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097エヴゲーニイ・ザミャーチン『われら』

大変遅くなりました。

端的に言うと今年の連休は久々にイベントに出るので、同人誌など作っておりました。

生まれて初めて漫画とか描いたりもしましたが、苦労はするけれどやってみると楽しいもんですね。

絵なんか描いたこともないのですけれども。


ということで、元祖ディストピア小説の『われら』です。

今回は光文社古典新訳のものを底本としました。

「サン・ジョルディー!」


 図書室に入るなり栞に先制攻撃を仕掛けると、栞はなにかとんでもないものを見るような目でわたしを見つめたまま固まっていた。


「いやだなあー栞センセ! 四月二十三日は《サン・ジョルディーの日》じゃないですかぁー! あれ、世界的になんか本を贈りあう日なんだってー! でね、栞が読んだことなさそうないわゆるエンタメの本買ってきたんですよ! 後戸谷隆の『お化けのそばづえ』っていうホラーなんだけれど、結構面白かったからこれあげる!」


「んまっ!」


「なんかネット見たら、シェイクスピアの誕生日と命日の日で、セルバンテスだっけか? あの人の命日だからとにかく凄いブンガク的な日なんですと! なんかネットで話題になってたから、この流れにのってやりましたよ!」


 栞はなんか微妙にズレた眼鏡をかけ直すと「詩織さんがそういうイベントにのってくれるとは本当に嬉しいですね」と何か涙を拭うような仕草をした。


「世界図書デーとかにもなってますね。まさか詩織さんから《サン・ジョルディーの日》の話題が出た上に、本までプレゼントしていただけるとは思ってもいなかったのでビックリです……」


「あ、やっぱり知ってたんだ《サン・ジョルディーの日》でもこの本は読んだことないでしょ?」


「ええ、タイトルだけは新刊で紹介されていたので知っていましたけれど、私の守備範囲外なので、まだ未読ですね。こういうJ・ホラーですか。最後に読んだのは『ぼぎわんが、来る』の《比嘉琴子シリーズ》ぐらいですね。暫く前に「来る」ってタイトルで映画化されてたヤツですよ」


「あー本は読んだことないけれど映画は見たよ! なんかスタイリッシュお祓いアクションみたいなヤツね!」


「それですそれ。原作からかなり改変されていますけれど娯楽映画として面白かったですね」


「へへ、栞が読んだことない本先回りして読めたのは、大金星じゃないですかね?」


 栞は苦笑いすると「この世には無数に本があるんですから、そんなに大げさな」といって手渡した本をパラパラとめくっていた。


「そうですね、実は私も何かプレゼントしようかなと思って何冊か候補を考えていたんですが、丁度ホラーの本頂いたので、こちらのザミャーチン『われら』をプレゼントしようかなと思います!」


「ざみゃ……何人?」


「ロシアというかソヴィエト連邦時代の人ですね。怖い本といっても、いわゆるホラー小説とは方向性が違いますが、まあまあこのご時世を考えてみると中々怖い本ですね。因みにジャンルはSFになるのかな?」


「ほう、SFですか……SF読んでいると何となく読書上級者みたいなイメージがあるので助かります」


「どちらかというとSFファンって面倒くさい人が多いというパブリックなイメージというか偏見というかそういうものはある気がしますけれど、確かにちょっと上級者っぽいところありますよね。SFを語るならまずは青背を千冊読めーとか……」


「青背……? 千冊……?」


「ハヤカワのSFレーベルが背表紙青いんですけれど、それを千冊読んだ所からスタートとかいう、とにかく聞いているだけで面倒くさい独自のルールというか暗黙の了解があるっぽいですね。まあそういうこと言うのも偏見ではあるのですが……とりあえず本人が楽しんで読めばいいんじゃないですかね、本なんて」


「わたしSF上級者は諦めたわ……」


「えーと、ザミャーチンの『われら』なんですがディストピア小説の嚆矢となった作品といわれていますね。言い方変えると元祖ディストピア小説といってしまってもいいのではないかと思います」


「ディストピア小説っていうと、あの超管理社会で、なんかペーストみたいな食べ物出されて、チッまたバイオ肉かよ……たまには本物の肉が食いたいぜ……とかいうあれ?」


「なんか色々と混ざっているような気がしますけれど、まあそんな理解でもいいと思います。何か違うけれども」


 えへっ! と小首を傾げて可愛い感じをアピールしてみるが栞は完全に無視して先を続ける。


「『われら』はザミャーチンの生きていた時代から千年後の世界なんですが、その間に大戦争が起きていて、人類が滅びそうになる所を、世界が単一社会になって《恩人》に支配されることによって平和を保つんですね。単一国家の周りにはぐるりと壁に囲まれて、外はジャングルのようになっているんですが、そこには野生の人たちが住んでたりして、後々話に関わってくるのですが、そこは置いておきましょう。単一の国は透明なガラスによって区分けされていて、みんなが全て同じ時間に起きて、全ての人が同じ時間に仕事を始めて、記号で識別された人々は、夜の生活も決められた相手とピンク・クーポンを使うことによって行うのですね。主人公は宇宙の果ての、未だ自由主義を掲げている星の生命体に、管理されることによって幸せをもたらすための宇宙船インテグラルの造船技師です。ザミャーチン自身も文学の道に入る前には造船技師として働いていたのですが、そこら辺の経験が生きているようです。で、これ以上はネタバレになるので読んで頂きたいのですが、例えばオルダス・ハクスリー『素晴らしき世界』やオーウェルの『一九八四年』なんかの超有名ディストピア小説に多大な影響を与えているんですね。まあハクスリーは執筆前には『われら』を読んでいなかったと言っているようですが、とにかくそういう話が出るくらいには現代の古典なんですねぇ。例えば『われら』は全ての生活が時間律タブレットによってこまかーく管理されているんですね。全ての生活は《恩人》の命じるままに運営されていて、自由な発想は人間に残された最後の悪夢なんです。なんで脳梁を焼いて、想像力を奪うことによって人類をある意味完成させようという手術が行われるのですが、さてさて主人公と彼らを取り巻く友人。そして壁の外の人はどうなるんでしょうかね? という話です」


 いつも通り、すらすらーっと内容を解説してくれるので、もう大体読んだ気になってしまったけれど、それを口に出すと栞に怒られると思うので、なるほどなるほどと神妙な顔をして頷いていた。


「まあ何が怖いかというと、当時の体制に反しているとして、レーニンからスターリンの支配するソ連にあってボコボコに叩かれるんですね。まあそりゃそうだという話なんですが、当時の文学者なんかでも、本当に人間から名前を取り上げて識別番号で呼んで管理しましょう。そして全ての人の時間を管理して社会を効率化しましょうという事を大真面目にいっていた人がいたりもした訳です」


「マジか」


「マジです。マジ話です。でまあ『われら』はそういう共産・社会主義社会に反しているというか批判しているととられて、文壇から追放されちゃって、最後はゴーリキーを通してスターリンに、亡命許可を得てフランスに渡って、その後暫くして不運の内に亡くなってしまうのですが、この作品が取り上げられたのはソ連国内ではなくて英語圏で、結構な評判になります。ソ連で初めてお目見えするのも八〇年代とか比較的最近までないことにされていた文学なんですが、これって最近のロシア情勢と何となく被る所あるとは思いませんか?」


「あー言論弾圧的な?」


「はい。例えば前にちょっとご紹介したソローキンなんかは体制を揶揄するような作品ばっかり書いていたので、彼や似た考えの自由な気風を好む作家はもう全員海外に亡命しちゃっているそうです」


「そんなに」


「ええ、そういう事が起こっている横で、ロシアの作家五〇〇人の連盟による、ロシア賛美の署名活動なんか起こっていたりして、まんま一世紀前の社会をなぞっているのですね。ここら辺はロシア人の死生観なんかを知っておかないと分からない所が多分にあるようですが、とりあえず昔と同じ事が起こっていると思ってください。そういう意味で『われら』は古典にして最新の小説な訳なんですね。という訳でホラーとは違いますが怖い話ではあるのです。ということで詩織さんにプレゼントします。サン・ジョルディー!」


 突然栞がらしくなくテンションが上げてサン・ジョルディーとかいいだすので思わず吹き出してしまった。


「もしかしてだけどさ、栞。実はわたしが《サン・ジョルディーの日》知らないから、そうやってプレゼントするの楽しみにしてテンション今まで押さえていたりした?」


 と、くつくつと笑いをこらえながら、ちよっとカマをかけてみると、栞は若干顔を上気させて、頭に手をやるとてれりこてれりこと照れだして。

 らしくもなく「えへへ」なんて笑い出して「実はお恥ずかしながらそうなんですね。先制攻撃で本をプレゼントしようと思っていたのですけれど、詩織さんがあんまりテンション高くしてサン・ジョルディー! なんていって入室してくるものだから、気合い入れていた割にはちょっと出鼻をくじかれてしまって、このなんていうか時間を共有する喜びみたいなものをお出しするタイミング掴みかねちゃって……おはずかしい……」


「あ、かわいい……」


「えっ?」


「あっ、いやいや何でもない何でもない」


 といいながら自分の顔をパタパタと手で煽ぐと栞に向き直った。


「じゃあわたしは『われら』を読みますので、栞は『お化けのそばづえ』を読むこと! そして来年も再来年も十年後も《サン・ジョルディーの日》を一緒に祝うこと! おーけー?」


「はっはい! こちらこそ末永いお付き合いをお願い致します!」


「結婚するんじゃないんだからさ……」


 と、いって二人して赤面しながら、ふはふはと何となく笑い合った。

 特別な記念日は何個合ってもいいものなんだと、口には出さなかったけれど心からそう思った。

更新大変遅くなり恐縮ですが、読んでいただいている方には感謝です。

あまり政治的な話は出したくなかったのですが、触れざるを得ないところもあったので、直接名前などは出さずふわっとした物言いになっていますが、そこはそういう者として読んでいただければ幸いです。

未来の預言書になってしまっている本というと、ソローキン『親衛隊士の日々』なんかが2028年の世界なのですが、現実に近づくに従ってだんだんと世界がそっち方面によって行ってしまうと言う、人類がこれまでも経験したことのある悲喜劇がありますので、気が向いた方はご一読を。


感想や突っ込み、要望やおすすめの本などあればお気軽に書き込んでいただけると励みになります。

それは面倒という方は「いいね」していただけると作者がちよっとフフッてなります。

次の更新はイベントで上京してしまうと更新できないので、2~3日中にしたいと思っていますので、優しく見守っていただければ幸いです。


ではまたー。

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