“イタ過ぎ”だろ」
そう言って苦笑すると、不意に空を見上げ、目を細める。
「……だからさ、もう好き勝手にやらせてもらおうと思ってるんだ」
閻魔たちに視線を戻し、一真は無表情のまま呟いた。
「運命も【理】も、俺が決める」
その言葉に異を唱えられる者など、居はしなかった。




