094パトリク・オウジェドニーク『エウロペアナ: 二〇世紀史概説』
本当はもっと早く投下する予定だったのですが、平沢進のインタラクティブライブ全日みてたら遅れました。
よくないですね。
次のネタも一応考えてはあるのでもっと早くに更新できたらと考えています。
無駄足踏ませてしまった方には申し訳ない限りです。
「なんかさ、出だしからして心掴まれる作品みたいなのない? 『変身』とか『吾輩は猫である』みたいな誰でも知っているヤツ以外で」
手元の本に目を落としていた栞が、珍しい物をみる目つきでわたしに視線を這わせる。
「どうしたんですか急に? 唐突に珍しい……」
「いやね、クラスの連中と有名な出だしの本の話しになって「お前の知識はそんなもんか」って小馬鹿にされたので、教養を身につけて殴り返してやりたいと思うのです。わたしを貶す物は全て殺害してしまいたいと思った次第です」
「んま!」
栞はそう声をあげると、なんだか酷く哀れな生物を見るそのものの視線でマジマジと見つめてくる。
「やめろ! やめてください! その視線でわたしを見つめないでくれ!」
わたわたと手を振ってわたしに蜘蛛の巣のように絡みつく視線を振り払うように暴れた。
「……まあ教養で殴るといっても、教養ってそういう使い方するものでもないと思うんですが……まあなくてもいいけれど、あっても困らないのが教養ですからね……。詩織さんがいうのが教養というのか使わない知識というのかどちらかなのかは分からないですが……」
机をコツコツと叩きながら「で、あるんですか! ないんですか! 答えを教えてください栞先生!」
「先生はやめてくださいよ、まあパッと思いつくそんな都合のいい本は……そうだなあ……」
そう呟くと両方のこめかみを拳でぐりぐりやりながら考え込む。
なんかあまり気のない様なことをいいつつ考えてくれるあたり栞の事が大好きで堪らない。
「んーとそうですねぇ……あっそうそう! 以前私が小説の出だしでとにかくインパクトのある掴みを考えられたらいいなって話したことあったの覚えてます?」
「んーあー、なんか頭からいかれてるぐらいの方が話としては面白いみたいなやつだったっけか」
「そうそう。それですそれです。で、ですね。以前読んで掴みからもう面白かった本があって、推薦したら図書購入費でこの前買って貰えた本がなんとこの図書室にあるのです。カウンターの脇のオススメ新刊本のコーナーって見ました?」
「えっ! そんなコーナーあったっけ?」
「詩織さん……」
「あっごめんごめん、栞が勧めてくれる本以外あまり手に取ることないからさ……」
「まあいいでしょう。確かまだ誰も借りてなかったハズですね。ちょっと待っててください」
うあーいと返事をして、姿勢を正して栞先生が戻ってくるのを待つ。
「ありましたありました! 第一回目の日本翻訳大賞をとった、チェコの作家でジャーナリストのパトリック・オウジェドニーク『エウロペアナ:二〇世紀史概説』です!」
「なにそれ、聞いたことない。パトリク・おうおう? 名前がもう難しい……」
「オウジェドニークです。まあ日本人には名前覚えにくいかも知れないですね。発売したときにいかにも面白そうで買ってみたら、今まで読んだことのないような文体で、これ詩織さんにも読んでみて貰いたいなーって思っていたんですよ。図書室に仕入れて貰って正解だったなあー」
などと本を裏表に見返しながら、ニコニコといい笑顔でぱらぱらとめくっている。
「表紙からしてインパクトありますねぇ」
差し出された本を見てみると、なんだかひどく時代を感じるガスマスクをした兵隊とその間にやっぱりガスマスクをした馬の写真が表紙の確かに気になる感じの装丁がされていた。
「何この表紙?」
「タイトルの通り二〇世紀のヨーロッパの歴史の話なので、それに因んだ写真ですね。答えからいうと、第一次世界大戦の毒ガス戦に備えた防御服です。今でもゼロではないんでしょうけれど、この時代はまだ馬も立派な戦力だったんですねぇ。機関銃が開発されてからは的にしかならなかったんでしょうけれど、それでも馬専用のガスマスクつくる程度には活躍してたんですね。歴史だなあー」
と、ニコニコと笑みを浮かべながら解説してくれる。
「第一次大戦で初めて化学兵器が使われ始めたのは授業でやりましたよね? ハーバー=ボッシュ法でアンモニアの大量生産に成功して「空気からパンを取り出した!」と言われたドイツの天才科学者にしてノーベル賞受賞者のフリッツ・ハーバーが塩素ガスを開発して線上に持ち込んだというアレです」
「アレがどれなのかよくわかんないけれど、流石に世界史の授業で化学兵器使い出したってのは覚えてるよ。たしか視聴覚室で「映像の世紀」とか見せられた記憶がある。メッチャグロ動画だったアレでしょ?」
「アレですアレ」
「第一次世界大戦の本なの?」
「いえいえ、タイトル通り二〇世紀のヨーロッパの歴史なんで、第一次大戦から始まって東西冷戦とか敷衍する感じです」
「ふーん……ふえ……? まあそれは確かに教養溢れる本っぽいけれどわたしが知りたいのは出だしが面白い本であって歴史の教科書では……」
ふっふっふーんと栞は不敵に笑うと「そんな単純な本をわざわざ図書購入費の中から予算出して推薦図書にしたりはしませんよ」といって、視線でページをめくるように促してくる。 どんなもんじゃい? と思って視線を落とす。
「えーと、一九四四年、ノルマンディーで命を落としたアメリカ兵は体格のよい男たちで、平均身長は一七三センチだった。ある者のつの先に別の者の頭を置くといった具合に戦死者を一人ずつ並べていくと、全体で三八キロの長さになるという……。えっ何これ? マジ情報というかそんなこと調べた人がいるの?」
「マジでマジです」
「デジマ!?」
「出島? まあそうですね、とりあえずちょっと長めではありますけれど、一行で心掴まれません?」
「うーん。いわれてみれば確かに。長いからちょっと暗記するの大変そうだけれど……」
「そうですね、こんな話が時系列グチャグチャに連想ゲームのように並んでいます」
しげしげと本を眺めながら「本当にそんなん調べたの? 混乱しない?」と素直な感想を述べると栞は笑いながら「時間や場所がランダムに飛び飛びで書かれている六六章の断片からなっているんですが、当時のプロパガンダやポスターの広告、それから怪しい噂なんかで構成されているので、確実に本当といえることはそんなにはないんですが、まあまことしやかに書かれていますね」という。
「へーそれがこの本ですと」
「そーなんです。例えば沼にハマった兵士を昼間に見かけて、またその道通ったときには首まで埋まっていたとか、マスタードガスという毒ガスを吸った兵士は、そのあとディジョンという今でもあるメーカーのマスターとが二度と食べられなくなったとか、本当なのそれ? ってあやしーい噂話で構成されていますね」
「ふーん。歴史の勉強にはならなさそうだけど面白そうかも……」
「面白いので推薦図書コーナーに置いた訳ですから是非貸し出し一号目の人になってみてはいかがですか?」
「なるほどー確かに貸し出し一号目に名前を刻むのは気分がいいかも……あっでも栞もこの本持っているんでしょ?」
「ええ、まあ……」
「だったら栞が持っている方も貸して貰えないかな?」
「んー? 別にいいですけれどなんでです?」
「いやあ、貸出期間中に読み切れなかったり、図書館の本返すの忘れたりしそうな感じするけれど、栞に借りたヤツなら忘れないだろうし……それに……」
「それに何です?」
「いや、ま、何でもない」
「んんー? まあいいですけれども……とりあえず、出だしから面白い本ではありますので是非是非といった所です」
「さんきゅ!」
まあ、栞に借りた本はページをぱらぱらとめくると栞の匂いがして落ち着くとかそういうことはあんまり大きな声では言えないので、内緒の話ではあるのだが。
わたしが栞ニウムと名付けた物質を肺の中いっぱいに吸収することによって活力を得ていることについては、怪しい噂でもなく、絶対に内緒にしなくてはならない極秘事項なので黙ったまま、ニヤついて本を受け取るのであった。
とにかく文句なく面白い本名ので是非ご一読を。
アマゾンから紹介文をちょっと引いてきます。
「一九四四年、ノルマンディーで命を落としたアメリカ兵は体格のよい男たちで、平均身長は一七三センチだった。ある者のつま先に別の者の頭を置くといった具合に戦死者を一人ずつ並べていくと、全体で三八キロの長さになるという。ドイツ兵も体格がよかったが、一番体格がよかったのは第一次世界大戦に従軍したセネガルの射撃兵で、平均身長は一七六センチだった。そのため、ドイツ兵が恐れをなすようにと、セネガルの射撃兵が最前線に送り込まれたのだ。」(本書より)
ピンときたら是非ご一読を。
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