第4話 運命の邂逅
明神福音
LV20
体力 100
魔力 53
攻撃力 56
防御力 48
敏捷力 50
幸運 999
[所持スキル]
賭博魔法LV3
杖術LV2
あれから、二年・・俺は、ブンター師匠のもとで生活を共にしながら、賭博魔法を中心とした戦闘訓練を積んだ。基本的には森の中で、食材を調達するというライフスタイルだった為、否応なしに小鬼たちとも戦わなくてはならず、自然とレベルも上がっていった。
『ウガアアアッ!』
今日もまた、食材を散策しに来た俺のもとへ、棍棒を持った一匹のゴブリンが襲いかかってくる。
「賭博魔法・・ストレングスダイス!」
カッ
俺の目の前に、赤いサイコロの立体映像が出現し、ロールプレイングのウィンドウのような文字板に「賭ける幸運値を宣言して下さい」と、表示される。
「賭けるラックは、7!」
チャリーン(残運992)
俺の身体から、コインに具現化された7枚の幸運値が放出される。【バフ・ダイス】は、初歩の賭博魔法で、攻撃力を高める赤のダイス、防御力を高める緑のダイス、敏捷力を高める青のダイスが存在する、いわゆる一撃限定の支援系魔法だ。
1の目・・・変化なし
2の目・・・攻撃力2倍
3の目・・・攻撃力半減
4の目・・・攻撃力4倍
5の目・・・攻撃無効
6の目・・・攻撃力6倍
このように偶数が出れば、強力な支援効果を発揮するが、奇数が出れば一転、危機的状況にも陥りかねない文字通りの賭博魔法なのだが。
コロンコロン
出た目は、4。俺は4倍に跳ね上がった攻撃力で、師匠から頂いた樫の杖を、向かってきたゴブリンに突き出す。
ドスッ
『グエエッ!』
腹部にジャストミートした一撃で、目の前のゴブリンはあっさりと消滅した。
賭博魔法には、それぞれベットできる幸運値に限度が設定されており、その半分を賭けると失敗する可能性はゼロとなる。
【バフ・ダイス】の場合、ベット限界は10なので5以上さえ賭ければ、確実にノーリスクで使えるわけで。ましてや幸運値999の俺にとっては、使い放題なのだ。
「ふぅ」
「もう、この辺の小鬼相手は、お手の物だね!フクネ」
服の中に隠れていたナビが、襟の中からスルスルと肩へと登ってくる。
「油断は禁物だ。なんせ、こんな奥まで足を踏み入れるのは初めてだからな」
そう。今日は師匠の命令で、森の奥地に生えているという[黄金キノコ]なるものを採取してきてくれと頼まれていて。
(師匠いわく、幻の珍味らしいけど。金色の食材って、怖いよな・・なんか)
ガサガサッ
「フクネ!何か、来るよ‼︎」
「何かって・・どうせ、ゴブリンだろ」
茂みから出現したのは、予想通りの小鬼だったが、その数は5匹。今まで遭遇した中での、最大数だった。
『グルルルル・・』
(5体か・・多いな。やっぱり、奥地に入るほど、奴らのテリトリーになってるのか?)
すると、その内の一匹が持っていた弓から矢を放つ。
「くっ!」
ビュンッ
すぐさま反応し、近くの木陰に回避すると、矢が隠れた木に突き刺さる。修行中の二年間は、魔法の訓練以上に基礎体力の向上に力を入れていたお陰だろう。師匠が言うにはソロの魔導師は自らが前線に立たざるを得ない為、ある程度の自己防衛が出来ないと、魔法を詠唱する前に倒されてしまうからだとか。
この世界ではレベルアップの他にも、基礎的なトレーニングを積むことで各種パラメータを伸ばせるらしく森の散策や薪割りを重ね、一般的な戦士クラスまで防御力や敏捷力を増加することに成功し、杖による打撃術も伝授された。おおよそ、魔導師の修行とは思えない内容だったが、実戦でようやく、そのありがたみを実感する。
(とはいえ、あの数相手じゃ【バフ・ダイス】は使えない。物理攻撃じゃ、無理そうだ)
俺は、右手を前方に掲げ、意識を集中させる。その甲には、鐘に天使の輪が付いたような魔導印が施されていた。
これが俺の賭博魔法が記憶されているオリジナルの紋章で、初めて魔法が使えるようになった日に、自然と浮かび上がってきた。福音という名前になぞらえて、鐘の紋様になったと思われるが、その仕組みは解明されてないらしい。
「賭博魔法・・【キングダム・シャッフル】!」
今度は、俺の周囲に14枚のカードが裏向きに展開される。さっきの魔法がサイコロをモチーフとしているなら、こちらはトランプといったところか。こっちの世界にも、認知されてるゲームなのかどうかは、細かいことは気にしないでおく。
「賭ける幸運値は、60!」
チャリン、チャリーン(残運932)
今度は、一気に60枚のコインが放出される。中級魔法となる【キングダム・シャッフル】のベット限界は100に跳ね上がり、セーフティーボーダーも50と高い。その分、強力な効果が望めるわけだが、【バフ・ダイス】のような乱発は出来ない。
「カード・オープン!」
14枚のカードがシャッフルされ、ランダムに選ばれた一枚がオープンされると、7本の剣が記されていて。
「現れろ!セブンソード‼︎」
カードの模様が消えると同時に、天空から七つの剣が出現した。実はこのシャッフル・カード、魔導師によって性質が変化すると言われており、師匠の場合は四大精霊のマークが記されており、オープンすることで描かれているエレメントの魔法を発動できる。しかし、俺の場合は剣のマークしか存在しない。その効果は・・。
ズドドドドドドッ
『『『ギャアアアア!!!』』』
空に現れた七本の剣が、一斉にゴブリン達へ投射され、あっという間に全滅させる。剣というより矢のような使い方だが、稀少な無属性魔法であり、どんな敵にも有効的なダメージが望めるという。その威力は、俺のレベルに反映されるそうだ。
「ほえ〜。五体のゴブリンを、一発か・・良い効果が出た時の賭博魔法は、やっぱり凄まじいね」
「まだまだ。この【キングダム・シャッフル】の本領は、こんなもんじゃないぞ」
「それって・・今より、もっと強力な効果が控えてるってこと?」
感心するナビに、俺がドヤっていると・・突然、その声は響いた。
「助けて!ブンターッ‼︎」
「女の子の悲鳴・・か?近いぞ!」
颯爽と、俺の肩から飛び降りたナビが、急に森の奥へと走っていく。
「音源から、位置を割り出したよ!ついてきて‼︎」
「あ、おい!ああ、もう‼︎さすがに、見て見ぬ振りは出来ないか」
仕方なく、ナビの後を追うと・・そこにいたのは、巨大なゴブリンに追い詰められた、小柄な黒髪の美少女だった。
「な・・なんじゃ、ありゃあ⁉︎」
少女の美しさよりも、見たこともない大きさのゴブリンの方に気が持っていかれる。手には大剣を携えており、明らかに普通の小鬼たちとは一線を画す存在であることが分かった。
「ボスゴブリンだね。ゴブリンの集落を統べる者・・歴戦を生き抜いて、独自の進化を果たしたユニークモンスターだ」
『グルアアアアアア!』
ナビが敵の情報を教えてくれたところで、ボスゴブリンが目前でへたり込んでいた少女に向けて、大剣を振り上げる。
「くそっ!【キングダム・シャッフル】・・ベットは、70だ‼︎」
チャリン、チャリーン(残運862)
オープンされたカードは、5本の剣。多くベットしても、必ず高い数字が出るとは限らないのが、賭博魔法の難しいところで。
「敵を穿て!ファイブソード‼︎」
ズドドドドッ
召喚された五つの剣が、ボスゴブリンを集中砲火する。
「おい!大丈夫か⁉︎」
その隙に、少女のもとへと駆けつける。よく見ると、丁寧に作り込まれた高そうな衣服を身につけており、上流階級の生まれであるのが伺えた。
「今の魔法・・あなたが、使ったの?」
「え?ああ、そうだけど」
俺の質問は無視して、魔法のことを尋ねてくる彼女に面食らっていると。背後から、大きな鼻息が聞こえた。
(まさか⁉︎まだ、生きてるのか!)
「危ない!避けて‼︎」
振り向くと同時に、ボスゴブリンの大剣が横薙ぎに襲ってくる。今のレベルの剣の威力では、奴に効果的なダメージは与えられなかったようだ。と、そんなことを考えている暇は無い。
「ディフェンスダイス!ベット10ッ‼︎」
チャリーン(残運852)
杖でガードしたところへ、大剣がジャストミートする瞬間、緑のサイコロが[4]の数字を出した。
ズドンッ!
その威力に、俺は派手に吹き飛ばされると、近くの木に激突した。
「か・・はっ」
「フクネ!」
普段、ドライなナビが心配して、俺のほうへと駆け寄ってくる。それだけ、危険な光景だったのだろう。ガードしたにも関わらず、脇腹がジンジンと痛む。
(ディフェンスダイスは、ギリギリ間に合った。4倍の防御力でも、奴の攻撃は相殺できないってわけか・・相当、強いぞ?あのモンスター)
最悪、牽制しつつ少女を連れて逃走も考えた時、ボスゴブリンの足元に、金色に光る何かを発見した。
「黄金キノコ・・!」
「フクネ!体力が、レッドゾーンに突入してるよ?次、アイツの一撃を受けたら・・」
「それでも、戦うしかない。これは多分、師匠が俺に課した試練なんだ・・多分」
「試練?」
この森に詳しい師匠が、ボスゴブリンの存在に気付いてなかったとは考えにくい。だとすれば、黄金キノコが繁殖してる場所に奴がいるのを想定して、わざと俺を送り込んだのだ。その意図は分からないが、修行の成果を試してこいという意味合いなら合点がいく。
「はあああああっ!」
キンッ
木に寄りかかり、座り込んで動かない俺を心配したのだろうか、ズンズンと近づいてきたボスゴブリンの背後へ、少女が剣で斬りつけて。
「何、ボサッとしてんの!殺されたいわけ⁉︎」
「そ・・そっちこそ、何やってんだよ!動けるなら、逃げろよな‼︎」
「私は、もうごめんなの!例え、赤の他人だろうと・・見捨てて、逃げるようなことはしない‼︎」
「・・?」
しかし案の定、か細い少女の一撃など全く効いてる様子もなく、ボスゴブリンが背後に立った敵に、鋭い眼球を向ける。
「・・っ⁉︎」
その威圧感に、ビクッと体をすくめた少女に、振り向きざまの大剣が襲ってくる。
「アジリティーダイス!ベット10‼︎」
チャリーン(残運842)
あの少女が、さっきの一撃をまともに受けたら、ただでは済まない。気付けば、俺は弾き出されたように起き上がると同時に、青のダイスを召喚していた。
ザザザッ
ブオンともの凄い風切り音を響かせ、ボスゴブリンの一振りが空転する。6倍の敏捷力を手に入れた俺が間一髪で、彼女を救出し距離を取ったのだ。
「あぶな〜・・まさに、危機一髪」
「ちょ!な、なにやってんの⁉︎降ろせ‼︎変態ッ」
お姫様抱っこされていた状況に、あからさまな嫌悪感を露わにする彼女。一瞬の出来事で、助けてもらった自覚がないのか、それとも元来の性格なのか。
『オオオオオオン!』
自身の攻撃が避けられたことに憤怒したのか、辺りが震撼するほどの雄叫びを上げて、ボスゴブリンが突進してきた。
(アジリティーダイスの効果は、もう切れた。ここで、迎え撃つしかない!)
「ね・・ねえ!早く、避けなさいよ‼︎」
降ろせと言ったり、避けろと言ったり。清楚な見た目とは反対に、随分と我が強い性格のようだ。
「【キングダム・シャッフル】・・ベットMAX!!」
チャリン、チャリーン(残運742)
もはや、幸運値の出し惜しみをしてる余裕はない。俺は少女を抱きかかえたまま、14枚のカードを呼び出す。地響きを鳴らしながら近づいてくる足音の中、めくられた一枚は・・。
「ダイヤのA・・1⁉︎ハズレだよ!フクネ‼︎」
オープンされた[1]という数字に、動揺を隠せないナビ。少女は少女で、急に喋り出した小動物に驚いてるようだが、説明してる余裕はない。
14枚のカードには、特別なカードが5枚存在する。1枚はジョーカーで、引いてしまうと術者に様々な呪いが降りかかるらしいが、セーフティーベットを越えてる場合、出る可能性をゼロに出来る。3枚はJ・Q・Kの絵札カードで、なぜかこの三枚は剣ではなく、それぞれ固定のトランプのマークが記載されている。そして残る1枚、Aのカードにもまた、ダイヤの印が固定されていた。
この特別なカード達には、それぞれ特殊な効果が秘められており。
「ダイヤのA・・召喚できる剣は、一本だけだ。けど、その剣は最も硬き金剛石の大剣!」
キイイイイン
天空にプリズムが重なって、全てが金剛石で構成された人ひとり分はあろうかという大型の剣が、生み出されていく。
「貫け!ダイヤモンド・ブレード‼︎」
一直線に、突進してくるボスゴブリンへと射出される金剛石の大剣。それを敵もまた自身の武器で打ち落とそうと、試みるも・・。
ザシュッ
なんと、敵の大剣ごとボスゴブリンを貫いてみせた金剛石の剣は、役割を果たして消滅した。
そして、腹に大穴の開いたゴブリンの親玉は、膝から崩れ落ち、青銅の宝箱に変化する。
「ドロップアイテム・・何とか、倒せたか」
Aの効果でも通用しなかったら、どうしたものかと思ったが、その心配は杞憂に終わり、俺はホッと胸を撫で下ろした。
「おい。いつまで、触ってんだ!さっさと降ろせっつーの‼︎」
「あ、ごめん。忘れてた」
体重が思ってた以上に軽かったからか、ずっと抱きかかえた状態だった彼女を、慌てて地面に下ろす。
「まったく・・てか、さっきの魔法なに?錬金魔法かとも思ったけど、あんなの見たことないんだけど」
「賭博魔法だよ。マイナーな魔法らしいから、知らないのも無理ないさ」
「賭博魔法?それって確か、ブンターが研究してた・・」
「やっぱり、キミ・・ブンター師匠の知り合い?さっきも、名前を呼んでたし」
「師匠って・・あなた、ブンターの弟子だったの⁉︎」
「そうだけど」
「ブンターのところへ案内して!今すぐ‼︎」
食い気味に鬼気迫る表情で、俺に詰め寄ってくる彼女。改めて間近で見ると、手のひらに収まるくらいの小顔だ。
「わ、分かったよ。すぐにアイテムとキノコを回収してくるから、ちょっと待ってて!」
「キノコォ?」
「師匠に採取してくるよう、頼まれてたんだよ。こっちには、こっちの都合があるの!」
(そういや、生身の女の子と遭遇するなんて何年振りだろ。急に、緊張してきたな・・悟られないようにせんと)
急かすような眼差しで、こちらを見てくる彼女を気にしながらも、ボスゴブリンがドロップした宝箱の中身と、先ほど発見した[黄金キノコ]をそそくさと回収する。
「さっさと、し・・て」
どさっ
宝箱の中から、重々しい盾を取り出していると、催促してきた彼女が、糸の切れた人形のように倒れ込んでしまい。
「おい!大丈夫か⁉︎」
俺より先に、駆けつけていたナビが横たわった彼女の様子を観察して、報告してくれる。
「ただの過労みたいだね。ここに来るまで、かなり長い道のりを経てきたんじゃないかな」
「たった一人で、こんな危険な森に足を踏み込んだんだ。何かしら、ワケありだとは思ったけど・・相当、切羽詰まった状況なのか」
よく見ると高そうな服も、ところどころ汚れが付いており長旅の過酷さを物語っていた。俺は背中に入手した盾、腰の袋に[黄金キノコ]を携え、気を失った彼女を再び抱きかかえる。
「大丈夫かい?フクネ。その状態で、またゴブリン達と遭遇したら・・さすがに、危険なんじゃ」
「確かに、体力も残り僅かだしな。無駄な戦闘は、避けるとするか!サレンダーゲーム‼︎」
チャリーン(残運722)
「コインが放出された?今度は、どんな賭博魔法を使ったんだい?」
「【サポート・トリック】と呼ばれる補助魔法の一種だよ。これらは、失敗がない代わりに固定の幸運値を消費して、様々な効果を確約させられる。今、使用したのは一定時間、モンスターと遭遇しなくなる術式だ」
「ほえ〜。賭博魔法って、奥が深いんだね。意外と」
「人が修行してた時、ずっと呑気に寝てたもんなぁ。お前」
「魔力を補充してたんだよ、失敬だなぁ。世界のデータベースにリンクするのは、フクネが思ってる以上にだね・・」
「はいはい。サレンダーゲームの効果が切れるから、さっさと戻るぞ〜」
ああ言えばこう言う魔法生物をシャットアウトして、俺は腕の中で眠る美少女の顔をチラリと覗いてから、師匠のいるホームへと歩みを始めた。
バサバサバサッ
頭上から大きな羽ばたき音が響き、空を見上げると何かが飛んでいく姿が見える。鳥ではないようだったが、特に気に留めることもなく、俺はその場を後にした。
その謎の生物・ガーゴイルは、自らを召喚した術者に監視の報告を伝えるべく、ハルモニア城へと向かって行く。