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魔法使いの苦悩-ADVENT-~闇の聖女と光の魔王~  作者: 黒緋クロア
第三章 The story began to move.[動き始めた物語]
23/32

魔法使いの妹 2

2-1




 空に月は無かった。星も見えない。雲も無い。何もない。しかし、ここは間違いなく、地球だった。異世界では無く、いつもと変わらない地球だ。


 新月だから月が無く、辺りが明るいから星が見えず、天気が良いから雲が無い。ただ、それだけの話だ。そもそも、空がどう見えようが、この日、この時間、気にしている人間はほとんどいない。趣味が天体観測で、どうしても夜空に浮かぶ土星の輪を見たいだとか、家族が宇宙にいて、共にこの日を祝いたいと思いを募らせる宇宙飛行士の家族だったりしない限り、空を見上げることはない。友達と縁日を楽しんだり、紅白歌合戦やバラエティ番組を見て楽しんだりしているはずだ。


 そう……今日は12月31日、大晦日なのだ。




「……“ライズ1”、首尾はどうだ」




 漆黒の夜空に、機械的な声が響く。およそ、大晦日に聞くような声では無く、まるで潜入ミッション中のエージェントが無線で聞くような声だ。




「こちらライズ1、指定された“MB”は捕獲しました」




 その声に、女性が肉声で答える。しかし、声で肉声だとわかるものの、姿では判断しかねる。全身が漆黒の衣服に包まれ、顔には仮面を被っているからだ。だが、彼女の腰から生える羽と、彼女が持っている杖、杖から伸びる光の帯が、桜色に輝いている。全てが漆黒に包まれる中、それらは異様に目立っている。


 よく見れば、桜色の帯の先に、これもまた漆黒の物体が見える。それは、自由を奪われているのか、激しく暴れている。どうやら、帯で捕縛された“魔物”のようだ。彼女の言う“MB”とは、魔物のことらしい。




「よし、任務は完了だ。“殲虹-せんこう-”に見つかる前に、撤退を……」




 無線がある様子は無いが、2人は会話できているらしい。機械的な声が言う中、彼女は辺りを見回す。何か、嫌な予感がする……違和感というか、もっと具体的な……“寒気”のようなものだ。このままでは、彼女の命に関わるような出来事が、すぐそこに迫っているように感じた。




「……“グリンセット1”、殲虹の現在地は?」




「殲虹は現在、高校の同級生と共に寺尾神社にいる“予定”だ」




「予定?」




「“予言”によれば、そうなっている」




 グリンセット1と呼ばれた声に、彼女は頭を抱える。進歩が無いと言うよりも、完全に予言に依存している。





「何度言えばわかるの? 彼は予言に縛られるような存在じゃないのよ」




 そう、彼女は何度も言ってきた。殲虹……久城一真は、何かに縛られるような存在では無い……と。予言で神社にいると書かれていようが、実際には家で寝ている……ということを、平然とやってのけるのだ。




「今すぐ、彼の所在を確認しなさい」




 彼女はそう言って、グリンセット1からの返答を待つ。だが……




「緊急警報! 緊急警報!」




 返答では無く、警報が辺りに響く。響くと言っても、グリンセット1からの声も含め、彼女にしか聞こえていない。そういう“魔法”なのだ。




「ライズ1の上空に、強大な魔力反応を確認! 殲虹です!」




「だから、言わんこっちゃないのよ」




 声を聞くや否や、彼女は全力で羽を羽ばたかせ、その場から離脱する。先ほど感じた寒気は、久城一真の存在を感じ取ったことで発生したようだ。つまり彼は、ずっと彼女を“見ていた”ことになる。


 彼女は逃げる。彼に追ってこられた場合、万に一つも逃げ切る術は無い。だが、それでも逃げる。逃げ切れなくとも、捕まるわけにはいかないのだ。


 しかし、逃げながらも彼女は首を傾げる。彼が追って来ているなら、既に彼女は、捕まっているはずなのだ。彼女は久城一真をよく知っている……彼の飛行スピードは、普通の魔法使いの比では無い。しかし、捕まっていない所を見ると、彼は彼女を追って来ていないようで……




「ん?」




 彼女は意を決し、空中に停まり、後ろを振り返る。すると、先ほどまで彼女が留まっていた場所を、久城一真が通過……落下していく所だった。


 追ってこない? 気づかれずに済んだ? 彼女の脳内に、そんな“希望的観測”が生まれる。だが、そんなはずがない。彼女は再び、寒気を感じることになる。







 久城一真と、目が合ったのだ。






 瞬間、彼女は自由を失った。動くことができないのだ。空中に停まるということ以外の、呼吸、瞬き、心臓まで止まってしまったように感じられた。あんなに暴れていた魔物も、身じろぎもしない。できない。







「……“麻美”、何してんだ?」







 声が聞こえたわけではない。魔力を飛ばしてきて、意思を伝えられたわけでもない。口の動きで、判断したわけでもない。だが、彼女は……麻美=ルイズ・レーヴェルトには、一真の目から……“凍えるような冷めきった視線”から、伝わってきた。目が合ったのは一瞬だ。一真はすぐに落下していく。だが、麻美は動けない。




「……一真っ」




 ようやく言葉を絞り出したものの、その声は誰にも届かない。何を伝えたいのかも、わからない。ただ、麻美にはあれが“麻美の知っている一真”だとは、到底……思えなかった。





 寺尾神社の境内……その奥に、一般の参拝客は立ち入れない建物がある。神社自体にも結界は張ってあるのだが、この場所には更に、”人避け”の結界が張られている念の入れようだ。




「そんなに重要な物が、ここに?」




「さぁ、どうだかな」




 短い黒髪の少年と、金髪の少年。2人は階段の上段に座り、建物を見上げて話していた。


 この建物は、祭具殿……祭りごとに使用する、祭具を祀る場所だ。この祭具の存在こそ、結界に守られる所以なのだが、2人に祭具に関する知識は無く、祭具の力を感じることも無い。




「勇気、おかしいと思わないか? この神社」




「確かに……」




 金髪の少年改め、進藤勇気は視線を下ろし、黒髪の少年、桜田正義に視線を向ける。




「魔界と天界、閻魔界を繋ぐ扉……それだけでも十分に、結界を張るに価する」




「それよりも重要な物があるとは思えねぇな」




 2人は考えるが、この場で正解がわかるわけでも無いと悟ると、どちらからともなく、この件について考えることをやめた。この場所に結界がある理由は、この寺尾神社の神主の寺尾聡明か、その1人息子で正義たちの仲間の寺尾豊にしかわからない。




「……いや、一真にもわかるだろう」




「そうだな、一真もわかるだろうよ」




 久城一真……魔法使いである彼は、”ヴィアン・ト・エニス”という特殊な眼を持っていて、全ての真実を見ることが出来る。彼にわからない物など、滅多に存在しないのだ。




「その一真は、何処にいんだよ」




 ため息混じりに、勇気が呟く。本当なら一真は今、この場にいる予定なのだ。




「さぁ……一真のことだ、また厄介ごとだろう」




 言いながら、正義は広場の……祭具殿のある広場の入り口へと視線を向ける。まるで、誰かがやってくるのを、期待するかのように。






 今日は、大晦日なのだ。ここ、寺尾神社には多くの一般人がやってきている。正義たちも、ここには遊びに来ていた。何せ、ここは先述した通り、友達である豊の実家なのだ。出店も多い為、年越しまでの暇つぶしには不自由しない。


 現在の時刻は9時15分。待ち合わせは9時……9名の内、2名しか来ていない状況だ。




「それにしても遅いな……そういやお前、重野と一緒じゃなかったのか?」




「あぁ、恋華は涼音と一緒に来るそうだ」




「なるほどな、そんで今城は一真とだし、豊は出し物で忙しい……山中と暖は?」




 勇気の疑問に、正義も首を傾げる。基本的に、彼らの仲間は時間に正確だ。にも関わらず、この集合の悪さだ。




「……ちょっと待て、暖はここに来られるのか?」




「? ……あぁ! あいつ一般人じゃん、結界で無理だろ」




 2人は、ほぼ同時に気が付いた。彼ら9人の中で、”唯一の”一般人であるのが、川島暖だ。つまり、8人が集合出来たとしても、暖だけは決して、単独では辿り着けないのだ。


 そう、単独では……




「あ、いたいた」




 広場に、女性の声が響く。同時に、広場の入り口から、人影が現れた。




「来たか、山中」




「と、暖もいるみたいだな」




 山中沙織。腰まである美しい黒髪をなびかせ、後ろ手に何かを引きづりながら、祭具殿まで歩いてきていた。




「もう、大変だったのよ? 何回ここに来ようとしても、暖君がふらふらと逆方向に歩いて行っちゃうんだもの」




「結界すげぇな、効果抜群じゃん」




 疲れた様子の沙織の話に、勇気が楽しそうに言った。




「笑いごとじゃないわよ、まったく」




「結局、どうやって掻い潜って……いや、聞くまでも無いな」




 沙織が引きづっていた物体、後頭部に大きなたんこぶを作ってぐったりしている川島暖を見て、正義は左右に両手を広げる。


 要するに沙織は、暖を気絶させて、持って来たのだ。




「お疲れ様です」




「わかってくれたなら、良いの」




 勇気の言葉に、沙織は薄く、笑って見せた。






「それで、いつまで気絶させておくつもりだ?」




 言いながら正義は、横たわる暖を見下ろし、顔をしかめる。たんこぶの大きさが異様だったのだ。痛々しいというよりも、見ているだけで痛覚が刺激されるようだ。




「そうね、新年になるまでかしら」




「不憫すぎるな」




 あんまりな沙織の物言いに、正義はさすがに、暖に同情する。正直、彼が目覚めるかどうかもわからない状況だ。




「勇気、暖の蘇生を頼む」




「蘇生!? いや、生きてんだろ、いくらなんでも」




 そう答えながらも、勇気は暖の頭を見ている内に、不安になって来た。”野球ボール”並みの大きさを持つたんこぶは、アニメや漫画で見るよりもずっと、グロテスクな代物だった。




「……心臓マッサージ?」




「それが良いだろう、頼むぞ」




 首を傾げる勇気に、正義はGOサインを出す。それを受け、勇気はため息を吐きながら暖に近づき、その脇にしゃがむと、自分の右手を彼の胸に置く。




「危ないので、離れて下さい!」




「AED?」




「便利と言えば便利だな」




 勇気の言葉を聞き、沙織と正義は暖から一歩離れる。




「行くぞ? ”電撃波-ボルト-”!」




 瞬間、勇気の身体と暖の身体が金色に光り、暖だけが脈打つ。そして……




「ギャァァァァァァァ!」




 勇気の右腕を弾き、自分の胸を押さえながら、暖が飛び起きた。




「よぉ、暖。生きてたか」




「生きてたかじゃねぇよ! 何してくれてんだお前! 殺す気か!?」




 起きると同時に、暖が騒ぎ出す。勇気の能力で電気ショックを与えたにしても、こんなに急に蘇生……もとい、ここまで意識が覚醒するものだろうか。




「暖、お前……起きてたのか?」




「そんなわけあるかぁ! ガッツリ気絶してたわ! てか頭痛っ! めっちゃ痛い! 何これ!」




 正義への返答も、いつも以上に喧しく感じる。暖はどうやら、電気ショックを受けると饒舌になるらしい。




「まぁ、無事で良かったじゃん? さすがに、新年を迎える前に死なれんのは嫌だし」




「そうね、本当に良かったわ」




『元凶がどの口で……』




 笑顔で言う沙織に、正義と勇気が口を揃えて言った。




「なぁ、ところで皆は? 9時集合だったろ、もう9時半だぜ? なぁ!」




「そしてお前はうるせぇ! むしろウゼェ!」




「そんなに!?」




 勇気に指摘され、暖は口を閉ざす。だが、何とも落ち着かない様子で、遂には貧乏揺すりを始める始末だ。それを見る勇気が、目に見えて不機嫌になって行くのがわかる。




「……落ち着け! ウゼェ!」




「結局じゃねぇか! 理不尽だよ! どうしろってんだよ!」




 大分早い段階で、勇気の我慢が限界に達し、再び、暖との口論が始まった。しかし……














「”ディバイン・バスター”!」












 突然、暖の上に光の柱が降ってくる。それは暖を押しつぶし、地面に軽くクレーターを作ると、すぐに消えてしまった。後に残ったのは、静かに横たわる暖だけだった。




「大晦日だからってはしゃぎ過ぎなんだよ、お前ら」




 声の主は、空から落下して来ていた。彼が、光の柱を放った張本人……




「遅いぞ、一真」




「こんばんは、久城君」




 久城一真を見上げながら、正義と沙織が口々に言う。緋色の前髪に短めの黒髪の少年が、コートにマフラーというとても温かそうな格好で、風を切りながら落下してくる。




「”アーシー”!」




 一真が叫ぶと、境内の地面の一部が盛り上がり、鞭のように動き始める。それは、落下してくる一真をやんわり受け止める。




「悪い、遅くなった」




 一真が無事に着地し、仲間たちに片手を上げると同時に、土の鞭は役目を終え、土の中へと戻って行った。





 「珍しいな、お前が遅れるなんて」




「異世界帰りだぞ? 年内に間に合っただけマシだろ」




 勇気にそう答えると、一真は左手で後頭部を掻きながら、辺りを見回す。




「他は?」




「恋華と涼音は一緒に来るとだけ聞いた。豊は演武の準備に、今城はてっきり一真と一緒かと」




(梨紅?)




 正義の状況報告を聞いた一真は、心の中で、今城梨紅に呼びかける。




(あ、一真? 今何処?)




 一真の呼びかけに、返事があった。梨紅の声が、一真の頭に響く。2人のテレパシーは、健在のようだ。




(待ち合わせの祭具殿だよ、そっちは?)




(恋華ちゃんと愛ちゃんと一緒に歩いてるよ。まだ、もう少しかかるかも)




 梨紅の言葉を受け、一真は携帯電話を開き、現在の時刻を確認する。携帯電話は、21時40分を表示していた。




(……先に回ってても良いか? 豊の演武に間に合わなくなるぞ)




(そうだね、じゃあこっちは先に舞台に向かってるよ)




(了解、そっちで合流な)




 梨紅とのテレパシーを終えると、一真は沙織に向き直る。




「向こうは3人一緒らしい、豊の演武もそろそろだから、そっちで落ち合うってことにしたけど、良いよな?」




「えぇ、問題無いと思うわ」




 沙織の返答を聞くと、一真は勇気と正義に視線を向ける。2人は同時に頷き、肯定の意思を示した。そして……




「よし……起きろ、ヤ○チャ!」




「誰がヤム○ャだ!」




 地面に転がっていた暖が、飛び起きる。電気ショック直後よりも、心なしか落ち着いているように思えた。




「急に打たれたら、ビックリすんだろ!?」




「あぁ、バスターの直撃受けてビックリで済むのは、お前ぐらいだよ」




 言いながら、一真は腕組みをし、4人を見回す。何かを考えているよう様子だったが、不意に口元が緩む。




「暖、話は聞いてたか?」




「え? あぁ、舞台に向かうって話は」




 それを聞いた一真は、暖の肩越しに、正義と勇気に視線を送る。




「……ん? すまない、ちょっと電話を」




「そういう話ならオレは、ナンパでもしつつ舞台に向かうかな」




 2人はそれぞれ呟くと、広場の出口に向かって歩いて行く。その様子を見て、沙織も何かを察したようで……




「暖君、私たちも行きましょ?」




 沙織はそう言って、暖の手を掴んで、歩き始める。




「え? あぁ、うん……えぇぇ!?」




 急に手を繋がれた暖は驚き、しかし喜びのあまりニヤケながら、沙織に付いて、歩き始めた。




「じゃあ一真、後でな!」




「おぉ、お幸せにな」




「ばっ、ちょっ、何言ってんだお前!」




 とても幸せそうな様子で、暖は一真に背を向け、歩いて行った。




「山中に感謝だな」




 4人を見送り、そう呟きながら、一真は祭具殿を振り返る。そして……








「……正義、勇気」








 2人の名を呼んだ。すると、一真の両脇に黄緑の風の渦と、金色の雷光が現れる。




「どうしたんだ、一真」




「何かあったか?」




 風は正義、雷は勇気になった。先ほど、一真からの視線を受け取った2人は、その意図を察し、それぞれに舞台を目指す振りをし、帰ってきたのだ。




「2人に頼みがあるんだ」




「秘密裏に……か?」




「あぁ、ちょっと気になることがあってな」




 正義に答えると、一真は2人の顔を交互に見た後に、続ける。




「ヴェルミンティア側が、オレたちに隠れて何かしてるみたいだ」




「何かって、何だよ」




「魔物を捕まえてる」




 一真が言うと、勇気が眉をひそめる。魔物を倒すならまだしも、捕まえるとはどういうことだろう。一真たちが日常的に行っている退魔は、人間界に現れた魔物を倒すことだ。




「怪しいな」




「あぁ、さっき麻美を見つけたんだけど、明らかにオレを避けて……逃げて行く所だった」




「なるほど、その理由をオレらに調べろってことだな?」




 勇気の言葉に、一真は頷く。正義は警察関係者、勇気は天界からの情報に強い。情報収集において、彼ら以上に優秀な人材も居ないだろう。




「一応、新学期が始まる日に報告を頼む」




「了解だ」




「任せろ」




「ん……でもまぁ、とりあえず今日は良いから、皆で楽しもうぜ」




 シリアスな雰囲気を崩し、一真は2人に言う。




「お前なぁ、だったら言うのも今度で良いだろうが」




「いや、早めに言わなきゃ忘れると思ってな」




「2人とも、そろそろ行かないと、豊の演武が始まるぞ?」




 勇気と一真に言うと、正義は再び、風になって消える。




「待てよ、正義! ったく……一真、先に行くぜ?」




 言いながら、勇気も雷光となって消えた。1人になった一真は、ゆっくりと空を見上げ、目を細める。




「……変なこと、してなきゃ良いけど」




 呟いた一真は、視線を戻し、両手を打ち鳴らす。すると、一真の足もとに”位相跳躍”の魔法陣が現れ、一真はその中に消えて行った。




 人々の喧騒に祭囃子、どこか愉しげな雰囲気に満ちた道を、3人は歩いていた。


「はぅあ! 凄い人だよ、愛ちゃん!」


「そうね、この時期初めての祭にしては、上々の客足じゃない?」


 普段はツインテールの髪を左側にまとめ、黄色の蝶々が舞う黒い着物を着た少女……重野恋華と、足下まで伸びた茶髪の先をヘアゴムで纏め、桜色の着物を着た少女……凉音愛が、辺りを見回しながら言う。


「愛ちゃんが企画したんでしょ? 凄いよね!」


「何言ってんのよ、私は豊と、町内の親父どもを顎で使っただけよ」


 愛は言いながら、ふと思い出したように、ニヤリと笑う。


「でもまぁ、ここまで人が集まったのは、私のおかげだけどね」


「おぉ! 愛ちゃん、何したの?」


 興味津々の恋華に、愛は得意気にふんぞり返り、右手の人差し指を伸ばして見せる。


「ほら、この神社って魔除けの結界が張ってあるじゃない? そこにこっそり、"人寄せ"の"紋章"を組み込んでやったの」


 愛が言うと、伸ばしてある人差し指の先から、四角い方陣……紋章のような物が現れた。


「ふっふっふ……これで、うちの親父からがっぽり小遣いをせびってやるわ!」




「わぁ、愛ちゃん凄く、悪そうな顔してるよ!」




 悪党が悪巧みをするような表情で笑い、愛は右手で紋章を握りつぶす。その様子に、さすがの恋華も苦笑気味だ。




「恋華ちゃん、愛ちゃん、集合場所が変更になったよー」




 そんなやり取りをする2人に、後方から声がかかる。




「変更? 何処になったのよ」




「舞台に現地集合だよ」




 首を傾げる愛に、声の主……鳥の羽をモチーフにしたヘアピンを付け、蒼い着物を着た少女、今城梨紅が言った。




「そっかぁ、待ち合わせから大分遅れたからねぇ」




「仕方ないじゃない、着付けに手間取ったんだから」




 そう、愛の言うとおり、遅刻の理由は着物の着付けにあった。沙織も含めた4人で揃って着物を着る予定だったが、唯一着付けの出来る沙織がキャンセルとなった為、3人は慌てふためき、帯で遊び、こんな時間になった次第だ。




「それにしても、豊が演舞ねぇ……」




 愛は呟きながら、不安そうな顔をする。メンバー1、運動量の少ない男が、何を演じて舞おうと言うのか……




「途中で倒れたりしないわよね?」




「考えすぎだよぉ、愛ちゃんったら」




 恋華はケタケタと笑っているが、愛は真剣に心配だった。そんな様子を見ていた梨紅は、愛に向かって微笑む。




「心配なら、傍に居てあげれば良いんじゃない?」




「心配? 別に、心配なんかしてな……」




『してる、してる』




 愛の返答を、恋華と梨紅が同時に遮り、言った。愛は口を尖らせながらも、それ以上の否定はしない。




「……ごめん、ちょっと先に行くわね」




『いってらっしゃ~い』




 ほんのり顔を赤らめながら、2人に見送られ、愛は舞台へと駆けて行く。




「はうぁ~、青春だねぇ」




「そうだねぇ」




 恋華と梨紅は微笑み、そう呟きながら、舞台を目指して歩き続ける。




「そう言えば、梨紅ちゃんはカズ君と一緒じゃなくて良かったの?」




「うん、一真はまた異世界に行ってたし、戻ってきたみたいだけど、もうすぐ会えるしさ」




 言いながら、梨紅は黙々と歩き続ける。恋華がいつの間にか、隣から居なくなっていることに気づかずに。




「でも良かったよ、真っ先に会いに来てくれてたら、着物姿を見て驚く一真の顔、見れなかっただろうし」




 恋華に話しているつもりで、梨紅は続ける。しかし、独り言というわけでもない。何故なら、梨紅の隣は……








「……まぁ、結局見られないんだけどな?」






 その言葉を聞いて、梨紅は思わず立ち止まる。そして、恋華が居たはずの方向……自身の右隣を見る。否、”見上げる”。



「一真!?」



 梨紅の隣では、驚く梨紅の顔を見ながら、一真が楽しそうに笑っていた。





 舞台と言っても、寺尾神社の本堂の外に、突貫工事で作った粗末な物だ。1時間で作り、5分で畳めるという代物で、舞台裏、舞台袖なども存在しない。


「豊のやつ、何処にいるのよ」


 口を尖らせ、不機嫌そうに呟きながら、愛は舞台の裏にある本堂の、裏口を開く。控え室として使えそうな建物は、ここしか無いのだ。


「……凉音?」


 そして、愛の考えは正しかった。入ってすぐに、目当ての人物である、何処か眠そうな細目の少年、寺尾豊に会うことができた。


「あ、もう時間?」


「うん……」


 愛に返答するものの、やはり何処か眠そうで、ぼんやりしているように見える。


「何よ、一丁前に緊張してんじゃない」


 愛の目には、豊が緊張しているように見えたようだ。よく見れば、豊の顔が少しだけ、いつもより蒼白く見え……無くもない。


「大丈夫よ、胸張ってやんなさい!」


「何を根拠に?」


「私が客席から祈っててあげるわ」


「殺気を込めて睨むの間違いじゃ……痛っ」


 豊の鼻に、愛の平手が飛んでくる。


「とにかく大丈夫だって言ってんの! わかった?」


「……うん、ありがと」


 鼻を押さえながら言う豊に、愛は満足気に頷く。すると愛は、何かを思い出したように、着物の袖に手を入れる。


「あと、これ……1日早いけど、誕プレ」


 そう言って、愛は豊に、木製の腕輪を手渡す。腕輪に埋め込まれた白い石が、綺麗に光っている。


「……手作り?」


「まぁね」


「ありがとう」


 豊の顔に、赤みが戻ってきたように感じる。その様子に、愛はほっとしたように微笑む。


「ほら、早く行ってきなさいよ」


「うん」


 愛に言われ、豊は裏口の扉に手をかける。


「……凉音」


 少しだけ扉を開けた所で、豊は愛に振り返る。そして……


「何よ?」


「……着物姿、その……可愛いと、思う」


「バーカ、そういう時は"綺麗"って言うものよ」


 照れながら言う豊に、愛は笑ってみせる。


「でも、ありがと……頑張って」


「うん……行ってくる」


 そう言って、豊は裏口から、外に出ていった。






「……うぁ」



 扉が締まると同時に、愛は両手で顔を隠し、恥ずかしそうに呻いた。


「な、なんてこと言うの? あいつ……普段は言うようなやつじゃないのに」


 どうやら、愛は不意を突かれたようで、かつて無い程に顔を真っ赤にしている。


(咄嗟に笑いに持っていったものの、危なかったわ……こんな顔、誰にも見られたくな……?)


 1人で葛藤する中で、愛は気付いた。


 締まったはずの扉が、"開いて"いる。


「……豊」


 愛が呟くと、扉が勢い良く、音を立てて締まる。


「豊ぁぁぁぁぁ!」


 赤面から一転、般若の形相で、愛は裏口の扉を蹴破り、外に飛び出した。



「ねぇ、まー君? もう1回」


 観客席の最前列、立ち並ぶ観客の中で、正義の腕に抱き着きながら、恋華が囁く。


「勘弁してくれないか、恋華……もう、何回目だ?」


「37回」


「勘弁してくれ」


 げんなりした様子で、正義が言う。


「だって、何度でも言ってほしいもん」


 恋華は言いながら頬を膨らませ、上目遣いで正義を見つめる。


「……綺麗だ」


「もう1回!」


「……皆はまだか?」


 先程から、37回程繰り返したやり取りを遮り、正義は辺りを見回す。


「ん? なんだ、皆いるじゃないか」


 どうやら全員いるようだが、集合はしないらしい。正義たちの後方に一真が見え、その右側……少し離れた所に暖と沙織、その更に後方では、女の子に囲まれた金髪が見える。


「ふむ……集合は、演舞が終わってからで良いか」


「ねぇ、まー君もう1回だけぇ」


 正義が視線を戻すと、恋華が再び、上目遣いで見つめてきていた。


「……きれ……」


「いつまでイチャついてんのよ」


 2人のやり取りが、永遠に続いてしまうのではと心配したが、どうやら杞憂に終わったようだ。


「ん? 凉音、いつの間に?」


 2人の目の前に、舞台に向かって腕組みをし、仁王立ちする凉音愛の姿があった。


「愛ちゃん、豊君には会えた?」


「うん、後でボコボコにしてやるわ」


「そっか、良かったね!」


「お前たち、それで会話が成り立っているのか?」


 2人のやり取りに、正義は首を傾げる。少し違和感はあるが、意思の疎通は出来ているらしい。


 しばらくすると、舞台の周りのライトが消え、周囲にざわめきが拡がっていく。


「始まりそうだな」


「演舞、楽しみだね!」


 互いを見ながら話す2人の前で、愛は会話に入ることなく、舞台を見つめて祈り始めた。



 笛の音と、太鼓の音が響きだす。演奏している者の姿は見えず、舞台の上にも誰もいない。




「あ、出てきたよ!」




「恋華、静かにな」




 はしゃぐ恋華に言いながら、正義は本堂の脇から歩いてくる豊に視線を向ける。黒い冠に赤袍、紫の袴姿の豊は、普段の様子とは打って変わって、宮司という大役を担うに価する雰囲気を醸し出していた。




 ゆっくりと歩いて、豊は舞台の壇上に上がり、中心まで来ると、観客に向かって一礼する。身体を戻すと、豊は懐に指した扇子を取り出し、広げる。それと同時に、何かが舞台に降り立った。




「雅に溶、潜も……」




 正義が呟く。黄緑と紅色、そして蒼色の獣……3匹の小さなカーバンクルが、豊の前に降り立ったのだ。


 3匹は、扇子を手に舞う豊の動きに合わせて、舞台の上を走り回る。もちろん、3匹は一般の観客には見えない。彼らの放つ風も、火も、水も、本来なら見えない。


 だが、豊が右に扇子を振ると、溶が空中に火を吹き出す。それと同時に、観客が歓声を上げる。豊の霊力で、観客に見えるように具現化したのだ。続いて、豊は左に扇子を振るう。こちら側では潜が、空中に水を吹き出していた。


 最後はもちろん、風の雅だ。豊が扇子を真上に振ると、火と水が豊を中心に、回り始める。その中で、豊は舞い続ける。




「凄いね……これ、本当に”初めて”なの?」




「そうらしいな……豊が考えたと聞いたが」




 恋華に答えながら、正義は愛に視線を下ろす。実は、この演舞を考えたのは豊だけでは無い。愛も、一緒に考えていたのだ。何度も練習を重ね、失敗にめげず、ようやく成功したのは、リハーサルだけだった。




(大丈夫……絶対に、大丈夫)




 壇上の豊と3匹を見上げながら、愛が成功を祈る。そろそろ演舞も終盤、最も重要で、最も難しい締めだ。


 扇子を振りながら回り、右へ左へ忙しなく動き続け、再び中心に戻ってきた豊は、笛の音と太鼓が止むと同時に、扇子を放り投げる。そして……




「雅、溶、潜」




 豊に呼ばれ、3匹は豊の右肩、頭、左肩に飛び乗り、空中に飛ぶ。3匹がそれぞれ、口から風と火と水を吹き出すと、それらは3匹の竜となって、空へと舞い上がる。豊が投げた扇子は火の竜に焼かれ、観客が視線を下ろすと、壇上に豊の姿は無かった。




「……やった!」




 愛が言うと同時に、観客からの拍手が響き渡る。演舞は、大成功だった。




「脱帽だな……さすがだ」




「良かったね、愛ちゃん!」




 正義と恋華が言うが、愛はそれを聞く間も無く、走り出していた。行き先は、もちろん……










 








 本堂の裏にある階段に、豊は座っていた。演舞を成功させた達成感からか、いつもより余計に眠そうだ。




「……みんな、お疲れ様」




 冠を外して脇に置き、目の前に座る3匹を撫でながら、豊が呟く。すると、誰かの足音が聞こえてきた。




「……あっ」




 足音の主が確認できたのか、豊が声を上げる。足音の主は、愛だった。




「豊ぁぁぁぁ!」




 豊を見つけた愛は、満面の笑みで、とても嬉しそうに、豊に駆け寄ってくる。それは本当に、傍から見ていれば微笑ましい光景だった。だが、豊を始めとしたその場にいる面々は、まったく別のことを考えていた。




(ありえない……涼音愛が、満面の笑みで駆け寄ってくるなんて)




 瞬間、3匹はその場から離れる。決して、2人きりにしてやろうなどと空気を読んだわけではない。”身の危険”を感じたのだ。そして、豊はその場に立ち上がったものの、逃げ遅れ、取り残された。




「……涼音? ちょっ」




「死ねぇぇぇ!」




 豊が弁解しようとした刹那……跳躍した愛の右拳が、豊の額に炸裂する。演舞開始前の一件を、愛は忘れてなどいなかったのだ。


 声を上げる間もなく豊は吹っ飛び、地面に転がる。




「……痛い」




「当然の報いよ」




 言いながら、愛は豊に向かって歩いていく。




「……けどまぁ、あんた頑張ったし、今日は許してやるわ」




「いや、最初に”死ね”って言っ……ぁ痛っ」




「つべこべ言わないの」




 豊を軽く小突きながら、愛はそう言って、豊に手を伸ばす。




「お疲れさま」




「……ありがと」




 少し照れたように言いながら、豊は愛の手を握り、その場に立ち上がる。


 その様子を見ながら、3匹のカーバンクルは、ほっと胸を撫で下ろした。





 午後10時45分。ようやく全員が集まり、屋台で食べ物を買った9人は、祭具殿に向かっていた。




「あと、何か買って無いのあるか?」




 食べ物が大量に入ったビニール袋を、3つも持った一真が言う。だが、他のメンバーも似たような状況だった。




「から揚げに焼きそば、たこ焼きにフライドポテト……いくらなんでも買いすぎだろ!」




「9人もいれば、大丈夫だろ」




 暖に言うと、一真は女性陣に視線を向ける。4人とも、美味しそうにわたあめを食べているところだった。




「……オレたちのわたあめは?」




『え?』




「食ったのか!? 1人2つずつ!」




 一真の言葉に、女性陣が視線を反らす。一真はため息を吐くと、男性陣に向き直る。




「わたあめはいいや、他に何か……」




「……はっ! 金魚すくいやってねぇ!」




「帰宅までにご臨終だろうよ」




 暖に言いながら見回すが、他のメンバーは特に無いようだ。




「そんじゃ、祭具殿に行くか……暖、先頭を歩いてくれ」




「ん? 良いけど、何で?」




「お前の力が必要だからだ」




「よし来た任せろ!」




 結果的に理由は告げなかったが、暖は気分よく先頭を歩き始める。もちろん、祭具殿の周りの結界が理由だが、説明するのも面倒な様子で、一真は適当にあしらったのだ。


 暖の扱いにも、慣れたものだった。出会ったのは4月で、今は12月……8か月も一緒に居れば、慣れるのも納得だ。




「色々あったな……今年も」




 一真が呟くが、誰も言葉は返さない。しかし、誰もが心の中では、その言葉を肯定していた。


 何から振り返れば良いかわからないぐらい、今年は多くのことがあった。昨年までの生活とは、まったく異なる生活になってしまったのだ。




「大変なこともあったけど、楽しかったよね」




「……そうだな」




 梨紅の言葉に、一真は肯定する。そう、楽しかった。周りを見れば、一目瞭然だろう。


 暖が、沙織が、正義が、恋華が、愛が、豊が、勇気が、そして梨紅が居る。高校に入ってから出来た、ちょっと変な仲間たちだ。


 起きた事件の数だけ、大変なことがあった。出来た仲間の数だけ、楽しいことがあった。




「来年もきっと、騒がしくなるんだろうな」




「今年以上にね」




 沙織が微笑みながら言い、一真はそれに苦笑する。来年と言えば、一真たちも高校2年になる。後輩も出来るだろう。




「どうなることやら」




 呟いて、一真は前を見つめる。未来のことはわからない。運命なんて、あてにならない。この1年で、一真たちはそれを証明してきたのだ。


 だから、心配はいらない。先がわからなくても、彼らは前に進める。どんな問題も乗り越えて行ける。そんな彼らにも、休息は必要だろう。せめて年末年始ぐらいは、ゆっくりと過ごしてほしいものだ。
















 ……だが、どうやらそうはいかないようだ。




「……一真」




「ん? 何か買い忘れか?」




「魔物だよ」




 豊の言葉に、一真は豊に視線を向ける。豊の目は、普段は半開きなのだが、今は完全に見開かれていた。




「場所と規模は?」




「神社近辺の上空……50前後」




 返答を聞いた一真は、仲間たちを見回す。すぐに行けるのは、わたあめしか持っていない女性陣だろう。だが……




「オレと梨紅、涼音、正義で行く……暖!」




 言いながら、一真は先頭の暖に駆け寄り、荷物を押し付ける。




「頼んだ!」




「ちょっ……重いよ! 全部オレに任せんなよ!」




 暖の文句を無視し、一真は屋台の裏手にある林に駆け込んで行く。




「行こう、愛ちゃん!」




「しょうがないわねぇ」




 梨紅と愛も、一真の後を追って駆けて行く。そして……




「恋華、荷物を頼む」




「うん、気を付けてね」




 正義は恋華に荷物を預けると、その場で風となって消えてしまった。







 林に駆け込んだ一真は、人目に付かずに夜空が見える位置まで来ると、立ち止まる。そして、両手の平を合わせ、打ち鳴らす。




「”跳”!」




 一真が言うと同時に、両足が一瞬、緋色に輝く。それを合図に、一真はその場に膝を曲げる。まるで、これから遥か上空へと飛び上がる為に、力を貯めていると言わんばかりに……




「ちょっと待ちなさいよ!」




 一真の背後から、そんな声が聞こえる。声の主は愛なのだが、一真に接近してくるスピードが、尋常では無かった。梨紅よりも早く、一真の下に辿り着けそうだ。愛の小柄な身体と着物姿からは、想像も出来ない。




「お前、”紋章術”使ってんだから、そのまま飛べば良いだろうが」




「は? 紋章術って疲れるのよ? 今までみたいに判子押してりゃ良かったのとは違うの、わかる?」




 一真の言葉に、額に青筋を浮かべつつ、愛は言いながら跳躍し、一真の両肩に着地する。




「ったく……梨紅! お前は1人で来れるな?」




「大丈夫だよ! 先に行ってて、すぐ追いつくから」




 後方で、梨紅が答えるのが聞こえる。それを確認した一真は、上に向き直り、跳躍のタイミングを計る。そして……




「行くぞ? 涼音!」




「いつでも良いわよ」




 愛の言葉と同時に、一真は跳躍する。その様子は、跳躍したと言うよりも、重力から解き放たれたかのように見える。風を切って進む音だけが、一真と愛を包んでいた。




「魔族の体‐ベルグ・パード‐部分解放!」




 一真が飛んですぐに、梨紅が一真と同じ位置に到着する。梨紅が言うと、その両足に蒼い紋様が浮かび、妖艶に輝く。更に……




「”ティベル・アリス”!」




 指を鳴らしながら、梨紅が唱える。すると、梨紅の身体から黒い帯が放たれ、梨紅を包み込む。数秒もしない内に、梨紅の格好が変わり、ふんわりした黒のマリアドレスとなった。


 梨紅の両足が魔力で満たされると、梨紅は一真と同じように膝を曲げる。




「はっ!」




 そして、大地を揺るがす轟音と共に、空へと舞いあがる。一真が魔力を使ってスマートに飛んだとすれば、梨紅は強化された脚力で豪快に飛んでいる。




「……カズ、梨紅がまた地面陥没させてるんだけど」




「あぁ、音でわかる」




 いつもなら梨紅を怒るところだが、今日の一真は何も言えない。梨紅たちの見ていない所で、一真も地面にクレーターを作っていたからだ。




「ちょっと梨紅、毎回毎回、なんとかならないの?」




「うーん、まだ細かいコントロールが出来なくて」




 追いついて来た梨紅に、愛が言う。梨紅は苦笑しながら答え、一真はそれを一瞥すると、上に視線を戻す。




「見えたぞ、魔物だ」




『うわぁ!』




 突然、2人の隣に現れた正義に、一真と愛が声を上げる。




「ちょっとマサ! 驚かせるんじゃないわよ!」




「すまない」




 軽く頭を下げ、正義は魔物を見つめる。




「一真、どうする?」




 正義が問う。だが、一真は何も言わない。それに、愛と梨紅、正義が首を傾げる。




「一真、どうかしたの?」




「ん……まぁ、ちょっとな」




 どこか歯切れが悪い様子の一真を見て、3人は指示を待つことにする。一真に何か考えがるのなら、基本的にそれに従う。それが、最近の彼らの”退魔”だった。




「……少し、試したいことがあるんだ」




 言いながら、一真は祈るように両手を重ねる。すると、彼らの進む少し先に、大きな魔法陣が現れた。4人はその魔法陣に着地し、愛は一真の肩から降りる。




「何を試すって?」




「新しい魔法……けど、そのまま使うと、あんまり気持ちの良い魔法じゃないんだよなぁ」




 愛に答えると、一真は空を見上げ、魔物を確認する。




「梨紅、どうするのよ?」




「んー……被害が出なければ、何でも良いよ?」




 手の平から退魔刀の華颶夜を取り出しながら、梨紅が愛に答える。一般人への被害が無ければ、それで良いのだ。




「オレたちは何をすれば良いんだ?」




「感想が欲しい」




 正義の質問に、一真は即答する。それに対して、梨紅も愛も首を傾げるばかりだ。




「オレが今から行うことの感想を、聞かせてほしい」




 言いながら、一真は両手を打ち鳴らす。すると、足場として使っていた魔法陣が拡大を始め、バスケットボールのコート並になった。




「こんなに魔力使ったら、魔物が集まってくるよ?」




「それが狙いだからな」




 もう、梨紅たち3人には訳がわからなかった。まとめて一掃でもするのだろうか? それなら試すまでも無い、一真なら難なくこなすだろう。だが、一真は感想が欲しいと言った。この3人に、何かを判断してほしいと言ったのだ。




「……わかった、見せてもらおうか」




 ため息混じりにそう言うと、正義はその場に座り込んだ。片膝を立て、魔物の大群を見据える。




「サンキュ」




 一真は言うと、目を閉じる。魔力を身体の外に放出し始めたのだ。その魔力に、いつものような力強さ……理不尽なまでの強さは感じられず、薄く、微かな印象だ。


 その魔力が、辺りに拡がっていく。




「何か、ふわふわしてるわね……カズらしくない」




「うん、いつもの一真と違うみたい」




 愛と梨紅が、率直な感想を述べる。これも、重要なことだった。








 ”いつもの一真と違う”








 ”麻美の知っている一真とは思えない”








 麻美の感じた寒気に似たモノの片鱗を、梨紅たちも感じていた。




「……一真、来たぞ」




 正義が呟く。一真たちより上空に居た魔物たちが、魔力に気付き、飛んで来るのだ。




「まだだ」




 しかし、一真はまだ動かない。薄い魔力を拡げ続けることだけに集中する。広範囲に拡がったが、魔物を全て包み込むには至っていない。




「……一応、カウンターの用意しとくわよ?」




 言いながら、愛は拳を握り、真上に正方形の紋章を出現させる。




「梨紅は? 構えないの?」




「うん、大丈夫だよ」




 梨紅は愛に答えると、飛んでくる魔物の様子を観察する。まだ、変化は無い。




「よし、やるぞ?」




 どうやら、一真の準備が整ったようだ。一真は目を開くと、真上の魔物に視線を向ける。そして……














「”鳴り響け……魔王の旋律”」












 その変化は、目に見えて現れていた。


 明らかに、魔物の目の色が変わる。赤や黒といった色では無く……




 言うならば、”恐怖”だ。




「……何をしたんだ、一真」




 正義の頬を、冷たい汗が伝う。あんなに飛んでいた魔物は全て、一真の拡大させた魔法陣の上に落下していたのだ。その全てが、金縛りにでもあったように固まり、目を見開いていた。




「……やっぱり、気分の良いものじゃないな」




 一真はその場に座り込み、両手で顔を覆う。その光景は、見ていても気持ちの良いものじゃなかった。全ての魔物の目に恐怖が浮かび、その恐怖はおそらく……一真が与えたものだ。




「さっき行ってた世界の、魔王が使ってた術でさ……対象の恐怖心を使って脅す術なんだ」




「なるほどな……確かに、あまり良い気分はしないな」




 正義が言う。地獄絵図とまでは言わないが、なかなかに気分を害する光景だった。だが……














「……魔物を殺すのと、恐怖で大人しくさせるのって、どっちが残酷だと思う?」












 一真の本当に知りたかったのは、これだった。確実に嫌な思いをする魔法を実際に使って見せた上で、この問いをする……彼ら3人に、意見を聞きたかったのだ。




「……恐怖で大人しくさせて、その後は?」




「魔界に戻す」




「全ての魔物を?」




「出来ない話じゃないだろ」




 愛と梨紅に答えながら、一真は両手を顔から離す。




「魔物や魔族にも意思がある。死にたくない、傷つきたくないとも思ってる。何より、”生きたい”と思ってる」




「待て一真、それを言ったら、”退魔”そのものの存在意義に関わるぞ?」




 正義が待ったを出すが、一真はそれに首を振る。




「いいや”魔物を殺す”んじゃなく”魔を退ける”のが退魔だ」




「じゃあ、私たちが今までやってきたのは?」




 言ったのは愛だ。今まで、多くの魔物を倒してきた、その全ては何だったのか。




「あれは、オレたちが弱かったからだ。あれしか手段が無かったんだよ」




「……けど、今なら傷つけずに、魔界に帰してあげられる……」




 梨紅が呟き、一真はそれに頷く。




「これはオレの予想だけど、ほとんどの魔物は、誰かに無理やり送られて来てるんだと思うんだ」




 夏の一件もあり、一真の言葉には信憑性がある。だからこそ、正義も愛も、悩む。




「……かと言って、この光景を見るとなぁ」




「カズ、もう少し改良できないの? その術」




「もちろん、このまま使う気は無い。出来るだけ改良するつもりだよ」




 正義と愛は一真の言葉を聞くと、それならば……と、意思を固めたようだ。




「お前と今城の決定に従おう」




「私も」




「ん……梨紅、どうだ?」




 一真は2人の答えに頷くと、梨紅に向き直る。




 梨紅は魔物たちを見つめ、しばらく考える。一真の考えは、とても優しくて、理想的で、きっとそれが一番良いのだと、梨紅も思う。しかし、梨紅は即答することが出来ない。今までの退魔が覆るという点もあるが、”先”のことを考えると更に、答えに詰まる。




「……どうやって魔界に返すの?」




 梨紅は魔法陣の上を歩き、魔物に向かって行きながら、一真に言う。




「オレが時空に穴を空けるつもりだ」




「毎回?」




 手前の魔物に辿り着くと、梨紅は腰を下ろし、魔物の頭を撫でる。恐怖で染まっていた魔物の目は、ゆっくりと穏やかさを取り戻し、落ち着いたのか、気持ちよさそうに目を閉じる。


 同時に、梨紅の心が揺らぐ。今まで、多くの魔物を退魔という名目で倒してきたが、魔物が人の手で撫でられた時の反応はまるで、犬や猫のそれとなんら変わりはなかった。




「あぁ、毎回だ」




 言いながら、一真も魔物に向かって歩き出す。それに倣うように、正義と愛も歩き出し、魔物と触れ合う。




「ごめんな、怖がらせて」




 一真の言葉に、魔物が首を振る。まるで、言葉が通じているようだ。




「一真、お前の魔法で魔物と話せないのか?」




「……オレの声は、こいつらに届いてる」




 正義に答え、一真は右手を前に伸ばす。すると、右手の甲に真眼の紋章が現れた。




「こいつらの声を、オレたちに届けてくれ」




 そう言って、一真は魔物の首筋に右手を添える。一真が手を離すと、魔物の首に真眼の紋章が移っており、緋色に光っている。




「話せるか?」




「……わかるのか?」




 魔物の声が、聞こえる。それに、正義たちは驚き、息を飲む。




「あぁ、ちゃんとわかる」




 一真の言葉に、正義たちも頷いた。それを見て、魔物は頭を下げる。




「すまない……命を救われた」




「どういうことだ?」




 礼を言う魔物に、一真は首を傾げる。文句を言われる筋合いはあるが、礼を言われる謂れは無いはずだ。




「人間界に来てしまった時点で、我々は命を諦めていた。それほど、人間界は危険な所であると、言われていた」




 この言葉に、一真と梨紅は胸が痛んだ。人間界に来た魔物を、その善悪問わずに問答無用で倒して来た結果が、この認識なのだ。




「お前らは、人間界に来たくて来たわけじゃないんだな?」




「もちろんです、帰れるものなら帰りたい」




 これが決め手だった。もう、どんな考えがあろうと、この場に居る4人は、魔物を保護せざるを得なくなった。


 人間に危害を加えようという考えは、微塵も伺えない。人間界という地獄に迷い込んだ、ただの哀れな獣たちだ。




「……魔界には帰れるけど、魔界のどこに出るかはわからない……それで良いか?」




「もちろんです。ご厚意、感謝します」




 一真に声を与えられた魔物が頭を下げると、後ろにいた全ての魔物が、同じように頭を下げる。




「わかった……少し、待ってくれ」




 一真は魔物に背を向け、歩き出す。魔法陣の端まで歩くと、左手から緋色の大剣、紅蓮・華颶夜姫を取り出す。




「”彼の剣に、時空を切り裂く力を宿せ”」




 言いながら、一真は大剣に、左手を添えた。





 新年を迎えて、数時間。腹も膨れ、眠気もそこそこに、彼らは初日の出を見るべく、場所を探している所だった。


 魔物をどうするかの問題は、話し合うまでも無く「一真と梨紅が良いなら」ということに落ち着き、口論は特に無かった。




「初日の出と言えば、海じゃね?」




「ここから何時間かかんだよ」




 暖の意見に、一真が顔をしかめる。現在地は、寺尾神社の祭具殿前……どんなに急いでも、海までは1時間はかかる。




「それに、寒いだろ」




「魔法使う気ゼロか!」




 海に行くのも寒さ対策も、一真の魔法があれば何の問題も無いはずだが、一真はそれをしようとしない。




「嫌だよ面倒くせぇ」




 欠伸混じりに、一真は暖に答える。そんな一真の様子に、暖は早々に自分の提案を諦め、文句も言わずに他の場所を考え始める。




「……あ! 良い場所見ーつけた!」




 そう言ったのは、恋華だ。全員の視線が、恋華に集まる。




「良い場所って?」




「”空”だよ!」




 愛に向かって言い、恋華は上を指差した。




「確かに、眺めは良さそうだな」




 正義が言い、全員がそれに頷く。考えうる限り、1番近く、1番眺めの良い場所だ。




「行くよ? ”超重飛”」




『ちょっ……』




 決定を待たずに、恋華は両手を高速で動かし、忍者が”印”を結ぶように、色々な形を作り始める。その様子に、全員から待ったがかかるが、恋華は既に、全ての形を作り終えていた。


 瞬間、全員の身体が重力から解き放たれた。




「”解”!」




「わぁぁぁぁぁぁ!」




 恋華が言うと同時に、暖が悲鳴と共に、空高く飛んで行った。




「何してんだ? あいつ」




「眠すぎて可笑しくなっちゃったのよ、きっと」




 勇気と沙織が言いながら、暖の後を追って飛んで行く。それに続いて、豊と愛、正義も空へ向かう。




「なぁ、重野? 上ではずっと浮いてるのか?」




 飛んで行く前に、一真は恋華に疑問をぶつける。空中で止まるのは、恋華も疲れるはずだ。




「ううん、足場と寒さ対策はカズ君だよ」




「結局オレじゃねぇか!」




 当然のように言う恋華に、一真が吼える。




「良いじゃん、一真。ちょっとぐらい」




 恋華の代わりに、梨紅が呟く。一真は梨紅に向き直り、口を尖らせつつ続ける。




「じゃあ、足場は梨紅が出せよ?」




「足場用の魔法陣、わからないよ?」




「なんで!? さっきのだよ!」




「……じゃ! よろしくね!」




 2人のやり取りを見ていた恋華は、2人を置いて飛び上がる。




「逃げやがったよ! あいつ!」




「最後になっちゃったじゃん、もう行こ?」




 ため息混じりの梨紅に、一真は釈然としない様子ながらも、諦めたようにため息を吐いた。




「お前のその”たんこぶ”は何だ」






 暖の頭を指差し、一真が言う。一真たちは、自分たちの住む町が小さく見えるほどの上空にいた。既に一真が魔法陣を張り、防寒も万全にした。その上で一真は仲間たちを見回したのだが、明らかに1人、頭に異常がある人間がいた。







「いや、最初に集合した時には出来てたろ? わかんないけど、どっかにぶつけたんじゃね?」








「そっちじゃねぇよ、反対側だよ」







 そう、たんこぶは2つあった。1つは既に小さくなっていたが、もう1つは大きさから判断すると、この数分で出来たものだろう。






「この空の上で、何処に頭ぶつけんだよ」







「あぁ、そういえば何かにぶつかったかも……カラスか?」






「どんな大きさのカラスにぶつかればそんな……あぁー、もう良いや」






 一真は首を横に振り、思考を止める。新年早々、変なことを考えたくは無かったのだ。






「良かったね、暖君! きっと今年はいい年になるよ!」







「マジで? 正月からカラスにぶつかると縁起良いの?」






「そんな話、聞いたことも無いがな」







 恋華と暖の会話に、正義が顔をしかめる。






「正月と言えば、初夢だよな」







「……一富士、二鷹、三なすび」






「そんなの見れるわけないじゃない、見ても覚えてないし」







 勇気に豊、愛が呟く。







「新年になっても、みんな変わらないわね」






「そうだね、やっぱりオールで寝てないからかな?」







「いいや、寝ても何も変わらないから、こいつら」






 言いながら、一真は辺りを見回す。大まかな方角を確認すると、正面に向き直る。







「あっちか……梨紅、今何時?」






「わかんない、携帯持って無いし……誰か、時間わかる?」







 梨紅が言うと、正義が左腕の袖を捲り上げる。






「5時50分だな」







「そろそろ日の出だな」






 一真が言うと、全員が一真の視線の先を見つめる。微かに、遠くの空が明るくなってきているように思える。







「今年もいい年になると良いなぁ」






 暖が呟くが、誰もそれに答えない。だが、心の中では全員が、それに肯定していた。







「……あと、もう少し安全だと良いな」






 これには、全員が力強く頷いた。







「おっ、昇るぞ」






 勇気が言うと同時に、東の空が更に、明るさを増してくる。今年最初の日の光が、彼らの街を照らし始めた。







「綺麗……」






 梨紅の口から出た言葉に、女性陣が頷く。その光景はとても綺麗で、美しかった。







「……今年も、全員が無事に過ごせますように!」








「え?」





 手を合わせ、太陽を拝む一真に、梨紅が首を傾げる。





「おい一真、初日の出に願い事なんて、聞いたことねぇぞ?」







「うるせぇな、お前みたいな神に祈るぐらいなら、初日の出に祈った方がご利益ありそうだろうよ」






『確かに』







「おい!」







 一真の言葉に頷くメンバーに、勇気が吼える。だが、言葉でのやりとりはここまでだった。





 依然として、一真は太陽に祈り続ける。そんな様子を見たメンバーは、誰からともなく、一真と同じように、太陽に祈り始める。











『全員が、無事に過ごせますように』











 全員の心は、1つだった。彼らが過ごした時は、まだ1年にも満たない短さだ。だが、彼らが絆を紡ぎあげるには、長い時間など必要無かった。それほどまでに、彼らの過ごした日々は密度の濃いものだったのだ。











「……今年もよろしくな、みんな」









 祈ることをやめ、太陽に向かって立つ一真の言葉に、誰も答えない。答えるまでも無いと言わんばかりに、全員が一真と同様に太陽を見据えていた。






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