第0話 運が良いのか、悪いのか
俺が目を覚ますと、視界全てが白く靄がかった場所で、次第に目が慣れてくると、辺りの地面には色とりどりの花が咲いているのも確認できた。
美しい花だが、見たことがない花だ。まぁ、それほど花に詳しいわけでもないのだが。
(ここは、夢の中・・・なわけ、ないよな。こんなに意識がハッキリしてる夢なんて、見たことない)
「おはようございます、明神福音さん。お目醒めの気分は、いかがですか?」
いきなり、おっとりとしながらも、包容力を感じさせるお姉さまボイスに自分の名前を呼ばれ、不覚にもビクついてしまったが、その声の主の姿を目の当たりにして、更に驚く事となる。
「て・・天使?いや、女神様⁉︎」
白い靄の中から現れたのは、金髪ブロンドの髪を腰まで伸ばした、シルクの様な白い一枚布のドレスを身に纏った美女で、それは、ファンタジーを題材にした映画や、漫画に登場する女神そのものだった。
「ぴんぽん、ぴんぽん!大正解〜‼︎私は、ラケシス。運命の女神ですわ」
「ノリ軽っ⁉︎てか、本当に女神だったんかい」
「そういう貴方も、死んでしまったというのに、随分と明るくらっしゃって。私、嫌いじゃありませんわよ?貴方みたいなお人」
軽〜く言い放った彼女の言葉で、俺はようやくここにいる理由と思われる重要案件の記憶を呼び起こされる。
「そうだ!俺・・・死んだんだった。なんで、こんな大切なこと、忘れてたんだ・・・」
「ええ。貴方は、死にました。工事現場から落下した鉄骨の下敷きとなって」
(そうだった・・何が明神福音だよ。名前負けもいいとこな不運な死に方だったじゃないか)
一転、ありありと落ち込んだ表情を見せる俺を気遣ってか、すかさず、女神様がフォローを入れてくれた。
「そんなに落ち込まないで?貴方には、人生を続けられるチャンスが与えられます」
「えっ・・なんで?も、もちろん、嬉しいですけど!」
「貴方の死は、予定されていたものではなかったのです」
「それって・・どういう?」
「貴方は、本来下敷きになるはずだった少女を、咄嗟に助けてしまい、代わりに命を落としてしまった・・そうでしょう?」
「ああ・・それは、体が勝手に」
特段、正義感が強い性格というわけでもない。むしろ、厄介ごとには、極力関わりたくないタイプなのだが、さすがに目の前で幼い少女が危なければ、体が勝手に動くというものだ。
「その勇気の対価として、貴方には特別に人生を続ける権利が与えられたのです」
「生き返れる・・って、ことですか⁉︎」
「いいえ、正確には・・今の記憶と身体を維持したまま、異世界へ転生していただきます」
「い、異世界⁉︎地球には、戻れないんですか?」
「地球では、貴方はもうこの世にはいない存在となってしまったので、それは不可能なのです。異世界に行きたくないというのであれば、通常通り死亡手続きをお取りしますが」
急にお役所的な事務対応をし始めた女神様に、若干の恐怖を感じる。
「いや!それだと、記憶は無くなっちゃうんですよね?なら、行き先は異世界で構いません‼︎ハイ」
「そうですか。異世界の選択は、こちらが勝手に決めさせていただきますが、それでもよろしいですか?」
「よろしいです!よろしくお願いします‼︎」
こちらの顔をチラッと見て、どこからか取り出した水晶玉に、まるでパソコンを操作するように、何かを入力し始めるラケシス。
「貴方には、異世界バクアスターへ飛んでいただきましょうか。ステータスにボーナスポイントを振り分けられますが、受け取りますか?」
「ステータス?ボーナスポイント⁉︎」
「善良な死に方をした方にのみ与えられる 特別ポイントですわ。今から飛んでいただく異世界では、自身の能力値やスキルが、数値となって可視化される世界ですので」
すると突然、俺の前にRPGでよく見るステータスバーが表示される。
明神福音
LV1
体力 36
魔力 12
攻撃力 18
防御力 10
敏捷力 9
幸運 7
[所持スキル]なし
(思いっきり、イメージ通りのステータス画面だったな。数値も高いのか低いのかも、よく分からないし)
「明神様に与えられたボーナスポイントは・・あら、素晴らしい!最高値の999ですわ‼︎恐らく、人命救助の功績を評価されたんでしょうね〜」
「999⁉︎それ、普通に一つのステータスが、カンストするレベルなのでは?」
「その中から、ボーナスポイントをお好みで振り分けて下さいませ」
眼前のステータスウィンドウに、999の数値が表示された。自分が手動で、さっきのステータスに加算できるようだ。
(これは・・次の人生を、大きく左右する選択になりそうだぞ。均等に振り分けるのが、一番無難そうだけど、せっかくなら、一項目に極振りして一芸最強になるのも面白いかも。だとすると、攻撃かなぁ?やっぱり)
色々と考えながら、慎重にウィンドウへ指を伸ばした瞬間・・急に、俺の服の中から、謎の小動物が出現して。
「キュイイイイイイ!」
「どわああああっ‼︎⁉︎」
ぽちっ
その驚きで、つい指が一つの項目を押してしまう。
明神福音
LV1
体力 36
魔力 12
攻撃力 18
防御力 10
敏捷力 9
幸運 999
[所持スキル]なし
「ボーナスポイントの振り分けを、確認しました。お疲れ様でした〜」
「ちょ、ちょっと待って下さい!今のナシ、ナシ‼︎」
「残念ですが、入力のやり直しは受け付けておりませんので」
「えっ⁉︎こういうの、普通確認画面とかありません?てか、この小動物なんなんですか!」
ネコとウサギの中間のような見た目をした謎生物は、俺の肩に居座って、頬を擦り寄せてきている。
「その子は、魔法生物のナビ。バクアスターに着いてからのことは、なんでもその子に聞いていただければ、大抵のことは答えてくれるでしょう」
「なんでも聞けって・・・」
少しだけ、首をナビに向けると、「キュー」と可愛らしい声で鳴いた。
「これ・・聞いても、答えられないんじゃ?」
ラケシスの方へ向き直ると、またまた水晶玉をイジッている。すると、足元に魔法陣が出現して、淡く光を放ち始めて。
カッ
「なんか、光ってるんですけど⁉︎まさか、転送はじめてません?」
「すみませ〜ん。今日は転生者が多くて、時間短縮でやらせてもらってますわ〜」
「こんな大事なこと、時間短縮しないで下さい!てか、ボーナスポイントの件も解決してな・・・」
キイイイイイン
俺の話など、聞く耳持たないとばかりに、転送を開始した運命の女神様は、薄れゆく視界の中で、にこやかに手を振っていた。