闇の炎、天を滅す
「魔法ってのは、まぁ……ある意味では等価交換かもしれないけど、魔力が対価なわけで、その量ってのは個人で違うから……」
「一真、その話って長い?」
「……つまり、魔法は魔力次第で出来ることが限られるから、等価に見えて微妙なとこってこと」
梨紅に言われて強引に纏めるが、一真の解説を理解出来たのは、正義と勇気、沙織ぐらいだった。
「……さぁ、そろそろ雑談も終わりにしなきゃだ」
一真が呟く。その視線の先にある、海上の漆黒の光に変化があったのだ。
漆黒の光は、漆黒の水球に変化した。その水球から泡が現れ、徐々に水球が巨大化して行く。
「っ……麻美はまだか?」
一真の言葉に、若干の焦りが見える。そこでようやく、他のメンバーは緊急事態であることに気付いたようで……
「……何? ガチでヤバい感じ?」
「今更!? 具体的に言えば、夏のキメラより質が悪い状況だ!」
『えぇぇ!』
「いや、普通に驚いてるお前らに逆にビックリだよ! 尚且つ、中に何人か『マ○オさん』が混じってたことに微かに殺意が芽生えた!」
一真の怒声に、3名ほど視線を反らすメンバーが居た。
「とにかく、万全で迎えたいわけだよ」
言って、一真は顔をしかめる。漆黒の水球はすでに、ちょっとした帆船ぐらいの大きさに達しており、部分的に身体のパーツが現れ始めていた。前足、後ろ足、尻尾、顔、角……どうやら、獣型らしい。
「……正義、勇気、重野」
唐突に、一真が3人を呼ぶ。
「仕事か?」
「あぁ、あれの後方3方向に別れて、町を守ってくれ」
「はぅあ!? 3人であんな大きいのから……」
「いや、あれからじゃないんだ」
『え?』
一真の言葉に、3人が首を傾げる。
「オレと梨紅が全力を出す」
『わぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!』
甲板に、7人の叫びが轟いた。
「言葉だけで絶叫!? 大げさだって!」
「馬鹿野郎ッ! お前ら2人揃って本気出したら国が1つ消し飛ぶだろうが!」
「ちょっ! そんな化物じゃないよ私たち!」
「どっちにしろ、あいつに消し飛ばされる可能性もある!」
「国が消し飛ぶの前提で話すのやめてよ!」
勇気と一真の口論を、梨紅が遮る。
「全力って言っても、コントロールは出来るレベルでやるに決まってんだろ?」
「そうは言っても……」
「あーあ、話してたから準備整っちゃったよ」
勇気から視線をずらした一真は、視界に入った敵を見て溜め息を吐く。
漆黒の水球は、完全に獣として存在していた。
漆黒の毛並、強靭な尾、禍々しい角、牙……
「グルォォォォォォォォォォォォ!」
獣の雄叫びで、海が、風が、震える。
「3人とも、気付かれないように背後に回ってくれ」
『……了解』
返答するや否や、正義、恋華、勇気の3人は、素早くその場から離脱した。
「それで、私たちは何を?」
獣を見ながら、沙織が問う。獣はどうやら突進して来るようで、しきりに前足を前後させていた。
「局員と連携して、あいつからの一撃を防いでほしい」
「そしたらカズと梨紅で止めを刺すと……簡単じゃない?」
「それがまぁ、なかなか大変なわけで」
眉を潜める愛に、一真は苦笑する。
「あの化物は、いわゆる魔力集合体……魔力が集まり過ぎて意思を持ってしまった獣なんだ」
「あれだろ、魔力の塊だから魔法みたいなもんで、威力も凄まじいんだろ!」
「正解、ちなみにどんだけ馬鹿げた威力かっていうと、さっきも言ったように国が消し飛ぶレベル」
暖の回答を肯定し、一真は付け加える。
「国が消し飛ぶ突進を、僕たちで止めろと?」
「そうなるな」
「成功確率は?」
「100%」
『……え?』
あまりにも簡単に100%と言い切った一真に、5人は反って不安になる。
「この要塞には、それをギリギリ防げるバリアがあるし、局員とお前らが居れば楽勝だよ」
「問題は、バリアを張りに行った麻美からの連絡がないことだね」
「バリアが無きゃ0%だからな」
『えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!?』
驚愕と共に再び、甲板に絶叫が響いた。
「……あら? ちょっと待って久城君、暖君の手袋から出てきたんだから、また手袋に封印すれば……」
「封印は出来るけど、暖は跡形も無く消し飛ぶよ? 衝撃は防げないからな、再生すら出来ないほどに……」
「構わな……」
「勘弁して下さい」
GOサインを出す沙織に、暖は涙目で訴える。
「ってわけで、防壁待ちなわけだが……どうやら更に、面倒なことになって来た」
獣を観察していた一真は、真剣な表情で言った。
獣は前足の前後運動を止め、自らの魔力を解放し始めていた。
「砲撃か! カウンターが狙えなくなったな……」
一真が悔しげに言うと、獣の眼前に魔力が集束し、甲高い金属音が響き渡る。
「一真、どうすんだよ!」
「一真……」
「カズ!」
「久城君!」
「……いや、大丈夫だ」
一真は言って、手刷りから離れる。瞬間、獣から砲撃が放たれ、凄まじい速さで要塞に向かって来る。
「ギリギリ間に合ったな」
一真が振り向くと、多くの魔導師を引き連れた麻美が走って来ていた。
「全員、防壁を!」
『了解!』
麻美の号令の元に、魔導師たちは一斉に杖を構え、詠唱する。
要塞に備わった防壁と、魔導師たちの防壁……そして、
「"霊壁"!」
「"ウィネの嵐"!」
豊と沙織も参加し、防壁は十分な強度に達した。
「よし……梨紅、行くぞ」
「うん!」
防壁と魔導師たちの間で、一真は左手を左目に重ね、梨紅は右手を握り、左胸の前に構える。
「"ヴィアン・ト・エニス"!」
「"ベルグ・パード"!」
『解放!』
瞬間……一真の左目が金色に輝き、緋色の紋章が現れる。梨紅の身体には蒼い紋様が駆け巡る。
「魔力全開!」
「"蒼夜乃華颶夜"!」
一真は魔力を解放し、獣に向けて拡げて行く。梨紅は大剣、蒼夜乃華颶夜を取り出し、構えた。
「"リミット・エクステンド・エクシード"!」
一真の身体が緋色に輝く。それと同時に、梨紅のベルグ・パードが蒼く輝く……梨紅の身体も、強化されたのだ。
そこでようやく、獣からの砲撃が消え、役目を終えた防壁も消える。
瞬間、梨紅は海に飛び出した。梨紅の身体があった場所が陥没し、その衝撃で暖が吹っ飛んだ。
梨紅は飛行関係の魔法や、天使の翼を使っては居なかった。俗に言う、海の上を走るというやつだ。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァ!」
「久城君! 暖君が!」
「誰か助けてやってくれ! オレはちょっと忙しい!」
吹っ飛んだ暖に目もくれず、一真は獣に魔力を放出し、魔力で獣を包み込む。
「"止-し-"!」
右手の親指と人差し指をくっ付けて輪を作り、一真は理術擬きで獣の動きを止める。更に……
「"浮-ふ-"、"固-こ-"、"離-り-"」
右手の親指と中指、左手の親指と人差し指、中指でそれぞれ輪を作り、合計4つの理術擬きを発動する。
最初の理術擬きで獣の動きを"止"め、2番目で海水を"浮"かせ、3番目で獣の周りに海水を"固"定し、最後の理術擬きで海水を酸素と水素に"離"す……
「後は頼むぞ、梨紅」
そう呟き一真は、高速で海を疾走する梨紅に視線を向けた。
身体が軽い。凄まじいロケットスタートをやってのけた梨紅の感想はそれだけだった。
巨大な蒼夜乃華颶夜は重さを感じない、普通に走るだけで衝撃波が起こり、海の上も走ることが出来る。
梨紅は真っ直ぐに獣に向かっていた。頭の中は異様に冷静で、微かな変化にも敏感に反応、理解出来た。
一真がどういう考えのもとに行動しているかがわかる。頭が良くなった気がして、梨紅はちょっと嬉しくなる。
そして、蒼夜乃華颶夜に発生した変化で全ての点が線で繋がった。
高速移動による空気との摩擦で、蒼夜乃華颶夜が発熱し、蒼く輝き、煙が立ち上っていた。このまま行けば、大剣は炎を纏う。
獣への最後の一撃を決めるのが自分であることに、違和感があった。だが、確信はあった。
(一真じゃない……私なんだ)
梨紅は踵で急ブレーキをかけた。とてつもない水飛沫が獣の視界を隠すが、そんなことは無意味だ。
梨紅は獣の真下に滑り込み、大剣を振り回し、摩擦で発火させる。
「"闇に染まりし聖なる炎、天を焼き、我に仇なす者を滅せよ"!」
言って、梨紅は蒼い炎を纏う大剣を振り上げた。
「"闇炎天滅-ラグ・スリヴァー-"!」




