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086王小波『黄金時代』

久々の現代中国文学です。

大半の人は中国文学と言うと杜甫や李白や白居易なんかの詩人か、または『聊斎志異』等の昔のお化け話が思い出され、また現代物というと、ノーベル賞を取った莫言や、フランス国籍の高行健。

あとは中華系アメリカ人のケン・リュウや『三体』で名をあげた劉慈欣などのSF作家しか思い浮かばないと思うのですが、現代中国作家も、あれだけの人口がいるので当然面白い作家はいます。

文化大革命時代をくぐり抜けてきた作家などはその体験から生まれる壮絶な話を書く人が多いようです。

80年代に最盛期を迎えるのですが、王小波は遅れすぎてやってきた作家で90年代に売れ始め97年に亡くなっています。

その死を惜しむ声はかなりの物だったそうです。

「にゃんにゃん、栞にゃん!」


 ガラリと図書室の扉が開いた所で、近所の百均で売ってたというネコ耳をつけてニャンニャンと声をかけた。


「?」


「!」


 栞が無言で扉をスイと閉じようとする。


「待った待った! 無言で逃げるのやめて! ちょっと凝った冗談のつもりなのにドン引きされると流石のわたしも恥ずかしい……!」


 引き戸の隙間から眼だけを覗かせ、ジッと見つめてくる。


「私は果たして入室して大丈夫なんですか?」


「大丈夫だって! スーパー猫の日とかいう奴だからクラスで一発ネタのためだけにネコ耳買ってきたヤツがいたから貰ってきたの! で驚かそうと思って……いや、戸を更に閉じるな!」


 恐る恐るといった風に栞がおずおずと這い入ってくる。


「あまり時事ネタとか季節のイベントみたいなのにはのらない方なんですが、どうしたって言うんですか唐突に……」


「いや、マジトーンでいわれると死ぬほど恥ずかしいからやめて……」


「なんでやったんですか……」


「いや……栞がノってくれるかなぁーと思って……」


「いえ、そのにゃんにゃんの日っていうのはテレビとかネットとかで散々やっていたので知ってはいましたけれど、実際に知っている人が全力でのっかっているの見るとちょっと驚愕せざるを得ませんね……」


「……はい」


 猫耳をとって、はぁと深い溜息をつく。


「本日の東京の二時二十二分の一分刻みの気温は二.二度だったそうですよ栞さん」


「よく仕入れてきますねそういう情報」


「ほら、やっぱりイベントにはのった方がいいかなと思ってさ。毎年あるようなものでもないですから」


 そういってショルダーバッグをぎゅっと身に寄せて硬直している栞の頭に無造作にネコ耳を被せる。


「んま!」


「ほらほらー栞ちゃんもにゃんにゃんっていってごらーん!」


 といって頭をポンポンと叩く。


「にゃ……にゃん?」


「よーしよしよし可愛い可愛い!」


 真っ赤になりながら引きつった表情を浮かべている栞のほそっこい華奢な体をかき抱くと「よーしよしよし」といいながら体中を弄る。


「もっとにゃんにゃんいってー」


「いいません!」


 そういってわたしから離れてネコ耳を外す。


「もういっこあるから二人して被って写真撮ろうか?」


「撮りません!」


 そういうと椅子を引いてガクッと疲れ果てたように座り込む。

 図書室のスチームヒーターがカンカンと音を立てているのが無闇に響く。


「そんな残念そうな顔をしても駄目です!」


「えー……」


「駄目です!」


 そういうと鞄からピンク色の本を取り出す。


「今日はこれお勧めしようと思っていたのですけれど……」


「あれ、ピンクの本? レンアイショーセツ?」


「いえ、現代中国同時代小説集全十巻の内の第二巻目、王小波……ワン・シャオボーと読むそうですね。その王小波の『黄金時代』という小説です」


「現代中国……最近流行の中華SFってヤツですか?」


「ガチンコの文芸作品です」


「あーダメダメ、死んじゃう!」


「分厚そうに見えますが連作短編なので、そんなに苦労しなくて読めると思いますよ」


「話を聞こうか……」


「四本話が載っています。最初の三本が《王二風流史》物というのですかね。文化大革命時代の二十代、その後の三十代、四十代の話が最初の三話。最後の《白銀時代》という話が二〇二〇年の当時からすると三十数年後の未来の話ですね。王二ものは全五話あるらしいのですが、そちらはまだ邦訳はないようですね」


「文化大革命の話ってアレでしょ? スズメ絶滅させて虫が大発生したりとかそんなヤツでしょ?」


「そんなヤツです。当時は高校生ぐらいまでの教育を受けた知識青年、知青が下放といって中国全土の貧農に学べといって派遣されるのですが、最初は全人民を救うために頑張らねばと熱い思いを胸にするのですが、実際いってみたら、極貧、不潔、極寒、猛暑、飢饉、暴力と末法の世紀末状態で、一気に冷めていくんですね。王小波はこのときの体験を元に王二物を書いているのですが、酷く性的で汚くて暴力が支配しているのですが、これが凄いブラック・ユーモアで政治を風刺しているのですね」


「あれ? 中国でそういう話って出せるの?」


「出せません。出版にあたっては学術出版の会社を通して、政府からの許可を取り付け、かなり書き直しされた上で、宣伝禁止どころか営業や宣伝のための会議すら禁止されていたそうです。そんな感じなのでどこの書店も扱ってくれなかったのでリヤカーに本を載せて、小さな書店に家族総出で置いてくれと頼んで回ったそうです」


「こわー……」


「そんな中、台湾で出版されると「面白い!」と大評判になって爆発的にヒット。その後大学の先生の職を辞して専業作家になったそうです」


「そんなに面白いの? なんか難しいんじゃないのですのん?」


「まぁー面白いです。文学作品とはいっても話によってスタイルが変わっているので全部が全部という訳ではないのですが、ネタの密度が半端じゃないです。そして展開が滅茶苦茶早いという面白い短編小説の特徴が全部乗っかっています。書き始めてから一〇年以上ずーっと書き直し続けて、単語の一つに至るまでこれ以上は直せないという状態になるまで書き切ってからの満を持しての出版だったのですね」


「一〇年以上いじくり回してたら、卵腐ってそうなんだけれど……」


「いえ、日本語訳は当局に修正される前のパソコンに残っていた原稿からの訳出なのですが、とにかくリズムもいいし、汚い話なのにスッと入ってくる原稿だったようですね」


「ブラック・ユーモアというと一応ギャグではあるの?」


「そうですね。重い話をさらりと流します。とにもかくにも汚いし性的で露悪的な話ですが何というかお馬鹿なギャグが、凄い密度で詰まっているのですね。ギャグといっても軽いジョークという感じではなくて、文学作品として成り立つしっかりと考えられたギャグなんですね。そして話の進み方が猛スピードで駆け抜けていきます。汚い、性的で、そして痛ましい話が山盛りなのに爽快ですらありますね」


「絶賛だねぇ」


「絶賛です。悲惨な話がベースなのに重くなりすぎないのですが、これはカルヴィーノの『アメリカ講義』を読んで作話の鉄則を学び、忠実に再現しているそうです」


「カルヴィーノってたしか、えーと動く鎧の……」


「それですそれです! 《我々の祖先三部作》の『不在の騎士』ですね」


「思い出した思い出した! アレはわたしが読んでもちゃんと面白かったなあーよくああいう話思いつくよね」


「そうなんです。カルヴィーノが明かした創作の極意を学んだとはいいますが、両親が知的生産階級だったのもあり、父親の書斎にある本を兄弟姉妹全員で読みあさって、小学生の頃から感想会何かをしていたそうです。小学生、中学生の頃に『デカメロン』や『変身物語』を読んでいたというので凄いですよね。あ、両方とも中世の分厚い本です。ボッカチョの『デカメロン』は以前にお話ししたことありましたね」


「はいはい、タイトルは覚えています」


「お父さんは大学の論理学の教授だったそうですが、文革初期に党に反する意見を述べたため極貧生活に転落し、その間に妊娠して産まれたのが王小波だそうで、母親やお姉さんも後々まで、産まれながらに虚弱で病気ばかりしていたのはそのせいだったろうといっています。実際最後は小説家としての名声が高まりつつあった四十五の時で、持病の心臓病が悪化して心臓麻痺で夭折してしまいました。その知らせを聞いて有名な評論家が生前の作品について絶賛。または評価を保留していたりなどしていたのが全国的に目にとまり、大王小波ブームが起きて、未だに国民的作家という立ち位置にいるそうです」


「絶賛は分かるけれど、保留してたって言うのはなんぞね?」


「この『黄金時代』の最後の一編《白銀時代》は王二シリーズではない独立した短編なのですが、独特な話で、世界設定も大分先の二〇二〇年の話だったり、幻想的な場面が入り組んでいるのでいて、王二シリーズほど分かりやすい話ではなかったのと、最初に詩織さんが中国文学と聞いて思い浮かべたSF的な話も書いていて、そこら辺は当時の評論家からはあまり理解されず、評価については態度保留ということで触れられなかったのですね。もったいない話です」


「そのSF話は面白いの?」


「全集は全十巻で発売されているのですが、王二シリーズの後半やSFの話は全て未翻訳なうえ、原語版も大学図書館などにしか収蔵されていないようなので、日本で読むことが出来るかどうかと言うと難しいですねー」


 栞はそういって、手元で弄くっていたネコ耳を被って「読んでにゃん!」といってピンクのその本をわたしの方に差し出してきた。


 わたしもネコ耳をつけると「読むにゃん!」といって本を受け取った。

 他人に見られていたら酷く間抜けな光景だったのは間違いないだろう事は自覚していたので、二人して思わず爆笑してしまった。


「やっぱり写真撮ろうよ」


 と、誘うと栞はモジモジとして……。

 さて、スーパー猫の日の写真は撮れるのだろうか?


普段時事ネタは使わないのですが、たまにはなんかのってみようかと思って、猫の日でにゃんにゃんと安直に使ってましたが、なんだ、まあいいでしょうたまには……。

本は入手がやや困難ですが、古本は比較的簡単にかつ安価に手に入れられるので、是非読んでいただきたい一冊です。

中国同時代小説全十巻は割と高価な本ですがどれもこれも「当たり」の本だと言うことで、一読の価値はあると思います。

そういっているということは私も全部に目を通したわけではないと言うことなのですが……。

大長編小説からの一部抜粋や短編集の中からバラバラに選ばれた作品が多いそうなので網羅的に攻略したいという向きには答えてくれませんが面白いですよ!


あ、あと最近実装された機能で「いいね」釦があるっぽいので、どこから投票できるのか分かりませんが、感想を言うほどではないけれど、まあまあ楽しめたという方は押していただけると励みになります。

ついでに感想なんか有ればまたそれはそれで大変ありがたいので、気が向いたらよろしくお願いいたします。


今日は饒舌に過ぎましたね。

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