093ブルース・チャトウィン『ウッツ男爵: ある蒐集家の物語』
しゃあっ! 禁断の更新一日二度打ち!
上手くいっているのかいっていないのか分かりませんがそっち向きの描写を増やしてみました。
私は心が汚れていないので特になんてことのない感じだと思います。はい。
揺れた。メチャクチャに揺れた。
「いやあ、昨日の地震凄かったね。久しぶりにスマホがビービーなって驚いたわぁー」
「やっぱり日頃から備えておかないと駄目ですね」
などと昨晩の地震談義に花が咲く。そんなもんの花が咲いていいことはなさそうだけれどまあどうしてもその話題にはなる。
「栞の家は停電とかどうだった?」
「いえ、特に何事もなく、電気ガス水道し生きてましたね」
「うちも平気だったけれど、いやぁ積んでた漫画とかがバラバラバラーって、あと最近買ってなかったけれど、昔買ってたCDとかがさ、ばりーんってケース割れちゃって、メッチャおつらい……」
「おーよしよしかわいそうですねぇ」
などといって胸元に頭を抱えられて撫でられたので、でへへなんて割合だらしのない笑い声が漏れ出る。
栞の制服からは謎のいい香りがするので、この隙に思いっきりスーハーしておく。
ちょっと変態っぽいと思われるかも知れないけれど、栞の香りはそりゃいい物なのだ。
栞の部屋とかに入ると高原の花畑のような香りがする。
高原の花畑とかいったことないんだけれども、まあこれも友人ポジションの役得というやつである。
「詩織さん? なんか鼻息が荒くないですか?」
「いえ、何でもありません。気のせいです」
「気のせいですか?」
がばりと体を立て直すと先ほどの話の続きをする。
「アレですよね栞さんや、東風家は本だらけだし結構大変な本雪崩がおきたのではないですか? なんかネット見てたら本がばさーって広がってた人の部屋の写真結構上がってたけれど、大丈夫だったん? 実は埋もれていて栞の本体は死んだりしていない?」
「何言ってるんですか。まあ本棚から飛び出しそうになった本は確かにありましたけれど、特に崩れたりはしなかったですね。本が傷むのでそんなにギチギチに詰めている訳でもないですが、そこそこ安定していたようですね。本棚も全部つっかえ棒してありますし、大したことはなかったですね」
「あれだけ本買ってて、一冊も崩れないのは中々にミラクルだねぇ」
「そういえば勉強会とかするときはいつも私の家でしたけれど、詩織さんのお部屋にお邪魔したことなかったですね。お家までは伺ったことあるのに……あ、今度詩織さんの部屋でお泊まり読書か……勉強会しま……」
「駄目」
「即答……」
「いやあわたしの部屋、メッチャ汚いし、物が一杯あるし、栞の家みたいにいい匂いもしないし……」
「匂い?」
「何でもない。まあそれにですね、栞が私の部屋に上がったり何かしたら、パーソナルスペースがぐっと近づくから……わたしも理性を保つ戦いに勝てるかどうかあやふやな……」
などと後半消え入るような小声でいったら「理性がなんです?」と怪訝な顔をされたので、いやいやいやと適当に誤魔化す。
「それにわたしこう見えてメッチャオタクだから、部屋見られるの恥ずかしいかなぁーって……漫画ばっかりだし、数は少ないけれどアニメグッズとかもあるしぃー」
「いいじゃないですか、趣味の物が多少あったぐらいでそんな」
「まあわたしはお金ないからそんなに一杯グッズがある訳じゃないけどさぁ、それより栞は何かコレクションしている物とかあるの? やっぱり本のコレクションばっかりだったりする訳なんですかいね?」
栞は空中に視線を漂わせると、下唇に細くて白い指を当てて「んー」と唸る。
「そうですね、コレクションという程でもないですが、植物が好きで珍しい植物の種とか緑花木センターとかに入ると時折買ってきちゃいますね。最近は珍しい植物も結構簡単に手に入るようになって楽しいですね!」
わたしは右手で目を覆うと体を反らして「うわー出た! お花! 乙女パワー全開かよ!」といってぐだった。
「別にプラント・ラバーっていえるほどコレクションある訳じゃないですよ。そうですねぇ、集めている物というと、コップというかカップというかマグカップ何種類か持っていて、その日の気分によって使い分けたりしますねー。そんなに纏まった数がある訳ではないですけれどコレクションらしいコレクションというとそれかなあ」
「わたしの人生でマグカップ集めている人に初めて出会った」
「そんなに珍しいですかね? 益子の陶器市とかいくと安くてデザインに優れた湯飲みとかカップとか掘り出し物がいっぱいありますよ!」
「焼き物なんて見て楽しいの?」
「これが中々ドハマりしてしまいますね!」
そんなもんかぁーと呟くと、天井をボンヤリと眺め特に意味もなく染みの数を数え出す。
「んもーどうしたんですか。まあそうですね、美術品に限らずコレクションに対する妄執みたいなテーマの作品は結構あって、特に多いのが本にまつわる本ですね。『愛書狂』とか『せどりだんしゃく数綺譚』とかまあいっぱいありますよ。ここら辺は短編だし話も入りやすいので是非読んでみてください。本のために人を殺した実在の事件とか色々とぶっ飛んだ世界がありますね」
「へー栞も本集めすぎて犯罪は犯さないようにしてね」
「んまっ! 失礼な!」
といって、ツーンと向こうに頭を振りぷくむすーと膨れてしまったので、今度はわたしが栞の頭を抱き寄せて「おーよしよし、ごめんごめん」といいながら、三つ編みにして頭皮が露わになっている頭頂部をゴシゴシと指で擦った。
こうするとより強い芳香が立ち上がるのだ。
またまたスーハーとかいぐりながら匂いをかいでいると、栞がわたわたし始めて「痛いです、痛いです、あと柔らかいです!」と謎のメッセージを送ってくるので解放した。
なんだかよく分からないけれど二人して見つめ合ってはぁはぁと息を切らしていた。
「ま、まぁアレですね。本の収集家の話は良くありますけれど、最近読んだ話で面白かったのがブルース・チャトウィンの『ウッツ男爵:ある収集家の物語』ですかね」
この状況からよく最近読んだ本の話になるなと思ったけれど、あまり変な空気になると内なる理性がドバドバ崩壊しそうなので、黙っていた。
「これは冷戦下のチェコはプラハに住むウッツ男爵はマイセンの一大コレクターで人生の殆どをその宝を守るために使っているんですが、その一代記のお話ですね」
「まい泉? とんかつ?」
「違います。ドイツのマイセン窯で焼かれた磁器作品ですね。えーと「なんでも鑑定団」とかみてると結構出てくるアレです」
「あーはいはい。お皿とか焼き物の人形とかそういう高級でおハイソなあれね」
「おハイソなあれです」
「ふーん、まあ男爵っていうぐらいだからお金持ちでいっぱい買っているって話なの?」
「まあコレクションはマイセンの中でも人形を集めていて超一級品の物しか身の回りに置かないんですね。で、冷戦下ということもあり、そのお宝は国家の物に属するみたいなことをいわれて、全部に番号振られて写真も撮られてカタログを作られてしまい、海外旅行に行くときも持ち出しが許されていないという状況なんですね。そもそもこの時期西側に旅行に行くとしたら亡命目当てなので二度と戻ってこないのが暗黙の了解みたいな所があるのですが、このウッツ男爵は何度自由な海外に出てもプラハに戻ってくるんです。国境警備の人も変な人だなあとおもって見ているワケなのですが、実際にこの人の描写を見ていると愛読書がカフカだったりして、たしかにこの人カフカ好きそう……ってなったりします」
「ほうほう、つまりは変わり者と?」
「超一級の変わり者です。そして死後はそのコレクションの全てを国の博物館に寄贈するという遺言というか誓約書を書くのですが、ウッツ男爵の死後、ウッツ男爵について調べている主人公がまた博物館、美術館、ゴミ収集人、同じアパルトマンの住人とたどれる限りたどっていくのですが、ついぞ見つからない。そして最後にたどり着いたのが、ウッツ男爵が若い頃、酷い生活をしていたのを拾ってきて、使用人として使っていた女性にたどり着きます。ウッツ男爵もその女性もお互いの関係に満足していて恋愛関係は一切なかったのですが、まあ結婚する訳です。そしてウッツ男爵の死後に元いた田舎に引き返した女性と面会したときに「私がウッツ男爵夫人です」と和やかに笑う女性と会った所で物語は閉じます」
「え、何? ミステリ調なの?」
「いえ、ミステリというほどでもないですが、何となく晴れ晴れとした気持ちになる本ですね。そしてウッツ・コレクションの行方は……という単純だけれど歴史が絡み合った話です。これも長編と中編の間ぐらいなので、集中して読めば二、三時間で読めちゃいますね。今度読んでみませんか?」
「うーん。ちょっと気になるかな。あと薄いのいいね。薄い本大好き」
薄い本大好きとかいうとなんか誤解がありそうな気がしてきたけれど、それを栞に知られて彼女の魂を汚すことは憚られるので黙っていた。
「じゃあ、早速連休中に『ウッツ男爵』をもって詩織さんの部屋で読書会しまし……」
「駄目。吾輩の部屋は絶対に駄目!」
鉄の意志で拒否るとまたつまらなさそうに、ぷくーっと膨れる。
かわええ……。
栞は眼鏡をくいと持ち上げて、気を取り直すと「まあいいでしょう。とりあえず面白いのでご一読あれです。チャトウィンはコスモポリタンな人で、その経歴にあった作品を書いて注目を浴びるのですが、夭折してしまっているので、作品数が凄い少ないんです。コンプリートするのも楽ですね」なんてわたしの見栄っ張りな部分をくすぐってくる。
この女わたしの事を手玉に取りやがって……ブチ○○すぞ……とかなんとかいう考えが浮かぶと顔に出てしまうので、真面目くさった顔をして「分かった! 是非読んでみましょう!」というと、ぱぁぁぁと表情が明るくなり、栞は満足そうに頷く。
「そうそう、いいと思いますよ!」
この女可愛すぎる……絶対○○ーしてやるぜ……とか何とか不穏な思いがまた頭に浮かんできたので、お相撲さんのように顔をパンと叩き気合いを入れて「よっしゃ! 今なら何でも読破出来る気がするぜ!」と高らかに宣言した。
「じゃあ私と一緒に『失われた時を求めて』でも攻略しましょうか!」
「それわたしでもしってる……死ぬほど長いヤツでしょ……それはちょっと無理かな……」
また栞はぷくーっと膨れてそっぽを向いてしまった。
かわええなぁと思いながら、膝の上に置かれた栞の手に手を重ねて、ふ、と彼女の耳に息を吹きかけると「ひゃん!」と変な声を上げたのでへらへらと笑ってしまった。
そしたら今度はちょっと怒った栞がわたしの目の前まで迫ってきて「こうなったら絶対に濃密な時間を過ごして貰います!」と宣言してきたので、わたしはなんというか、ゾクゾクとしてしまったのである。
比較的マイナーな感じの作品ですが、翻訳したカフカ研究で有名な池内紀も「自分に才能があればこんな話書きたいな」と言うだけあって、美術史や文学史に絡む浩瀚な話題が、うるさくない程度に出てきます。
知っている人は「この話知っているフフッ」となるし、知らない人は「へーなんか面白そう」となるいいあんばいだと思います。
私もそんな感じの塩梅の作品が描けたら良いなと思うばかりです。
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