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魔法使いの苦悩-ADVENT-~闇の聖女と光の魔王~  作者: 黒緋クロア
第三章 The story began to move.[動き始めた物語]
22/32

魔法使いの妹 1

1―1




 金色の繊月と、蒼白く光る弓張り月が、夜空に浮かんでいる。凍えそうな程に冷たい空気の中、辺りには風の吹く音しか無く、風さえ止んでしまえば、そこにあるのは静寂その物だ。




 月の数や色から考えると、地球では無さそうだ。他の世界……と、言うことだろう。よく辺りを見渡せば、そこは荒れ果てた土地であり、乾いた砂と枯れた草木だけが存在する。砂漠に近い状態だ。




「……本来なら、緑豊かな土地のはずなのに」




 砂漠の静寂の中、その声は一際大きく聞こえた。




「仕方ないわよ、魔力の枯渇は今に始まったことじゃないわ」




 どうやら、声の主は2人居るようだ。新しく砂漠に入って来たのだろう、2人とも砂避けにマントを身に付けており、フードをしっかり被っている。




「……けど、もう少しの辛抱よ"ダン"」




「あぁ、オレと"アイ"で"魔王"を倒せば、ここもきっと……」




 アイと呼ばれた女と、ダンと呼ばれた男は立ち止まり、砂漠の先に見える城に視線を向ける。




「あれが魔王城ね」




「よし……行こう、アイ。俺たちで世界を救うんだ」




 ダンの言葉に、アイは無言で頷き、歩き始めた。












1―2




「おぉ……なんて巨大な城なんだ」




 砂漠を越え、魔王の城まで辿り着いたダンは、城を見上げて呟く。その城は、確かに巨大だった。中に入るドアは、ダンの身長の10倍を超える大きさであり、常人では開くことすら儘ならないだろう。




「大きな扉……んっ! くっ、私の力では全く動かないわ」




「下がるんだ、アイ。力仕事なら俺に任せろ」




 ダンはアイに言うと、右側の扉に右手で触れる。そして……




「ぬぅぅぅぅぅぅぅん!」




 独特な掛け声で右手に力を入れる。すると、扉が少しずつだが動き始めた。




「凄いわ、ダン! 頑張って!」




「ぬぅぅぅぅぅ、はぁぁぁぁぁぁぁ!」




 アイの声援を受け、ダンは更に力を込める。扉は更に開き、人が通るには十分な程になった。




「さぁ行こう、アイ」




「えぇ、ダン。中は魔物の巣窟……気をつけて進みましょう」




 2人は互いに頷き合い、ゆっくりと、城の中へと入って行った。





1―3




 魔王城に入った2人は、内部に満ちた匂いに顔をしかめ、思わず鼻を押さえる。




「なんだ、この匂いは……血?」




「見て、ダン!」




 気分が悪そうに呟くダンに、アイは慌てて言った。魔王城の扉の中は、大きなエントランスになっており、その奥には螺旋階段が見える。




 その階段の手前に、アイが慌てた要因が見える。何か、黒い物が山になっているのだ。




「なんだ……あれは」




 ダンはそう呟くが、彼の内では最悪の想像が生まれており、彼はそれを確信していた。




 ここは魔王城なのだ。中は魔物の巣窟……ダンとアイを含めても、魔王討伐に向かった人間は数知れない。




「……偉大な先駆者たちよ」




 ダンは目の前で十字を切り、祈るように両手を重ね、階段へと歩き始めた。




 だが、歩くに連れて少しずつ、ダンの心に違和感が募っていく。




(……違う? 人間の血の匂いじゃない)




 そしてダンは、自分の確信が間違っていたことを知った。自分が十字を切り、祈った物の正体……




「これは、"魔物"か?」




 山になっていたのは、偉大な先駆者たちでは無く、大量の魔物だったのだ。




「……ダン、おかしいわ」




「あぁ、血の匂いはしても、"死臭"がしない」




「この魔物たち、重症だけど生きているのね」




 驚くべきことに、山を形成する魔物たちは全て、生きていた。何者かに挑み、半殺しにされ、今に至ったのだろう。




『(誰に……)』




 2人の中に、共通の疑問が浮かぶ。だが、魔物たちの回復を待って答えを聞くわけにもいかない。そんなことをすれば、こちらの命が危ないのだ。




 敵の敵は味方……その言葉を信じて、進むしか無い。2人は顔を見合わせ、互いに頷き合い、螺旋階段へ向かって歩き始めた。





1―4





 螺旋階段の途中にも、魔物たちの山はいくつも存在した。特に数えているわけでは無いが、恐らく数百を超える瀕死の魔物たちの脇を、2人は素通りしていた。




「……いったい、誰がこんなことを」




 巨大な螺旋階段の中腹辺りで、ダンは堪えきれずに呟いた。




「凄まじい力を持つ勇者かしら……」




「はたまた悪魔か」




 何にしても、想像の域を出ない。2人は、その何者かが味方であることを、祈るしか無い。




「神よ……どうか我らを守りたま……」




 ダンが呟こうとした、その時だ。突然、爆発音と共に何かが壊れる音がし、螺旋階段が激しく揺れる。




「きゃっ!」




「掴まれ、アイ!」




 ダンはアイを抱き寄せ、螺旋階段の手刷りに掴まり、身を屈める。すると、螺旋階段の中心の空間を、何かが上から落下して行く。




「と、扉か?」




 落下して行くのは、何かで粉砕された扉だった。その後も、階段の揺れは断続的に続き、手刷りにヒビが入り始めた。




「まずい! アイ、走るぞ!」




 ヒビを見たダンは、慌ててアイを担ぎ上げ、凄まじい速さで階段を駆け上がり始めた。それと同時に、2人が身を屈めていた場所が崩れ落ちる。間一髪だ。




 ダンは走る。女性を1人担いでいるとは思えない速さで、走る。




 魔物の山にも目もくれず、一目散に上を目指す。何故なら、階段の崩壊が直ぐそこに迫っているからだ。




「ダン! もう駄目よ!」




「諦めるな、アイ! 俺は必ず、君を守ってみせる!」




 言うと同時に、ダンは更に加速する。それはもう、人間の"限界"を"超えた"スピードだ。




「おぉぉぉぉぉぉ!」




 そのスピードに、ダンは清々しさを感じる。血生臭い魔王城の中で、自分が清らかな風を生み出しているような感覚だ。




「アイ! 見えたぞ、扉だ!」




 ダンが叫ぶ。部分的に破壊された扉が、直ぐそこまで見えていた。だが、




「ダン! 階段が……」




 アイが、泣きそうな声で呟く。2人の足下の階段が崩れ、あと一歩の所で扉までの足場が無くなってしまったのだ。




「まだだぁぁぁぁぁぁぁ!」




 だが、ダンは諦めない。崩れ行く階段の、残された足場を、駆け上がり始める。




「風と共にぃぃぃぃぃぃ!」




 ダンは更に加速し、その勢いで階段の端まで到達し……




「舞え! 俺ぇぇぇぇぇぇぇ!」




 扉に向かって、跳躍した。





1―5





 ダンの身体が僅かに、浮いたように見える。それが、階下からの奇跡的な上昇気流によるものか、人外……風の加護によるものかは定かでは無いが、結果として、ダンの右手は最上階に届いた。




「神よ、感謝します!」




 ダンはそう言って、右手に力を込める。ダンは右手のみで、自らとアイの身体を持ち上げたのだ。




「大丈夫か、アイ」




「えぇ、大丈夫よ、ダン……ありがとう」




 アイを先に下ろし、ダンは一気に這い上がった。




「さぁ、アイ! 魔王はすぐそこだ!」




「えぇ! 私たちの手で魔王を!」




















「……魔王を倒しに来たにしては、注意力が低すぎるだろ、あんたら」














 意気込む2人に、誰かが冷たく言い放った。





1―6





『え?』




 ダンとアイは、そこで初めて部屋の中に視線を向ける。




 そこには、2人に背を向けて、1人の男が立っていた。




「2人とも、そこを動かないように」




 男はそう言うと、両手を軽く広げ、祈るように手を打ち鳴らす。




 それと同時に、男の背後の壁……ダンとアイの両脇の壁が、轟音と共に吹き飛んだ。




「きゃぁっ!」




「なっなっ……」




 轟音に驚き、唖然とし、その場に座り込んでしまった2人は、男の両脇から見える更なる驚愕に言葉を失う。




 眼球の無い眼。漆黒の体毛。禍々しい角。鋭い爪に牙、そして……




「ヴォォォォォォォォ!」




 壁を吹き飛ばす咆哮。




「なんだ、あの化物は!」




「なんだって……あんた、魔王討伐に来たんじゃないの?」




 ダンの言葉に、男は振り返る。




「あれが、魔王だよ」




 先ず目につくのは、緋色の前髪だ。黒髪短髪の中、前髪にだけ緋色の部分がある。高い身長のせいか、少し猫背気味に見えるその身体は、細い。しかし貧弱な印象は無く、むしろ強靭なイメージが湧いて来る。




 自分の後ろを親指で指差しながら、男は続ける。




「どう? 倒せそう?」




 男の言葉に、ダンは何も言えない。何故、この男はこんなにも余裕なのだろう? 何故、あんな化物に背を向けられるのだろう? と、言うよりも誰なのだろう? など、いくつもの考えが頭に浮かび、口に出せないのだ。




「……あっ、あなたは……」




 口を開いたのは、アイだった。しかしすぐに、アイは質問をしたことを後悔した。魔王が男に向かって走り出したのだ。




「オレ? オレは、久城一真」




「うっ、うし……」




 ダンが一真の後ろを指差しながら言うが、その途中で、一真は振り返りもせず、再び両手を打ち鳴らす。




「通りすがりの、"理統魔術士"だ」




 瞬間……魔王は頭から床に突っ伏し、一真のすぐ後ろで停止した。





1―7





 圧倒的な力。手も触れずに魔王を押さえ込む一真に、ダンはそれを感じた。




「理統……魔術士?」




「そう、理統魔術士」




 首を傾げるアイに、一真は肯定する。だが、理統魔術士とは何かを説明することは無く、一真は再び、魔王を向き直る。




「話を続けようか? 魔王エリオルニア」




 一真の言葉に、魔王……エリオルニアは答えない。




「……ん?」




「どうした? アイ」




 眉をひそめるアイに、ダンが言う。どうやら、2人もようやく落ち着いたようだ。




「いえ……なんだか、あの魔王の姿が霞んで見えるの」




「へぇ……お姉さん、幻術に耐性があるんだ」




 アイの言葉に、一真は魔王を見据えたままに、少し驚いたように言った。




「幻術?」




「そう、この魔王の姿は幻」




 アイに言いながら、一真は右手を前に突き出し、空間に魔法陣を作り出す。独特な六角形の中にαとΩの文字が入ったその魔法陣は、魔王に向かって飛んで行き、その頭に張り付く。




「これが、魔王の正体だ」




 一真が呟く。魔法陣が張り付いた頭から、徐々に魔王の身体が消え始め、巨大だった身体は無くなってしまった。




「あれは、人か?」




 ダンが言う。確かに、一真の前に居るのは、四つん這いになった人だ。




「魔王エリオルニア」




「くっ……」




 一真に名を呼ばれた魔王は、その姿勢のままに、忌々しげに一真を見上げる。




「魔王?」




 その姿に、ダンは首を傾げる。




 長く、美しい黒髪に、整った顔。




「綺麗な人……」




 アイが呟く。絶世の美女が、そこに居た。





1―8





「なぁ、君……あれも幻術ではないのか?」




 ダンは一真に言う。人々を苦しめていた魔王が、こんなにも美しいとは、ダンには信じられなかったのだ。




「いいや、間違いなく本物だ」




「そうね……私も、そう思うわ」




 ダンの疑問を否定する一真に、アイも肯定する。




「空気がピリピリするわ」




「正確には、ピリピリしてるのは魔力だよ。あんた、魔法の素養があるのかもな」




 アイに言って、一真はエリオルニアを見ながら続ける。




「魔王が魔力を、殺気を込めながら発してるんだ。自分への恐怖心を持たせる為にな……その恐怖心を、魔王は幻術として纏っていた」




「なるほど……」




「んっ、俺にはさっぱりわからないな」




 一真の解説で、アイは納得したようだ。理解出来ていないダンについては、一真は既に諦めていた。




「……貴様は、何者なのだ」




 いとも簡単に自分の魔術を見抜かれた魔王は、悔しげに呟く。




「さっきも言ったろ? 理統魔術士……"魔力で理を統べる者"ってとこだな、理術士見習い」




 一真が解説する中、四つん這いだった魔王は、短距離走のクラウチングスタートの如く、一真に向かって駆け出す。




 魔王が右手を振るうと、細い刀身の剣が現れ、魔王はそれを掴み、一真の首に向かって衝き出す。しかし……




「無駄だっての」




 言いながら、一真は再び手を打ち鳴らす。すると、魔王の動きが止まった。剣の先は、一真の眼前でピクピクと震えている。




「本物の理術なら、完全に動かなく出来るんだけどな……まだ魔力を媒体にしないと使えないから、理統魔術士」




「くっ、クソ……」




 魔王が悔しがる中、一真は2人に向き直る。




「そんで? あんたらは何者なわけ」




「よくぞ聞いてくれた!」




 ダンは、待っていましたとばかりに立ち上がり、マントを翻す。現れたのは、筋肉の鎧だった。




「ヴァームの町から、魔王討伐にやって来た2人組!」




 アイもダンの横に立ち、マントを翻す。一瞬、ダンのようにムキムキだったら……という嫌な想像をした一真だったが、現れたのは細身でスタイルの良い身体だったので、安心した。




 2人は同時にフードに手を掛け、同時に取り去った。




「ボディービルダーの"ダンディ"と!」




「踊り子の"アイリーン"よ!」




 現れた2人の顔に、一真は驚愕した。




1―9




「……うわぁ」




 驚いたと言っても、目の前のダンディとアイリーンが、一真のよく知る暖と愛に瓜二つというわけでは無い。2人の顔……いや、ダンディの顔を見て、一真は驚き、呻き声をあげた。




 2つに割れた、見事な顎、そして無精髭。茶色い短髪の七三分けに、肉の鎧を纏ったその姿は、ボディービルダーに他ならない。加えて、アメリカンな微笑みのおまけ付きだ。




 一方のアイリーンは、魔王に劣らない美貌の持ち主だ。スレンダーな体型ながら、胸は豊満、整った顔立ちに美しい黒髪。




「……ちょっと聞かせてほしいんだけど、あんたら、ここに何しに?」




『魔王討伐!』




 2人の返答に、一真は頭を抱える。同じく頭を抱えたい魔王エリオルニアだったが、身体が上手く動かないため、溜め息を吐くしかなかった。




「それで? あんたらはこの魔王に勝てそうなのか?」




「もちろんだ!」




「えぇ!」




 2人はそれぞれ答えた後に、同時に一真を指差し、続ける。




『あなたがいれば!』




「帰れ」




 一真は冷たく良い放ち、エリオルニアに向き直る。彼女は、今にも泣き出しそうな、悔しげな表情をしていた。




「……流石に"あれ"はなぁ」




 エリオルニアを見ながら、一真は複雑な表情をする。確かに、一真が助太刀すれば、あの2人でも魔王を討伐できるだろう。だが、本当にそれで良いのだろうか。




「……よし、決めた」




 一真は呟いた後に、指を鳴らす。すると、エリオルニアの拘束が解け、彼女は前のめりに転んでしまう。そして……




「痛っ!」




 エリオルニアが再び、床に四つん這いになったその時だ。一真が静かに、祈るように手を合わせた。




「なっ、足場が!」




 ダンディが叫ぶ。エリオルニアが手をついた場所から、床が崩れ始めたのだ。




「エリオルニア、飛べるな?」




「え……あ、あぁ」




 エリオルニアの返答を聞き、一真はダンディたちに向かって駆け出した。




「アイリーン! オレに掴まれ!」




「ダンディ! もう駄目よ、ここは高すぎるわ! 助からないわよ!」




 言いながら、アイリーンはダンディに抱き着く。そんな2人の目の前で、一真が立ち止まる。




「正直に言おう、今のあんたら……いや、むしろあんたらじゃ、オレが手伝っても魔王には勝てない」




 一真の言葉に、2人は驚愕の表情を浮かべた。






「何を言っているんだ! あんなに圧倒していたじゃないか!」




「オレ1人なら、ギリギリ勝てる」




 ダンディに向かって、一真は冷たく言い放つ。完全な戦力外通告だ。だが……




「だったら尚更だ! 3人なら確実に魔王を討伐できる!」




 ダンディには、伝わらなかったようだ。




「その自信は何処から……確かに、あんたは身体能力が高い、しかし馬鹿だ」




「むっ」




 一真の言葉に、ダンディは眉をひそめる。




「そして、お姉さんは頭が良い。重ねて、魔法の素養がある、しかし身体能力は低い」




 一真に言われたアイリーンは、素直に頷く。言われた内容は、彼女に自覚があるものだったからだ。




「……だからこそ、支え合ってここまで来られたんだ」




 渋々、自分の短所を認めたダンディは、悔しげに、絞り出すように言った。




「支え合うのは良いことだ、守り合うのもな……けど、それじゃ魔王は倒せない」




 一真は言うのと同時に、手を合わせる。すると、ダンディとアイリーンの身体が浮き上がる。




「2人の長所を兼ね備えた人間が必要だ。魔法の能力と、身体能力……そして唯一、あんたらが揃って持っている正義感があれば、魔王は倒せる」




「うわっ! な、何を……」




「つまり、どうしろと言うの?」




 狼狽えるダンディを他所に、アイリーンは一真に問う。




「今回はオレが、エリオルニアを食い止める。あんたらは村に帰って、魔王を討伐できる人材を育ててくれ」




「……わかったわ」




 アイリーンの返答に、一真は安堵し、微笑む。




「頼んだぞ、この世界は、あんたらにかかってる……"エール・オール"!」




 一真は唱えると、左手を大きく振り抜く。すると、崩れていた床の一部やダンディとアイリーン、そして城の壁が、凄まじい突風によって城の外に吹き飛んだ。




 エンシェント・スペル"エール・オール"。凄まじい突風により、魔法使用者の望む物を、望むだけ吹き飛ばす魔法である。





1―10




 一真が2人を城外に飛ばすと同時に、一真の足下の床が崩れる。ダンディとアイリーンが最後に見たのは、落下する一真の姿だった。












「……"浮"」




 落下して数秒、一真は手を打ち鳴らしながら、そう言った。すると、落下していた床が全て、浮き上がる。




 一真は、砕けた床の欠片に着地する。そして、辺りに浮かぶ大きめの欠片を集め、即席の椅子を作り、そこに腰かける。




「よし、もう1つ」




 一真は言いながら、親指と人差し指で輪を作る。すると、大小混じった床の欠片が集まり、一真の椅子よりも立派で豪華な椅子が出来上がる。




「……何のつもりだ」




 椅子の作成が終わると同時に、魔王エリオルニアが、一真の目の前に降りてきた。




「何のつもりって? 椅子?」




「あの2人に、バレバレな"嘘"をついたことだ」





 エリオルニアの言葉に、一真は溜め息を吐く。




「そんなにバレバレだったか?」




「男はわからないが、女は確実に気づいていた」




「嘘に気づいても、真意は伝わらないだろうよ」




 一真の返答を聞きながら、エリオルニアは一真の作った椅子に腰かける。




「真意?」




「お? 素直に座ってくれるとは思わなかったな」




「仕方ないだろう、力量の差は歴然だ」




 顔をしかめながら、エリオルニアは言う。しかし、椅子に深く腰かけ足を組む様は、微塵も威厳を失ったようには見えない。なんとも堂々としていた。




「貴様なら、あの2人がいても私を倒すことなど雑作もないだろう。だが何故、奴らを城から遠ざけた」




「まぁ、理由は凄く個人的なんだけどな」




 一真は言いながら、浮かぶ瓦礫を取って肘掛けを作り、に肘を着いて頬を着く。




「強いて言うなら、異世界の人間による、過度な介入への抵抗かな」




「建前はわかった。本音は?」




「あのマッチョが勇者ってことに納得がいかなかった」




 一真の言葉に、エリオルニアは頷いて見せる。




「私も、あれに倒されるのは勘弁してもらいたいな」




「だろ? 流石にそれは可哀想だから、適当にあしらったわけよ」




「魔王を不憫に思うとは、酔狂な人間もいたものだな」




 エリオルニアはそう言って、薄く笑った。




「とは言え、このままこの世界を放っておくのも忍びない……だから、話し合いの場を設けた」




 一真の真意が今、明かされた。





「話し合い?」




 一真の言葉に、エリオルニアは首を傾げる。




「率直に聞くけど、何で魔力集めてんの?」




「……人間を滅ぼし、魔物の世界を作るためだ」




 一真の質問に、エリオルニアは素直に答える。話を纏めると、こうだ。




 魔物と人間は、相容れない存在である。魔物が人間に手を出さずにいても、人間は魔物を畏怖の対象として見る。そして、勇者と呼ばれた人間たちが群れて、魔物を虐殺する。そんな人間に怯え、魔物も群れで人間を虐殺する。まさに、負の循環である。




 そんな循環を断ち切るには、人間と魔物、どちらかがこの世界から消えるしか無い。では、人間に消えてもらおう。




「そのためには、力が必要だ。だから大地から魔力を吸い、貯蓄しているのだ」




「何処に貯蓄してあるんだ?」




「ここだ」




 一真に問われ、エリオルニアは抵抗もせず、纏っていた衣をずらし、人間で言う心臓のある部分をあらわにする。




「体内のここに……ん? 何故、顔を反らす」




「今のあんたをガン見できるほど、人間できて無いんで」




 エリオルニアから視線を反らし、一真は答える。その反応に、エリオルニアは首を傾げつつ、再び衣を纏い、正す。




「着た? 服、ちゃんと着たか?」




「……いや、むしろ脱いだ」




「何でだよ! 着ろよ!」




「嘘だ、ちゃんと着ている」




 自分に視線を戻す一真を見て、エリオルニアは妖艶に笑った。




「貴様は面白いな」




「うるせぇ」




 一真は溜め息を吐きながら、自分の左目を左手で隠す。




「"エニス"」




 一真が唱えると、一真の左目が金色に変化する。それに加え、緋色の紋章が浮かび上がった。




「ん、それなり貯まってるな」




「ん? 貴様の眼は、魔力を感知するのか?」




「いいや、全てだ」




 一真はエリオルニアに答えながら、左眼を見開いた。




「この眼は、全ての真実を写し、全ての知識を与える眼……"ヴィアン・ト・エニス"」




「"ヴィアン・ト・エニス"……」




 エリオルニアは呟きながら、エニスに見入ってしまった。





 左眼を見つめられた一真は、不意に、左目を閉じる。次に眼を開けると、左眼は黒色に戻っており、しかし緋色の紋章だけは、薄く残っていた。




「能力をセーブし、消費を抑えた……という所か」




 エリオルニアは、美しい金色の眼を見られなくなったことを残念に思いつつ、呟く。




「……それで? 人間を滅ぼすには十分な魔力は貯まったのか?」




 エリオルニアの言葉を無視し、一真は言った。




「いいや、むしろ思うように集まらず、困っている」




「だろうな」




 一真は、当然だと言わんばかりに、溜め息混じりに言う。




「はっきり言って、この星の魔力を全て集めても、人間を滅ぼすには足りないぞ? むしろ、自分たちの首を絞めてるようなもんだ」




「どういうことだ」




「今、この星から感じられる魔力と、あんたの中にある魔力を足しても、国を1つ消すのが関の山だと思う……あと、世界中の魔力を全て集めたら、魔物たちはどうなる? 魔力の枯渇は、魔物たちにとって死活問題だぞ」




 一真の言葉に、エリオルニアは首を傾げる。星の魔力は、星が生きている限り、生み出され続ける物だ。死活問題など、起こるわけが無い。




「ここまで言ってもわからないか?」




「何がだ」






「この星の"終わり"が近い」






 一真の言葉に、エリオルニアは耳を疑った。




「……今、何と?」




「もう、この星は魔力を生み出せないと思う」




「でたらめを……」




「なら、どうして草木が枯れる」




 一真の問いには、一真の考えを裏付けるに足る答えがあった。魔力を生み出せるのであれば、草木が枯れる前に魔力を補填出来るはずだ。




「思うように集まらないのもそうだ。ただただ、量が少ないからなんだ」




「では、この星の生物は……」




「少なくとも、魔力を必要とする生物は絶滅……星がどうなるかはわからないから、人間はまだ生き残る可能性がある」




 エリオルニア、そして魔物たちには、酷な話だった。人間を滅ぼす前に、自分たちが絶滅の危機を迎えていたのだ。




「どうすれば……」




「今すぐ、魔力の吸収を止めるんだな。話は、それからだ」




 エリオルニアは、一真の言葉に従うしか無かった。





 エリオルニアは左手を挙げ、その先に、魔力で作った小さな黒い球体を浮かべる。球体はしばらく、宙を漂っていたが、不意に停止し、真上に向かって急上昇する。




「止まれ……"ボミーティ"」




 エリオルニアが唱えると、球体は城の外へ飛び出し、弾けた。弾けた球体は地に降り注ぎ、地を這い、拡がっていく。それは、どうやら"大地に描かれた"魔法陣に沿って拡がっているようで、程無くして魔法陣は黒く染まり、その機能を停止させられた。




「これで、吸収は止まった」




「魔法陣を停止させる魔法か……面白いな」




 一真は、エリオルニアの使った魔法に興味を持ったようで、微かに眼を輝かせる。




「そんなことより、我々はこれから、どうすれば良いのだ!」




「自分だって、エニスに見惚れてたくせに」




 一真は口を尖らせながら言うが、すぐに真面目な顔になり、続ける。




「これで、星と魔物たちの延命は完了……あとは、残された時間で選択しないといけない」




「選択?」




 エリオルニアの言葉に、一真は頷く。そして……




「1つ、人間を1人でも多く虐殺し、滅びる。2つ、人間と魔物の共存を提唱する。3つ、この星、この世界から、他の星や世界へ移住する」




 選択肢は、一真の口から告げられた。




「……他に、道は無いのか?」




「どんな道が良いんだ? 残念ながら、魔物たちの繁栄エンドがあるとしたら、選択肢3のみだぞ」




 一真の言葉に、エリオルニアは頭を抱える。生まれた星を捨てねば、繁栄の道は無いのだ。




「……捨てろと言うのか、生まれた星を、世界を!」




「選ぶのは、あんたらだ」




 一真は答えると、胸のポケットから1枚のカードを取り出した。カードには魔法陣が描かれており、線が緋色に揺れている。




「あんたの胸に貯めてある魔力は、まだ使うな。進む道を決めた時だけ、この魔法陣にそれを注げ」




 言って、一真はエリオルニアにカードを投げ渡す。エリオルニアは受け取ったカードを眺めながら、下を向く。




「選択肢1と2を選んだ場合、その魔法陣に選んだ選択肢の数字を言え」




「……3の場合は?」









「……その時思っていることを、素直に言えば良い」









 その言葉を最後に、一真は消えた。エリオルニアが顔を上げると、そこには歪な形の椅子があるだけだった。






1―11




 小さな村の、小さな民家……ダンディとアイリーンは、そこにいた。魔王の城から飛ばされた2人は、村の入り口で倒れていたのだ。それを村の人間が発見し、無事に保護されたらしい。




「……あの少年は、何だったのだろうか」




 隣のベッドに寝ているアイリーンに向かって、ダンディが言う。




「わからないわ」




 アイリーンは、即答に近い速さでそれに答える。彼女にとっては、わからないことだらけだった。




 助けてくれた、しかし嘘もつかれた。どちらの味方か、それとも敵か……だが、




『この世界は、あんたらにかかってる』




 このセリフに、嘘は無かったように思えた。




「それにしても……」




 アイリーンは呟きながら、複雑な表情をする。




 2人の良い点を持つ子どもを育てろと、彼は言った。それを単純に考えれば……いや、あえて触れないでおく。




「なぁ、アイリーン」




「何? ダンディ」









「子育ては得意か?」









 たった今、アイリーンが思考を止めたにも関わらず、この男は再び、空気を読まずに、話を戻したのだ。




「……得意と言うか、子どもは好きよ?」




 そう言って、アイリーンは頭を抱えたくなる。もう少し、上手い言い方があったように思えたからだ。




「そうか! 良かった」




「……な、何が良かったのかしら?」




 アイリーンは、狼狽える。ダンディの発言が、怖くてたまらないのだ。




「実はな、アイリーン」




 あまりの怖さに、アイリーンは眼を閉じ、拳を握り締める。




「村に帰ったら、オレと」




 死刑宣告5秒前だ。むしろ死亡フラグにしか聞こえない。アイリーンは耳を塞ごうかどうか、神経に迷っていた。しかし……












「一緒に"孤児院"をやらないか?」












「……え?」




 アイリーンは、耳を疑った。しかし、それと同時に安堵と、少量の悲しみが、彼女の心を満たす。




「孤児院だよ、彼に勇者を育てるように言われたろ? 勇者と言えば……」




「孤児院?」




「そうだ!」




 胸を張って言い切るダンディを見て、アイリーンは吹き出しそうになる。悩んでいた自分が、バカらしく思えたからだ。






「勇者と言えば孤児院だなんて、聞いたことも無いわよ?」




「良いんだ! 俺たちで勇者を育てるんだろ?」




 きっと、彼の中では結婚とか出産とか、そんな考えには至らなかったのだろう。アイリーンはそれに安堵しつつ、やはり少しだけ悲しい気持ちになる。だが、






「……そうね、仕方ないわね」






 アイリーンは、考えることを止めた。城で出会った少年の言葉は、確かに心に残っている。しかし、ダンディの思う未来は、彼女が思う未来よりも、幸福に満ちている気がした。




「よし! これからもよろしく頼むぞ、アイリーン!」




「えぇ、ダンディ……まずは、魔王討伐失敗についての言い訳を考えないとね」




 アイリーンの言葉に、ダンディは固まってしまう。数秒の後に、滝のような汗をかき始め、何も言わずに布団に潜ってしまった。




 アイリーンはそれを眺め、薄く微笑むと、窓の外に視線を向けた。そこには枯れた木が生えているのだが、1匹の鳥がその枝に止まる。




「……あっ」




 アイリーンは思わず、声を出す。そして、満面の笑みを浮かべる。




 枯れた木の枝の先……青々とした蕾が、顔を出していたからだ。























 数年の時が流れる。




 魔王討伐に失敗したものの、魔力の枯渇を食い止めることに成功した、勇者ダンディとアイリーン。




 2人の血を引く少年と、その仲間たちが再び、魔王討伐を目指す。












 しかし、それはまた、別の話。






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