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魔法使いの苦悩-ADVENT-~闇の聖女と光の魔王~  作者: 黒緋クロア
第三章 The story began to move.[動き始めた物語]
29/32

魔法使いの切り札

 橙色の膜が、暖の目の前に現れる。それに、どんな効力があるかはわからなかったが、唯一つ、確実に言えることがあった。




 それを出現させたのは、暖だ。




「あっ」




 暖に向かって手を伸ばし、飛び出していた沙織は、勢い余って暖に抱き着く形になる。普段なら、羞恥の思いからすぐに離れる所だが、今回は違った。目の前の光景に目を奪われ、固まっていた。




 現れた膜に、異形の獣が触れた。その瞬間、触れた箇所から後方に向かって、獣の身体が橙色の光を纏っていく。




「……暖、くん?」




「言ったでしょ? 絶対に護るって」




 獣の動きが完全に止まり、膜の手前に着地したことを見届けると、沙織は思わず、暖の名を呟いていた。一瞬、これまで何度かあったように意識を失っているのかと不安になったが、それは杞憂に終わった。暖ははっきりと、力強く、応えて見せた。




「今度は、オレの意思で……」




 自分の身体を抱きしめている沙織の、焦りと緊張で火照った右手を、自身の左手で掴む。右手で持っていた銃を構え直し、振り向きながら、暖は続ける。




「皆を、護れる」




 右目の目尻に浮かぶ、橙色の水滴模様。その力強い眼差しは、沙織の不安を全て取り去るに至る。目の前に居るのは、沙織のよく知る彼――優しく、仲間想いな、川島暖という少年――に、間違い無かった。




「それ、久城くんから……?」




「ううん、違うよ」




 沙織の問いを、暖はゆっくりと首を振り、否定する。同時に、いくつかの変化が起こる。まず、黒から放たれた2匹の獣が、その場で反転し、黒に向かって唸り声をあげる。続いて、暖の右目から虹色の涙が流れ出し、目尻の水滴模様に満たし始めた。




「これは、オレが持っていた力……オレの中に居た神様たちが、貸してくれた力なんだ」




 暖はそう言って、視線を前方に戻す。沙織の右手を握ったままだったことで、沙織も前方に一歩踏み出す形になった。




「……何が、起こったんだ」




 暖と沙織、並び立つ2人からの視線を受け、黒の表情は焦りの色を浮かべていた。黒の放った魔法は、久城一真が禁術とした魔法――少なくとも、容易に止められるような魔法では無いはずだ。にも拘らず、止められた。しかも、常人以下の能力しか持たぬ、川島暖によって。




「何者なんだ、お前は!」




「おいおい、さっき自分で言ってたじゃんか」




 黒の叫びを聞きながら、暖は苦笑する。すると、暖の髪が僅かに揺れ動き、虹色の泡が現れ始めた。




「オレは、《道化師-ジョーカー-》だよ」




 いくつもの泡は少しずつ増えていき、半透明な橙色のジェスターハットとなる。同時に、2匹の獣が黒に向かって駆けだした。




 自分に向かってくる2匹を前に、黒は眉をひそめる。暖の能力がいかなる物であっても、魔力や退魔力に類する物で防ぐことは出来ないはずなのだ。少なくとも、“一真の記憶の中”ではそう設定されていた。




「……《魔法解除-レヴン-》」




 思考を一度止め、防御方法を冷静に判断した黒は、魔法解除による2匹の消失を狙う。今にも噛みつかれるという刹那、黒の目の前で、2匹は消え去った。




「沙織ちゃん、ちょっと右手グーにして」




「えっ? う、うん」




 黒の行動を気にも留めず、暖は握っていた沙織の手を放し、握りこぶしを作らせる。続いて暖は、右手に持っていた銃を左手に持ち替え、自らも右手で握りこぶしを作る。




「合わせて」




 暖に言われるがまま、沙織は暖と拳を突き合わせる。すると、2人の右手が橙色に輝き始めた。




「《付加・無限-アディル・フィノー-》!」




 暖が叫ぶと、膜に触れた獣たち同様に、沙織の身体が橙色の光に包まれる。だがそれも、一瞬のことだった。光はすぐにおさまり、沙織は思わず首を傾げる。




「ねぇ、どんな能力なの?」




「まぁまぁ、まずは足元の鎌を拾って、黒に一撃入れに行ってみて」




 明らかに楽しんでいる様子の暖に首を傾げつつ、沙織は言われた通りに大鎌を拾い上げ、上段に構える。その行動の中でも、微かな違和感があったが、沙織は暖を信じることに決めていた。




「――ふっ!」




 気合いと共に、沙織は左足に力を込める。すると――




「えっ」




「うぉう!」




 次の瞬間には、沙織は黒を通り過ぎて居た。構えた大鎌が黒の首を斬り飛ばす刹那、沙織の接近に気付いた黒は、背中を反らせることで、ダメージを薄皮一枚に留めた。




「ちょっと! 暖っく……んん!」




 大鎌を床に突き立て、減速行動を取りながら、沙織は驚愕の面持ちで暖に視線を向ける。




「惜しい! もう少しだったのになぁ」




 極めて残念そうに、しかし笑顔で、暖は指を鳴らす。驚愕しているのは沙織だけでは無い、黒もまた、上体を起こすや否や、暖を睨みつける。内心は決して、穏やかとは言えなかった。




「……肉体強化か」




「いや、そう単純な物でもないかな」




 黒の呟きに、暖は首を横に振る。左手の銃を右手に持ち直し、トリガーガードに指を引っ掛け、くるくると回しながら、続けた。




「“能力毎の数値書き換え”――打撃力、防御力、瞬発力なんかの数値を書き換えて∞にカンストさせる――これが、《付加・無限-アディル・フィノー-》」




(なるほど……さっきのは私の“瞬発力”を∞まで引き上げたってことね)




 沙織は頭の中で納得したようで、試しにサイドステップを踏んでみる。すると、ほんの一歩だけ横に移動するつもりが、5メートル程も移動してしまった。




(……慣れるまでが大変そうね)




 頬を引きつらせ、沙織は溜息を吐いた。




暖の解説を聞き終えても、黒は暖を睨みつけたままだ。まだ、謎は残っている。




「……ディザスターを跳ね返したのは?」




「あぁ、あれは《付加・虚無-アディル・ノス-》」




 そう答え、暖は目の前にある橙色の膜に触れる。触れた部分に力が集まるようになっているようで、暖が触れた部分に橙色の結晶が現れる。




「触れた物に“マイナスの力”を付加する。さっきのは、黒からオレへの攻撃を“オレから黒への攻撃”にして返すようにしたんだ」




「……何が道化師だ、ふざけやがって」




 毒づきながら、黒は思考する。暖の説明では足りない部分があるが、それを補うとすれば、触れた物の“何に”マイナスの力を付加できるかまで操作可能なら、これほど恐ろしい能力は無い。


 何しろ、触れた物でも“者”でも、“その存在にマイナスを付加”してしまえば、消してしまえるのだ。




(真っ先に、消しておくべきだった)




 黒の中で、後悔の思いが強まっていく。久城一真を除く8人に加えヴェルミンティア魔導隊……明らかな“久城一真対策”が取られている中、暖の覚醒は明らかに《切り札-ジョーカー-》だった。




「説明も、もう良いだろ」




 言いながら、暖は左手の親指を伸ばし、その腹で右目の目尻に溜まった“虹の涙”を拭う。そしてその涙を、右手の銃に押し付けた。




「そろそろ返してもらうぞ……一真を」




「強大なエネルギーを感知。魔銃ディバイン・ブレイカー、モード・チェンジ=コマンド、認証……虚銃ゼオ・ブレイカー」




 クロスの言葉に続き、銃が変形を始める。白かった部分は漆黒に染まり、銃身は延長され、金色の装飾と独特な形状が、敵を威圧していた。




「《付加・無限-アディル・フィノー-》全開!」




 自らの身体能力を変化させ、暖は飛び出した。変形させた銃を振り上げ、黒に向かって振りおろす。




「クソがぁ!」




 目を血走らせ、黒は大量の魔法陣を生成し、自分の周りを固める。だが――




「“紋章破壊-スペル・ブレイク-”!」




 全ての魔法陣が、一瞬の内に砕け散った。黒が目を見開き、視線を上に向ける。




「凉音……愛!」




 視線の先では、邪悪な笑みを浮かべた愛が、黒を見下ろしていた。そして、気付く。魔法陣が消えたことで、“あの女”もまた、解放されたのだ。




「今城! 一真を頼む!」




「任せて!」




「なっ!?」




 暖と梨紅のやり取り……否、梨紅の行動と発言に、黒は驚愕する。


 黒と蒼の獣と化していた梨紅が――大切な片割れを殺され、怒りと悲しみで暴走していたはずの梨紅が、その獣の腹部から飛び出して来たのだ。




 しかも、その手には退魔刀の華颶夜が握られているではないか。




「うおぉっ!」




 梨紅と暖、2人に同時に接近され、黒は思考を巡らせる。自分を狙う暖と、自分を狙っているわけでは無さそうな梨紅……黒は咄嗟に防御を優先し、暖の腕を右手で掴み、防ぐ。だが――




「残念、外れぇ!」




「ぐぅっ!」




 防御の疎かになった右のわき腹に、脚力が強化された左蹴りが放たれる。本来なら、後ろの一真共々吹き飛んでいく所だが、黒の右目の端が、梨紅の動きを捉えた。




 黒と一真の間を、華颶夜で斬り裂いていたのだ。





「恋華ちゃん! お願い!」




「“重引”!」




 黒と一真の繋がりを文字通り断ち斬った梨紅は、すぐさま恋華を呼ぶ。少し距離があったものの、その声は恋華に届いた。一真の身体に重力を付加し、自分の方に引き寄せる。




(クソッ……奪われるわけには……)




 暖によって飛ばされつつも、黒は一真の身体に手を伸ばす。だが、一真の衣服にもう少しで届くという所で、黒の肘から先が断ち斬られた。




「させるかよ!」




 勇気の声が、上方から聞こえてくる。黒の腕を分断したのは、勇気が投げた雷槍だったのだ。




「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!」




 一真との繋がりを完全に失った黒は、抵抗虚しく、飛ばされていく。咄嗟に魔法陣を生成して威力を殺そうと試みるも、生成した傍から貫通していく。




「まーくん! どうしよう!」




 一真の身体を引き寄せたものの、恋華は一真の身体に触れることに抵抗を感じる。真っ先に触れた正義がどうなったかを、間近で見ていたからだ。




「……オレが受け止める、後は頼むぞ!」




 麻痺から回復したばかりにも拘らず、正義は一真を受け止める体勢を取る。もう一度麻痺する覚悟の下――だ。




「沙織ちゃん! もう慣れたよね!?」




 暖が唐突に、沙織を呼ぶ。すると、暖のすぐ隣に沙織が姿を現した。




「何とか、動ける程度にはね」




「一真が届くより早く、これを正義に!」




 そう言って、暖は自身のポケットから漆黒の手袋を1組取り出し、沙織に手渡す。それが何であるかを本能的に感じた沙織は、受け取ると同時に全力で地を蹴った。




《封印の手袋-ラシール・グローブ-》――魔法の類を吸収することができる手袋だ。




「桜田くん!」




 身体のブレーキを諦めた沙織は、身体が吹き飛ぶのもそのままに、正義の目の前に手袋を放り投げる。それを無言で受け取った正義は、それを手に嵌めることなく、そのまま手で掴み、一真の身体を受け止める。


 効果があるかはわからなかったが、どうやら手袋により、一真の身体に仕掛けられたトラップは無効化したようだ。正義は麻痺することなく、一真を確保することに成功した。




「一真、確保だ!」




「そのまま持っててくれ!」




 暖は正義に向かって叫ぶと、銃を左手に持ち替え、飛んでいく黒に照準を合わせる。そして――




「虚無の彼方に吹き飛びやがれ! 《付加・虚無限-アディル・ゼオウラ-》!」




 かつて、巨大なキメラの成れの果てに向けて放たれた漆黒の光線……あれよりも細く、鋭い、黒い光が、虚銃ゼオ・ブレイカーから放たれた。





 光線は確実に、黒を捉えるコースに入っていた。それを感じた黒は、瞬時に数多の魔法陣を生成する。砲撃系魔法、防御魔法、召喚系魔法、種類を問わず、その全てで暖の攻撃を防ごうという考えだ。


 だが、その全てを、漆黒の光が呑み込んで行く。




「クソ……クソ……」




火も、水も、雷も……




「止まれ……止まれ、止まれ……!」




光も、闇も……




「止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれ止まれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!」




盾も、龍も……




「があぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」




 黒の放った全てを虚無の彼方に飛ばし、光線は遂に、黒の身体を貫いた。右腕、右胸、右脚の付け根が消し飛んでなお、光線の引力は黒を呑み込もうとする。


 やがて光線は壁に直撃し、魔導隊の張った防壁すら吸収し、壁に巨大な穴を空ける。否、吸引の力故か、渦を巻くように壁が吸い込まれていき、穴が空いた所では無く、正面の壁が消失したのだ。




「正義! 一真を抱き起してくれ!」




「あ、あぁ!」




 暖の言葉が届くと、正義は一真の上半身を起こし、暖の方向を向かせる。




「クロス! 一真の身体に触れた瞬間、内包した退魔力と意識を一真に送ってくれ!」




「わかりました」




「受け取れ! 一真ぁぁぁぁぁ!」




 クロスに指示を出すと、暖は虚銃を振りかぶり、正義の方向に投げる。《付加・無限-アディル・フィノー-》により強化された《制球力》と《腕力》により、漆黒の銃は純白の光――退魔力の塊へと姿を変え、一真の右目に向かって真っすぐに飛んでいく。




「ぐっ……うぅ」




 《付加・虚無限-アディル・ゼオウラ-》が空の彼方に飛んで行くと、なんとか部分的に身体を残した黒は、床に横たわりつつ、暖たちに視線を向ける。


 半分以上の魔力を虚無の彼方に飛ばされ、残った魔力で少しずつ身体を蘇らせつつ、黒はまだ、その場から動けずにいた。


宙に居た勇気と愛は梨紅と暖の近くに降り立ち、沙織と恋華、豊は一真の身体を支える正義の傍に立っていた。




「一真は!?」




「カズは!?」




 勇気と愛が、一真に向かって視線を送り、様子を窺う。




「カズくん!」




「久城くん!」




「一真……」




「一真!」




 恋華、沙織、豊、正義も、呼びかける。だが、一真はまだ動かない。




「……おい、ふざけんなよ」




 暖は呟くと、一真に向かって駆け出す。それよりも早く、梨紅と《ベルグ・パード》は駆け出しており、勇気と愛は暖に続いて駆け出す形になった。




「いつまでも待たせて無いで、速く甦れよ! この馬鹿野郎!」




 そう叫びながら、暖は拳を振り上げる。走る勢いもそのままに、一真の額に向かって、“橙色に輝く右拳を”振り下ろし――


























「……誰が、馬鹿野郎だ」




 暖の背後から、怒りを孕んだ呟き声が聞こえた。







 暖が振り下ろそうとした拳の先に、一真は居なかった。正義が抱き起していた身体が、消えていたのだ。




「……起きるのが遅いんだよ」




「それ言うならお前、助けるのが遅いんだよ」




「助けられた側の台詞じゃねぇだろ!?」




 暖は怒りながら、思わず振り向く。だが、その視線に映った2人を見て、溜息を吐く。




「……梨紅、がんばったな」




 そこには、一真に飛びつく梨紅と、それを優しく抱きしめる一真の姿があった。




「お前なぁ、疲れさせんじゃねぇよ」




「まったくだ、生きた心地がしなかったぞ」




「悪かったって、助かったよ、実際」




 勇気と正義に言われ、一真は仲間たちを見回し、それぞれの表情を確認する。ほとんどが、安堵の表情と共に座り込んでいた。




「罰として、後始末はあんた1人でやりなさいよ?」




 安堵の表情から一転、愛はわざとらしく口角を上げながら、皮肉を言う。だが、それに対する返答は、思いもよらぬ物だった。




「いや、1人じゃ無理だな」




『……えぇ?』




 耳を疑い、どよめく仲間たちに苦笑し、一真は続ける。




「いや、正直さ? 魔力無しでどう戦うか……ってのがあるだろ」




「そうか、魔法使えないのよね?」




 沙織の言葉に、全員が納得する。確かに、今の一真が特攻するのは自殺行為以外の何物でもない。




「……仕方ないわね、助けてやるわよ」




 ため息を吐きつつ愛が言い、他のメンバーも頷いて見せる。誰からともなく、ゆっくりと立ち上がり、一真の周りに集まり始めた。




「あぁ、悪いな」




 一真はそう言って、黒に視線を向ける。壁も無く、海と空が視界に入るが、それを背景に、黒はゆっくりと立ち上がりつつあった。




「よう、今なら逃げられるんじゃないか?」




「……久城一真が蘇ってしまっては、逃げても意味が無い」




 正確に言えば、逃げようが無い……と言った所だろう。魔力が無くとも、《全知の眼—ヴィアン・ト・エニス》があれば、黒の所在の確認も、行動の先読みも出来るかもしれない。




「お前さえ、いなければ……」




 黒の呟きとともに、悪意に満ちた魔力が噴き出していく。魔力の量が減っても、威圧感は変わらず、明確な敵意が放たれていた。




「やる気満々だな」




「お前が煽ったんだろうが! ……って、あれ?」




 呟く一真に暖が言う中、暖の頭に乗っていたジェスターハットが消えていき、右目尻の水滴模様も消えてしまった。




「あれぇ……まさか、時間制限あり?」




「お前、気持ちだけで発動しただろ? ちゃんと解放しろよ」




「ちゃんとって……あぁ、あれか!」




 暖は1人納得したようで、可笑しなポーズを取り始める。しばらくの間、色々なポーズを試してみたものの、どれもしっくり来ないようだ。あまりにも落ち着きなく動くので、見るに見かねた一真が、暖の後頭部を平手で叩く。




「痛ぇ!」




「鬱陶しいんだよ! 動くな!」




 一真と暖がやり取りする中、他のメンバーは2人の横に並び、黒を真っ直ぐに見つめ、合図を待つ。




「仕切り直しだね」




 梨紅は呟きながら、華颶夜を鞘に納め、《ベルグ・パード》を自分の身体に戻す。どうやら、梨紅も一真たちに合わせるようだ。




「あぁ……いくぞ、梨紅、暖」




「うん!」




「おう!」




 一真に答えると同時に、梨紅は左手を拳にして、右胸に当てる。暖は梨紅と対称に、右手を拳にして、左胸に当てる。そして、一真は2人の間で、黒に向けていた視線をそのままに、目を閉じた。




「《魔族の体-ベルグ・パード-》!」




「《虚無限-ゼオウ・ル・ミレイ-》!」




 梨紅と暖がそれぞれに叫び、腕を振り下ろす。そして――




「……《創造する者-ヴィアン・ト・イビヤ-》!」




『解放!』




 一真が開いた両眼には、全く同じ……緋色に輝く真眼の紋章が、輝いていた。






 世界が、理解した。


それ以外に、この現象を説明することが出来るだろうか。


 魔族、魔物、魔法、魔導士、魔法使い。人間界に生きる全ての《魔を司る者》たちが、1秒の時差もなく、同時に、動きを止めた。彼らの頭に、衝撃が走ったのだ。




誰かに、情報を叩き込まれた。




 そう認識した魔法使いも居たようだが、その考えは概ね、正しい。彼らの得た情報とは、即ち――《理-ことわり-》




《自分たちは、彼の者に従う側にある。自分たちの力は全て、彼の者の為に使われる》




 本能に刻まれた言葉――それは、理解。




 《“魔”の“王”の目覚め》を、世界中の魔法使いが理解した、瞬間だった。












 緋色の光が柱となって、天井を貫き、空を突いていた。時刻はまだ正午にもなっていない。しかし、空の青さよりも明るく、鮮明に、光の柱は存在していた。




「何だ……」




 緋色の光が視界に入ると同時に、黒は全ての思考を、動きを、止めていた。一真に向けられていた敵意すら掻き消され、思考は一点に収束する。




《覚醒した》




 それは、一瞬の出来事。一瞬とは言え、それ以外を考えることが出来なかった。何が目覚めただとか、何に目覚めただとか、そういった物は本能が理解した。




 久城一真という、《魔法使いだった者》が、《創造する者-ヴィアン・ト・イビヤ-》として覚醒した。




 緋色に輝く光の柱、その根本に立つ少年は、両目に真眼の紋章を浮かべ、虚空を見つめている。彼が《全知の眼-ヴィアン・ト・エニス-》を宿していたのは、左目だけのはずだ。それが今や両目……理解出来たのは、覚醒したという事実だけ。その意味までは、わからない。




「……うぁ」




 唐突に、一真は両目を閉じる。右手を両目に当て、呼吸を整える。




「一真、大丈夫?」




「あぁ、何とか」




 梨紅に答えながらも、一真は目を開こうとはしない。入ってくる情報量が多いのだろう。単純計算でも、2倍……もしくは相乗効果で、それ以上の情報が一気に入ってくることになるのだ。




「慣れるまで、ちょっと時間かかりそうだな……暖、そっちはどうだ?」




「何か、装備が増えた」




 一真に問われ、暖は自分の姿を確認しながら呟く。目尻の水滴模様に、虹色に明滅するジェスターハット。ここまでは先ほどと同様だが、今は更に、先端の膨らんだクラウンシューズを履き、両手に橙色の手袋を着けていた。




「力の使い方は、さっきと変わらないかな?」




「梨紅は?」




「私も、大丈夫だよ」




 自分の足下に座る、黒と蒼の紋様で構成された身体を持つ獣の頭を撫でながら、梨紅は答えた。





 梨紅の返答を聞きながら、一真はゆっくりと左目だけ開き、辺りを見回す。暖の姿を確認し、梨紅の足下の獣に視線を向け、仲間たちと魔導隊、空中にいる魔法たちの現状を把握する。




「……重野、あれ取ってくれない?」




一真は、自分の後方を指差しながら、恋華に問いかける。問われた恋華は指の先を見て、一真が何を言わんとしているかを理解した。




「いいよ、“重引”!」




「梨紅、受け取って」




「何を? ……えぇっ! ちょっと待って!」




 恋華が引き寄せる中、一真に言われた梨紅は、後ろから飛んで来る物に視線を向ける。それは、“こちらに剣先が向いた”紅蓮・華颶夜姫だった。




「べ、ベルグ・パード!」




 梨紅は咄嗟に、剣の受け取りをベルグ・パードに命じる。パードは飛んで来る華颶夜姫の腹に噛みつき、それに合わせて恋華は重引を解除する。




「危ないでしょ!? 何するのよ!」




「おぉ――便利だな、獣化パード」




 梨紅の文句を聞き流し、一真はパードの咥えた華颶夜姫を受け取る。そして、それをそのまま梨紅に差し出した。




「これさ、梨紅の華颶夜に戻してくれない?」




「え? 良いけど……良いの?」




「あぁ、必要になったらまた借りるからさ」




 一真の言葉に頷くと、梨紅は華颶夜姫を左手で受け取り、右手で腰の華颶夜を引き抜くと、2本を重ね合せる。すると、華颶夜姫は緋色、華颶夜は純白に輝き始め、ゆっくりと1つになっていく。華颶夜の中に、華颶夜姫が入っていくのだ。




「ベルグ・パードの体外分離、退魔刀の自在形状変化、魔力の纏、梨紅はもう、退魔士としては一流以上だな」




「そ、そうなの? どれも自覚無くやってるんだけど……」




 一真に言われ、少し照れながらも、梨紅は苦笑する。自分の意思で行なえるか、不安が残る様子だ。




「山中は、完全に魔族化してるけど、大丈夫か?」




「えぇ、特に異常は無いわ。戻り方も、把握出来てると思う」




 一真に聞かれ、沙織は改めて、自分の姿を確認してみる。硬い2本の角、伸びた爪、漆黒の着物、そして翼……




「……この姿、傍から見てどうなのかしら? やっぱり、禍々しい?」




「いや、凉音より100倍まし」




「喧嘩売ってるなら買ってあげるけど?」




 心情に呼応するように白炎を燃え上がらせながら、愛は一真を睨みつける。両腕と両足に白炎を集中させ、頭から角を生やした姿は、妖艶な姿の沙織とは裏腹に、白炎を纏った鬼そのものだった。




「売ってねぇけど、この中で一番異質なのは、間違いなくお前だな。闇の精霊を宿してるんだ、相当な負担だろ?」




「わからないけど、今回のことが全部終わったら、カズになんとかしてもらうわよ」




 愛はそう言い切ると、両手を腰に当て、胸を張って見せた。




「まったくもって、骨が折れそうだな」




 愛に向かって溜息を吐くと、一真は豊、勇気、正義、恋華の順に視線を向けると、胸を撫で下ろすように数回、頷いた。




「豊はともかく、3人はいつも通りだな」




「……僕は?」




「凉音と同類」




 一真に言われ、豊はあからさまに顔をしかめる。しかし、凄まじい形相の愛に睨まれていることに気付き、すぐに視線を明後日の方向に向けた。




「暖、“無限”貸してくれ」




「唐突だな……良いけどさ、ほれ」




 暖は呟きながら、一真に向かって右手の拳を突き出して見せる。対応は慣れたもので、一真はすぐに自らの右拳を暖のそれにぶつけた。




「《付加・無限-アディル・フィノー-》!」




 暖の身体から、橙色の光が一真に伝わっていく。光は一真の右拳から腕、肩、首を通り、頭頂部まで到達すると、緋色の前髪に集約された。




「何の数値を書き換えたんだ?」




「ん? 脳の“容量”」




 暖に答えると、一真は左目を一度閉じた後、両目を同時に開眼する。両目の真眼の紋章は、互いに呼応するように一層強く緋色に輝き始めた。




「よし、何とか脳が溶けずに済みそうだ」




「お前、何さらっと怖いこと言ってんだよ!」




 額の汗を拭う一真に、暖は顔をしかめつつ言った。そのまま一真の様子を見ていた暖は、更なる変化を見つけ、指摘する。




「前髪、銀色と橙色に光ってるぞ?」




「あぁ、今、頭の中作り変えてるからさ」




「だから、さらっと怖いこと言うなって!」




「お前が色々聞いてくるからだろうが! 黙って黒と戦ってろよ!」




「気になるだろ!? 両目光ってるし、前髪光ってるし!」




「お前のピエロ姿より目立ってねぇよ!」




「……いつまで遊んでるのかしら」




「もう、良いから放っとこうよ、沙織」




 言い合いを始める一真と暖を他所に、梨紅と沙織はパードを伴い、一歩前に出る。




「一真は時間かかるって言ってたし、暖くんはピエロだから、私たちが何とかしよう」




 梨紅は沙織に言いながら、黒の様子を窺う。先ほどから、こちらを襲う隙はいくらでもあったにも拘らず、動きは見られない。どうやら、魔力の回復を図っているようだ。




「……倒して、良いのよね?」




「駄目ってことは無いと思うけど……一真?」




「鼻に赤い玉でも着けとけ!」




「これ以上ピエロっぽくしてどうすんだよ!」




「何の話してるの!?」




 一真と暖のやり取りに、梨紅は横槍を入れる。




「一真! ねぇ、一真ってば!」




「……ん? どうした?」




 少し遅れて梨紅の声に反応し、一真は暖から、視線を梨紅に移す。




「黒、倒して良いんだよね?」




「えっと……いや、駄目」




 一真の返答に、梨紅は驚き、思わず声を大きくする。




「駄目なの!? な、なら、どうするの?」




「皆で生け捕りにして、オレの中に戻す」




 その、突拍子のない宣言を受けたMBSF研究会の面々は、一真が何を言っているのかを理解するのに、数秒の時間を要した。










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