099サマセット・モーム『人間のしがらみ』
あらすじ紹介だけでバカ長くなってしまいました。
なるべく作品の周辺情報を入れて小ぎれいにまとめたいというのが砲身としてはあるのですが、やっぱり流れを追っていかないといけない部分も多々あるので、あらすじが長くなってしまうというところが有りました。
大長編小説なのでそこら辺は割り切らないと名部分でもあるのですが……お楽しみ頂ければ良いのですが。
図書室はいつも通り誰もおらず、栞と二人きりで本を開いている。
なんかお喋りでもしたいなーという欲望もあるけれど、栞の読書邪魔するのもなんだしなあと思いつつ、とりあえず開いていた本に視線を落とす。
「長い……長い旅が終わった……」
そういって栞が手元の本をパタリと閉じる。
「んま! なんですか突然?」
「あっ! いえスイマセン……久しぶりに大長編小説を読み切ったものですから……」といって、てへへなんていって笑っている。
可愛いじゃねぇか……いつかチューしてやる……。
とかなんとか邪念を抱いていたら、不審な目を向けられたので、ついついフイッと視線を逸らす。
「えーと。大長編小説って具体的にどのぐらい長いの?」
「そうですね。文庫本上下巻の二冊です」
「上下巻? それなら栞からしたらそんなたいしたことないんじゃないの?」
「いえ、文庫本ですが一冊六〇〇頁越えているので……」
「そんなに」
「本文が大体一二〇〇頁超で、解説とか含めると一四〇〇頁ぐらいですね……。まあ原著のペーパーバック版も一二〇〇頁ちょいちょいあるらしいので、なかなか大したもんですよ」
「一〇〇〇頁越えるとかなに? 辞書?」
「あ、いえ。最近新訳が出たサマセット・モームの『人間のしがらみ』という本です」
「サマセット・モーム? なんか聞いたことあるなあ……なんか入院しているときに窓の外葉っぱが全部落ちたら死ぬとかいう話の人だったっけ?」
「まあ時代は大体同じですけれど、それはO・ヘンリーですね……モームは『月と六ペンス』が代表作ですかね……」
首を傾げつつも何となく聞いたことあるような……と頭を捻る。
「イギリスの生んだスーパー大衆作家ですねぇー。中々面白い人生を送っていてソ連に潜入してスパイやってたり、秘書の若い男性と同性愛関係になってたりしつつ、沢山の戯曲を書いて人気を博した人です。長生きして九十一まで生きました」
「んま! 同性愛!」
「離婚はしちゃってますけれど、一人娘がいますね。まあそんなモームが自分の人生下敷きにして書いた作品がこの『人間のしがらみ』という作品です。戯曲がバリバリに売れていて、色んな超一流の劇団から、新作を早く送ってくれ! と、せっつかれ続けている中で、その良好且つ切っても切れない太い関係をバッサリと断って、家に閉じこもり自分の作家人生をかけて二年間に渡る孤独な執筆期間を経て出されたのがこの作品ですね」
「そら超大作にもなりますわね」
「面白いですよ! 純文学というよりはやっぱり大衆作家なのでエンタメ方面に振れている感じもしますし、実話ベースなんで中々考えさせられる所もあります」
「流石に読み切れる気がしない……」
栞はちょっと残念そうにした後、ふふっと笑って「ま、いつも通り他に誰もいないことですしオススメポイントお話ししましょうか」といってくるので「是非もない」とお願いした。
「まあ文学っていうものの一つの楽しみ方に、他人の人生に入り込むという楽しみ方があると思うんですね。実際の所作者の人生がベースになっているので、本当に主人公の目になって追体験をする訳なんです。これがまた思いのほか重いわけですね……」
「追体験かあ……」
「ま、あらすじをざっくりといいますと、主人公のフィリップくんは医者の父親と美しい母の間に産まれるのですが内反足という脚の障害があってこれが凄いコンプレックスなんですね。で、話の始まりはフィリップ九歳の時に母が出産をするのですが死産に終わり、当時既に病を負っていたハハし翌日亡くなります。父は医者として稼いでおり裕福でしたが、暫く前に亡くなっていたため、父の兄で頑迷な牧師の叔父の元に身を寄せます。奥さんの叔母は子供がいなかったためフィリップを心の底から愛しますが、叔父はやっかいな奴ぐらいにしか思ってないのですね。フィリップ君は叔父の家にある本を乱読し、凄く勉強が出来て小さい頃から教養もある訳です。ここらへんヘッセの『車輪の下』に似ているんですが、送り込まれた学校では勉強は優等で将来はオックスフォード大学に入り神父か牧師かというエリート神職の道が待っているのですが、脚のことを馬鹿にされたり、人間関係が嫌になったり、新しい校長が凄く先進的で理解がありフィリップに目をかけてくれるものの、それまでキリスト教に抱いていた熱烈な幸せが湧き上がる信仰心が崩れ去り、勉強で周りを圧倒して、大学への推薦状を貰えるのが確実! という所で、周囲の説得に耳を貸さずあっさり学校を退学します」
「あー確かに『車輪の下』っぽい」
「で、フィリップは語学留学と自由な気質を求めてドイツに向かいます。ここで生涯の友になる教養もありハンサムな男に出会ったりしますが、またイギリスへと戻ります。今度は画家になりたいといってフランスへと行きます。ここら辺で何をやっても全う出来ず途中で投げ出しているフィリップに対して、自分の後を継いで牧師として信仰の道に生きて後を継いでくれると期待していた何度も裏切られて叔父はカンカンなんですが、叔母はコツコツと貯めていたお金をフィリップに全て渡して成功を祈ります。フランスの生活は楽しく才能ある人たちに囲まれて交流を結びますが、絵や文学に挫折していき、一人は餓死寸前で首をくくるなんて悲劇的な人たちを目にし、自分の才能に疑問を持つのですね。そしてキツい言い方で罵倒するので嫌われ者だけれど的確な批評をする絵の先生に自作を見て貰い、一流になれず二流に終わるなら辞めたいのだと伝えるのですが、嫌われ者の先生は静かに作品を見て、よく描けているが一流には成れない。そして若い頃の自分に別な道を歩むように忠告をしてくれる人物がいたら……と、しみじみと語り、絵の道をそこでスッパリと諦めてイギリスに帰ります。叔母はこの間に亡くなってていて死に目には会えなかったのですが、叔父はまだ元気そうで、フィリップの相続した遺産は二十一になるまで絶対に渡さない! と、また道半ばで放り出した甥に対して激怒する訳ですよ。まあそりゃ怒りますよね」
「フィリップ君やりたい放題すぎない?」
「で、ここに至る前に経理の仕事の見習いなんかもやっているんですが、これも規定の期間の前にあっさり辞めているんですが、ここでいわれているのか紳士階級の人間も最近ではこの職に就いていますという事を何度も言うのですね。フィリップは紳士階級の人間だということはそこまで執着はなさそうなんですが、当時の価値観からすると凄い重要なんですね。イギリスのパブに入ると今でも労働者階級のラウンジと紳士階級のラウンジが別れているそうです。今は十九世紀末から二十世紀初頭じゃなくて二十一世紀なんですけれどね……」
「紳士かあ……息が詰まりそう……」
「で、ここでついに父と同じ医者になるという道を定めます。医学校に通って真面目に勉強する訳ですよ。彼、頭いいし要領もいいので勉強は得意だという自負があります。しかしここに来てまた波乱が襲います」
「またドロップアウトしてしまうん?」
「この作品の実に三分の一を占めるパートなんですがミルドレッドというウェイトレスに何故か自分でも分からないけれど熱を上げてしまうんですね。このミルドレッドですが血色は悪いもののまあ美人には違いなくて、自分は紳士階級の家の出だけれど色々とあって無理にこんな所で働いているというわけです。まあ全部嘘っぱちでフィリップの教養やユーモアも理解出来ず、我が儘で嘘つきで自尊心が高くて見栄っ張りで嘘つきで……と本当にいい所無しなんですが、自分でも分からない暗い衝動に駆られて、この頃ようやく手に入れた父の遺産のかなりの金額を貢ぎ注ぎ込みます。もちろんミルドレッドは感謝なんかしませんし、アメリカ人の色男と平然と付き合って、フリップのことなんか何にも考えずに結婚してしまいます」
「フィリップ君は駄目女マニアなん……?」
「で、まあ医学校の授業に必要なお金がなくなってきたので切り詰め生活しているのですが、今度はノーラという女性と付き合うことになります。彼女は旦那と離婚したばかりでお金はないけれど、溢れ出るユーモアと教養。そして何よりフィリップを真っ直ぐに包み込む優しさを備えた魂の美しい人です。三文作家で稼いでいるのですが、同じ話何度も使い回してキャラの名前変えるだけで売れるとかそんな小話で笑いをとってきたりします。因みにミルドレッドの愛読書がノーラの作品で、いま紳士階級の間ではこういう本が好まれているのよなんて台詞が挟まれていて、ミルドレッドの教養のどうしようもなさが強調されてたりします」
「ノーラいいじゃん! ノーラ君に決めた!」
「で、そこに妊娠したミルドレッドが再び顔を現します……」
「なにそれ……」
「アメリカの色男は結婚していて子供までいた訳なんですね。んでもって好きに使っていいお金も毎週渡すよなんて甘い言葉をかけていたけれどそんなことはなんもなくて、妊娠を切っ掛けにポイされた訳です。で、あれだけ素晴らしい女性のノーラがいるにもかかわらずミルドレッドに熱を入れあげ、医学校の女癖の悪い色男の女の切り方に従って、ノーラにとてつもなく酷い手紙を送りつけるんですが、ノーラはそれも寛大に許し、フィリップに面会に来るのですが、もう愛していないと告げて冷酷に切ります」
「フィリップ糞野郎過ぎない……?」
「で、ミルドレッドと子供を養うために遺産を気前よくほいほい使い込みます。ミルドレッドは高級志向なので金遣いが荒いんですね。でもフィリップは頭から惚れちゃっているんで、湯水のようにお金を貢ぎ、産まれた娘も自分の子供同様に扱い可愛がります。そしてパリに旅行しに行こうとか、海に行こうとか色々提案して、ミルドレッドも次第に乗り気になって結婚も見えてきた所で、先ほどの別れ方指南した色男がフィリップとミルドレッドと食事会に出るのですが、この色男にミルドレッドはやられちゃうんですねー。あれだけ熱狂していたフィリップを捨てて二人で出て行きます」
「……言葉もないわ」
「ま、そんなこんなでお金はもうないので、叔父に授業料だけでも何とかしてくれと連絡するのですが、これも無碍に断られます。というかざまあみろという感じです。フィリップが叔父の家に帰ったときももう長くはなさそうだけれど、まだまだ頑丈そうなのをみてがっくりきます。で、ミルドレッド三度」
「三度目!?」
「まあ、街中で立ちんぼしているのを見つける訳ですよ。で、娘は死んでしまったというわけで、もうそこからはミルドレッドに対する愛情は全くないものの、友情自体は感じていてなけなしの遺産使って家に寄せる訳なんですが、ミルドレッドは働く働くといっては、あそこは紳士が働く場所じゃない。こちらはなんだかやな感じ。といってははぐらかし、フィリップが食事と掃除の世話してしくれたら小遣いを渡すという破格の条件で同居しているのですが、料理は出来ない上にやたらとお金はかかっているし、掃除もしてるんだかしてないんだかという感じです。んでまあ例の色男からは自分が間違っていた、ミルドレッドはマジで糞女だった! 許して友情を取り戻させてと手紙が来てたのですがビリビリに裂きます」
「何がしたいのフィリップは?」
「まあここまで来たからにはざっくりと最後まで行きましょう。フランス時代の友達とか、ドイツ時代の友人とかがロンドンに移り住んでいて、安くて旨い居酒屋でちょいちょい会合を挟むのですがここで、株の仲買人にあって、丸得情報をもらって株で稼ぐ訳ですよ。フィリップもお金に困っていたけれど、預けてみたらどどーんと稼げちゃいました。これで学校に通い続けられるという所でミルドレッドの浪費で減りに減った資産も少し取り戻せますが、ミルドレッドが結婚を匂わせたものの、フィリップは既に愛はないと拒絶します。で、これにぶち切れてフィリップのいない間に下宿にあるありとあらゆるものを破壊します。パリ時代に描いたお気に入りの絵も、やっぱりパリ時代にクロンショーという詩人に貰った人生の謎が秘められているというペルシャ絨毯もバリバリです。後腐れなくやりきりました」
「地雷女ですやん」
「まあそんなこんなで、更に狭い下宿に引っ越して医学校に通う訳ですが、ボーア戦争の特需でメチャクチャ稼げるという情報をもらって全財産かける訳ですよフリップ君」
「なんかその話しぶりからすると……」
「戦争が泥沼化した上に負けが込んできました。マイナスにならなかっただけありがたいという大損になってしまい、もうこうなると逆転する要素が叔父の遺産しかなくなってくる訳で、常に叔父の死を願うようになります。気分転換にノーラに会いに行くと相変わらず温かく迎えてくれましたがもう婚約済みだったと……」
「そりゃあ良物件だもの持って行かれちゃうよね……」
「で、病院勤務ではフリップは患者を見下さない、話をよく聞く、ユーモアがあると評判よかったのですが、そんななかソープという男性患者に会うのですが、この人が教養もあって文学芸術に詳しく、紳士階級だの労働階級だのなんて古いといって、紳士階級なのに自ら農村出身の奥さん見つけて大家族を作り上げた男で、退院した後フィリップを家に招待します。毎週呼ばれては子供達とも仲良くなり本当の家族のようになります。で、株で大損こいたときにもう学校に戻れなくなるのですがこのソープが家に上げてくれるわけなんですよ。いい人ソープ良い人」
「波瀾万丈に過ぎる……」
「で、まあ絶食して野宿してた所からデパートの販売員の職を何とか、デパートのコピーライターや広告作ってたソープの口利きで得るわけ何ですね。でも紳士階級の仕事ではないのですよ。ここらへんは当時の感覚からすると本当にあり得ない転落らしいです。それでも販売員さえ狭き門なんで一生懸命働く訳ですが、周りの人間はまあ教養も何にもない人たちで死んだように生きている訳です。で、たまたま女優が服を仕立てに来ていたときにフィリップが要望通りに画家修業の経験を生かしてスケッチしてやったら大好評。マネージャーがお前はこっちの仕事しろといって、お賃金も上がる訳ですね。そしてそのタイミングで叔父が亡くなります。ようやく医学校に通えるだけの資金が出来て色んな臨床の修羅場をくぐって医者になる訳です。ここら辺の医者見習の話がデビュー作になってたり『人間のしがらみ』の原型になっているようですね。でついに今度こそ初めて決めた道を貫き通しました。最初は船医になってあちこちの国にいって見聞を広めて冒険したいなと思うのですが、求人でオタフク風邪にかかった助手の代わりに田舎の医者が助手求めているという話があってお金も悪くないので行く訳ですよ。で、まあそこでの勤務態度が気に入られて、頑固でひねくれててどうしようもないけれど、人は良いお爺ちゃん先生が、今の助手は首にして、フィリップを助手どころか共同経営者にして、自分が死んだ後は医院長になれなんて破格すぎる条件を出すのですが、あくまで船医になりたい。それから暫くスペインに住んでみたいと断るのですが、先生は気が変わったらいつでも声をかけてくれと保留してくれます」
「わかった! ここでミルドレッドが出てくるんでしょ?」
「はい。道を歩いていたらミルドレッドがいたんですよ!」
「ほら来た!」
「と、思ったら似ているだけの人でした。でも内心心臓バクバクもんでした」
「ミルドレッドの呪い怖すぎ……」
「で、ソープ一家が農家体験というかビールのホップ摘みの緩いバイトを毎年スペインに行ってやっている訳なんですが、これに誘われてフリップも行く訳ですけれど。ここに来て今までの人生で味わったことのない、足の着いた幸せな感覚に浸るのです。そしてちんちくりんだったのに今は美しく求婚相手も引きも切らないまでにそだったソープの長女と一晩の過ちを犯します……」
「フィリップはさあ……」
「で、出来ちゃったみたいといわれて、観念してお爺ちゃん先生に連絡して話を受ける訳なんですね。ああ、憧れの外洋は幻に……と思った所で、妊娠は勘違いだったと話を持ってこられる訳なんですが、もう海外生活なんて何でも良い。そんなことじゃなくて自分が今望むのは彼女と一緒にいることだけだ……そう気がつき、ソープの家へ報告に行こう……という所で終わります。ソープ二十九歳の話です」
「長ぇ!」
栞は申し訳なさそうというのと同時に不満そうな顔をして「これでもかっ飛ばしたんですよ内容は……」という。
「まあ良いですよ。わたしもう読んだ気になった。なりました読んだ気に!」
「では、物語の内容はここら辺までにしまして色々と面白話に移りますか……」
「お願い致します……」
「この本ですが元々は『人間の絆』というタイトルが長らく使われてきました。ですがこの新訳は『人間のしがらみ』というなんだかネガティブなタイトルになっていますね」
「確かに何となく嫌そうな響きあるね」
「《ボンデージ》という言葉の訳なんですが長らく《絆》だった訳ですが。これって辞書引いてみると断ちがたい人間関係という意味らしいんですね。これってネガティブな意味合いでの断ち切れない悪縁といういみ何ですね」
「えっ!? なんか漫画とかでも絆の力でうにゃうにゃってよく使われてない?」
「一般に三十年経つとその作品は古典と呼ばれるようになるそうなんですが、大体そのタイミングで新訳をするのがよい感じなんですけれど、新訳は常に過去の翻訳よりアップデートされた時代に即していて尚且つ優れたものでないといけないという鉄則があります。生物的に子供は親より優れてなければいけないはず……みたいな話に通じるのですが、この《絆》という言葉はずーっと悪縁、振りほどかなければならないものという使われ方をしていたのですが、ここ十年ぐらいで大切な仲間達の繋がりという意味合いに変化したそうです。具体的にいうと東日本大震災の辺りから今の意味合いになったそうなんですね。そういうことでこの新訳のタイトルは『人間のしがらみ』というタイトルになったそうです」
「知らなかったそんなの……」
「まあ最初にモームの人生下敷きにしているというお話ししましたけれど、産まれた年がモームとフィリップでは違う訳なんですが、少年期の話はほぼほぼ実話のまんまらしくて、後になるほど創作の割合が増えていきます。例えばパリに滞在はしていたけれど画家修業はしていないですとか、自殺した画家仲間も確認されていないとか、ミルドレッドやノーラに相当する人もいないとかそういう感じなんですね。医者修行はしていたもののその頃にはデビュー作が売れて、一躍人気作家の仲間入りしていたので、破産寸前で辛酸舐めてなどはいなかったとか……まあ色々と相違はあります。ただ、叔父に関しては育てて貰った恩はあるものの、本気で嫌っていたので、牧師館のある地名とかも本来はホワイトステイブルなのに、何がホワイトだといってブラックステイブルに変更していたり、まあ本気で嫌っていたようです」
「はぁーまあしかし長い話だったね……」
「絶頂期の大人気作家が二年間かけて練り上げた話ですからね……でも本当に疲れましたよ。フィリップの人生に乗り込んで追体験するというのは……」
わたしは笑いながら「わたしは話聞いているだけでもう長くて長くて攻略するの諦めちゃったよ」といった。
「でもですね、詩織さん。このタイトル通り最後は綺麗にパズルのピースがハマっていく……いや外れていく開放感が味わえるんですよ」
「どゆこと?」
「あくまでしがらみの話なので、別れのエピソードが最後に集中してきます。例えば先ほどのノーラの婚約話がありましたが、その後フィリップはノーラの事を思い出してもあうことはなかったし、子供の頃学校で仲のよかった同級生の名前はもう思い出せない。改革者として乗り込んできた校長の姿を目にするも、さっと通り過ぎてもう人生が交わることもない……熱で死にかけていた所を毎日つきっきりで看病してくれた所から付き合いの始まった医学校の色男とは完全に絶縁し、人生の謎かけをくれた詩人のクロンショーはフィリップの下宿で亡くなり、画家仲間の内で売れっ子になったローソンという人物とは街で見かけると避けて通り自然と疎遠になり、若い頃初めての性体験を行ったしつこくラブレターを送ってきていた女性は風の噂で結婚して落ち着いていると聞いたり、ドイツで出会った教養主義が過ぎるハンサムは何者にもなれぬまま戦争に志願して、現地でチフスにかかりあっさりと亡くなってしまったり……あれだけ付き合いの深かった人々達との《絆》が解けてゆくんですよね。その感覚が、ああしがらみが解けてゆき背負っていた何かがふわりと軽くなって行く……という快感があるんです」
「確かに人との関係が濃くなっていく話はよくある気がするけれど、関係が途絶えて気持ちが楽になる話って知らないなあ……」
「そんなこんなで是非お勧めしますよ……!」
「わたしは栞とは付き合い離ればなれにはなりたくないかなぁー……ずっとずーっと」
「人間の付き合いは濃いほど切れるときにはあっさり別れちゃうみたいな所って確かにありますよね。人間の付き合いは水みたいなもんだなんてお話もありますしねえ……私は詩織さんとは濃く太く繋がっていたいですけれども……」
そういうと栞はわたしの方に手を伸ばしてぎゅっと手を掴んでくる。
「そうね、水魚の交わりって奴ですか? わたしもずっーと大人になっても栞との付き合い続いていると良いなあって思います。あっこれがしがらみなのかな?」
「まあ、運命の出会いというかご縁という奴ですね!」
そういって二人して笑い合った。
というわけで、死ぬほど長い小説でしたが、大衆小説・エンタメ向けな性格も強いので読んでいて楽しいのは間違いないです。
ただまあ気合い入れて読む気にならないときついというのは有るかと思います。
でも紹介者としては、実際に取り上げた本に興味持って頂き、実際に読んでみてもらえたらそれに勝る喜びはないので、そんな挑戦のし甲斐のある小説だと自信を持ってお勧めいたします。
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ではまた次の話で。
次はもう50話目ぐらいの頃からこの話にしようと決めていた本なので、ようやく取り上げられるというのが感慨深いです。
短くて面白くて読んだことある人もいっぱいいるだろうという超有名な作品です。
気長にお待ちくださいませー。




