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ロンリークリスマス

作者: サツキ

 そして僕は親指の爪を切り終えた。 


――――――――――――――――――――――――――――――


クリぼっちである。

 西暦二〇十九年。十二月二十四日のクリスマスイブ。

 今年も今年とて後宮土九(あとみやつちく)こと僕は独りを謳歌していた。否、謳歌などしていない。惨めに独りで過ごしている。現に僕は伸びた爪を切っている最中だ。

 聖なる夜、クリスマスイブ。もう間もなく日をまたぎ、クリスマスになるというのに、そんななか僕は左手の小指、薬指の爪を切り終え、中指の爪を切りにかかっている。

 パチンパチンと小気味よい音を響かせ、今の今まで自分の身体の一部だった物を切り離す。

 どんなクリスマスイブだと自らにツッコミを入れたい。これがデート前のエチケットでやっているのならばなんの文句はないが。デートの予定こそ、なしのつぶてである。

 更に左手の爪を全て切り終え、右手の小指の爪を切り始める。

 しかし、爪切りを最初に発明した人は一体どんな人物なのだろう。これだけ爪を切るのに特化した道具を生み出したのだ。恐らく爪を切るという動作に並々ならぬ感心を持っていた人間だったのだろう。

 そんな生産性のない思考を巡らせながら、左手の人差し指の爪を切り終えたところで玄関のチャイムが鳴った。キンコーンといった面白みのない音色が部屋全体に響き渡る。

 右手の親指の爪だけ切れていない状況に一瞬の躊躇いをおぼえたものの、たった今寒空の下で僕の反応を伺っているであろう人物をこれ以上待たせるのはしのびないと思い(嘘だ。本当はこの突然の来訪者が、クリぼっちである僕の現状を打破してくれるという万分の一の確率に期待したからだ)爪切りを机において、玄関の方へ向かう。

 僕はインターホンに内蔵されているカメラを通して、訪問者の特定を試みた。

「おいおい、マジかよ。」

 僕の口から、ついそんな言葉がこぼれた。

 理由は至極簡単。扉の向こうにいる相手に心底驚いたからである。

 薄木々子(すすききここ)。高校時代に仲良くさせてもらった一つ上の先輩であり、大学進学後なんとなく疎遠になってしまった女性だ。その彼女が、扉の向こうで所在なさげに佇んでいたのだった。

 僕はインターホン越しの挨拶も忘れ、すぐさま扉を開けた。

 言わずもがなだが、僕はこの行動を後にものすごく後悔することになる。

 居留守を使えばよかった。せめてインターホン越しに用件の確認を怠るべきでは無かったと。完全にアフターフェスティバルだが。

 兎に角僕はガチャリと音を立てて、面倒事の塊ともいえる外界と僕の部屋を隔てる扉を、愚かにも開けてしまったのである。割と喜び勇んで。

「あ。」

 と木々子先輩は短く僕の登場に反応した。

「ひ、ひさしぶりだね。土九。」

「ひさしぶりです。木々子先輩。」

久しぶりも久しぶり。二年ぶりの再会だった。

・・・。思ったよりたってなかったな。感覚的には十数年ぶりの再会レベルの驚きだったのだが。

 まあ、多分もう会うことはないと思っていたからであろう。

「とりあえず外は寒いですし、中に入ります?」

「あ、うん。ごめん。図々しいかもだけど、その言葉に甘えさせてもらっていいかな?」

「よろこんで。」

 ぼくはどうぞと言い、彼女を招き入れた。

 突然の来客があっても良いよう(勿論木々子先輩が来るとは毛ほども思っていなかったが)部屋は常にキレイにしている。木々子先輩を部屋の中央にあるテーブルの前に座るよう促し、僕はコーヒーの準備をする。

「インスタントですけど、いいですか?」

「うん。ありがとう。」

 砂糖は三つ、ミルクは入れない。これが彼女のお気に入りの筈だ。しかし、時はたっている。僕は一応木々子先輩に確認をとってから、角砂糖を三つコーヒーの中に落とした。

「帰ってきてたんですね。高知から。」

 僕はコーヒーを木々子先輩の前に置きながら言った。

「やめちゃったんだよね。大学。どうしても私には合わなくてさ。」

 木々子先輩は苦笑いしながら躊躇いがちに、コーヒーに手を伸ばす。

「今は何をしているんですか?」

「車のね、専門学校に通ってるんだ。ほら、私って昔から好きじゃない?車。だからうまくやれるんじゃないかなあって。入学し直してからびっくりしちゃった。私以外に女子が二人しかいなかったんだよね。」

 へへへ。と先輩はなんだか悲しそうに笑う。

「土九は今何やってるの?たしか公立の三空大学に行くんだって言ってたよね?」

「よく覚えてますね。ええまあ、はい。三空大学に通ってますね。親の仕送りを頼りにしながらボンクラ学生やってますよ。」

 僕は僕で自嘲気味に笑って言う。

「そっか-。ちゃんと志望校に行けたんだ。凄いじゃん。」

 言葉とは裏腹に、微妙な声音で言う。

木々子先輩はコーヒーをすする一方、僕は切り損ねた一本の爪を気にして、左手でいじりながら彼女を見やった。

 白いセーターに暗めのジーンズというシンプルな服装。先ほどまで着ていたガウンコートはたたんでわきに置いており、高校時代よりも伸びた髪はボサボサとは言わないまでも、少し乱れていた。寝不足なのか、目の下にはぼんやりくまができている。

 気まずい空気が地味に流れ始めたことに耐えかねた僕は、閑話休題の宣言をする。

「用件を聞いてもいいですか?」

と。

 木々子先輩は一瞬目を泳がせた後、ぽつりぽつりと言葉を紡ぎ出した。

「あのね・・・土九。変な話をするよ?・・・多分信じてもらえないんだろうけど、兎に角するね。」


――――――――――――――――――――――――――――――


「昨日の夜、夜中の十時くらいにね。インターホンが鳴ったの。私は寝る直前だったからよく覚えてるの。うん、あれはぴったり二十二時だった。私のアパート、インターホンにカメラがついていないからさ、扉のレンズを覗いたのね。そしたら十歳から十二歳くらいの男の子が、そこに立ってたの。夜中の十一時だよ?私はなにか大変な事が起こってると思って、直ぐに扉を開けたんだ。どうしたのって聞いたの。お母さんやお父さんは?とも聞いたの。でもその子、私の質問は無視して時計を探しているって言いだしたの。

「うん。時計。チクタクチクタクの時計

「私も情けない事にプチパニックを起こしちゃって、なんやかんやでその子、ふうきくんっていうんだけどね。その子と一緒に時計を探すことになっちゃったの

「うん、わかってるよ。普通警察とかに連絡して保護してもらうべきだったんだろうけど、なんでかあの時、そういう発想が出なかったの。本当に不思議

「時計?えーっとね。透明でキレイな時計って言ってた。落としたの?って聞いたら。落としていない。探しているって言ったの。どこら辺にあるか解る?って聞いたら、この町のどこかって答えたの。

「私さ、知り合いにこういうのが得意な人を知っていてさ。得意っていうか仕事っていうか、なんか口に出して言うと小っ恥ずかしいんだけど、名探偵だって自分では言ってるの

「探偵じゃなくて名探偵。うん、大分変わっている人

「その人に頼ってみようって話になって、私達は、その人の探偵事務所に行ったの

「ああ、間違った。名探偵事務所だった。怒られちゃうなぁ・・・

「その人土囲流乱歩(どいるらんぽ)っていう名前でね。さっきも言ったけど兎に角変わり者なんだ。なんか目を離した隙に違う眼鏡になっているような人でね。いや、なんの比喩表現でもなく、そういう事をする人なの。多分眼鏡コレクターでもあるんじゃないかな。そんなコレクターが本当にいるのか知らないけれど

「背の高い人でね。百九十センチくらいある人だし、無愛想だからふうきくん怖がるかもとも思ったんだけど、結局の所その道のプロに任せるのが一番かなぁと思って頼ることにしたの

「意外にもふうきくん、土囲流さんの変わり者具合が気に入ったらしくて、自分から探し物の事について細かく伝えていたの

「土囲流さんもその子の態度に気をよくしたみたいで、特別に手伝ってくれることになったんだ。

「ん?どうしたの?・・・。ああ、うん。そうだね。土囲流さん、もしかしたらあの漫画が大好きなのかもね。うん、大丈夫気にしないで。話し続けるよ?

「さすがは名探偵を自称しているだけあって、どういう理屈かよく分からないんだけど倉山亭っていう居酒屋に行ってみなさいって助言をくれたの。あと、私だけでは心配だからってロロちゃんもついてきてくれたんだ

「ロロちゃんは土囲流さんの助手で、本名は品口(しなぐち)ロロっていうんだ。一応年齢不詳だけど、見た目はどう見ても中学生からそれ以下だよ。土囲流さんとはどういう関係かは知らないけれど。ちょっと危ない香りがしちゃうよね。ロロちゃん、見た目は中学生だけど常識人・・・とは言えないけど、すっごく頼りになるんだよ。私だけじゃ絶対たどりつけなかったよ

「倉山亭についた私達は、店長さんに会って話すことが出来たんだ。積玲雄一さんって人。透明でキレイな時計って言葉を聞いた瞬間、積玲さんが目を丸くしたんだよね。仰天ってかんじ。積玲さんはすぐさま逃げようとしたんだけど、そこでロロちゃんが活躍。あっという間に捕まえてくれたんだよね。取り押さえるって言うより、まるで折りたたむってかんじだったよ

「積玲さんがおもむろに机の下をごそごそしだしてさ、なにしてるのかなーって思ってたらガチャンって音がしたの。音がした方を見ると、さっきまでただの壁だった場所が地下に続く階段になっててさ、映画のワンシーンみたいだったの

「積玲さんはね、国家の秘密研究グループのメンバーらしくてね。その地下には研究施設があったの

「国家の秘密研究グループって・・・自分で言ってて未だにわけわかんないよ。ほんとに。

「積玲さんによると、透明でキレイな時計っていうのは隠語っていうか、合い言葉みたいなものなんだって。透明は『無』や『不変』を意味していて、キレイな時計っていうのは『美しい瞬間』を意味するらしいんだ。そしてそれが表す物の正体は、時間凍結装置の実験場だったの。

「私、ふうきくんの探している時計は絶対コレじゃないでしょと思ってたんだけど、残念ながらふうきくんの探していた時計っていうのはその大がかりな実験場だったの。

「時間凍結装置?ああ、うん。そうだよね。名前だけ聞いてもわけわかんないよね。私もちょっと、いや大分わけわかんないんだけど・・・。積玲さんが教えてくれて、ソレをロロちゃんが分かりやすく噛み砕いて教えてくれた話なんだけど、なんていうか、良い夢を見続ける装置みたいなものなんだって。

「ふうきくんね、お父さんを探していたの。お母さんが先月亡くなって、それからずっとお父さんを探していたんだって。お父さんの残した物の中に隠されていた、透明でキレイな時計っていうメモ書きをたよりに、ね。

「それでやっと会えたの。その実験機の中にその人は眠っていたの

「十一年もの間ずっと

「奥さんのおなかに新たな生命が宿っても

「自分の子供が生まれても

「どんな大災害が世界で起こっても

「核戦争が起こっても

「最愛の人が、死んじゃっても

「彼は美しい世界で、何にも知らずに

「孤独に過ごし続けていたの


 そして木々子先輩は息継ぎするように、意を決するように、息を吸った。

「もう、そろそろ起きよう?土九。」


――――――――――――――――――――――――――――――


 西暦二〇三〇年十二月二十五日零時三十分。クリスマス。

「いやはやまったく感動的な光景ですな。薄さん。」

 ロロちゃんがにんまりと笑いながら、目の前の光景に対する感想を述べる。

 十一年越しの父子の再会。否、初顔合わせである。

十一年。あまりにも長い空白の時間。しかし、彼らは涙を流し、強く抱きしめ合っていた。

「しっかし、こいつらマジで碌な奴らじゃなかったですな。突然後宮さんを拉致ってわけわかんない機械に十一年も封印するとか、本気でサイコな奴らですな。」

「だとしても、流石にこれはやり過ぎたんじゃないの?ロロちゃん・・・。」

私は周りに転がる幾数名の死体を見て言った。彼らは全員この研究所のメンバーである。

「きゃはは。大丈夫ですな。たとえ国が敵に回ろうが私達は煙のように捕まりませんな。あたしも土囲流先生も、あなたに心配されるほどヤワじゃないですな。」

 それよりも。とロロちゃんは言う。

「あのボンズ、相当ラッキーですな。お父さんの昔の知り合いを探して『透明でキレイな時計』のありかを訪ねるのは、努力の賜ですけど、土囲流先生と知り合いである薄さんを引き当てたのは相当な運があったと言えるですな。」

「奇跡だよ。お父さんを思う気持ちでつかみ取った奇跡・・・。」

 ロロちゃんは私の返答を聞いてきゃははと笑う。

「奇跡?きゃははは!チープな言葉ですな。嫌いじゃないですけれど」

「今日はクリスマスだよ?ロロちゃん。」

 ロロちゃんはにやけ顔のまま、片方の眉をくいっとあげる。次の発言が気になっている時の彼女の動作だ。


「クリスマスほど奇跡の似合う日はないじゃない。」

 ロロちゃんは今度こそ爆笑した。

クリぼっちだったから、思いつくままに書いた

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