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第5話 師匠と弟子

「う・・ん?」





アシュレイが目を覚ますと、そこは見知らぬ山小屋のベッドで、暖炉に着けられた火は疲れた体には丁度良い暖かさであった。





「お目覚めになられましたか。姫様」





聞き覚えのある声に、彼女は急ぎベッドから飛び起きた。





「ブンター!」



「フクネが、姫様を抱きかかえて戻ってきた時には、肝を冷やしましたぞ」



「フクネ・・?」




見ると、ブンターの後ろのキッチンで、先ほど自分を助けてくれた男がエプロンを着用して、何やら鍋と格闘しているようで。





「フクネ・ミョウジン。私が、新しく取った弟子です。自己紹介も、済ませてなかったのですね」



「はは・・その前に、私が倒れちゃったんだ。丸2日、何も食べずにここを目指してたから」



「なんと!たった一人で、ここまでやって来たのですか⁉︎」



「途中までは、馬に乗ってだけどね。さすがに、この森は危険そうだから、入口で逃してあげたけど」



「そこで、運悪くボスゴブリンに遭遇してしまった・・と」



「途中のザコとの戦闘で魔力は使い果たしちゃったし、剣は効きそうにないし。マジで、ヤバかったんだから!たまたま、お弟子さんが近くにいてくれたから良かったもののさ」



「ふっ。姫様の悪運が強いのか、フクネの幸運が足を向かわせたのか・・何しろ、ご無事で何よりです」



「ご無事か・・確かに、私は無事だったけど」





急に神妙な面持ちになるアシュレイに、ブンターは核心を突く質問をぶつける。





「やはり・・ハルモニアに、何かが起きたのですね?」





するとタイミング悪く、後ろから間の抜けた呼び声が響いて。





「師匠!晩飯、出来ましたよ〜。言われた通り、三人分・・喉通りの良さそうなもの」



「アンタねぇ・・少しは、空気ってものを読めないの⁉︎」



グゥ〜





部屋中に響き渡った自分の腹の虫に、王女は顔を真っ赤にして俯いてしまう。笑いを堪える弟子とは対照的に、ブンターは優しくアシュレイに語りかけた。





「まずは、腹を満たしましょうか。話はそれから、ゆっくりと」



「で、でも!」



「フクネの料理は、斬新なものばかりですが絶品ですよ?さ、参りましょう」





渋々、ブンターの手を取り、アシュレイは料理の並んだテーブルまでエスコートされた。チーズの芳醇な香りが鼻をくすぐり、余計に彼女の胃袋は刺激される。





「・・って、何これ⁉︎ペットのエサ?」





匂いで期待値が上がっていただけに、テーブル上に並んだドロドロの見た目のディナーに、落胆を通り越して怒りを覚える姫様。





「チーズリゾットだよ。見た目はアレだけど、騙されたと思って食べてみ?」




シングルマザーの家庭で育ったフクネは、自然と自炊する機会も多かったせいで、ネットのレシピから様々な料理にチャレンジするほどの腕前を誇っていた。チーズや米など、食材こそ元いた世界と似通っていたものの、手の込んだ料理になると、しばしば師匠にも同じような反応をされていて。





「聞いたことない料理ね。あなた、出身は?」



「えっと・・言っても、分かんないと思うぞ。多分」



「はあ⁉︎それ、私の知識量を馬鹿にしてんの?」





とても、さっきまで気を失っていたとは思えない勢いで詰めてくる少女に、フクネが困っていると、師匠が助け舟を出してくれた。





「姫様。フクネは、異世界人なのです。この森に、偶然転移して来たところを私が引き受けまして」



「異世界人⁉︎」



「私も、実際に異世界人と遭遇するのは初めてでしたので。最初は、戸惑っていたのですが。なーに、話してみれば、何ら私達と変わらない普通の人間ですよ。こうして、言葉も通じますしね」





実は転移された異世界人には、自動言語翻訳スキルがラケシスのサービスで与えられてるということを、フクネもだいぶ後からナビに教えてもらっていた。無責任な女神と思えたが、最低限のケアはしてくれていたらしい。






「ふーん。相変わらず、あなたも物好きね。見ず知らずの異世界人の面倒を見てるなんて」



「はっはっは!フクネを弟子にしたのは、ただの酔狂ではありませんよ。彼に才能を感じたからこそ、私の魔法を伝授したいと思ったのです」



「・・クザンにも、才能を感じていたの?」



「クザン?姫様、まさか・・⁉︎」





また、深刻な話題に突入しそうになったところへ、パンパンとフクネが二回手を叩いて、注目を集める。





「ほらほら!まずは、メシなんでしょ?せっかく作ったんですから、温かいうちに召し上がって下さい」





彼女の方は、不満そうな顔をしていたが、大人しくテーブルの席に着いてくれたブンターにならって、渋々ながら食事をする気になってくれたようで。三人が着席し、夕飯の挨拶を揃える。





「「「いただきます」」」



ぱくっ





小さな口で、恐る恐る俺の作ったリゾットを頬張った彼女は、それを味わうなり、目をまんまるにした。




「うまっ!こんな見た目なのに、何で⁉︎」



「だから、言ったでしょう?フクネの料理は、絶品だと」



「魔導師より、料理人を目指したほうが良いんじゃない?わりと、マジで」





その後、散々文句を垂れていた彼女は、あっという間に俺の作ったリゾットやサラダを平らげてくれた。まあ、腹を空かせてたというのもあるんだろうが、料理人としては気持ちいい瞬間だ。





「ごちそうさまでした。はー、生き返った!」





さして膨らんでもいない自分のお腹をポンポンと叩きながら、満足そうな表情を浮かべる彼女。一国の姫とは教えてもらってはいたが、気品とかとは無縁なようだ。





「お粗末さまでした。んじゃ・・話の続き、どうぞ」





空いた食器を回収しキッチンへ向かうと、背後から衝撃的な一言が聞こえて、俺はつい足を止めてしまう。





「ハルモニアが・・私の国が、帝国の手に落ちました」




それから、彼女はポツリポツリと絞り出すように、今までの敬意を話し始める。その話を、キッチンで後片付けしながら、俺も聞き耳を立てていた。








「そう・・でしたか。さぞ、お辛かったでしょうに。よくぞ、ここまで頑張りましたね」



「お父様と、シーダが私に言ったの。お前は、ハルモニアの最後の希望だ!だから、生きろ・・って」



「私の監督不行届きでした、申し訳ありません。よもや、あのクザンが帝国を手引きする愚行に走ろうとは」



「ブンターのせいじゃないわ。自分を、責めないで?」



「クザンは孤児として育ったせいで、昔から少々承認欲求が強いところがありました。それが野心に変わる日が、いつか来るのではないかと、危惧していたにも関わらず・・十席の地位も、魔法大臣という役職も、全てを押し付けて私は去ってしまった」



「城の人たちも、みんな彼にブンターの代わりを期待していた。誰も、クザン・ガンカリオスという人物を見ていなかったのかもしれない・・そういう意味では、私達だって同罪よ」



「姫様・・」





しんみりとしたムードに、俺はたまらず意見を差し挟んでしまう。




「だから、国を乗っ取ったってのか?そんな奴、ただのワガママ野郎だろ!同情する余地なんて、あるもんか‼︎」



「あなた・・聞いてたの」



「どうするんです?師匠。もちろん、手を貸してあげるんですよね?」




テーブルに戻って、師匠に詰め寄ると、至って冷静な態度で返事が返ってくる。





「無論だ。ただ、さすがに私一人の力では荷が重い。レジスタンスの力を借りよう」



「レジスタンス・・ですか?」



「ハルモニアのように、帝国から侵略を受けた国々の残党兵たちが集結して、反撃の準備を進めていると聞いたことがある。その者たちならば、少なからず協力は仰げるだろう」



「それは、頼もしいですけど・・そういう組織って、秘密基地とかに身を隠してたりするのでは?どうやって、合流するつもりなんです?」





すると師匠はニヤリと笑って、視線の先に喋る百科事典ウィキペディアの姿を捉えた。そう、暖炉の前で丸くなるナビの姿を。








「言っておくけど、僕だって世界のことわり全てを把握できるわけじゃないからね。大した情報が得られなくても、文句は受け付けないよー」



「いいから、さっさと調べてみてくれ」





軽い溜め息を吐いて、バクアスターのネットワークにリンクを開始する魔法生物。未だに謎の多い生き物だが、スマホもパソコンも存在しないこの世界では頼りになる。





「ねぇ、ブンター。この魔法生物、正体わかる?」



「うーむ。特徴的には伝説の生物・カーバンクルに近いと思われますが、彼自身も自分の正体を理解し切れてないようでして。何とも、言えませんな」



「世界の情報は網羅してるのに、自分の正体は分からないのね。ホント、変な生き物」





師匠と姫様が会話してる間に、しばらく目をつむっていたナビが、カッとまぶたを開けて。





「検索完了。レジスタンスの潜伏場所が、特定できたよ・・大体だけどね」



「はやっ!それで、その場所は?」



「ここから、南西。中央大陸にあるビザン砂漠・・の、どこか」



「どこかって、アバウトだな」



「大体って、言ったでしょ。これでも、頑張った方なの!」





その報告を聞いたブンター師匠は、近くの棚から古びた世界地図を取り出し、テーブルの上に広げる。





「ビザン砂漠か・・確かに、身を潜めるにはもってこいの場所だ。ここから向かうとなると、旧鉱山地帯を通るのが最短ルートだな」



「その情報、信じるの?」



「今のところ、すがれる手掛かりはこれだけですからね」





怪しむアシュレイに、ナビが皮肉混じりの一言をぶつける。





「信用できないなら、自分で調べてよね。これ結構、魔力マナを消耗するんだから」



「わ、分かったわよ!信じるってば。それで、出発は?今すぐ、行く⁉︎」





食事を済ませ、すっかり元気を取り戻したのか、やる気にみなぎるアシュレイを、師匠が穏やかになだめた。





「一晩、準備を整えて・・明朝に出発するとしましょう。夜は、モンスターの動きも活発になりますからな」



「昔から、慎重なんだから。ブンターは」



「ふっ。姫様が、大胆すぎるのです。それで、フクネはどうする?」





突然、師匠に振られ、俺は咄嗟に聞き返してしまう。





「どうする・・とは?」



「一緒についてくるか・・という意味だ。これは、危険な旅になるだろう。ハルモニアとは部外者であるお前に、無理強いは出来ないからな」



「俺も、行きます!危険な旅なら尚更、人手は必要でしょう?それに賭博魔法ギャンブル・マジックだって、全てを修得したわけじゃありませんし」





同行を立候補した俺に、姫様が釘を刺してくる。





「私はブンターさえ居てくれれば、十分なんだから。別に無理して、ついてくる必要ないわよ?」



「俺だって、別にアンタの為に同行したいわけじゃない。勘違いしないでくれよ?」



「はあ⁉︎」





危ないところを助けた俺へ、あまりにぶっきらぼうな態度を取る彼女に、ついつい語尾を荒げてしまうと、師匠が間に入ってくれて。





「まあまあ。本人が決めたことですから。それに、フクネが戦力になるのは、姫様も目の当たりにしたはずですが」



「それは・・まぁ、そうだけど」



「では、決まりだ。フクネも、今夜中に旅支度を整えなさい。なるべく、余計な荷物は持っていかぬように」








結局、気まずい雰囲気を残したまま、俺は自分の部屋に閉じこもってしまった。しかし、時間が経つにつれ、もしかしてあの言葉は彼女なりの優しさだったんじゃないかと思えてきて・・。





「このまま、旅立つのは・・さすがに、空気が悪いよな。仕方ない!」





大きめの独り言を呟き、俺はベッドから飛び起きた。その様子に、ビクッと部屋の隅にいたナビが反応して。



「謝りに行くのかい?」



「まあ、そんなとこだ。恥ずかしいから、俺なりのやり方で・・だけど」



「?」





キョトン顔のナビは放っておき、意を決して部屋から出ると、ちょうど師匠が外出しようとしていたところに出会でくわす。





「師匠・・こんな時間に、外出ですか?」



「フクネか。ちょっとばかり、見廻りをと思ってな。帝国兵が、ここを嗅ぎつけて来ないとも限らん」



「そう、ですね。俺も、同行しましょうか?」



「いや。万が一の事態に備えて、お前はここで待機しててくれ。それに・・姫様に、話したいことがあるんだろう?」



「はは・・さすが、師匠。何でも、お見通しですか」



「ふっ。お前のそういうところ、私は嫌いじゃないぞ。では、行ってくる」



「はい!お気をつけて‼︎」





お気に入りのフード付きマントを羽織り、すっかり暗くなった小屋の外へと足を踏み出す師匠。開けた扉から、夜の冷たい風が吹き込んできた。





バタン



(さて。こっちも作業に、取り掛かりますか)








それから小一時間が過ぎ、俺はアシュレイのいる小さな客室を訪ねた。部屋の扉を叩くが、なかなか返事が返ってこない。





(もう、寝ちゃったか?)



ガチャ



「・・なんだ。アンタか」





扉から出てくるなり、あからさまにガッカリしたような表情を見せる彼女。師匠だと思ったのだろうが、やはりさっきのことが尾を引いてるらしい。





「えっと・・さっきは、ごめん!強く言い過ぎた」



「な、何よ。急に⁉︎ブンターに、謝ってこいとでも言われたの?」



「自主的に、謝りに来たんだよ。お詫びといっちゃ、アレだけど・・ちょっと、作ったものがあるんだ。出てきてもらっても、いいか?」



「作ったもの?毒入りスープとかじゃないわよね⁉︎」



「そこまで、恨みを抱いとらんわ!さっさと、出て来いっつーの‼︎」



「ハァ・・わかった、わかった。てかさ、私が王女ってのは聞いてるはずだよね?全然、態度とか改める気ないんだね」



「何だよ。敬語とか、使って欲しいのか?あ、欲しいんですか?か」



「別に、いいわよ・・そのままで。珍しいから、聞いただけだし。どのみち、今の私は王女でも何でもないしね」



「・・・」





気の利いた言葉も掛けてあげられず、しばし無言のまま、食卓へと一緒に歩いていくと。





「あっ!作ったって・・ケーキ⁉︎」





テーブル上に置いてあった、ホールのショートケーキを発見して、目を爛々とさせるアシュレイ。





「リゾットは知らないのに、ケーキは存在するのか。この世界の線引きが、よう分からんな」



「アンタの世界にも、あるんだ?確かに、こっちのケーキより派手めだけど・・これは、これで美味しそうだね。うん」



「今、切り分けるから。座って、待ってて」



「はーい。でも何で、ケーキ?謝罪の時に、たべるもんなの。アンタの世界では」



「いいや。お祝いの時に、食べるんだよ。二日前、誕生日だったんだろ?17歳の」



「!」



「本当は、年齢分のロウソクに火を着けるんだけど、さすがに見当たらなくて。そこは、勘弁してくれな」



「・・すっかり、忘れてた。自分の誕生日なんて」





俺はナイフで八等分にしたケーキの一切れを小皿に移し、彼女の前にフォークと共に差し出した。





「まだ、食べるなよ?今、バースデーソングを歌ってやるから」



「いらんわ!恥ずかしい。どんな風習だ」



ぱくっ





俺の忠告も無視して、勝手にケーキを口に運ぶアシュレイ。





「ああっ!何だよ、歌う気満々だったのにさぁ」



「知らんっての。でも、味は美味いわ・・やっぱ、料理人目指したら?アンタ」



「アンタじゃなくて、フクネさんな!年下だろ?」



「・・え、アンタ年上だったの?いくつ?」



「えっと〜、この世界で二年が過ぎてるから・・19かな。二個も上なんだから、敬えよな」



「全然、年上に見えないんだけど。しかも、自分の年齢ぐらいスッと思い出しなさいよね」



「うっ。仕方ないだろ!修行漬けの毎日で、誕生日なんて気にしてる余裕なかったんだから」



「なんだ。アンタも、私と同じじゃない。それじゃ、一緒に食べようよ」



「お、祝ってくれんの?」



「ハイ、オメデトー」



「むちゃくちゃ、棒読みなんですけど⁉︎」



「・・ぷっ」





出会ってから、初めて見る彼女の笑顔。ぶっきらぼうな印象があった反動で、より魅力が増して感じた。





密かに帰宅していたブンターは、そんな二人の様子を覗き見て、ふっと微笑むと音を立てないように自室へと戻っていく。


こうして、彼女との距離を少し縮めることが出来た夜が明け、旅立ちの朝を迎えると、俺はけたたましい音で叩き起こされたのだった。





ブーッ!ブーッ‼︎



「な・・何だよ、この音」





まだ、覚醒しきってない意識で起き上がると、師匠が深刻な様子で部屋に突入してきて。





「フクネ、急いで準備を済ませろ。この森に、複数の人間が侵入した」



「複数の人間・・さっきの音って」



「私が昨晩中、森の入口付近に幾つか仕掛けておいた感知トラップが作動したんだ。人間の魔力にのみ反応する仕組みだから、ゴブリンでは無いだろう」



「帝国軍の追手?」



「そう考えるのが、妥当だろうな」



「くっ、分かりました!すぐに、準備を済ませます‼︎早く、ここから退出しましょう」



「残念だが、数からして、すでに周囲一帯を取り囲まれている可能性が高い。正攻法での脱出は、危険が高すぎる」



「そんな・・では、どうするんです⁉︎」



「地下の・・転移魔法陣を使おう」



「転移魔法陣?あの、鍵の掛かった部屋ですか⁉︎」



「そうだ。一度だけ、同じ魔法陣が書かれた場所へと、一瞬で運んでくれる。いざという時の為に、避難用として設置していたんだ」





自称魔法オタクというだけあって、師匠は賭博魔法ギャンブル・マジックだけに限らず、魔法陣などにも精通していた。この小屋を守っている破邪の結界や、先ほどの探知トラップなどが良い例である。





「凄い!一度だけなら、追跡されることもありませんし・・安全に、逃げ切れますね‼︎」



「ああ。ただ、ひとつだけ問題がある」



「問題・・何ですか?」



「転移魔法陣は、周囲の大量の魔力マナを消費する為、発動するまでに時間が掛かるんだ。転移する人数が多いほど、その時間は長くなっていく」



「そ、それじゃあ尚更、急がないと!」



「・・私が、その時間を稼ぐ。その間に、二人で転移しろ」



「は?何を言ってるんです⁉︎師匠を置いてくなんて、そんなこと出来るわけが・・!」



「弟子が、師匠の心配か?」



「もちろん、師匠の強さは知っています!けど、相手は大人数なんでしょう?もしかしたら、帝国の魔導師だっているかも・・」



「だからこそ私が一人で迎え撃つのが、結果的に全員の生存率を上げるんだ。まだ、全ての賭博魔法ギャンブル・マジックを修得していないお前では、複数の魔導師は手に負えないだろうからな」





師匠が伝承してくれた賭博魔法ギャンブル・マジックは、大きく分類して六つの魔法しか存在しない。もちろん、その六つは熟練度を高めることで様々な派生進化を遂げるらしいのだが。俺が現時点で使えるのは【サポート・トリック】、【バフ・ダイス】、【キングダム・シャッフル】の三つだけである。




「・・必ず、追いついてきてくれますよね?」



「無論だ。こう見えて、かつては世界の十傑に席を置くほどの魔導師だったんだぞ?そこらの魔導師に遅れを取るほど、腕は鈍っていないさ」



「分かりました・・師匠を、信じます」



「ありがとう。では、これを渡しておく。落ち着いた時に開けてみなさい。旅に役立つ物を、入れておいた」





そう言って師匠は、腰にぶら下げていた小さな皮袋を俺に手渡してくれた。大きさ的に非常食か、金貨か何かだろうか?とにかく大人しく、それを受け取ることする。





「ありがとうございます。あの・・師匠」



「まだ、何かあるのか?時間がない、話は手短かに頼むぞ」



「師匠は、こうなることを予見して・・わざと、出発日を今日にしたのでは?昨晩中に旅立っていたら、途中で追手たちと遭遇していたかもしれない」



「・・考えすぎだ。だが、その想像力は賭博魔法ギャンブル・マジックを使う上で、大きな武器になる」



「?」



「数こそ少ないが、上手く組み合わせることで戦術が無限に広がる。それが、賭博魔法ギャンブル・マジックの真髄だ。それを、忘れるな?常に イメージは柔軟に、だ」



「は・・はい!」





何か、上手くはぐらかされた気もするが、俺は師匠を信じて旅支度を急ごしらえし、アシュレイを迎えに行った。








そして、十数分後・・すっかり、フクネたちのいる山小屋は帝国兵の軍勢に取り囲まれていて。





「ブンター・サンライズ!そこにいるのは、分かっている・・大人しく、出て来い‼︎」





追手たちのリーダー格らしき中年騎士が、代表して小屋に向かい叫ぶと、ほどなくブンターが中から姿を現す。





「人の家の前で、騒々しい連中だな。常識というものを、知らんのか?」



ざわ・・ざわ・・





バクアスターの人間ならば、誰しもが名前を知っている大魔導師の登場に、帝国の追手たちもザワつき始めた。





「本物なのか?あれが、十席最強と呼ばれた魔導師・・天下の大賢者か」



「聞けば、複数所有している魔導印それぞれにマスタークラスの魔法が記録されているとか。見た目は、冴えないジジイだが油断するなよ?」




コソコソと噂話を始める帝国兵たちに、ブンターは呆れ顔で肩をすくめる。





(ざっと見回して、30〜40人といったところか。騎士と魔導師が、半々の編成・・随分と、私を過大評価してくれてるようだ)



「大人しく、アシュレイ・ハルモニアを引き渡せ!そうすれば、貴様に危害は加えない‼︎」



「はて?何の話かな。この小屋では、私一人でささやかに暮らしているんだが」



「とぼけても、無駄だ!奴の足取りは、掴めている。まあ、いい・・どのみち、クザン殿からは貴様もまとめて始末しろとのご命令でな。悪いが、問答無用で死んでもらうぞ」





仰々しく男が手を挙げると、周囲の魔導師たちが一斉に火球を創造し、ブンターへと放出した。





「やれやれ・・王も王なら、兵も兵か。【リアクティブ・ルーレット】!」





ブンターが太陽の魔導印を光らせると、鏡のようなパネルが複数枚、彼の周囲を取り囲む。





ボボボボボッ





次の瞬間、帝国の魔導師軍団から放たれた火球の雨がブンターに直撃した。


しかし、火球に当たったパネルが、それぞれ特殊なマークを浮かび上がらせると、ある火球は反射して帝国兵へと弾き返され、ある火球は完全に消失され、ある火球は吸収されてブンターの幸運値ラックに変換された。





「ば、馬鹿な・・あれだけの魔法攻撃をくらって、全くの無傷だと⁉︎」





【リアクティブ・ルーレット】とは、術者の周囲にルーレット型のバリアを展開させ、敵からの攻撃を受けることで、それぞれ異なる特殊効果を発動し、無力化させる自己防衛魔法であった。


失敗ファンブルは存在しないものの、バリアに攻撃が当たる度に10の幸運値ラックが自動的に引き落とされていくもので。





(残りの幸運値ラックは、120か。吸収効果も何度か発動したものの、だいぶ消耗してしまったな)





しかし、何発か跳ね返された火球を被弾したことで、敵兵の戦意もまた明らかに低くなっていた。





「やはり、老いても魔法の腕は衰えていなかったか・・大賢者ブンター」



「それに、さっきの魔法は何だ⁉︎あんなもの、見たことがない!」





動揺が広がる帝国軍に、好機を見出すブンターだったが・・その時、天空から大きな翼の音と共に禍々しい巨龍が出現する。





『うろたえるな!今の奴は、身を守れる程度の精霊魔法と、廃れた賭博魔法しか使えぬ老いぼれだ。恐れることなぞ、何もない‼︎』





いきなり、降臨し人語を喋る災厄級のモンスターの登場に、パニックに陥る帝国兵を、指揮官が落ち着かせた。





「落ち着け!このドラゴンは、我々の味方・・クザン殿の召喚獣だ‼︎」




(召喚した不死竜ドラゴンゾンビに、【魂憑依ソウル・トランス】で自らの意識を移しているのか。クザンめ・・あの時から、また召喚魔法の極みへと近付いたようだな)




不死竜ドラゴンゾンビの着地が起こす風圧が周囲に広がり、ほとんどの帝国兵が身を屈めて耐えている中、ブンターは冷静に、かつての弟子の姿をそこに見ていて。








ゴゴゴゴゴゴ・・・





一方、地下ではブンターから預かった鍵で地下室の扉を開こうとしているフクネがいた。傍らには、響いてくる地鳴りに外の様子を案じているアシュレイも一緒で、二人は足早に旅立ちの準備を済ませてきたようだった。





「本当に、ブンターは大丈夫なの⁉︎敵は、大勢いるんでしょ?」



「大丈夫。きっと、後から追い付いて来てくれる・・そっちの方が、師匠の強さは知ってるはずだろ。だから、ここに来たんだから」



「そうだけど・・第一線を退いたブンターは、所有していた魔導印のほとんどを弟子たちに継承してしまってる。全盛期ほどの魔法は、もう使えないのよ」





魔導印とは、普通に魔法の素養のある者ならば通常は単一の魔法体系しか記録できない一つしか所有できないらしいが、稀に複数の魔導印を所有できる者や、一つの紋章に複数の魔法を刻み込める者が現れるらしく、師匠は前者の【マルチ・ホルダー】だったと話を聞いたことがある。





「まず、そんなに弟子がいたのに驚きなんだが。全然、聞いてなかったぞ?そんな話」



「自分からペラペラと、自慢話をするようなタイプじゃないから。ハルモニアでブンターが魔法大臣をしていた頃は、各地から弟子の志願者が殺到しててね。退任した後、その中から素質のある者に、自身の魔導印を継承させたのよ」



「だから、俺にも・・あっさりと賭博魔法の魔導印を、渡してくれようとしてたのか」



「その弟子たちは今現在、故郷に戻って、それぞれ高名な魔導師になっていると噂されてる。それだけ、ブンターの魔導印は一個一個が強力なものだったって、物語ってるでしょ?」



「その魔導印は全て無くなり、今は賭博魔法と簡単な精霊魔法の魔導印だけが残っている・・か」





ガチャ





解錠し、扉を開くと円陣に五芒星の描かれた床のみが見える簡素な小部屋が視界に入ってきて。





「本当に、転移魔法陣なの?世界中の魔法学者が、未だ成功に至ってない研究分野なのに・・」



「やっぱ、こっちの世界でも転移魔法は未開の代物だったのか。でも、敵の包囲網に入ってしまった以上、これに頼るしか脱出のすべは無いだろ」



ドガアアアアアン!!!





再び、鳴り響く外からの爆音に、アシュレイは堪らずフクネに詰め寄ると。




「やっぱり、助けに行こう!どのみち、ブンターがいなければ・・私達だけで、生き延びられたとしても意味が無いわ‼︎」



「・・俺じゃ、頼りにならないってか」



「そ、そういう意味じゃない!ブンターは、私にとって両親の次に大切な存在でもある。あなたは、赤の他人の異世界人だから、簡単に切り捨てて行けるのかもしれないけど・・私は、違うの‼︎」



「簡単に切り捨てられるわけ、ないだろ‼︎」





怒りと悲しみの感情が入り混じったようなフクネの怒号に、アシュレイはビクッと肩を竦ませ、口を紡いだ。





「たった二年の付き合いだったかもしれないけど、母親一人で育てられた俺にとっては父親が出来たような気分で、嬉しかった。ときには、厳しく・・ときには、優しくて。向こうはどう思ってたかは知らないけど、少なくとも俺は愛情を持って接してくれていたと思ってる」



「フクネ・・」



「俺だって、出来ることなら今すぐにでも加勢に行きたい!でも、それは・・師匠が、本当に願ってることじゃない。俺たちが、無事に生き延びることこそが、きっと‼︎」



「・・うん、分かった。赤の他人なんて言って、ごめんなさい。あなたたち師弟もまた、私と同じくらい強い絆で結ばれていたのね」



「きっと、師匠なら乗り切ってくれるさ。さあ、魔法陣の上へ!発動までには、時間が掛かる・・急がないと」





フクネの催促に、強く頷き返したアシュレイは転移魔法陣の上に駆け寄ると、彼が鐘の魔導印を地面にかざして、ブンターから教えられた発動の呪文を開始した。





キイイイイイイイン













































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