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魔法使いの苦悩-ADVENT-~闇の聖女と光の魔王~  作者: 黒緋クロア
第三章 The story began to move.[動き始めた物語]
24/32

魔法使いの妹 3

 寺尾神社からの帰り道。並んで歩く一真と梨紅は、2人揃って、どこか眠そうに眼を擦っている。




「寝正月決定だな」




「そうだね、ゆっくり休みたいよ」




 言いながら、梨紅は口を手で覆い、欠伸をする。今すぐ飛んで帰って、ベッドでゆっくり眠りたい。そんな気持ちを持ちながら、それでも梨紅は一真と歩く。「今日はもう、疲れたから魔法は嫌だ」という一真に合わせた部分もあるが、正直に言えば梨紅も疲れていた。




「私たち、なんでお正月からこんなに疲れてるのかな」




「そりゃあ、オールしたからだろ」




「……そっか」




 一真の言葉に、梨紅は納得する。別に、退魔をしたことは関係ないのだ。高校生が寝ずに一晩過ごせば、それなりに疲労は溜まる。至極当然のことだ。




「てっきり、退魔したからかと思った」




「あぁ、梨紅の場合はそれもあるだろ。”パード”解放したんだし」




 パードとはもちろん、梨紅の魔族の体‐ベルグ・パード‐のことだ。自らの身体に魔力を満たすことで、驚異的な身体能力を発揮するという物で、使用後の身体的疲労は尋常では無い。




「部分的な解放なら、全然平気なんだよ?」




 言いながら、梨紅は右腕を振り回し、元気な様子をアピールする。それを見て、一真は微笑む。




「なら良いんだけどな……?」




 梨紅に向かって言った一真だったが、言い終えると同時に、表情が曇る。




「……一真」




「正月から、勘弁してくれよ」




 言いながら、一真と梨紅は走り出す。2人は同時に、魔物の出現を察知したのだ。




(霊層の名の元に…我に仇なす者を炙り出せ……)




「”スピノ=ルーチェ”!」




 一真が言うと、走っている一真の足下から、霊属性の魔力が周囲に拡がって行く。ヴェルミンティアという世界の、探査魔法だ。




「このまま真っ直ぐ500m! 近くに……一般人がいる!」




 魔物の位置を特定し、一真はそう言って、両手を重ねる。




「”リミット・エクシード”!」




 瞬間、一真の身体が緋色に、梨紅の身体が蒼色に輝き、2人の動きが加速する。平常時の何倍もの速さで走る2人の目には既に、魔物が映っていた。




「ちょっと、あれ!」




 梨紅が慌てたように言う。出現した魔物は、ワゴン車ぐらいの大きさの中型の魔物だ。これ自体は、慌てるほどのことでは無い。道の真ん中に出現しているので、民家への被害を考えると慌てるほどのことではあるが、今はそれよりも緊急だった。






 魔物の目の前に、一般人が立っていたのだ。






「……いや、違う」




「え? 何?」




 一真の呟きに、梨紅が首を傾げる。何も間違ってなどいない、現に魔物の前には一般人が……






「”一般人”じゃない」






 言って、一真はよく目を凝らす。魔物と対峙している人間は、仁王立ちしているように見え、何か”杖”のような物を持っているようだ。




「あれは、”魔法使い”だ」










「”ラヴェルディラ=ヴァーラ”!」










 その魔法使いは、杖を魔物に向けると、そう叫んだ。すると、杖の先から真っ赤な”何か”が吹き出し、魔物を切り裂いた。




「何処の国の魔法?」




「異世界だろ、地球の言葉じゃない」




 梨紅と一真が会話する中、切り裂かれた魔物の身体が再生を始める。それに対して、魔法使いは何の反応も見せない。どうやら、純粋な魔法が効かないことを知っているらしい。




「捕獲?」




「出来ればそうしたい」




 言うと同時に、一真と梨紅はその魔法使い……”少女”の脇を駆け、魔物の前に出る。




「ちょっと! 何よ、あんたたち!」




 強気な口調で、少女が言う。一真と梨紅は振り向き、ようやく少女の顔を確認することが出来た。


 腰まで伸びた美しい金色の髪に、強気な眼はエメラルドグリーンに輝き、明らかに地球の物では無い服を纏い、仁王立ちをしている。




「通りすがりの退魔士と……」




「理統魔術師だ」




 2人はそう言って、魔物に向き直る。



 魔物は、大きな猪に似ていた。灰色の体毛に、巨大な3本の角は威圧感を放ち、その眼は怒りに満ちていた。切り裂かれた前足は完全に回復しており、その足でアスファルトを引っ掻いている。




「これは、恐怖心無さそうだな」




「ちょっと! さっきの使うつもりだったの?」




 頭を掻きながら言う一真に、梨紅が呆れたように言う。




「いや、例えばの話だって」




「本当? あわよくば使っちまおうとか思って無かった?」




「ソンナワケナイジャナイデスカー、ハッハッハ」




「絶対使う気だったでしょ! ねぇ!」




 魔物を前にふざけている2人を見ながら、痺れを切らした少女は、魔物に杖を向ける。




「”アメラリカ・ザバリスカ”!」




 杖から藍色の光線、一真と梨紅の間を通り、魔物に向かって放たれる。


 光線を眉間に受けた魔物は、全身の毛を逆立て、目を見開き、固まってしまった。




「おぉ……麻痺の魔法か」




「静電気みたいなのがバチバチ飛んでるよ」




「あんたたち、本当に何なの?」




 魔法の効果に感心する2人に、少女が顔をしかめる。当然だ、突然現れて、魔物を倒すでも無く、談笑を始める人間を見れば、そういう反応をするのが自然だろう。




「これって、触ったらこっちも麻痺すんのか?」




「知らないわよ、そんなの。やってみたら?」




「そうだな、そうするわ」




「え? ちょっ……えぇ!?」




 少女に言われ、一真は魔物に歩み寄る。その様子に、少女は驚きを隠せない。




「よし、麻痺しないな」




「とか言うけど、わかってたんでしょ? どうせ」




「ばれたか」




 一真は魔物の眉間を撫で、梨紅は顎を撫でる。血走った目をしていた魔物は、ゆっくりと落ち着きを取り戻し、夜中に退魔した魔物と同様に、穏やかな表情になる。ただ……




「おっと、眉間は嫌か? ごめんな」




 一真に撫でられることに不満を見せる魔物に、一真は苦笑する。そうしている内に、逆立っていた毛が元の毛並に戻る。どうやら、麻痺が解けたようだ。




「……どうなってるのよ、この国は」




 そんな様子に、少女は頭を抱えるしか無かった。少女の経験した退魔とは全く異なる光景が、目の前で繰り広げられていたのだ。




「お前、魔界に帰りたいか? そうか、やっぱり帰りたいか」




「本当にコミュニケーション取れてんの?」




「あんたたち、話を聞きなさい!」




 少女が叫ぶと、一真と梨紅が振り向く。すると……




「……これは、直撃コースだな」




「そうだね」




 地鳴りが、3人に向かって近づいて来る。少女が振り向くと、先ほどの魔物と同型の魔物が、こちらに向かって駆けて来ていた。




「……えぇぇ!」




「止めとくか」




「一真さん、お願いします」




 驚き、尻もちを着く少女を余所に、一真が呟き、梨紅が一真に敬礼する。




「君、ちょっと離れてて」




 言いながら、一真は少女に向かって……魔物に向かって歩き出す。だが、少女は動かない。




「……もしかして、腰が抜けた?」




「うるさい!」




 少女は強気に言うが、説得力は皆無だ。明らかに、焦り始めている。




「あんたこそ、あれ、止められるの?」




「あぁ」




 言うと同時に、一真は目を瞑る。その様子に、梨紅は思うところがあった。




「ちょっと!」




「”鳴り響け……魔王の旋律”!」




 一真が言うと、駆けて来ていた魔物が突然、前のめりに倒れる。勢いをそのままに突っ込んで来る魔物だったが、角がアスファルトにめり込み、徐々にスピードが落ちてくる。




「ひぃぃ!」




 角が少女に当たる直前に、魔物は止まり、少女には怪我一つ無かった。




「大丈夫か?」




「え……ぅん」




「そうか」




 そう答えて、一真は少女に笑顔を見せた。




一真の笑顔が、苦痛に歪む。




「おぉぉぉぉぉぉ……」




 一真は後頭部を押さえ、その場にうずくまっていた。




「やっぱり使いたかっただけじゃないの!」




 その脇では、梨紅が右拳を握りしめたまま、立っていた。どうやら、一真の後頭部に梨紅の制裁が加えられたようだ。




「痛ぇよ! 殴ることねぇだろ!?」




「さっきと同じことするからでしょ! あんたさっき何て言ったのよ!」




「ちゃんと改良はしたぞ! 見てみろ!」




 言いながら、一真は魔物を指差す。魔物は、白目をむいて横たわっていた。




「……どう違うの?」




「恐怖を感じる前に気絶する」




「何で威力上げてんのよ!」




 梨紅の拳が再び唸るが、一真はそれを避ける。




「多少は良心的になっただろ!」




「一真が何を良しとしてるのかがわからないわよ!」




 そこまで言うと、梨紅はため息を吐き、頭を抱える。




「とにかく、その魔法は今後禁止よ」




「あぁ、極力控えるよ」




「禁止!」




 騒ぐ梨紅をいなし、一真は座り込む少女に手を差し伸べる。




「立てるか?」




「え……うん」




 少女は頷くと、一真の手を取り、立ち上がる。




「オレは一真、君は?」








「……カプチーノ・ソエル・ヴィ・アルテラ・パラディニス・レゼネール・エニア・ジー・アルジス」








 少女の発言に、一真と梨紅が固まる。とんでもなく長い名前だった。




「……王族か?」




「わかるの!?」




「わかるか!」




 一真の言葉に、少女は残念そうな顔をする。




「えっと……何て呼べば良いかな?」




 困ったような笑顔を浮かべながら、梨紅が言う。それに対して、少女は得意げに胸を張り、言った。






「姫様と呼びなさい!」




「よし、”プチ子”にしよう」






 少女の発言に被せ、一真が言う。




「ちょっと! 何よそれ!」




「だって、名前長くて”カプチ”までしか覚えて無いし」




 顔をしかめる一真に、プチ子は地団駄を踏みながら続ける。




「だからぁ! 私の名前は、カプチーノ・ソエル……」




「プチ子お前、どこから来たんだ?」




「プチ子で定着させるなぁ!」




 地団駄の次はジャンプで不満を顕にするプチ子に、梨紅が微笑む。




「可愛いなぁ、プチ子ちゃん」




「プチ子じゃない! カプチー……」




「どっから来たんだよ、プチ子」




「もぉぉぉぉぉぉ!」




 ひとしきりプチ子をからかった所で、一真は真面目な表情をする。




「名前は措いといて、本当にどこから来た? 親は?」




「……どうせ信じてくれないから、言わない」




「何だよ、お前が異世界のお姫様で、長ったらしい名前を持ってて、父親も更に長ったらしい名前を持ってるってのは、想像できるぞ?」




 瞬間、プチ子は驚いたように一真を見上げる。




「信じるの?」




「信じなきゃ始まらん」




 一真の言葉に、梨紅も頷いて見せる。




「……私の、お父様は……」














「オレだよ」














 突然、遠くから声が聞こえる。その声に、一真と梨紅、プチ子が振り向いた。道の遥か遠くから、こちらに向かって歩いてくる人影が見える。一般人だと面倒だが、声は魔法で拡声させたもののようだ。




「……マジかよ」




 一真が驚き、目を見開く。そう言えば、今日は正月だ。正月に帰ってくるようなことを前に聞いたような気がする。




「ただいま、一真」




 久城真人が、帰ってきたのだ。そして……




「お父様!」




 そう言って、プチ子が真人に駆け寄り、抱きついた。




「カプチーノ、はぐれたら連絡するように言ってあったろ?」




「ごめんなさい、魔物に襲われちゃって」




 2人のやり取りを見ながら、一真と梨紅は呆然と立ち尽くす。話に付いていけないのだ。




「……父さん? その子は?」




 聞かざるを得ない質問だろう。一真は恐る恐る、真人に問う。








「ん? この子は、カプチーノ・ソエル・”久城”、一真の妹だよ」








 その返答を予想していたのか、一真はただただ、頭を抱える。そして……




『えぇぇぇぇぇぇぇぇ!』




 梨紅とプチ子が、一真の代わりに叫ぶ。




 新年早々、慌ただしくなりそうだ。





 正月。多くの人は田舎に帰り、親戚と新年の挨拶を交わすのが定番だろう。受験やアルバイトといった特定の用事が無い限りは、だが。


 ここ、貴ノ葉町の久城家には、受験生はいない。アルバイトをしている学生もいない。よって、定番に漏れず、家族で集まっているわけだが……




「なんだ? 真人! 半年ぶりに帰ってきたくせに、土産も無いとはどういうことだ!」




「そう言うな、幸太郎。別に、土産が無いわけじゃないんだ。後のお楽しみさ」




「ほう、つまらんもんだったら容赦せんからな? ほれ、早くグラスを出さんか」




 瓶ビールを片手に、今城幸太郎は久城真人に言った。それに応え、真人はグラスを持つと、幸太郎に向けて突きだし、ビールが泡立たないようにグラスを傾ける。




「前回はろくに飲めんかったからな、今回は逃がさんぞ」




「そいつは怖いな……」




 幸太郎によってビールをなみなみ注がれながら、真人は苦笑する。どこか嬉しそうなのは、気のせいではないだろう。




「今日は珊瑚の家、明日は聡明の家だからな? 忘れるなよ」




「はいはい、わかってるよ。ほれ、乾杯」




 2人はグラスを軽く鳴らし、それぞれの口に持って行く。ちなみに、時間帯は午前8時半を回ったところだ。




「……お父さんたち、朝から飲んでる」




「良いんじゃねぇの? 正月だし」




 ソファに並んで座る一真と梨紅は、父親たちに視線を向けることなく、テレビに映っているお笑い番組を眺めながら、呟いた。




「……お酒って、美味しいのかな?」




「知らないけど、梨紅には飲ませたくねぇな」




「何でよ?」




「酔って暴れられたら、たまったもんじゃねぇ」




 酔って暴れる梨紅を想像し、一真は顔をしかめつつ言った。そんな中、一真を挟んで梨紅の反対側に座っていたプチ子が、苦々しい表情のまま呟く。




「……あれはもう、毒物よ」




『毒?』




「苦くて、すっぱくて、うぇ! ってなるわ」




 プチ子の青い顔を見て、2人は顔をしかめる。




「……父さん、プチ子に何飲ませたのさ」




「ん? あぁ、フランスに居る時、ぶどうジュースとワインを間違えて飲んだんだよ」




「うぅぅ、もう二度と赤紫の飲み物は口にしません」




 味を思い出したのか、プチ子の表情が更に険しくなる。その様子を見て、一真は不意に、疑問に思った。




「父さんはプチ子を連れて、世界中を回ってたの?」




「そうだよ?」




「ずっと?」




「いや、それこそここ数か月だな」




 言うと、真人はその『数か月前』の話を語り始めた。








 8月上旬のイギリス……現地の魔法使いと行動していた真人は、とある森の中に居た。そこには、魔法薬の調合に必要な石や野草が生息しており、それらの採取を手伝っていたのだ。


 手伝いを始めて3日目の昼間、真人は森の中に小さな広場を見つけた。そこには木々も草花も無く、剥き出しの地面があるだけだった。不思議に思った真人は、広場の中心に立ち、辺りを見回す。目測、直径20mの巨大な円形のそれは、真人の推測によれば、過去に使われた魔法陣の跡らしい。








「なんでそう思ったの?」




「微かに魔力が残っていたからね」




 一真の質問に応え、真人は話を続ける。








 真人は、残っている微量の魔力に沿って魔法陣を組み立て始める。半分ぐらい復元しただろうか……真人は唐突に、その魔法陣がどのような効果をもたらすかを理解した。


 それは、扉だった。






『扉?』




 真人の話を遮り、一真と梨紅が声を揃える。




「そう、扉。この世界と異世界を繋ぐ、ね」




「それって、”異次元の行き来”になるんじゃ……」




 一真は呟き、次の瞬間には驚愕の表情を浮かべていた。




「そう、多くの魔法使いが集い、異次元への扉を開いたんだ」




「何のために?」




「それは、わからない」




 一真に答えると、真人はグラスのビールを飲み干し、話を続ける。






 魔法陣を完成させてしまうと、その時点で真人の魔力が吸い尽くされ、命に関わる。そう判断した真人は復元を中断し、魔力を霧散させる、だがここで、思いもよらない事態が起こる。


 真人の魔力とは異なる魔力……いや、真人が”感じたことも無い”魔力が、魔法陣の中心から吹き出し、魔法陣に注がれ始めたのだ。あまりにも唐突、そして興味深い事象に、真人は咄嗟には動けなかった。




『Masato!』




 声が聞こえた瞬間、真人は膝を曲げ、後方に跳躍する。現地の魔法使いに名前を呼ばれたことで、真人はようやく、退避行動に移ることが出来たのだ。


 魔法陣の中に居ては、何が起こるかわからない……一刻も早く、陣の外に出る必要があった。




『”スカイ”!』




 高速飛行魔法を詠唱し、何とか陣から離れた真人は、空中で停止し、様子を伺う。


 その魔力は、言ってしまえば異世界からの魔力だった。扉の向こう側から、僅かに開いた隙間を通ってこの世界に現れ、魔法陣を起動させようとしているのだ。膨大な魔力が、魔法陣に注がれる。そして、扉は開いた。


 魔法陣に亀裂が入り、地面が上に開いて行く。同時に、扉からは魔力が溢れ、それが渦となり、広場の外側にある木々を揺らす。魔力の竜巻だ。


 竜巻はやがて静まり、開いていた魔法陣も閉じ始める。今にも閉じようとするその刹那、何かが扉から現れ、地面に転がった。それが……





「プチ子?」



「そういうことだ」



 言いながら、真人は再び、グラスに注がれたビールを飲み干す。彼の前には既に、4本の瓶ビールが並んでいた。



「異空間移動の魔法を見るのは初めてだったが、流石に驚いたな」



「それで、現れたプチ子を保護して、ここに連れてきたと」



 一真の言葉に、真人は黙って頷く。そして、グラスに注がれたビールを……



「飲み過ぎじゃね!? どんだけ飲むんだよ!」



「こいつは昔っから酒に強いからなぁ!」



 驚く一真に、幸太郎が答える。その顔には既に赤みが差しており、酔いが回り始めたと見える。



「つうか、さっき『前はろくに飲めんかった』とか言ってたろ? 前回はリビングが酒臭くなるまで飲んでおいてよぉ!」



「馬鹿野郎お前! オレたちが本気を出したら町中酒臭くならぁ!」



「それはお前、珊瑚と聡明と正樹の5人で町中の居酒屋練り歩いたからだろうが」



「おう、明後日決行だからな」



「おいおい、また正樹に怒られても知らないからな?」



 言いながらも飲み続ける父親たちを見て、一真は頭を抱え、ため息を吐いた。




「ちょっと寝ようかな……疲れた」




 父親たちとのやり取りを経て、一真は疲弊していた。前日の夜から寝ていないことも要因だろうが、心なしか瞼が重そうだ。




「私も、眠いかも……一真、ちょっと肩貸して?」




 口を軽く押さえ、欠伸をしながら言う梨紅に、一真は顔をしかめる。




「逆に貸してくれ」




「嫌よ、重いじゃない」




「奇遇だな、オレも同じ理由で嫌だ」




 一真は言うが、梨紅は既に一真の肩に頭を預けていた。




「おい、重いって言って……嘘だろ?」




 既に寝息を立てている梨紅を見て、一真は文句を言い続けることが出来なくなった。仕方なく、梨紅の頭に自分の頭を乗せると、梨紅に続き、一真も眠りに落ちていった。












「真人よ、今回はいつまで居られるんだ?」




 2人が眠るのを待っていたかのように、幸太郎が話題に出す。




「ん? 一応、一通り周り終わったからな」




「ってことは、ずっと?」




「わからん、指示待ちって所か」




 真人の言葉に、幸太郎は眉をひそめる。




「例の、未来にいる知り合いの……か?」




「あぁ、連絡が来るかはわからんけどな」




 答えると、真人はまた、グラスの中のビールを飲み干す。酔っている様子は微塵も感じられず、顔色も平常時となんら変わらない。




「しばらくは、適当に働くさ」




「口はあるのか?」




「何とでもなるだろう」




 真人は言って、幸太郎に不敵な笑みを見せる。




「人脈は、何千と作ってきたからな」




「何のために作ったやら」




 幸太郎はつまらなそうに言うと、ビールを飲み干しグラスを空ける。




「それで、今後のあいつらはどうなんだ?」




「あいつら?」




「梨紅と一真たちのことに決まっとろう!」




「あぁ……実はな、去年の夏のこととカプチーノのこと以外、何もわからないんだ」




 聞いた瞬間、幸太郎はため息を吐く。恐らく、何かしらの情報を期待していたのだろう。




「オレたちには、何もできんのか?」




「できるさ」




 言いながら、真人は遠くを見るような目で、グラスを眺める。




「変わらないこと……それが一番だ」




 その言葉には、不思議と説得力があった。未来を知らないと言いながらも、まるでそれが真実だと知っているかのような……




「まったく、正月から不安にさせおって」




「気にすんな、飲んで忘れれば良いさ」




「本当にお前は昔っから楽観的だな! 心底腹立たしい!」




「あぁ、知ってる」




 幸太郎に応え、真人はまた、グラスのビールを飲み干した。






 真人とプチ子の帰宅で始まった新年は、波乱に満ち溢れたものになるかと思われたが、実際の所、冬休みは何の問題も無く終わり、1月は駆け足で過ぎ去って行った。そして……




「またテストかよ!」




 2月に入り、テスト前恒例となった暖の叫びが、部室から聞こえてきた。




「お前、毎回毎回、うるさい」




 そんな暖を冷ややかな目で見ながら、一真は目の前に広げた化学のプリントに、水素やヘリウムと言った元素を書き込んでいく。




「そうだよ! ダンくん、騒ぐ割には毎回きっちり点数取ってるじゃん!」




「次回のテストでもその台詞をほざいたら、半殺しにするから」




 恋華と愛からもブーイングを受け、暖はため息を吐き、自分の勉強に戻る。




「まぁ、気持ちはわかるけどね」




 一真の隣で古典の教科書を眺めながら、梨紅が呟く。その眼は退屈そうで、今一、勉強に集中できていない様子だ。




「年に5回もテストがあるとか、やってらんないぜ全く」




 数学の公式を書き出している勇気が言うと、恋華、愛、梨紅、暖が頷いて見せる。




「……重野、テスト前日に職員室に忍び込む気は無いか?」




「おい勇気、ただでさえ教科が多いんだ、テスト前日にオレの仕事を増やさないでくれ」




 勇気の呟きに、正義が顔をしかめる。恋華対策に、職員室の警備でもするつもりだろうか。




「そういえばカズくん、プチ子ちゃんとはどう?」




 勇気と正義の会話に入ることなく、恋華は一真に向かって聞く。正月に突如発生した妹について、一真は部員たちに相談をしていたのだ。




『急に妹とか言われても、接し方がわからん』




 一真の言い様はこうだった。それから、妹のいる愛と暖が色々と意見を言って、その食い違いで暖が愛に殴られるなどの平常運転の後に、一真の中で方向性が見えたようだった。




「どうって聞かれても返しに困るけど……特に問題なくやってるってとこ?」




「……妹のお風呂上りにばったり」




 瞬間、空気が凍りつく。苦笑気味に言った一真に対して、豊が呟いた言葉に、全員の動きが止められた。




「ちょっと豊、そんなベタなことが現実で起こるわけ無いでしょ?」




 冗談を笑うように、愛が手をヒラヒラと振りながら豊に言うが、豊は更に続ける。




「朝起きると、妹が隣に寝ている」




「王道ね、あとは妹の着替えシーンに遭遇でフラグコンプリートじゃない」




 楽しげに語る愛と豊。だが、2人の会話が進む程に、窓際の2人の様子がおかしくなってきていることに、沙織、暖、恋華、正義、勇気は気付く。




「……梨紅と久城くん、どうしたのよ」




 並んで頭を抱える2人に、沙織は首を傾げる。




「……フラグ、コンプリート」




「正義、一真を任意同行だ」




「任せろ。暖、C組の教室に取調べスペースを設置してくれ」




「よし来た。豊、手伝ってくれ」




 一真の発言を受けての、男性陣の行動は速かった。正義は素早く一真に詰め寄り、他の3名は部室を後にする。




「久城一真、逮捕する」




「おい、容疑はどうした」




 返答虚しく、一真の両手に手錠がかけられる。




「お前マジで手錠かけんなよ!」




「大人しくしろ、公務執行妨害になるぞ」




「そういうお前は職権乱用だろうが!」




 正義に引きずられながら、一真が騒ぐ。だが、そんなことはお構いなしに、正義は手錠を掴み、部室から出ようとする。




「ん?」




 だが、出ようとしたその時、正義は違和感を覚えた。急に、一真が抵抗をやめたのだ。




「どうした、かず……何?」




 振り返った正義は、驚愕の表情を浮かべる。手錠をかけられていたはずの一真が、窓枠に飛び乗っていたのだ。




「ふっ、じゃあな! とっつぁーん!」




 某怪盗3代目よろしく、一真は窓から飛び降りる。だが……




「はい、確保」




「ぎゃっ!」




 待ち構えていた勇気に捕まり。一真は麻痺させられてしまった。




「……空飛んでれば、捕まらなかったんじゃね?」




「さぁな、慌ててたんだろ」




 暖と勇気は言いながら、一真を担いで歩き始めた。







「それで? 結局の所、どうなってるのよ」




 騒がしい奴らの居なくなった部室で、沙織が梨紅に向かって言う。




「んー……どうって言われてもねぇ」




「何よ、カズがプチ子の着替え現場に遭遇したり、風呂に入ろうとして裸を拝んだとか、そういうことじゃないの? フラグコンプリートしたんでしょ? あいつ」




 頬杖を着きながら、愛が呟く。だがそれに、梨紅は眉をひそめる。




「いや、そういうわけじゃなくて……」




 何とも、歯切れが悪い。沙織、愛、そして恋華が、梨紅の様子に首を傾げる中……




「むしろ、逆だからな」




 この部屋に居るはずのない男の声に、3人が驚き、部室の奥に視線を向ける。




「えっ……久城くん?」




「何でいるの!? さっき勇気くんに捕まってたよね?」




「まぁ、やけにあっさり捕まるなとは思ってたけどね」




 沙織、恋華、愛が口々に呟く。そう、教室の奥、窓枠に座っていたのは、一真だった。




「オレがあんな簡単に捕まるわけがねぇだろ」




 そう言いながら、一真は自分の席に向かって歩き出す。




「姿消す、分身出す、手錠から外れたフリをする、魔法で手錠から外れる、わざと捕まる」




「流石の早業ね」




 沙織が感嘆の息を漏らすと同時に、一真が着席する。




「それで? 逆ってどういうことよ」




「オレがコンプリートしたんじゃなく、プチ子がコンプリートしたんだよ」




『え? ……あぁ』




 愛と恋華が首を傾げる。しばらく考え、2人は同時に理解したようだ。ようするに、一真の風呂上りにプチ子が遭遇し、一真の着替えにプチ子が遭遇し、一真の布団にプチ子が潜り込んだのだ。




「最後は合ってるんじゃない?」




「いや、潜り込んだあいつが抱きついたのは梨紅だったよ」




 沙織の疑問に、一真が淡々と答える。一真の布団に潜り込んでいた梨紅に、プチ子が抱きついたらしい。




「何かもう、残念ね」




「梨紅も怒るに怒れないわね」




 愛と沙織に言われ、一真と梨紅は力強く頷いた。




「まぁ、オレは特に被害が無くて良いんだけどな」




「エロゲの主人公としては失格よ」




「何で自分から面倒事に首を突っ込まなきゃならねぇんだよ」




 不満そうな愛に、一真が顔をしかめる。




「平和で安全が一番だ。ただでさえ、面倒事は向こうからやってくるんだ」




 そう言って、一真は振り向き、窓の外へ視線を向けようとする。だが……




『……うぉあ!』




 窓枠に着地した勇気と目が合い、2人は同時に驚いた。




「何でこっち向いてんだお前! エスパーか!?」




「いいや……魔法使いだ」




 久々の台詞を言うと、一真は両手を打ち鳴らす。すると、一真を中心に強烈な閃光が発生する。




「閃光魔法!? くそっ……」




 勇気は目を閉じ、腕で目を覆う。閃光が収まり、勇気が目を開けると、一真の姿は無く、閉まっていた部室のドアが、開けられていた。




「待てコラァ!」




 勇気は窓枠から跳躍し、一瞬で机を飛び越え、部室から廊下に飛び出し、駆けて行った。




「……ちょっとカズ、急に光らせるのやめてくれる?」




「悪い悪い、それにしてもあいつアホだな」




 愛に言われ、一真は謝りながら、天井から飛び降りる。




「一真、何で勇気くんが来るってわかったの?」




「いや、完全に偶然」




 梨紅に答えると、一真は自分の勉強に戻る。本当に、何事もなかったかのように。




「……面倒事への対処能力は向上してるわよね」




「まぁな」




「身軽にもなってるね」




「無駄にな」




 沙織と恋華に言うと、一真はおもむろに、帰り支度を始めた。




「あれ? 一真、帰るの?」




「何か集中できそうにないからな、先に帰るわ」




 そう言って、一真は足下に位相跳躍の魔法陣を展開する。




「じゃ、またな」




「うん、また明日」




「カズくんまたねー」




 女性陣に軽く挨拶し、一真は魔法陣に入って消える。その後すぐに、魔法陣も消えるのだが……




『一真、何処行った!?』




 消えると同時に、男性陣が部室に帰ってくる。




「……面倒事から逃げる能力も上がってるわね」




 愛の呟きに、女性陣が頷いた。






 部室から離脱した一真だったが、魔法陣で直接帰宅したわけでは無かった。行先は、自分の靴が置いてあるロッカーだ。上履きから外履きに履き替え、一真は校舎の外に出る。




「流石にまだ寒いな」




 呟きつつ、一真は校門に向かって歩く。運動部のランニング風景を眺め、吹奏楽部の奏でる音色を聴きながら、ふと考えたのはプチ子のことだった。




(父さんは、プチ子をどうするつもりなんだ?)




 プチ子が久城家に来てから1カ月、家での生活にも慣れ始めたプチ子だったが、元の世界に帰る話が出るわけでも無く、日々を過ごしているのだ。一真も、その辺りには触れずに居た。こちらから話を出すとまるで、「プチ子に家に居てほしくない……」と、思っていると思われる可能性があるからだ。考えすぎかもしれないが、不快にさせる発言は避けたいというのが、一真の本音だ。




「どうしたもんか」




「何がですか?」




 校門を出る寸前、一真の呟きに、答える声があった。




「……プチ子?」




「はい、お兄様」




 そこに居たのは、プチ子だった。暖色のゴシック系という珍しい服を身に纏い、校門の外に立っているのだ。




「どうしたんだよ、こんな所で」




「ちょっと散歩をしていたら、お兄様の制服と同じ物を纏った愚民がこの門から出てくるもので、待ってみました」




 とてもにこやかに、そしてさりげなく、プチ子は毒を吐く。一真や真人に対しては丁寧な口調だが、他の男性に対しては相当な言い様だった。例を挙げると、暖は”けだもの”、勇気は”ゴミクズ”といった具合だ。




「そっか。じゃ、帰るか?」




「はい!」




 家に向かって歩き出す一真の少し後ろを、プチ子も歩き出す。前髪が緋色の魔法使いと、特徴的な姿の少女のペアだ、とにかく目立つ。一真を知る生徒からすれば、驚天動地だろう。あの久城一真が……今城梨紅一筋の久城一真が、違う女の子と歩いているのだ。




「……めちゃめちゃ見られてるな」




「愚民の目が気になりますか?」




 更に、この口の悪さだ。暴力という点では梨紅の一真に対する物も相当だが、この全方位的な毒舌と、一真への言葉遣いの良さは、一部の生徒たちによからぬ想像をさせるには十分だ。




「いや、大丈夫」




 一真はそう言って、プチ子に視線を向ける。心配そうに自分を見るプチ子と目が合うと、優しく微笑んで見せる。




「せっかくだし、どこか寄ってくか?」




「良いんですか?」




「あぁ、行きたいところでもあるのか?」




 一真が聞くと、プチ子は少し、恥ずかしそうに俯く。そして……




「クレープなるものを、食べてみたいです」




「やっぱり女の子だな」




「食い意地が張ってるようで恥ずかしいです」




「この程度、気にすることないだろ」




 一真はそう言って、頭の中に町内の地図を広げる。この町でクレープ屋のある場所は、駅前か公園だ。




「公園……は、寒いか」




「公園が良いです!」




「そうか? じゃ、公園にするか」




 一真の言葉に、プチ子は笑顔を見せる。正月に初めて会った時は、こんな関係になるとは夢にも思わなかったのだが……1カ月も経つと、違和感は薄れてきている。


 何はともあれ、2人は公園に進路を変更し、歩き続ける。









 プチ子の所望した、ストロベリーチーズケーキクレープ。そして自分の、カスタードクレープ。これらを合計820円で購入した一真は、店員からクレープを受け取り、少し離れたベンチで待つプチ子の下へ向かう。




「はいよ」




「ありがとうございます! いただきます!」




 一真からクレープを受け取ると、プチ子はクレープにかぶりつく。瞬間、プチ子の表情が驚愕に固まった。




「……美味い?」




「凄く美味しいです!」




 一真に答えると、プチ子の表情は緩み、幸せそうな笑顔に変わった。それを見て、一真はほっと胸を撫で下ろす。




「甘いものが好きなのか?」




「はい! けど、私の世界では食べる機会は少なくて……」




「お姫様ってのも、大変なんだな」




 一真はそう言って、自分のクレープを食べ進める。




「……詳しく、聞かないんですか?」




 一方のプチ子は、クレープを口に運ぶことを止め、一真に視線を向ける。




「何が?」




「私のこと、何も聞かないじゃないですか」




「あぁ、そうだな」




 話しながらも、一真はクレープを食べ進める。恐らく、言葉を選んでいるのだろう。少なくともプチ子には、そう思えた。




「どこまで聞いて良いかがわからん」




 前言を撤回しなければならない。まるで選んではいなかった。




「聞くべきことはいっぱいあるけど、父さんもプチ子も話さないなら、別に良いかなって」




「そう、ですか……」




「知るべきだと思ったら、話してくれれば良い。プチ子の判断でな」




 そう言い切って、一真はクレープの最後の1口を口に放り込む。




「……今から話しても、良いですか?」




「良いけど、クレープは食べちゃえよ? 温かい方が美味い」




「あ、はい」




 一真に言われてようやく、プチ子はクレープに視線を戻し、再び食べ始めた。









 プチ子こと、カプチーノ・ソエル・ヴィ・アルテラ・パラディニス・レゼネール・エニア・ジー・アルジスは、異世界ラ・フィリノーラにあるアルジス国の、第一王位継承者として産まれた。


 世界自体は安定しているのだが、問題は国内にあった。プチ子は第一王位継承者であり、その他にも第二、第三の継承者がいる。端的に言ってしまえば、王位争いの中で、プチ子は命を狙われていたのだ。


 どの兄妹が狙ってくるかわからない中、それでもプチ子は信じていた。そんなことされるわけがない……兄が、妹が、自分の命を狙うなんてことが、あるわけがない。




 家族を信じていたプチ子の想いは、あまりにも突然、踏み躙られる。




 ある日、魔法の訓練を行っていたプチ子に向かって、空から光が降り注いだ。その光は、ラ・フィリノーラにおいて高い殺傷能力を持つ魔法だった。1発でも直撃すれば絶命に至るそれが、実に数十本……明らかな殺意を込めたその攻撃は、プチ子のいた空間を抉り去る。周りの家臣がプチ子を護る間もなく、プチ子の姿は消えてしまった。だが、プチ子は健在だった。全ての光を避け、発射地点を特定し、次の瞬間には暗殺者を殴りつけていたのだ。


 仮面を被り、黒いマントで身を覆っていたその者たちを気絶させたプチ子は、恐る恐る、その仮面を外してみる。瞬間、プチ子の頬を涙が伝った。




 その者たちは、プチ子の兄妹たちの家臣だったのだ。




 それを期に、プチ子の生活は一変する。家臣を捉えられた兄妹たちが、なりふり構わずプチ子の命を狙って来たのだ。家臣レベルなら、何百人が束になったとしても、プチ子は杖一本で撃退することが可能だ。それなりの実力は持っている。だが、王族……身内となると、話しは変わってくる。


 プチ子は逃げた。相手は仮面を被ったマントの集団だったが、その声、その魔法から、その集団が兄妹たち本人であると、確信したからだ。


 そして、程なくしてプチ子は追いつめられる。ただただ、自分の運命を恨み、悔しいのか悲しいのか、大粒の涙が両目から溢れ出る。そんな時だ……突如、プチ子の背後に、青く光る空間が現れたのだ。


 慌てる兄妹たちを他所に、プチ子の涙は既に止まっていた。あぁ……運命はまだ、私に生きろというのか。ならばもう、流れに身を任せよう。プチ子は目を閉じ、青く光る空間に身を投げた。




 どれだけの時間、その空間を彷徨たろう……プチ子の目には、青く輝く空間が映っていたのだが、それが漆黒に変わった。そして、何かに身体を打ちつけられ、プチ子の意識は遠ざかって行った。












「これが、私の身に起こったことの全てです」




「捲し立て過ぎじゃね!? クレープ食いながら話す類の話じゃねぇだろ!」




 一真は思わず叫び、ベンチの背もたれに身体を預け、天を仰ぎ見る。どうしてこう、面倒というか厄介なことが舞い込んで来るのかと、天に問いかけるように……









「そんな大変なことになってたとか……それ、オレが知ってて良かったのか?」




「はい、もちろんです」




 思ってもみなかった衝撃的な内容に、流石の一真も動揺する中、プチ子は至って平然としていた。




「それに、お兄様は命の恩人ですから」




「何の話?」




「私の後ろにゲートを開いてくれたの、お兄様じゃないですか」




 これには、動揺すら出来なかった。一真はプチ子の言葉に、ただただ固まってしまった。




「……え? 違うんですか? お父様はそう言ってましたが」




「父さんが……」




 未来からの情報を得ている真人。その真人が言ったのならば、正しいのか……それとも、何かの間違いか。何しろ一真には、身に覚えがない。もしくは、無意識に何かその要因を作ってしまったか……




「こればっかりは、父さんに聞いてみるしか無いか」




「そうですね……そろそろ、帰りましょうか」




 言って、プチ子はベンチから立ち上がる。そして一真を振り返り、頭を下げる。




「改めて、ありがとうございます。命を救っていただいたこと、クレープを奢っていただいたこと、話を聞いて下さったこと……」




「……固い!」




 そんなプチ子を見て、一真は言いながら立ち上がる。




「命に関してはあれだけど、他は別に気にしなくて良いんだよ」




 そう言うと、一真はプチ子の頭を優しく、丁寧に、撫でる。




「お前は、オレの妹なんだから」




「はい」




 顔を上げたプチ子は、一真の顔を見上げ、微笑んで見せる。




「じゃ、帰るか」




「はい!」




 短いやり取りの後、2人は歩き始める。一真の、プチ子の、2人の帰るべき家に向かって。


















 その夜のことだ。真人は自分の部屋で、PCに向かっていた。どうやら、仕事中のようだ。そんな中、部屋のドアをノックする音が聞こえる。




「どうぞ」




 真人が応えると、ドアが開かれる。入って来たのは一真だ。目的は、言わずもがな……昼間聞いた話の真相を聞くためだ。




「父さん、プチ子のことなんだけど」




「聞いたのか?」




「オレが命を救ったって言われた」




 言いながら、一真は部屋のドアを閉める。同時に、真人が一真に視線を向ける。




「結果から見れば、そうなる」




「どういうこと? オレ、何かした覚え無いんだけど」




「昨年の夏のことだ」




 一真の質問に、真人はゆっくりと、答え始める。




「一真は、異世界に行ったろ?」




「うん、ヴェルミンティアにね? でも、プチ子の世界……ラ・フィリノーラには行って無い」




「場所は重要じゃない。今、重要なのは異世界に行った、その手段だ」




「手段?」




 首を傾げる一真に、真人は頷いて見せる。




「魔力を使って正攻法で行くなら、問題は無いんだ。だけど一真は、魔法を使ったわけじゃない」




 真人の言う通りだ。魔力ではなく退魔力で、強引に、一真は異世界への道を抉じ開けた。




「それによる波紋が、時空の狭間に多くのゲートを生んだ。その1つが、カプチーノの背後に開いたんだ」




「……それ、まずいんじゃない?」




 話を聞いた一真は、顔をしかめる。最悪の状況が浮かんだのだ。




「プチ子以外にも、漂流者がいる可能性があるよね?」




「そうなるな」




 真人の言葉に、一真は頭を抱える。あの夏、一真は世界を、町を、仲間を、そして自分を守るため、無関係の人々の運命を捻じ曲げたのだ。




「……1人残らず、元の……」




「元の世界の同じ時間に戻すかい? それは、プチ子を殺すことになるが?」




 出来ない。むしろ、ラ・フィリノーラに乗り込んで、プチ子の命を狙う兄妹たちからプチ子を護るという暴走すらしかねない。一真はそれを、よくわかっていた。




「気にするなと言っても無駄だろうけど、それでも考えてはいけないよ。一真はよくやってるし、そこまで背負うには若すぎる」




 真人は言うが、一真の頭にはもう、真人の声は入って来ない。一真の心は罪の意識……罪悪感で満たされていた。




「もう遅い、そろそろ休みなさい」




「ん……おやすみ、父さん」




 一真はそう言って、ドアに手を掛ける。その手が微かに震えていることに、真人も、一真自身も気づいていた。




「一真」




「大丈夫だよ、おやすみ」




 一真は言うと、逃げるように部屋から飛び出す。閉じられたドア、室内に響く静寂に、真人はため息を吐く。




「やってしまった……下手くそだな、オレは」




 息子に、罪の意識を芽生えさせてしまったという罪悪感を、真人は感じていた。しかし、真人は40近い大人だ、それと向き合う術を知っている。だが、一真はまだ高校生だ。受け止めるにはまだ、心が成長しきれていない。




「けど、知っておくべきことなんだ……一真」




 真人はそう言って、目を閉じる。そして再び、PCに向かう。息子が乗り越えると信じて、乗り越えた先の力になるために、真人は自分のやるべきことを始めた。

















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