九尾!
「いや、だって梨紅……久城君が"帰って来る"のはわかるじゃない」
「わからないよ! わかるわけないじゃ……」
沙織に反論する、梨紅の言葉が不意に止まる。沙織に向けていた視線は、今は部室にある本棚の方に向けられていた。
それから数秒遅れて、本棚の前に蒼い穴が現れた。
『わかってるよね!? 確実に!』
暖と恋華の言葉に、梨紅は答えられずにいた。違和感が拭えないのだ。穴から出て来るはずの、一真の"気配"がいつもと違う。
「……一真じゃない?」
梨紅の呟きに、暖を除くメンバーが身構える。夏休み中は無かったが、実際の所、これは異世界に繋がる穴だ。何が出てくるかはわからない。
「……梨紅、本当にカズじゃないのね?」
「わからないの……いつもと違うのは確かだけど」
梨紅が愛に答えると、蒼い穴から何かが飛び出して来た。
「来た! ……って、あれ?」
大鎌を構えた沙織が、すっとんきょうな声をあげる。
穴から出てきたのは、黒猫だった。しなやかな動きで床に着地し、尻尾をふりふりふりふり……
「尻尾、多くね!?」
黒猫の"9本の"尻尾を見て、暖が言った。
「"九尾"と言ったら"狐"と相場は決まってるんだがな」
腕組みをしながら、正義が呟く。確かに、"九尾の化け猫"なんて聞いた覚えは誰にも無かった。
「……あっ、見てあそこ、猫の額」
豊が指差す先を、メンバーが見つめる。黒猫の額には、緋色の三日月が見えた。どうやら、そこだけ毛が緋色らしい。
『……"黒髪"に"緋色の……"前髪?』
「一真じゃね? この猫」
「にー」
首を傾げるメンバー、呟く暖に答えるように、黒猫は鳴いた。
「一真なんだな!」
暖が改めて聞くと、黒猫は暖に駆け寄る。
暖は黒猫を抱きしめる為に腰を落とし、両手を広げる。
そして、暖の胸に向かって跳躍した黒猫は……
「どぶふぉふぉっ!」
空中で回転し、9本の尻尾を暖の頬に叩き込んだ。
油断して居た暖が倒れる中、暖の顔に着地した黒猫は、そこから一気に跳躍し、梨紅の肩に着地した。
「行動を見る限り、十中八九……一真だな」
勇気の言葉に、全員が頷く。そんな中、黒猫は梨紅の肩から頭に飛び乗り、そのまま張り付く。
2本の前足で頭にしがみつき、後ろ足で両肩に立っているのだ。
「でも、仮にこの猫ちゃんがカズだったとして、なんで元に戻ろうとしないのよ」
愛が黒猫を見上げながら呟く。すると、黒猫と目が合う。
「……なんか、見下されてるみたいでムカつくわね」
「理不尽すぎない?」
眉をひそめる愛に、涼しげな表情で豊が言った。すると、黒猫は耳をピクピクと動かし、後ろ足で梨紅の肩を蹴る。
完全に梨紅の頭に乗っかった黒猫は、その場で跳躍し、愛の胸に飛び込む。
「おわっ! ちょっと……」
顔をしかめながらも、愛は黒猫を受け止める。すると……
「にー」
愛の顔を見上げ、黒猫は鳴いた。それを見つめる愛の顔が、徐々に赤く染まって行き……
「梨紅、この猫ちゃん……写真撮っていい?」
「いいんじゃないかな……多分」
「やった!」
『(あの猫、一真なんじゃないのか?)』
首を傾げる梨紅、猫を抱き上げ喜ぶ愛に、男性陣は心の中で呟く。
そんな中、女性陣4人は携帯電話を取り出し、写真を撮り始めた。
「……あの猫、写真慣れしてるな」
椅子に座り、撮影会を眺めていた正義が呟く。
「慣れてるどころじゃ無くね? ポーズ決めてんじゃん」
正義の横で机に腰掛けていた暖が、更に続けた。
黒猫は、時にカメラ目線、時に欠伸、時につかまり立ちなどをして、会場をわかせていた。
「知能的には、普通に人間並な気がするね」
「一真なんだろ? だったら当然じゃねぇか」
豊と勇気の会話を聞き、梨紅が視線を2人に向ける。
「それなんだけどさ、多分……この子、一真じゃないと思うの」
「それは、幼なじみの勘か?」
正義の言葉に、梨紅は首を振る。
「退魔力が感じられないの……ううん、むしろ魔力しか感じられない、魔力で構成されてる感じ」
「じゃあこの猫ちゃん、カズの魔法なの?」
「に」
愛に答えるように、黒猫は短く鳴いた。
結局一真は、その日に帰っては来なかった。梨紅たち予想外では、一真のことだから、黒猫の一真(仮)に何かを任せて飛ばして来たのだろう……という結論に至り、特に心配はしなかった。
問題が起きたのは、一真(仮)が来た翌日だった。
梨紅と共に登校し、一真の席に我が物顔で座った一真(仮)を見て、梨紅の顔は青ざめる。
「……一真、テストどうするの?」
まさか、一真(仮)にやらせるつもりだろうか。どうやらそのまさからしいことは、直ぐに明らかになった。
「久城、おはよう」
そう言って、一真(仮)と梨紅の間をクラスメートが通り過ぎる。
「に」
クラスメートに返事をするように、一真(仮)は短く鳴いた。
「どうなってるの……?」
梨紅が不思議そうに一真(仮)を眺めると、ちょっとした変化に気がついた。
9本の尻尾の内の1本の先が、緋色に光っているのだ。
「魔法で一真に化けてるのね」
「にぃ」
梨紅に答えると、一真(仮)は身体を丸めて眠り始めた。
テストが始まると、9本の尻尾が高速で別々に動き、解答欄に凄まじい勢いで答えを書き込み始める。
ものの5分でテストを終えた一真(仮)は、退屈そうに再び眠り始めた。
(みんなには、どう見えてるのかな……)
テストを受けながらも、梨紅は一真(仮)のことで頭がいっぱいだった。
梨紅には一真(仮)は黒猫にしか見えない。他の生徒のように、一真には見えないのだ。
(あぁ……無性に一真に会いたくなって来た)
シャーペンをカチカチと鳴らし、ため息混じりに梨紅はテストに向かい始めた。
テストも終わり、午後……MBSF研究会の部室に集まった梨紅たちは、部室奥の床に座り、一真(仮)と戯れていた。
「ってわけで、テストは一真の代わりに猫ちゃんが受けたの」
「へぇ……この猫、魔法が使えるのね」
梨紅からテスト時の説明を聞きながら、沙織が一真(仮)……もとい、黒猫を撫でる。
黒猫は沙織の膝で気持ち良さそうに眠っており、おそらくだが、一般人がその様子を見ると、一真が沙織に膝枕をしてもらっているように見えるのだろう。
「で、一般人の暖にはどう見えてるのよ?」
沙織の隣で猫を眺めながら、愛が聞いた。
「どうもこうも、オレにも黒猫に見えてるよ」
「へぇ……一般人なのに?」
「きっと、MBSFメンバーには黒猫に見えるんだよ」
首を傾げる愛に、梨紅が答える。
「そんな区分が出来るのかしら……」
「でも、かず君だし」
「あぁ、一真だしな」
「うん、出来るんじゃないかな」
「……そうね、久城君なら出来るわね」
恋華、正義、豊に後押しされ、沙織は無理矢理納得する。
「それよりお前ら、テストはどうだったんだよ」
不意に、勇気が問う。瞬間、一部の空気が凍りつく。
「まぁ、それなりか」
「私もよ」
「僕も」
正義、沙織、豊が頷く。更に……
「オレもぼちぼちだよ」
暖が言った。すると、正義たちが暖に視線を向ける。
「そうか……残念だったな、暖」
「大丈夫よ、成績には反映されないし」
「気にしない」
「え? 何、何で慰められてんの? オレ」
「何言ってんだ、お前のぼちぼちは赤点だろうが」
「違うわ! 失礼だなお前ら! オレは勉強すりゃ出来る子なんだよ!」
暖が叫ぶが、正義たちはそれを聞き流す。そして改めて、残りのメンバーに視線を向けた。
「今城、涼音、恋華が厳しそうだな」
正義に言われ、3人は視線を右下に向ける。そんな中……
「オレは大丈夫だからな!」
「暖、まだ言ってんのか」
「何度でも言うわ!」
ため息を吐く勇気に言って、暖は梨紅たちを指差し、言った。
「オレはこいつらとは違う!」
『うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
暖が言った瞬間、3人は床に手を着いて泣き出した。
「えぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「うわぁ……暖君、サイテー」
「ぐわっ!」
驚愕する暖は、沙織の言葉で撃沈した。




