第1話 賭博魔法は、突然に
次の瞬間、俺が飛ばされたのは、ジャングルのように四方を木々で囲まれた場所で・・・。
「ここは・・異世界なのか?」
「そうだよ。ここが、異世界バクアスター。フクネが、新たな人生をスタートさせる場所さ!」
俺の独り言に、返事をしてくれた声は、肩から聞こえた。
「な・・ナビが、喋ったのか⁉︎今!」
「そうだよ、フクネ。この大地には、マナが溢れているからね。ここだったら、キミとも会話で、意思疎通が出来そうだ」
「そ・・それは、助かる。当面、ナビの情報だけが頼りだからな」
運命の女神やら、異世界転生やらで、もはや動物が話したくらいでは、さほど驚かなくなっていた自分が、ちょこっと怖い。
「早速だが、まずは・・ここ、どこだ?」
「ここは、名も無き小鬼たちの森みたいだね」
「小鬼⁉︎嫌な予感が、プンプンするんだが・・」
ガサガサッ
言ったそばから、近くの草叢から物音がして、慌てて警戒しようとするも。
「待て!武器とか、何も無いぞ⁉︎服装だって、地球の物のままだし‼︎」
「あちゃ〜。今日は、相当な転生者がいるみたいだから、手間を省かれちゃったみたいだね。ラケシスに」
「あの人、大事な部分、省きすぎじゃない⁉︎」
草叢から、姿を現したのは、全身緑色の化物が三匹だった。
「あれが・・小鬼?」
「そう。又の名を、ゴブリン。下級種のモンスターだけど、レベル1のフクネからしたら、十分命の脅威となる相手だね」
「相手だね・・じゃなーい!魔法とか、戦闘に使えそうなスキル、積んでないのか?俺⁉︎」
「さっき、自分のステータスは確認したよね?今のキミには、何のスキルも備わってないよ。逃げるのが一番の、得策かな」
「それを、先に言え!あと、その妙に余裕たっぷりの態度を・・・」
ヒュンッ
マイペースな魔法生物に、ガツンと言ってやろうと思ったら、俺の顔のすぐ真横を通って、弓矢の矢が、背後の木に突き刺さる。
「⁉︎」
見ると、先程のゴブリンの一匹が舌舐めずりしながら、手作り風の弓を構えていて。
「驚いた。この森のゴブリンは、独自の文明を築いているみたいだね。弓を使うタイプなんて、かなりの希少種だよ」
もはや、ナビへのツッコミは諦め、俺は大急ぎで踵を返し、逃亡を試みる。
ヒュンッ
続けざまに放たれる矢が、またしても俺の顔を横切る。
「ひいいっ!第二の人生が、秒で終わる‼︎」
「すごい、すごい!全部、矢を紙一重で避けてるよ?しかも、逃げながら‼︎」
「避けてるわけじゃねえ!たまたま、外してくれてるんだ‼︎あっちが‼︎!」
「なるほど。これも、幸運値の恩恵なのかもね・・だとすると、興味深い」
「そんなことより、この近くに町とか無いのかよ⁉︎ナビの役割を、果たせ!」
「一番近い町は、この方角を真っ直ぐに行って・・ざっと、30分ってところかな」
「30分⁉︎」
絶望的な数字を聞いて、注意力が散漫になったからか、足元にあった木の根に、突っ掛かってしまう。
ズザアッ
「いってて・・⁉︎」
転んだ痛みを感じたまま、後ろを振り向くと、ゴブリン達が諦めることなく、こちらを追跡していて。
慌てて、立ち上がろうとするも、思った以上に靴が木の根に強く挟まっていて、なかなか抜け出すことが出来ない。
ザッ、ザッ、ザッ・・・
動けなくなった獲物を見て、余裕の笑みを浮かべながら、ゴブリン達が一歩ずつ、ゆっくりと距離を縮めてきた。
「ナビ!お前、魔法生物なんだろ⁉︎何か、出来ないのかよ‼︎」
「ごめんよ、フクネ。僕の能力は、ナビゲート専門なんだ。戦闘に使えそうなスキルは、持ち合わせてない」
「そんな・・マジで、終わるのか?俺の、第二の人生」
三度、弓を引き絞るゴブリンの姿に、半ば諦めの気持ちに苛まれそうになった、その時・・!
「自殺志願者かと思ったが、そうでもないみたいだな。助けてやろう」
黒いローブに付いたフードを、目深に被った初老の男が、俺とゴブリンの間に割って入るように、木々の影から歩み出てきた。
ギリギリギリ・・・
すると、ゴブリンの一匹が、俺に向けて引き絞っていた弓の矢先を、ゆっくりとフードの男へと方向転換する。
「あ、危ない!」
「見りゃ、分かる。少し、黙ってろ・・ディフェンスダイス!」
男が叫ぶと、彼の前に、緑色のサイコロと思われる立体映像が浮かび上がった。
「な・・何だ、あれ?」
「魔法の類だろうけど、僕のライブラリーには無いものだ。マイナーな古式魔法かな?」
ナビが、あてにならない説明を挟んでいると、ゴブリンの放った矢が、真っ直ぐ男へ向かって飛んでいき。
「ベットするラックは、5だ!」
チャリーン
今度は、男の体からメダルが5枚放出され、それと同時に緑のサイコロが自動で回り始めるも・・。
ドッ
その間に、ゴブリンの矢が、男の腹に直撃してしまい、俺は反射的に目を伏せてしまう。
「なっ⁉︎」
間を置いて、静かに瞼を開けると・・驚いたことに、男に当たった矢の方が、ひしゃげているではないか。
「次は、こっちの番だ。エレメント・シャッフル!」
男が只者ではないことを、小鬼たちも悟ったのか、明らかに動揺した様子を見せていると、今度はサイコロに代わって、トランプのようなカードが出現する。
「ベットするラックは、10・・カード、オープン!」
複数枚が、裏側で表示されたカードがシャッフルされ、その中で一枚がランダムにオープンされると。
「サイは、四の目。カードは、8か・・ラックの割には、良い出目だ。今日は、ツイてる」
雷のマークに、8と書かれたカードが光り輝き、次の瞬間・・頭上から、複数の雷がゴブリン達に降り注いだ。
ズドドドドッ
「「「グギャアアアアア!!!」」」
「す、凄い・・一瞬で、ゴブリン達を黒焦げに」
初めて生で見る魔法の迫力に圧倒されていると、さも当然とばかりに、俺の方へと振り返ったフードの男。
「東方の人間のようだが、見たことのない服装だ。小型の魔法生物といい、さてはお前・・異世界人だな?」
「そっ・・そうです。この世界では、珍しくないんですか?俺みたいな転移者は」
「いや。噂に聞いてたくらいで、私も実際の異世界人と会うのは初めてだ。嬉しいよ・・名前は?」
「あ、そうなんですね。名前は、明神福音と申します。ハイ」
「明神福音か・・変わった名だな。私は、ブンター。ブンター・サンライズだ、よろしく頼む」
フードを外し、露わとなった彼の素顔は、温厚そうな普通のサラリーマン顔で、少しだけ親近感が湧いた。
「ブンターさん。助けていただいて、ありがとうございました」
「かまわんさ。しかし、異世界人なら何かしら、特殊な才能を授かってるという噂を、耳にしたことがあるんだが・・キミのスキルは、戦闘向きではないのかな?」
「残念ながら、何一つスキルは保有しておりませんで。強いて言うなら、人よりもちょっと運が良いぐらいなんですよ。はは・・」
「ほう。それは、興味深い・・ちょっと、覗かせてもらおうか」
「へ?」
キイイイイン
更に接近してきたブンターさんは、俺のことをジッと見つめると、その瞳が妖しく輝き出す。
「【観察眼】か。フクネのステータスを、覗き込んでるみたいだよ」
初めて、小声で有意義な情報をくれるナビに、無言で頷き返す。
(そんなスキルも、あるのか。ま、見られたところで困るようなステータスでもないし、良いけど)
「くっくっく・・あっはっは!」
俺のステータスを確認したブンターさんが、急に悪党みたいな声を挙げて笑いだす。
「平凡すぎて、笑えましたか?」
「人よりも、ちょっと運が良いくらい・・か。確かにな」
「?」
瞳が正常な色に戻ったブンターさんは、温かい笑みをフッと浮かべてから、口を開いた。
「とにかく此処では、いつまた新たなゴブリンが出現するやも分からん。ついてきなさい」
「ど、どこへ行くんです⁉︎町は、反対側なのでは?」
ナビが検索した町のある方角とは、反対側に歩き始めるブンターさんを、慌てて問いただす。
「町よりも、私の住んでる小屋のが近い。それに、持ち金だって無いんだろう?行ったところで、宿には泊まれないぞ」
「この近くに・・一人で、住んでるんですか⁉︎」
「そうだ。破邪の結界も敷いてあるから、寝込みを襲われるような心配はない。安心しなさい」
「は、はあ・・」
なぜ、そんな場所で暮らしているのかなど、聞きたいことは山積みだったが、とにかく今は安全確保が最優先だ。俺は黙って、ブンターさんに同行することにした。