第7話 気高き猛牛
ちゅんちゅん・・
小鳥の囀りが聞こえる朝、カークさんの宿で一晩を明かした俺は、入口ロビーでアシュレイを待っていた。もちろん、泊まったのは別部屋だ・・別に、ガッカリなんてしてないぞ。
「おはよう・・早いのね」
「おいおい。明朝一番に出発だって、言っただろ。遅れたら、容赦なく置いてかれるぞ?あの連中だったら」
「昨日の今日で、よくそんな普通に振る舞えるわね。ショックじゃないわけ?」
「そりゃあ・・ショックだったけど。いつまでも、引きずってるわけにもいかないだろ」
「結構、ドライなのね。悪いけど、私は・・そんなに、すぐには切り替えれないから」
「それで、いいよ。俺は、お前を守るっていう使命を託されたから・・とりあえずは、目の前のことに集中することにしただけだし」
「・・つ、ついてきてくれるんだ?別に、いいのよ。あなたは本来、私とは何の関係もないんだし」
「・・師匠の遺言だからな。最低でも、姫様がレジスタンスに合流するまでは、しっかりとエスコートしてやるよ」
「ふ、ふん!偉そうに。言っとくけど、アンタなんかにブンターの代わりなんて、絶対つとまらないんだからね⁉︎」
「はいはい。旅の支度を済ませてきたなら、すぐにギルドへ向かうぞ」
急ぎ宿を出ようとすると、受付には見当たらなかったカークさんが、外出先から帰ってきたようで。
「良かった!フクネ様、アシュレイ王女。まだ、宿におられましたか」
「カークさん。色々と、お世話になりました!本当に、お金は払わなくて大丈夫なんですか?」
「それは、もちろん。そんなことより、大変です!ストラーダの入口広場に、帝国兵と思われる者共がたむろしておりましたぞ」
「帝国兵が⁉︎まさか、俺たちを捜しに・・もう、ここまで包囲網を広げてきたのか」
森に来た帝国兵たちだとしたら、すなわち師匠が敗れ去ったという事実が濃厚となることに、俺の淡い希望すら打ち砕かれた気がした。
「どうする、フクネ?これじゃ、迂闊に外には出られない」
「俺は、顔が割れてないから大丈夫だと思うけど・・問題は、姫様だよな。いっそ、整形でもする?」
「ハァ〜・・くだらない冗談言ってないで、真面目に考えてくれる?」
「いいや。結構、本気で言ってるんですけどね」
「は?ど・・どういうことよ⁉︎」
意味深な笑みを浮かべている臨時ボディーガードの魔導師に、王女の背中に悪寒が走る。
準備を万端にして宿を出ると、カークさんの報告通り、四方八方で帝国兵と思われる男たちが、町民に聞き込みをしていて。
「そこの二人!ちょっと、止まれ」
気配を消して歩いていたつもりだったが、目ざとい帝国兵の一人に、俺たちも呼び止められてしまう。
「はい?何でしょう」
「お前、冒険者だな。魔導師か?」
「いえ!この盾を見て貰えば、分かる通り・・職業は、戦士ですが」
どさくさに持ち出してきていた、ボスゴブリンのドロップアイテム[小鬼の盾]を背中に担いでいるのを見せて咄嗟の嘘をついてみるも、信じてくれる気配は無く。
「怪しいな・・そこの奴!お前も、フードを取って顔を見せろ‼︎」
フード付きのマントで素顔を隠していたアシュレイに、帝国兵が強引に詰め寄り、そのフードを剥がした。
「何なんですか?いきなり!」
あらわになったその顔は、俺の【ブラフ・ビジョン】によって全く別人の容姿に見えていて。
「ちっ、人違いか。紛らわしい・・さっさと行け!」
シッシッと手を払う帝国兵から、俺たちは逃げるように立ち去ると、無事にバレることなく、冒険者ギルドまで到着する。
「何なのよ、あの態度!王が王なら、兵も兵ね。帝国の連中は‼︎」
「声が、デカいっつの。せっかく誤魔化せたのに、また怪しまれたらどうするんだよ」
「この辺には、いないから平気でしょ。てか・・賭博魔法って、こんな芸当も出来るんだ。ちゃんと、元には戻るんだよね?この顔」
「顔を変えたわけじゃないからな。視覚情報を操作してるだけであって・・ま、戻るから安心しろ」
「おい。今、私には理解できないと思って、あきらめただろ?説明」
「・・意外と、鋭いな」
「刺すぞ」
アシュレイが、冗談か分からない雰囲気で腰の聖剣に手をかけた時、カジノで知り合った冒険者パーティーが、ギルドの中から出て来るところに遭遇した。
「おっ。間に合ったか・・置いてくところだったぜ?」
「すみません。変な兵士の人に、尋問されてまして」
「ああ。そういや、いたな・・何の騒ぎだ、ありゃ」
昨夜は携えてなかった剣付きの盾を持ちながら、騎士のジェイルさんがキョロキョロと周囲を見回しながら言うと、魔導師のゴンザさんが冷静に答える。
「ハルモニアが、帝国に侵略されたのは知ってるだろう?そこの王女が、逃亡を計ったらしいぞ。早速、懸賞金まで賭けて、探し回っているようだ」
「懸賞金⁉︎いくらだ?」
「100万イェンと、書いてあったかな。わすれてしまったが」
「マジかよ⁉︎兵士が、出張ってきてるぐらいだ。この辺に、いるのかもしれねーな・・捜してみるか」
「まずは、クエストを済ませてからだ。受けた仕事は、きっちりこなすぞ」
「へいへい。分かりやした、分かりやした」
よもや、懸賞金まで賭けられてたとは。相当、向こうも躍起になってアシュレイのことを捜索しにきているらしい。今後は、普通の一般市民にも注意を払わなくてはならないかもしれない。
「あの・・その子は?」
ふと見ると昨日の三人の背後に、ひっそりと身を潜めている少女がいた。水色の髪をした大人しそうな垂れ目顔で、白いローブに首からは十字架のペンダントをぶら下げているのを見ると、聖職者なのだろうか。
「ああ、ここに来る前の町で買った奴隷だ。シスターの奴隷なんざ珍しいから、多少の値は張ったが・・俺らのパーティーには、ちょうど回復役がいなかったしな。それに、他の世話も色々としてもらうには、顔もまあまあだろ?」
いやらしい目つきで、ジェイルさんが奴隷少女の全身をを舐め回すように見回すと、彼女は複雑そうな表情で黙って俯いた。
「・・最低」
「あ?なんか、言ったか⁉︎」
あからさまに怒りを含んだ言葉を発したアシュレイに、ジェイルさんの顔つきが曇ると、俺が慌てて仲裁に入る。
「いえ!何でも、ありません‼︎まだまだ、子供なので・・どうか、大目に見てあげて下さい」
「あん?だから、アンタと大した変わんないっつってんでしょうが!」
場を治めてやろうとしているのに、俺にまだ食ってかかって来るアシュレイ。王女だけあって、まだまだ世渡りは下手なようだ。
「そいつが、妹か?随分と、じゃじゃ馬みたいだな。ご大層に
使えない剣まで、ぶら下げやがって」
「一応、護身用で持たせてるんです。飾りでも、効果はあるかな〜と」
「そういや、お前ら・・兄妹で、ビザン砂漠になんて何の用なんだ?あんなとこ、何もねーだろ」
「はは・・まぁ、ちょっとした野暮用で。大した理由じゃ、ありませんよ」
「野暮用ねぇ・・」
若干、怪しむ素振りを見せたジェイルさんだったが、ナイスなタイミングで仲間のレオンさんが催促をしてくれた。
「おい。いつまで、こんな所でダベッてるつもりだ?揃ったなら、さっさと行こうぜ」
「もう、戦闘狂の血が騒ぎ出したのかよ。仕方ねえなぁ・・んじゃ、行くか」
何とか、追及されるのを免れてホッとしていると奴隷少女と目が合ってしまい、彼女は丁寧にお辞儀で返してくれた。この世界では、奴隷の売買が日常的に行われているのだろうか?なぜ、仮にも聖職者である女の子が奴隷なんかに・・と、聞きたいことは山ほどあったが、俺は無言で礼を返すことぐらいしか出来なかった。
そして不思議な組み合わせとなった6人で、ミノタウロスの巣窟と化した鉱山跡へと出発したのだった。
その頃、ハルモニア城の玉座では、新王となったクザンが一人静かに身体を休めていて、そこへ帝国の炎魔将軍が訪れる。
「随分と、お疲れのようですな。クザン殿。聞きましたぞ?かつての師であるブンターを、見事に討ち取ってみせたそうで」
「・・最期は、勝手に自滅していきましたよ。よほど、弟子にトドメを刺されるのが嫌だったのでしょう。所詮は、過去の遺物に過ぎなかったというわけです」
「そうですか・・天下の大賢者と言われた男も最期は、あっけないものでしたな。それで、肝心のアシュレイ王女は?」
「それが・・ブンターにてこずってる間に、逃げられてしまいまして。お借りした帝国兵に、小鬼の森近辺を捜索させております」
「ふむ・・しかし、最後の頼みの綱であるブンターが死んだ今。王女は、誰にすがるつもりなのでしょうな」
「特に、何も考えていないでしょう。あの王女は武芸しか取り柄のない、脳筋ですから・・例え、このまま見つからずとも反乱の種になるとは到底、思えませんが」
「それでも、不安材料となる要素は全て排除せよ・・それが、皇帝閣下のご意向です。何としてでも、見つけ出していただかないと」
「・・分かっています。私も消費した魔力が蘇り次第、捜索に加わるつもりです」
王家の人間がいなくなり、ハルモニアはクザン・ガンカリオスを新王に据えた。国民たちも当初は混乱していたが、帝国を後ろ盾にしたクザンの威光には逆えず、やむを得ず新たな生活を受け入れるしかなかった。
臣下も生き残った者の中で、新王に忠誠を誓った人間だけを残し、帝国客人で固められ、実質的には新王クザン自身もガルキメス皇帝の操り人形に過ぎなかったのだ。
「あと、ハルモニアの副騎士団長も行方知らずのようで。そちらは、我々で受け持つとしましょう。それこそ、たかだか一介の騎士に何が出来るかは、分かりませんが」
「よろしくお願いします・・アースラ殿」
「およし下さい、クザン王。今日から、私もハルモニア客将預かりとなった身・・一側近として、気軽に接してくだされ」
「そう・・ですな。頼もしい限りです」
クザン王は、苦手な作り笑いを精一杯に浮かべて、配下兼お目付役となった炎魔将軍に応えたのであった・・。
「確かに。クエストの受注を、確認いたしました。6名様のパーティーとは、大所帯ですな」
鉱山入口に立っていた辺境警備隊の門番に、ジェイルさんがギルドから貰った通行証を見せると、すんなりと許可が降りたようだ。
「相手は、ミノタウロスの軍勢ですから。人手は少しでも、多い方が良いと思いましてね」
「そうですね。ミノタウロスの巣窟となっているのは、しばらく進んだ鉱山内の中枢区域という情報が入っています。くれぐれも、慎重にお進み下さい」
「ご忠告、感謝します。よし、行くぞ!みんな」
警備隊の人の手前だからか、普段のチャラさを隠し、まるで真っ当な騎士のような振る舞いを見せるジェイルさん。TPOに応じて態度を変える辺り、悪知恵は働くタイプなのかもしれない。
「・・暗いな。ゴンザ」
「【灯火】」
ボウッ
鉱山内に足を踏み入れ、先の様子を見たレオンさんがゴンザさんの名を呼ぶと、即座に意図を読み取り、灯りとなる“浮遊する火”を召喚し、暗闇だった内部を照らし出す。
ゴンザさんの使う暗黒魔法とは、いわゆる闇属性の魔法らしく、精霊ではなく、魔界や地獄の魔物などから力を借り受けて発動するものだと、師匠から聞いたことがある。そう考えると、あの灯火も地獄の炎の一部だったりするのだろうか。
「おい、ジェイル。早速、二股に道が分かれてるぜ。どうするよ?」
さすがに普段は賑やかなジェイルさんも警戒モードに入っているのか、全員が沈黙したまま道を進んでいると、先頭を歩いていたレオンさんが分岐点に差し掛かったことを報告する。
「ちょうど、いい。フクネ、お前らとはここでお別れだ」
「えっ⁉︎」
「約束は、入行許可を貰うまでだったはずだ。ボディーガードしてもらいたいなら、別料金をいただくことになるが」
「そ、そんな・・!あれで、稼いだイェンはほとんどで」
「はっきり言って、足手まといなんだよ。お前らを庇いながら倒せるほど、ミノタウロスは楽な相手じゃない。こっちも、命がかかってるんでな・・悪く思うな」
「つまり、ジェイルさん達とは別の道を進め・・と?」
「死にたくなけりゃ、引き返す選択肢だってある。運良くミノタウロスのいないルートを選ぶ可能性も、なきにしもあらずだ。なかなか、良心的な配慮をしてやったんだぜ?これでもな」
一歩前に出て、何か言葉を発しようとしたアシュレイを、俺は瞬時に無言の手で制する。ここで、揉め事になるのが一番危険だからだ。
「分かりました。じゃあ・・俺たちは、右の道を進みます」
「ほう。聞き分けが、良いじゃないか。もう少し、突っかかってくると思ったが・・なかなか、冷静な判断は出来るようだな」
「どのみち当初は、二人だけで来るつもりでしたから。こうして、中に入れただけでも、ジェイルさん達には感謝してます。ありがとうございました」
「ふん・・せいぜい、無理はしないようにな」
深々と礼をするフクネを前に、さすがに気まずくなったのか、ジェイルはさっさと踵を返して、仲間達と共に左のルートへと歩いて行ってしまった。その様子を我慢して見送っていた姫様が、すぐに俺へと食ってかかってきて。
「ちょっと、フクネ!何で、もっと怒らないわけ⁉︎こっちは大金を支払ってるんだから、護衛ぐらいさせるのが筋ってもんじゃないの?」
「そんな言い分が、通るような相手に見えたか?薄々、こうなるんじゃないかって予想はしてたよ」
「何よ、余裕ぶっちゃって。アンタの賭博魔法で、ミノタウロス達を片っ端から退けてく自信でもあるの?」
「いや、ない!」
「ないのかよ!少しは、自信もちなさいよ‼︎そこは」
「賭博魔法は強力だけど、長期の連戦には向いてないんだよ。幸運は、魔力みたいに回復手段が多くないからな。基本的に一日の間は、元の総量でやりくりしていかなきゃならない」
「それって・・めっちゃ、ダンジョン攻略に不向きじゃん!」
「はっはっは、その通り!強力な前衛でもいれば、話は別だが・・あいにく、ここにいるのは微力な後衛だけだからなぁ」
「誰が、微力な後衛じゃ!私だって、多少のハルモニア流剣術ぐらい使えるんだからね⁉︎」
「冗談だって。例え、強かったとしても姫様を前衛に晒すわけにいくかよ。万が一何かあったら、それこそ本末転倒だ」
「じゃあ、どうするのよ!戻って、新しい冒険者でも待つつもり?」
「いや。もう、ストラーダは帝国の包囲網の中にある・・あそこに長居するのは、危険すぎる」
「あ〜、もう!ダメダメうるさいなぁ‼︎さっさと、アンタの考えを聞かせなさいよ」
「そう、カリカリすんなって。それじゃ、教えてしんぜよう」
満面のドヤ顔を浮かべて、アシュレイを手招きしたフクネは、彼女にとっておきの鉱山突破プランを明かした。
「【マテリアル・ガード】!」
ギィン!
自らの盾に防御力強化のスキルをかけて、振り下ろされたミノタウロスの斧を受け止めるジェイル。その間に、距離を詰めたレオンが手に装着した[銀の爪]で、脇腹を切り裂いた。
『ウオオオオン!』
仲間の悲痛な叫びに引き寄せられたのか、新たなミノタウロスが二匹、奥の方から姿を現す。
「来やがったな・・ゾロゾロと。ゴンザ!」
「あいや、任せろ!深淵なる暗黒よ、我が呼び声に応えよ・・【影捕縛】」
シュルルルッ
ゴンザの掌に施された髑髏の魔導印が妖しく光ると、ミノタウロスたちの足元から影の触手が伸びて、その動きを封じると。
「ドラクロワ流・・【重烈波】!」
「【猛虎円舞爪】ッ‼︎」
ジェイルの槍の一刺しが手前のミノタウロスを、レオンの両手爪が増援の二体を、それぞれ得意とするスキルで致命傷を与えると、ダメ押しとばかりにゴンザの大魔法が炸裂した。
「焼き尽くせ、漆黒の業火よ!【黒炎】‼︎」
ゴオオオオオッ
結局、ほとんど何もさせないまま、三体のミノタウロスをあっさりと葬り去ってみせるジェイル一行の姿を、姿を消した二人が離れた場所で観察していて。
「守備の堅い騎士が攻撃を引きつけて、残りの二人が隙を突いて大技を繰り出す・・よく取れた連携だ。実力は、本物だったな」
「どうでもいいけど、本当に消えてるんだよね?私たちの姿」
「ああ。また、【ブラフ・ビジョン】で俺たちの視覚情報を操作したからな。不用意に近づきさえしなければ、気付かれることはないはずだ。だよな?ナビ」
ちゃっかり、俺の服に忍び込んでいたナビがひょっこり顔を出す。コイツの分も含めて、透明化で三人分の幸運を消費してしまったのは痛いが仕方あるまい。
「あの中に、高い【気配感知】のスキルを有してる者は確認できなかったからね。探索より、戦闘に重きを置いたパーティーなのかも。しかし、【ブラフ・ビジョン】は色々と役立つ魔法だねぇ」
「【サレンダー・ゲーム】と迷ったけど、あれは格下のモンスター相手にしか効果が発揮されないからな」
俺の提案した鉱山突破プランとは左のルートに透明化して、ついていき、ジェイルさんたちに立ち塞がるミノタウロスを処理してもらったあとの安全な道を、悠々と通っていくというものだった。
「なんか、セコい方法だけど・・ま、いいや。あいつらも、思ったより強そうだし。頑張ってもらいましょうか」
「ん・・待って。何か、強い反応が迫ってくる!」
呆れ顔のアシュレイの言葉に、食い気味でナビが珍しく動揺した声で叫ぶ。
ズシン・・ズシン・・
より一層、重々しい足音をさせて奥から歩み出てきたのは、通常の茶色の肌ではなく、真っ白な肌をしたミノタウロスの亜種だった。
「白いミノタウロス・・希少種か⁉︎」
見たことない風貌の猛牛に、やや後退しながらも盾を構えて、仲間の二人に後退するよう合図をだすジェイル。
『よくも、我が同胞を三体も・・許さぬぞ。人間ども』
「コイツ、今・・言葉を、話した?」
消滅していく仲間を見渡すと、ギロリと憎しみを込めた瞳を向ける異形のミノタウロスに、その場にいた全員が息を呑んだ。
「ナビ・・・あれは、何だ?」
「驚いた・・あれは、インテリジェンス・モンスターだ。人間並の知能を有する、希少種の中の希少種だよ」
「強いのか?」
「人間並の知能を有するということは、冒険者と同じようにスキルや魔法も習得することが出来るということだ。少なく見積もっても、通常のミノタウロスの比じゃないだろうね」
ナビの説明を聞き、より恐怖心が強まったが・・目の前にいたジェイルさん達に逃げ出す様子は、見られない。それとも、その威圧感に圧倒されて、足が動かせないだけなのだろうか。
「び、ビビることはねぇ!希少種だろうが、所詮はミノタウロス・・逆に狩って、特別報酬をいただいてやらぁ‼︎【マテリアル・ガード】‼︎!」
ダダッ
自身を奮い立たせるように叫ぶと、ジェイルは防御を高めた盾を構えながら、白のミノタウロスへと突進してゆく。
『勇気と無謀を履き違えたか・・愚かな』
ブオンッ
通常のミノタウロスの武器は、一般的に斧やハンマーと相場は決まっていたが、この白きミノタウロスが振るったのは大きな薙刀の形状をしていて。
『ぬううううんっ!』
ズドオッ
ジェイルは完璧に盾で、その一撃を防いでみせるも、そのパワーはガードなど意味を成さないほどに強烈で、その体を横薙ぎに吹き飛ばしてみせた。
ズザザザザッ
「か・・はっ!げほ、げほっ‼︎」
盾はひしゃげ、腕があらぬ方向へと曲がっているジェイルが、交通事故にでも遭ったように、地面を転げ回ると、咳と共に口から吐血をしてしまう。
「ジェイル!ちくしょう・・よくも‼︎」
一撃で瀕死状態に陥った仲間を目の当たりにした怒りで、弾き出されたように両手の爪を広げながら、レオンが第二波の攻撃を仕掛けた。
『次は、貴様か』
ブオンッ
それを迎え討つように、またしても薙刀を振るうミノタウロスだったが、レオンはスライディングで、その一撃を紙一重ですり抜けてみせると。
『ぬぅ⁉︎』
「トロいんだよ!そんな大振り、俺には当たらねえ‼︎食らえ、【猛虎円舞爪】ッ」
ズババババッ
ガラ空きになった猛牛の背後へ、先程の連続爪撃を放つレオン。しかし、目に見えるようなダメージは与えられない。
『オオオオオオオン‼︎』
「う・・ぐっ⁉︎」
ミノタウロスが高らかに雄叫びを発すると、周囲の空気が震撼し、レオンの身体が勝手に竦み上がって、動けなくなる。
『当たらぬのならば、動きを止めてしまえばよいだけだ』
ガシィ!
薙刀を持っていない左手で、動けなくなったレオンの体を掴むと、そのまま持ち上げるミノタウロス。それだけの体格差があったものの、更に脅威だったのは、その筋力で。
ギュウウウウウ
「があ・・あああああっ」
ボキボキボキッ
まるで、レモンでも搾るように、レオンの体を片手で握り潰していくと、鉱山内に骨の折れる鈍い音が響き渡った。
「この化け物め!【黒炎】‼︎」
『・・・【岩壁】』
ゴウッ
詠唱を終えたゴンザの黒炎が、見事にミノタウロスを包み込んだかに見えたが・・直前に、生成された岩壁が、かまくらのように猛牛を守っていた。炎が消えると同時に岩壁も元の土に返り、息絶えたレオンが敵の手から人形のようにドサリと地面へ落ちた。
「こいつ・・魔法まで、使うのか⁉︎」
『魔法が、人間だけの専売特許とでも思ったか。【土槍】!』
ミノタウロスの肩に施されていた牛の魔導印が輝き、ゴンザの足下の地面が隆起し始め。
(無詠唱・・速い!避けるのが、間に合わん‼︎)
ドッゴオオオン!
地面から突き出した土の槍がゴンザを串刺しにする。あっという間に、二人の仲間を失い、かろうじて意識が残っていたジェイルが焦燥に駆られてしまう。
「クソ・・クソがッ!おい、ルーネ・・・何してやがる‼︎さっさと、俺を回復しろォ‼︎!」
「は・・は、はいっ!」
ルーネと呼ばれた奴隷少女が恐怖に打ち震えながらも、決死の形相をしているジェイルに突き動かされ、彼のもとへと走った。あるいは元聖職者としての本能が、そうさせたのかもしれない。
「フクネ!このままじゃ、あの人達・・全滅しちゃう‼︎」
「分かってる!分かってるけど・・」
繰り広げられる凄惨な状況を前に、アシュレイも気が動転しているようだった。助けてあげたい気持ちもあるが、敵は格上のジェイルさん達を全く寄せつけない強さだ。今の俺に太刀打ちできる相手なのだろうか?そんな逡巡を張り巡らせていると・・。
「【快癒】!」
パアアアアアッ
ルーネの神聖魔法が、見るも無惨な状態だったジェイルの腕を、みるみるうちに元へと戻してゆく。
『シスターよ。そんな外道にも、慈悲を与えるか』
「ひ・・っ!」
振り向くと、ゆっくりとミノタウロスが接近してきていて、ルーネの体は恐怖で硬直してしまう。
「こ、こんなところで・・死んでたまるかよおおッ!」
ドンッ
「きゃっ⁉︎」
するとルーネを思い切り、ミノタウロスの方向へと突き飛ばし、その隙に回復したジェイルは一目散に来た道を駆けて、引き返し始める。
『女子を見捨てて、自分だけ生き延びるつもりか。もはや、武人の風上にもおけぬ男よ・・情けない』
なぜか白のミノタウロスは、飛ばされてきたルーネには危害を加えず、その身を受け止めると、背中を見せたジェイルへ向かい、持っていた薙刀を勢いよく投擲した。
ドスッ
「ぐ・・えぇ」
その薙刀の刃は的確に、その身体を貫くと、ジェイルは声も出せず、俺らの前で倒されてしまう。その凄惨な最期に、思わずアシュレイと共に目を背けてしまうが、すぐに奴隷少女の安否が心配になり、戦場に視線を戻すと。
『見捨てられたとはいえ、貴様もあの男達の同胞なのだろう?ならば、死んでもらう。恨むなら、愚かな仲間を恨むがよい・・悲運のシスターよ』
「あ・・あぁ・・・」
首の十字架を握り、神に祈りを捧げる奴隷少女。それは、つまり“死“を覚悟したということだった。
「【火球】!」
ボウッ
ミノタウロスが彼女に手を伸ばそうとした、その時・・アシュレイの放った精霊魔法が直撃する。もちろん、ダメージは与えられていないようだが、完全に注意をこちらへ引きつけることには成功したようだ。
もちろん・・俺にとっては、予想外な急展開だったが。
『まだ、仲間がいたのか・・隠れてないで、姿を現すがよい!」
こうなってしまっては、透明化も意味をなさない・・俺は、大人しく全員分の【ブラフ・ビジョン】を解いた。
バチバチッ
「俺たちの存在は、バレてなかった。黙ってれば、やり過ごせたかもせれないんだぞ?」
「あの子が、あいつらみたいに殺されるのを黙って見てろっての?そんなこと、できる⁉︎」
「・・できない。だから、別に怒っちゃいないよ」
「アンタが、言いたいことも分かる。あまりに、無謀すぎだったよね・・ごめん。でも、体が勝手に動いちゃった」
本当は、俺も助けに飛び出したかったはずだ。だけど、姫様を守らなきゃならない責任や、自分の実力不足を言い訳にして、やり過ごそうとしてしまっていたのだ。だから、アシュレイの行動力には、怒りなどは感じなく、ただ純粋に尊敬の念を抱いていた。
(何やってるんだ、俺は!二年もかけて、修行したってのに。これじゃ、前いた世界のままじゃないか‼︎力が無いことを言い訳に、強い者から目を逸らし、自分の中の正義を押し殺す人生・・また、繰り返したいのか⁉︎明神福音ッ)
「フクネ・・大丈夫?」
戦う決意を固めると、不思議と足の震えは止まっていた。俺は、ゆっくりアシュレイの前に歩み出て、最凶最悪のミノタウロスと対峙するのだった・・。