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089アントン・チェーホフ『ワーニャ伯父さん』

チェーホフはやはり『ユモレスカ』から入るのが一番入りやすいとは思いますが、有名な戯曲を取り上げてみました。

邦訳は色々ありますが入手性で言うと光文社古典新訳が手に入りやすいかなと思います。

ただ出版社在庫がいま切れてたかも……。

たまには戯曲も良いのでは無いかと思います。

 今日はというか今日も図書室には先に栞がいた。

 ウチのクラスは担任の話が長いというのとはまた別に、なんやかやと捕まって駄弁ったりすることがママあるので、栞より先に図書室に着いていると、なんか勝ったような気持ちにもなるのだけれど、がらんとした誰もいない図書室は寂しいので、栞がぽつりと存在してくれているだけでありがたい。

 いつも通りなんか熱心に本読んでいるので、そっと後ろから近づき、いきなりがばりと肩を抱き寄せる。


「グギャ!」


 なんか普段のお嬢様っぽい立ち振る舞いからは想像出来ないような、カエルを潰したようなくぐもった叫び声を上げる。


「なんだよ栞ちゃーん! 何読んでんだ? ん? そんなに本ばっかり読んでると将来無職か作家になっちゃうぞ?」


 自分で言うのも何だけれど、割と支離滅裂なことを言いつつ、結構なウザ絡みをする。


「んもう! ビックリするじゃないですか! やめてくださいよもう!」


「あーん、つれないー!」


 とか何とかやっているうちに腕を解かれる。


「図書室では静かにしてくださいよもう!」


「いうてもわたしたち以外誰もいないじゃない」


「それはそれ、これはこれ! です!」


 などといいつつ、本日の乙女のスキンシップタイムは終了したので、ちょっと物足りないけれど、栞がこれ以上拗ねても、アレなので……アレ、結構興奮するかも……。

 危ない扉が開きかけるので、とりあえず閉じる。


「で、栞先生は今日は何読んでますの?」


「時に詩織さん」


「なんでしょう?」


「世の中の人は二つに分かれると言いますが、どう分けますか?」


「え、何? テツガク的なお話? まあ……あれかな……男と女?」


「はい、生物なので例外はありますが大部分の人はそれで分けられますね。そうではなくてもっと文学的な分け方です」


「ブンガク的……な分け方?」


「はい、どうぞ!」


「本を読む人と読まない人?」


「はい。正解はドストエフスキー派かチェーホフ派のどっちかですー」


 えーなんじゃそら?

 ドストエフスキーもチェーホフもとりあえずロシアの人としか知らないわたしは、どっちにも入らない異端の人なのかと問い詰めたいと思ったけれど、栞が後を継ぐ。


「大学のロシア文学専攻科でまことしやかに噂されている話だそうですが、結論から言うと圧倒的にドストエフスキーの方が人気があって、有名な割にチェーホフ研究ってあんまり活発ではないそうです。まあ比較的ではあると思いますが」


「ドストエフスキーなら『罪&罰』とか知ってますよわたしは」


「なんですか『罪&罰』って。まあ言わんと欲することは分かりますけれども!」


「他はしらにゃい……」


「にゃいじゃないですよにゃいじゃ! まあ確かに誰でも知っているのはそこら辺だとは思いますけれども!」


「チェーホフは名前は何となく知っていますが、何を書いている人なのかはさっぱりなにもこれひとつも知りませんよわたしは」


「そんな堂々といわれると中々突っ込みづらいですが……まあそうですね、例えば詩織さんでもすぐ読めそうなのは『ユモレスカ』とかかなあ」


「ゆも……なにそれ?」


「ユーモア小説という程度の意味ですよ。一話数頁の掌編小説集ですね。チェーホフは医学生の時にこのユーモア短編を書きまくって、医大生とアマチュア作家の二足の草鞋で多忙を極めたそうですよ。特に技巧が凝らされている訳ではないですけれど、寝る前に数話読んで楽しむみたいな楽しみ方するには丁度いいかもしれませんね」


「へーわたし向きかも」


「まあチェーホフはこのユーモア短編でそこそこ有名になるのですが、才能は隠せないらしくてドミートリイ・グリゴローヴィチというひとから「そんな短編書き散らかして才能の無駄遣いするのはもったいない」といわれて、本格的に文学の道に進むんですね。あ、因みに医師の資格もちゃんと取ったそうですよ」


「へー手塚治虫みたい……」


「確かに近いかも知れませんね。で、話は大回りしましたが、私が読んでいたのは、『ワーニャ伯父さん』ですね。小説ではなくて戯曲です」


「ギキョク?」


「あれですよ、以前読んだベケットの『ゴドーを待ちながら』とか舞台の台本みたいな……」


「あーはいはい完全に把握した。おーけーおーけー理解した」


「本当かなあ……」


 信用ねぇな……。


「そうですねぇ『かもめ』『三人姉妹』『桜の園』辺りは聞いたことあるんじゃないですかね? えーと、物語に銃が登場したらそれは必ず発砲されなければならないよという、《チェーホフの銃》という作話技法みたいなのがあるのですが。まあ割とこの話色んな所でずっとしてた割には銃が登場して発砲されなかったこともあるんですけれどね」


「んーん、なんか聞いたことがあるような。『桜の園』は国語の授業で名前だけは聞いたかも……」


「太宰が『斜陽』書くときに参考にしたようですね。井伏鱒二なんかも影響を受けているようです」


「で、その戯曲ってのは面白いの?」


「んー、まああくまで舞台のト書きみたいなもんなんで、舞台じゃないと真価は分からないと思うのですが、チェーホフの作品はどれもこれも第一稿の時点では、あんまりウケてないようですね」


「才能あるって認められてたのに?」


「はい。もちろん全部が全部じゃありませんが、特に名高いのは『かもめ』の初演ですね。ロシアで一番の劇団が上演してロシア演劇史上に残るドンスベりでとにかくスベりにスベり倒したそうです」


「そんなに」


「まあこのぐらいの時期の演劇とかバレエやオペラには割とあるエピソードであるんですが、これぐらい酷いエピソードあるのはあとはストラヴィンスキーのバレエ音楽《春の祭典》ぐらいじゃないですかね? あれはよかった派と駄目だった派で乱闘騒ぎまで起こったようですけれど、結構似た話はぽつぽつありますね。それこそさっきお話ししたベケットだって酷い有様でしたよ」


「エキサイティング楽しんでるなあ……」


「まあそれはそれとしてこの『ワーニャ伯父さん』なんですが、老教授が持っている領地を長年ワーニャさんが管理していて、いくらのお金にもならないのに我慢して森を守っていたものの、老教授がその領地や森を売り払ってハリコフという所に家買って住もうと言い出して、長年森の管理をしていたワーニャさんが、まあ怒りに怒り狂って拳銃で老教授撃つも外して、最後自殺してしまう……というような救いのない話です」


「暗い……暗すぎる……」


「と、いうのが『ワーニャ伯父さん』の下敷きになった『森の精』という話で不評でした。チェーホフ自身も、思い出したくないとバッサリの出来で、最終的に『ワーニャ伯父さん』では拳銃発砲する所までは一緒ですが、そのあとなんだかんだでみんな仲直りして、それとなく明るい方向へと未来が開けてきた……けれどもなんだかんだで各々それなりの絶望や虚無を抱えたまま生きていくという感じのオチになります。この絶望と再生の物語というのですかね。単なる完全な絶望という訳でもなく希望への道筋がちら見えしてきたという所で幕となるのがチェーホフの芸風になります。先ほどのスベり倒した『かもめ』も後々にはゴーリキーが「女のように泣いた」とまで評するように傑作へと書き換えられていきます」


「チェーホフ成り上がり物語的な?」


「ですです。なんでかはよく分からないのですが、サハリンへ旅行に出て、今でもですけれど当時荒涼として木と雪しかない流刑地のような所を取材していてそこから着想を得たりしていたようです。当時日本でコレラが流行っていたのですが、それがなければ日本まで脚を伸ばす予定だったようですね。日本の外交官とも面会しているということで、ここら辺はチェーホフの目を通した日本評というのも聞いてみたい所でしたが、歴史はそうはならなかったですねー」


「へー、チェーホフ行動派だね」


「どうですか? 多分一時間ぐらいで読めちゃうんで挑戦してみます?」


「うーん。チェーホフの実績解除かあー。ドストエフスキー派の人の方が多いんでしょ? でも一時間ぐらいで読めるならまあいいかなあ、あ、あと『ユモレスカ』だっけ? あれは読んでみたいかも! 因みにドストエフスキーって読むのにどのぐらい掛かるの?」


「うーんそうですね。世界文学史上の最高傑作の一つといわれているのが『カラマーゾフの兄弟』何ですが水声社という所から出ているのが確か本編が一四〇〇頁ぐらいあって、それとは別に注釈がまた別冊にされてて、それがまた三〇〇頁ぐらいありますねー。因みに四六判なので大きい上に文字ギッチリです」


 はい! と勢いよく挙手すると、高らかに「わたくし詩織さんはチェーホフ派であります」と高らかに宣言した。

 栞はころころといった感じの不思議な響きのする笑い声をあげて、口元を押さえながら「詩織さんらしいですねー」といってた。


 ロシア文学というのは奥が深いのだなあと思いつつ、まあ有名作品読んだとクラスの阿呆な男子共に馬鹿にされたら、わたしはチェーホフ読んでいるんだぞと精神的優位に立つことが出来るので、栞の差し出す『ワーニャ伯父さん』を攻略すべく、隣に座る栞にぴったりと身を寄せて「じゃあ今から読むので解説よろしくお願いしまーす!」というと「んま!」といいながらも「しょうがないですねぇ……」とそうそう悪くも思っていないような感じで答えてくれた。


 ふふふ、これでまた一つ賢くなっていい女に磨きが掛かってしまったかも知れない……。

チェーホフはトルストイの影響も強く受けていたようです。

他にも同時代の作家でノーベル賞取ったり候補になったりする作家が一杯板敷きなので、色々と影響を受けています。

第一回ノーベル文学賞の最有力候補だったけれどアナキスト的な思想が嫌われ逃したと言われる、レフ・トルストイだとかイェイツらの影響は大きかったようです。

第一回のノーベル賞が1901年と二十世紀の始まりとともに開始されましたが、チェーホフは長患いの結核で1904年に没しているので、もう少し生きていたらとおもうと残念ではあります。

そういう人は文学だけにとどまらずいっぱいいるわけですが……。


感想あればはげみになります。

めんどうくさければ「いいね」していたたけると、個人的にふふってなりますのでよろしくです。

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