第6話 意思を継ぐ者
奇襲を仕掛けたブンターが、【エレメント・シャッフル】で引き当てたのは[火の8]で、8個の大火球が不死竜に直撃するも・・・。
『いきなり、ご挨拶じゃないか。ブンター。それだけ、焦っているということか・・今ので、いくつの幸運を消費したんだ?』
驚いたことに、今度は不死竜が展開したバリアが、ブンターの全火球をシャットアウトしたのだった。
(不死竜に、あんなスキルは使えない。クザンが生成した魔法壁の効果か)
『こうして話すだけの為に、わざわざ【魂憑依】を使ってきたとでも思ったか?私の魔力と知恵が加わることにより、不死竜はより完全な召喚獣へと進化を遂げる。全ては、貴様を完全に抹殺する為だ!ブンター・サンライズ‼︎』
「アンデット相手に、火のエレメントを引いたのはツイてると思ったんだが。さすがに、お前をなめすぎていたようだ」
『その、どこまでも余裕の表情・・相変わらず、気に食わん男よ。次は、こちらの番だ!』
ゴウッと勢いよく息を吸い込むと、不死竜と一体化したクザンが、漆黒のブレスを吐き出して。
「アジリティーダイス・・ベット10!」
チャリーン(残運50)
吐き出された息によって、不死竜の前方一帯の木々が朽ち、灰と化していく。
ズズズズズッ
「がああっ!息が・・苦しいッ」
「このブレス・・猛毒を、発生させて・・がふっ」
その猛威は、周辺にいた帝国兵にまで及び、耐性の弱い者から続々と苦しみ悶えながら倒れてしまう。
「クザン殿!もう少し、力を抑えて下さい‼︎このままでは、我々も全滅してしまう‼︎!」
『役立たず共め。ブンターの相手は私一人で充分だ・・貴様らは、邪魔にならない場所まで下がっていろ!』
「くっ。撤退だ!後方まで、戦線を下げる!」
傍若無人な不死竜を、キッと睨み付けてから、指揮官は生存していた帝国部隊を逃亡させた。
「腐敗と猛毒をもたらす、暗黒のブレスか。強力な攻撃だが・・味方まで巻き込むのは、関心せんな。クザンよ」
『・・やはり、逃げ延びていたか。そうこなくては』
加速させたスピードで、ブレスの範囲外まで避難していたブンターが、無傷の姿で現れる。
(残る幸運も、あとわずか。いよいよ、潮時か)
チラリとブンターが山小屋に目をやると、微かに中から光が漏れ出ているのを見つけ、転移魔法が発動されたと、決して表情には出さず安堵した。
「では、私も・・最後の仕事に、取り掛かろうか」
『ふっ。さっき以上の攻撃が、まだ残っているのか?老いぼれ』
「それは、運命の女神次第よ。ここから先は、その名の通り・・一か八かの、大博打だからな!【サモン・フィーバー】‼︎」
チャリン、チャリーン(残運0)
ブンターは残る全ての幸運を賭けて、巨大なスロットを投影させた。そして、運命のリールが回り始める。
キイイイイン
その頃、転移魔法陣を発動させたフクネとアシュレイが転送されたのは、どこかの寝室のようだった。生活感はなく、ぴっちりとベットメイキングが施されている様は、元いた世界でのホテルの一室を連想させるほどで。
「ここは・・?」
すると、足下の床に描かれていた五芒星の魔法陣が消失してゆく。それは自分たちが乗ってきた地下の模様と、全くおなじものだった。
ガチャ
突然、俺たちのいる部屋へと入ってきた謎の中年男性に、咄嗟に腰の剣の柄を握り、警戒するアシュレイ。
「誰⁉︎」
「この宿を営んでおります、カークという者です。フクネ・ミョウジン様と、アシュレイ・ハルモニア王女・・で、ございますね?」
「ここ・・宿だったんだ。って、ことは!転移は、成功したってこと?」
「ここは、小鬼の森に一番近い町・・ストラーダです。そこの窓から、元いた場所が、見えるはずです」
宿の主人に教えられ、俺らは顔を見合わせてから、窓の外を覗き込む。すると、確かに森のような景色が、少し離れた場所に広がっていて。
「見て、フクネ!森から、煙が立ち昇ってる‼︎」
「あれ・・ドラゴンじゃないか?」
アシュレイの指差す煙の下に、ここからでも視認できる大きさのモンスターを発見する。それは元いた世界では、ドラゴンと呼ばれている架空の生物に酷似していた。
「こんな辺境の地に、ドラゴンですと⁉︎そんな馬鹿な・・ありえません!」
俺の言葉に、アシュレイよりも大きなリアクションを見せた店主が、自身も窓の外へと身を乗り出してくる。
「クザンの召喚獣だ・・アイツ、わざと私を逃がしたんだ。ブンターのところへ、泳がせる為に!」
「クザン・・ハルモニアを裏切った、かつての師匠の弟子か」
「私のせいだ・・私が、奴らを森の中には招き入れてしまった」
「アシュレイ・・」
深刻な顔を見せる姫に、先に声を掛けたのはカークさんで。
「ブンター様には、過去に色々と恩義がありましてな。もしも、あなた方が転移されてきた時には、丁重にもてなしてあげて欲しいと頼まれております。この部屋は滞在中、自由に使ってもらって構いません・・が、どうやら予想以上に深刻な状況のようですな」
「帝国部隊に加えて、クザンの召喚竜まで。あれじや、さすがのブンターでも・・」
同じように師匠の身は心配だったが、俺は冷静に状況を考えて、アシュレイを鼓舞する。
「師匠の心配は、後回しだ。この距離じゃ俺たちも、うかうかとのんびりしてられないぞ。ナビに、鉱山跡まで案内してもらって、早く砂漠に向かおう!」
「う・・うん。さすがのブンターでも、長距離の転移は難しかったんだね。まあ、転移させること自体が凄いことなんだけど」
俺が上着に潜んでいるナビを、呼び起こそうとすると、話を聞いてた店主が質問を投げかけてきた。
「旧鉱山地帯を、通るおつもりですか?」
「は、はい。そうですが」
「残念ながら現在あの場所は、辺境警備隊によって立入禁止区域に指定されております」
「えっ?本当ですか⁉︎」
「今、あそこはミノタウロスどもの巣窟となっていまして、数々の旅人たちが被害に遭ったことを重く見て、ついに辺境警備隊が封鎖を決定したのです」
「ミノタウロス・・」
すると今さら、ひょっこりと目覚めたナビが襟首から顔を出して。
「ミノタウロス・・牛人型のモンスターで、強靭な肉体と怪力を持ち、山岳地帯に好んで暮らしている。一体が、ボスゴブリン級の強さを持っているらしいから、今のフクネじゃ厳しいかもね」
「そういう嫌な情報だけは、すぐに検索してくれるよな・・ったく」
タイミングの悪いナビに呆れていると、アシュレイが店主に詳しい事情を聞き出してくれた。
「ビザン砂漠に行く他のルートは?」
「鉱山地帯を、大きく迂回するしかありませんが・・相当な距離を、歩かなくてはなりません。よほどの準備をして行かなければ、現実的ではないかと」
「そんな時間は無い。鉱山地帯を通るのは、本当に無理なの?」
「ふぅむ・・ギルドで、ミノタウロス討伐のクエストを受けた冒険者ならば、通行許可がおりるらしいのですが。B級以上の冒険者でなければ、そもそもクエスト自体を受けられませんので」
薄々、勘付いてはいたが、やはりこの世界は元いた世界でいうRPGの世界観に酷似しているようだ。詳しい情勢は知らないが、聞いたことある用語から大体の事情を把握し、俺は一つの提案をした。
「なら・・そのクエストを受けた冒険者に、俺たちが一時的に同行させてもらうパターンは?一緒に通らせてもらうことって、出来ないかな」
フクネ達が、足止めを食らっていた頃・・小鬼の森での激闘は決着し、帝国兵がブンターの山小屋を探索していた。
「ダメです!人っ子ひとり見当たりません‼︎」
「ちっ。やはり、奴が出てきたのはアシュレイ王女を逃す為の、時間稼ぎだったか」
「しかし、どうやって我々の包囲網を、気付かれることなく突破したのでしょうか?」
「そんなの知るか!透明化させるなり、空を飛ばすなり・・あのブンターなら、方法はいくらでもあるだろう」
「はあ・・しかし、ブンターも哀れな最期でしたね。よもや、自らの魔法で自滅するとは」
先ほどの戦闘を振り返って、帝国兵の一人が指揮官に言う。
ブンターが最期に使った【サモン・フィーバー】は、大成功すれば強力な召喚を実行できる高位の賭博魔法だったが、それ故にセーフティーベットが100と膨大であり、残っていた全ての幸運を賭したものの、結果は最悪の出目・・[死神]の絵柄を、揃えてしまった。
[死神]の絵柄が揃い召喚される【死神タナトス】は、術者に60秒後、必ず命を奪い取る呪い【死の宣告】を施すと、ブンターの頭上に[60]の数字が浮かび上がり、カウントダウンが開始されたのだった。
しかし、自らの手で彼を仕留めたかったクザンは激昂し、熾烈な攻撃を繰り出すものの、死神の運命には逆えず全てのダメージは無効化されてしまう。そういう意味では、弟子に殺されるという最悪の結末を避けたという幸運には恵まれていたのかもしれない。
死の間際、ブンターはクザンへ二言、三言メッセージを送ってから、最期の最後に「すまなかった」と、かつての弟子へ謝罪の言葉を送ると、60秒のカウントダウンが終わり、この世から去っていく・・。
「すまなかった・・か。孤児であるクザン殿の資質を見極め、養子として一流の魔導師として育てあげたらしいが。そのせいで、クザン殿の人生が大きく左右されたのも、また事実。最期に、そのことを償いたかったのかもしれんな」
「肝心のクザン殿には、届かなかったようですけどね。腹いせに、各地に散らばるブンターの弟子たちも根絶やしにしてやると、息巻いておられましたし」
「それだけ、積もるものがあったのだろうよ。常に、優秀な師と比べられてきたのだ・・その気持ちは、分からないでもない。まあよい、ブンターは死んだ。我々が今すべきは、アシュレイ王女を見つけ出すこと。まだ、遠くへは行っておらぬはず!森から周辺地域まで、虱潰しに探し出せ‼︎」
「はっ!かしこまりました‼︎」
バサッバサッ
王女の探索を捜索隊に任せ、不死竜は空を経由し、ハルモニア城へと先に帰還していて。
(何という、呆気ない幕切れ・・拍子抜けも、良いとこだ。死ぬまで、のらりくらりと躱しおって。どこまでも、忌々しい男よ)
そんな怒りとは裏腹に、脳裏に浮かぶのは孤児院で初めてブンターに出会った頃の思い出で・・クザンの心に、言い表せない複雑な感情が渦巻くも、強引にそれを振り払ったのだった。
「・・!」
「どうしたの?急に、空なんか見て」
「あ、いや。何となく・・気配を感じて」
「ちょっ、怖いこと言わないでよ!それより、ここじゃない?噂の冒険者がいる、カジノって」
ストラーダのギルドに立ち寄り、情報収集した俺たち。運が良いことに、ちょうどミノタウロス討伐のクエストを受けたという旅の冒険者がいると聞き、無理を言って居場所を教えてもらったのだが。
「よりによって、カジノか。これぐらいの規模の町にも、あるもんなんだな」
このストラーダの町は、数時間で全体を回れるほど小規模な集落だったが、武器屋やギルドなど施設は豊富に揃っているのが特徴的で、まさかカジノまであるとは驚きだった。
「町カジノが、庶民の間で流行ってるって噂は聞いてたけど・・実際、入るのは初めてだわ。緊張してきた」
ワクワクしながら、小さなカジノの中へ入って行こうとしたアシュレイだったが、あっさりと受付の人に止められて。
「悪いが、お嬢ちゃん。ここから先は、子供は立入禁止なんだ」
「こ、子供ぉ⁉︎」
確かに17歳は子供の年齢だがアシュレイの場合、小柄で幼い見た目のせいで、より年下に見られたのだろう。
「残念だったな。俺が一人で行ってくるから、お子ちゃまは宿でお留守番してなさい。はっはっは」
「あぁん?アンタも、大して変わんないだろうが!おい、待て‼︎」
外で吠えている子犬ちゃんに、ひらひらと手を振りながら、俺は単身、カジノの中へと足を踏み入れる。止められなかったということは、大人と認められたのだろうか。それとも、老けて見られただけなのか・・まあ、細かいことは気にすまい。
カジノの中は、何台かのテーブルにカードゲームの台や、ルーレットの台があるくらいで、スロットマシンなどのハイテク機材は見当たらなかった。それでも、中は地元民から旅人たちから賑わっていて、町カジノが流行っているという噂は、本当だったのだなと痛感する。
(姫様の機嫌を損ねないうちに、早いところ冒険者を見つけないとな。ギルドのお姉さんいわく、派手な鎧を着てるから、すぐ分かるって話だったけど・・)
「くっそ!また、負けた‼︎イカサマしてんじゃねえか?このカジノ」
情報通り、一際派手な鎧を身に付けた男が仲間数人とルーレットに興じていた。見た感じ、クラスの一軍男子のようなチャラ男集団で、元いた世界で会っていたら、絶対に見て見ぬふりをしてやり過ごす人種であり俺は声を掛けるのを一瞬、躊躇ってしまう。
「あん?なに、ジロジロ見てんだよ」
幸か不幸か挙動不審だった俺に気付いて、あちらから声を掛けてきてくれたので、思い切って話を切り出してみることに。
「あなた達が、この町のギルドで、ミノタウロス討伐のクエストを受けたという・・一流冒険者の皆様方でしょうか?」
極力、気に障らないように言葉を選んで尋ねてみると、悪い気はしないといった表情で、すぐに返事をくれた。
「まあ・・そうだが。それが、どうかしたのかよ?」
「突然なんですが、そのクエストに同行させていただきたいんです。可能でしょうか?」
「なんだ、お前。冒険者でも、目指してんのか」
「いえ。正直に、お話しますと・・ビザン砂漠へ向かう為に、どうしても鉱山地帯を通りたくて」
「ふん。つまりは、俺らを通行証がわりに利用しようって腹づもりか」
「もちろん、タダでなんて言いません。微力ですけど、ミノタウロス討伐のお手伝いだってさせていただきます!」
「手伝いねぇ・・ついてくるのは、お前一人か?」
「いえ、もう一人いますけど・・そっちは俺の妹で、一般市民でして。戦闘は、アテにならないかと」
アシュレイは多少の剣術や魔法の心得はあると言っていたものの、さすがに姫様を危険な前線に出すわけにはいかない。正体を隠す意味も含めて、俺は咄嗟に妹という嘘をついた。
「・・ゴンザ。見れたか?」
金髪のリーダー格と思われる騎士鎧の男が、後ろに立っていた仲間の丸坊主の男に話しかける。見ると、その男の目は見覚えのある輝きを放っているではないか。
(【観察眼】のスキルで、俺のステータスを覗いてたのか。いつの間に・・)
「レベルは21。初期の精霊魔法を使う魔導師だ。魔導師にしてはタフな身体能力を有しているようだが、特筆すべき特徴は見当たらない。凡百な冒険者だな」
覗き見た俺のステータスを、リーダーに報告する丸坊主の男。ローブを着てることから、この男も同じ魔導師なのだろうか?
「微力すぎる。ミノタウロス討伐の推奨レベルは、最低で30。お前じゃ、手伝われても足手まといになるだけだ・・よって、その交換材料じゃ連れて行けないな」
(偽情報が、裏目に出たか。参ったな)
ここに来る前、俺はサポート・トリックの一つ【ブラフ・ビジョン】を使用して、ステータスの改ざんを行なっていた。
【ブラフ・ビジョン】とは、10の幸運を消費して偽りの視覚映像を相手に見せる魔法である。俺のカンストした幸運値は、この世界では異常なことらしく、下手に知られてしまえば悪用しようと、よからぬ輩が近寄ってくる可能性がある・・と、師匠が教えてくれたのが、この魔法で、他の冒険者と遭遇する機会があれば、必ず事前に使っておけと念を押されていたのだ。
とはいえ、改ざんしたステータスは、幸運値の数値を妥当な数字に、賭博魔法の部分を精霊魔法に変えただけだが。格上の魔導師まで欺くあたり、この魔法の効果の凄さが伺える。確かに、あからさまに悪用しそうな連中なので良かったが、戦力外通告されるとは。
「なら、逆に・・希望の条件を、提示してもらえますか?」
「・・そうだな。見ての通り、ルーレットで負けがこんでてな。その補填分、一人10万イェン用意してくれば、同行させてやってもいいぞ」
「10万イェン⁉︎いや、二人分だから・・20万イェン?」
[イェン]とは、この世界の共通通貨らしく、その価値をよく理解してるわけではないが、師匠が旅の資金にと渡してくれたのが3000イェンだったことを考えると、20万イェンがどれほどの大金なのかは、大体の想像がついた。
「おいおい。さすがに、それはふっかけすぎなんじゃないか?」
「ふっかけてるんだよ。こいつらを連れて行くメリットなんざ、俺たちには無いんだからな」
この中では比較的、良識的にみえるゴンザさんが苦言を呈してくれたが、その額は覆りそうになく。
「・・20万イェンを用意できれば、クエストに同行させてくれるんですね?」
「期限は、明朝までだ。すぐに、出発するからな」
「分かりました。なるべく早く、準備してきます」
「随分、余裕だな?実は、金持ちのボンボンだったりするのか・・いや。だったら、馬車でも何でも手配してるか」
「はい。手持ちのイェンは、3000だけです」
「じゃあ、どうすんだよ。誰かから、借金でもしてくる気か?それとも、カジノで一獲千金でも狙ってみるか⁉︎ハハッ」
男の挑発的な言葉に、俺は意味深な笑みで返すと、そのままメダル交換所へと歩を進めていった。
「アイツ・・マジで、カジノで勝負する気か⁉︎」
後ろでザワつき始める男たち。すると、ナビが周囲に聞こえないくらいのボリュームで、服の中から俺を呼び止める。
「フクネ!熱くなってない?それ、大切な旅の資金なんでしょ。もし、負けちゃったらどうするのさ⁉︎大体、ギャンブルなんて嫌いって、あれほど言ってたのに」
「嫌いだよ。だから、確実に勝たせてもらう」
「確実に・・もしかして、自分の幸運値に自信を持ってる?」
「いや。それだけじゃ、不確定要素が多すぎる」
あみだくじや、ジャンケン・・あらゆる“運”を、必要とするゲームを試してみたが必ずしも毎回、良い結果が生まれるわけではなかった。ここぞという場面じゃないと、幸運値の効果が発揮されないのかなど色々と考えてみたが、明確な答えは得られずじまいで、ここで頼るには、あまりにリスクが高い。
「じゃあ・・どうするのさ」
「【スタンダード・ベット】を使う。これなら、確実に勝てる」
「それも、サポート・トリックとかいう魔法の一つかい?」
「ああ。この魔法は賭博魔法に賭ける幸運を、運が必要とされる日常の事象に応用できるんだ。100の幸運を賭けることで、最高の結果が確約される」
「それは、便利な魔法だけど・・つまりは、イカサマってことだよね。バレたら、ヤバくないかい」
「そこは【ブラフ・ビジョン】も併用して、魔法のエフェクトも見えないように細心の注意を払うさ。幸い、町カジノだけあってセキュリティーも甘そうだし」
イカサマを使うのは罪悪感があったが、事情が事情なので背に腹は変えられない。一度だけと思って、割り切ることにした。
「2枚、チェンジで」
全財産をメダルに変えて、俺が挑んだ勝負はトランプの“ポーカー”だった。一応、ルールも確認してみたところ、元いた世界と全く同じルールだったことを考えると、もしかしたら過去にも俺のような転移者が現れて、向こうの文化を広めたのかもしれない。
とにかく勝手知ったるゲームなのには、まず安心した。そんなに“ポーカー”に詳しいというわけでもないが。ルーレットの一点賭けも考えたが、出来るならば一発で3000を20万以上に増やしたいと思い、役の強さによって倍率が上がる“ポーカー”を選ぶ。何度も続けて勝てば、それだけ怪しまれて、イカサマがバレてしまう確率も上がるからだ。
「勝負しますか?」
一度だけ可能なカード交換を終えた俺に、タキシードを着たダンディーなディーラーが最終確認を行う。
コクリと静かに頷き、俺は更に賭け金を上乗せし、持ち金である3000イェン全てを、この勝負に注ぎ込んだ。そして、誰からも気付かれることなく、俺の身体から【スタンダード・ベット】と【ブラフ・ビジョン】の対価である110の幸運も放出される。
先ほどの冒険者たちも、気になって集まってきたようだ。躍起になって、全財産を使い果たす俺を嘲笑いにでも来たのだろう。
「では、私から・・フルハウスです」
ディーラーの揃えた役は、ワンペアとスリーカードの組み合わせ・フルハウス。さすがはプロ、本来ならば十分すぎるほどの強い役だ。実際、他にも何人か参加者がいたが、ほとんどが勝てる役すら作れずに賭け金を失っている。そして、俺がカードをオープンする番が回ってきた。
「・・ロイヤルストレートフラッシュ。確か、倍率は100倍でしたよね?」
「な・・っ⁉︎」
“ポーカー”最強の役に、その場にいた全員が我が目を疑うように俺の手札を覗き込んでくる。
(さすがに、一発勝負で最強役は目立ち過ぎたか?とはいえ、一気に20万へもっていくには、ここで出すしかなかったからな・・)
「ロイヤルストレートフラッシュなんて、私の生涯ディーラー人生でも、片手で数えられるくらいしか、お目に掛かれてないというのに・・信じられん」
「おいおい。まさか、イカサマとか言い出さねーよな?例え、そうだったとしても、それを見破れなかったアンタが、ディーラーとして無能だったと言ってるようなもんだぜ?」
怪しくなってきた雲行きに、まさかの援護射撃をしてくれたのは冒険者の騎士だった・・と、よく考えれば、この稼いだイェンは丸々自分のものとなるのだから、擁護するのは当たり前か。
「いえ、お客様に怪しい素振りは見受けられませんでした。きっと、よほどの豪運をお持ちなのでしょう・・おめでとうございます」
「え・・あ、ありがとうございます」
そして、ディーラーさんは俺のところへ、100倍の30万となったメダルを振り分けてくれて。
(よし!【スタンダード・ベット】成功‼︎1メダルが、まんま1イェンのレートだから、これで20万を渡しても、旅の資金まで残るぞ!)
そして、無事に換金を終えた俺は、その足で彼らのもとへと赴き、契約金の20万イェンを渡す。
「確かに、受け取った・・で、どんなイカサマを使ったんだ?」
「へっ⁉︎」
ちゃっかり、金額を確認し終えた騎士の男が、核心を突いた一言を放ってきた。見た目に反して、なかなか鋭いところがあるようだ。
「全財産を賭けた一発勝負で、ロイヤルストレートフラッシュ?普通に考えれば、裏があると思うだろ。さっきは金欲しさで、庇ってやったけどな」
「はは・・企業秘密って、ことで。昔から、手先だけは器用なんですよ」
「ふーん、そっち系の技か。いっそ、ギャンブラーにでも転身した方が、稼げるんじゃないか?まあ、いいけどよ」
本当は、ただただ“運の力”なんだけど。思った以上に、効力が高いのには良い意味で驚いた。あまり、悪いことに使ってしまうと、すぐにボロが出てしまうかもしれない。今後は、気を付けよう。
「本当に、連れて行く気かよ?」
今日、初めて声を聞いた最後の騎士の仲間、身軽な軽装ながら引き締まった筋肉が印象的な短い銀髪の男が、あからさまに迷惑そうな態度を示す。
「同行させるだけで、20万イェンだぞ。こんな、ボロい話はないだろ?まあ、いいじゃねーか」
「全く、お前という奴は・・金と女には、とことん弱いな」
「それは、自分でも自覚してる。ハッハッハ!」
大歓迎とはいかないようだが、何とか同行するのは決定したらしい。これで、鉱山地帯を通ることが出来る。ひとまず、第一関門突破といったところか。
「んじゃ、まずは自己紹介でもしておくか。俺は、ナイトのジェイル。レベルは38・・一応、このパーティーのリーダーだ。んで?」
ジェイルさんが後ろに目配せすると、仲間の二人も渋々と自己紹介を始める。
「魔導師のゴンザだ。レベルは36・・魔導印には、暗黒魔法を記録させている」
「・・武闘家のレオン、レベル37だ」
さすがはB級冒険者たち。全員、レベルは40間近・・性格はともかく、戦闘面では頼りにしても良さそうだ。
「じゃあ、俺も改めて・・レベル21の魔導師。ミョウジン・フクネです。魔導印には、精霊魔法を記録してます。短い間ですが、よろしくお願いします!」
「知ってるっつーの。明朝、ストラーダのギルドに集合だ。遅れたら、問答無用で置いていく。いいな?」
「は、はい!分かりました‼︎」
「良い返事だ。んじゃ、今日は帰って良し!俺らは、この金でもう一勝負していくからな!ケッケッケ」
(本当、性格は騎士とは程遠いな。この人・・)
ペコペコと頭を下げながら、カジノから出て行く青年魔導師を見送って、改めてレオンがジェイルに尋ねた。
「・・で、本当はどういう魂胆なんだ?二人も、お荷物を守りながら討伐できるほど、ミノタウロスは甘い相手じゃないだろ」
「守ってやるなんて、契約内容には含まれてねーだろ。一緒に中に入ったら、そっからは自己責任だ。自分の身は、自分で守ってもらう」
「ふっ、鬼畜だな。生きて、通過できると思ってるのか?」
「知るかよ。大した実力も無いのに、危険な地域に立ち入ろうとする方が馬鹿なんだからな」
ジェイルは悪い笑みを浮かべながら、手に入れたばかりの20万イェンを手に、メダル交換所へと向かったのだった・・。
「お帰りなさいませ。フクネ様」
カークさんの宿屋に戻ると、入口ロビーの待合いスペースで彼女は待ち構えていた。
「やっと、戻ってきたか。それなりの成果は、得られたんでしょうね?」
「色々、手間は掛かったけど・・何とか、同行する約束は取り付けられた。明朝一番に、出発する」
「へぇ〜。意外と、すんなり話が運んだね。どんな人達だった?そのB級冒険者の連中は」
「正直、良い人たちだった・・とは、まだ言い切れないかな。クセは強いけど、こっちは選べる立場じゃないしな」
「まぁ、確かにね。でも、クセが強いのかぁ・・何事も、なければいいけど。あ!そうだ、アンタの持ち物が光ってたんだけど」
思い出したようにアシュレイが取り出したのは、師匠に渡された謎の袋だった。宿の部屋に置いてきたのだが、彼女が言うように中から光が漏れ出ている。それを渡された俺が、その場で中身を取り出すと・・綺麗な紫色のクリスタルが、入っていて。
「何だ、これ?売って、換金しろってことかな」
「それ・・魔晶石じゃない?」
「魔晶石?」
「映像を記録できる希少な魔石よ。ちょっと、手に持ってみて」
言われるがまま、魔晶石を握ってみると、それが映写機のように立体映像を投影し、師匠の姿が現れた。
「ぶ、ブンター様⁉︎」
「違います。これは、ブンターが記録していた過去の映像です」
カウンターで驚きの声を上げたカークさんに、冷静な説明をして落ち着かせるアシュレイ。師匠が、何かの伝言を俺らに残していたということか。
《驚かせていたら、すまない。これは、事前に記録しておいた過去の私の映像だ。この魔晶石は、私の生命力が尽きたのを感知して、再生できるようになるよう細工を施しておいた》
「⁉︎」
《そう。つまり、この映像を見れているということは・・十中八九、私は死んでしまっているということになる。かつての大賢者も、老いには勝てなかったということだ》
「師匠が・・死ん・・・だ?」
俺たちの動揺もよそに、淡々と記録された映像は続いていく。
《不甲斐ない師匠で、すまない。最後まで、賭博魔法を伝授できなかったのは心残りではあるが、基本的な知識は全て教えておいて良かった。あとは、経験を積むことで自然と上位魔法も使えるようになるはずだ》
「師匠・・・」
《現段階でボスゴブリンを単独撃破してみせたんだ。外の世界でも、十分にやっていけるはず・・ここから先は、自由に自分の生きたいよう生きるといい。ただ一つ、我儘を言わせてもらえるなら、しばらくの間で良い。アシュレイ王女の杖となってあげては、くれまいか》
チラリと横の姫様に目をやると、声を出さないように我慢しているものの、小さな瞳からは涙の粒が流れているのが分かった。
《アシュレイ王女は一見、気が強そうにはみえるが、非常に寂しがり屋でな。そして、優しい心を持ったお方でもある。私は、フクネを息子のように育ててきたつもりだが、アシュレイ王女もまた娘のように接してきたつもりだ・・おこがましいが。だから、助けてあげて欲しい。せめて、反攻の仲間が集うまでの間だけでも》
「ブンター・・」
《そして、姫様。もし、一緒におられるのでしたら、ご安心を。そこにいるフクネは、いずれは世界最高の魔導師にもなれるほどの才能を秘めている男。私など居なくとも、必ずや姫様を守り抜いてくれることでしょう。ですから、どうぞ信頼を置いてあげて下さい・・彼は、私の意思を継ぐ者だと思って》
バチバチッと映像が途切れ始める。記録できる時間にも、限界があるのだろうか。
《これだけ言ったら、私のお願いも断りづらくなっただろ?フクネ。少々、卑怯だったかな。ははっ》
「・・はは。ホントですよ、まったく・・」
《頼んだぞ、フクネ。私の最後の弟子・・息子よ》
「!」
ブツン!
師匠の映像は、完全に途切れ・・魔晶石も、輝きを失っていく。そして、残された俺たちの間には、しばらく沈黙の時間が流れたのだった。