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085J・K・ローリング『ハリー・ポッター』シリーズ

ちょっと変化球を。

「ハリー&ポッター! 二〇周年ぐらい記念!」


 図書室に入った瞬間そう栞に声をかける。


「んま。なんですか突然。ってかアンドって?」


「いやあ何か『ハリー・ポッター』シリーズの映画が二〇周年だったよみたいなドキュメンタリーが配信されるよってネットで見てさ。そういや読んだことないなと思って、栞センセの感想でも聞かせていただいてから読んでみようかなと……」


 そういうと栞は、小さく「あー」といって頭を振る。


「『ハリー・ポッター』シリーズって児童書も出ている、五億冊とか売れているんで人類の十五人に一人は持っている計算になる、あのお化けシリーズの『ハリー・ポッター』ですよね?」


「その豆知識は全く知らないけれど、多分その『ハリー・ポッター』だと思います」


「最初五百部しか刷られなかったそうなんですが、あっという間にシリーズ合計で五億冊いったあの『ハリー・ポッター』シリーズですよね」


「その豆知識は全く知らないけれど、多分その『ハリー・ポッター』だと思います」


「まああれだけ売れているので色々な面白エピソードや、ゴシップが一杯ある『ハリー・ポッター』シリーズですね。聞いた話ですが、発売当時電車やバスに乗っていると必ず一人ぐらいは読んでいる人がいて、翻訳が待ちきれずに英語版購入して英和辞典ひきながら読んでいる人もかなりの人数いたという、社会現象になっていたそうです。村上春樹の新刊が出たときのお祭り騒ぎ以上だったようですね」


「うんうん、それそれ。なんか大分はぐらかすけれど、読んだご感想はいかがでした? もったいぶらずに早くいつも通りオススメしてくださいよー」


 栞はスイと久しぶりの小春日和の晴れた空に視線を向けると、なんだか「ふぅ」と息を吐き「……ないんです」と呟く。


「はい? なんですと?」


「え……いや、だから読んだことないんですよ。『ハリー&ポッター』ですか……」


「嘘でしょ……あれだけトリビア披露しておいて読んだことないですって……」


 割と衝撃を受けた。

 栞が読んだことない本があるなんてというのがオドロキポイントではあるが、まあ読んだことない本の方が世の中圧倒的に多いので当たり前だけれど、人類の十五人に一人が持っているとかいう圧倒的ベストセラーを読んでいない読書好きがいたなんて……というオドロキである。

 いうて、わたしも読んだことない十四人側の一人ではあるのだが、栞が読んでいないというのには驚いた。


「マジか」


「マジです」


「……なんで?」


「人は人生において出会うときに出会うべくして出会う本というのはあると思うのですが、私には『ハリー・ポッター』シリーズはまだ出会わない運命にある本のようですね……」


「そんな重々しい理由なの……」


 なんとも気まずいような表情で苦笑いをしている。


「別に読まず嫌いしているとからとかそういう訳でもないのですが、映画も見たことないんですよ」


「んま!」


「いえ、ストーリーは何となく知ってっているし、さっきお話ししたちょっとした小話なんかの関連情報は調べたこともあったし、読んでいた本の中で言及されていたことなんかもあったんですよ。例えば稀覯書専門の古書肆の著者の『トールキンの外套』という本があって、この本の最終章で『ハリー・ポッター』の初版より更に希少な試し刷りを持ち込んできた人物の話なんかが出てきたりするのですが、そこで主人公が「三百万円ぐらいにはなるけれどウチで売るより別の古書店に行った方が高く売れるよ」と、お金になるのは分かっているけれど、興味がないなんて感じで断る話があるのですが、まあそういう情報は頭の中にあっても、なんだか本編に関してはあまり食指が動かないのですよね……」


「えー……」


 栞は、もげるような勢いで頭を下げると「すいませ……」まで言って机に派手に頭をぶつけて「ギャァ」と小声を上げると悶えた。


「栞大丈夫!?」


「うっうっー……大丈夫です……大事ないです……」


 頭を抱えながら呻く。

 ちょっと面白い。


「折角詩織さんが自分から本読みたいって、タイトル指定してお話ししてくれたのに、本読んでいることぐらいしか能のない私が、あんなビッグ・タイトル読んだことないなんて申し訳なくて……ううっ……」


「いや、それはいいんだけれど本当に大丈夫!?」


「大丈夫です……」


 わたしは「おーヨシヨシ」といって椅子に座ったままくぐもった呻き声を上げている栞の頭を抱えて撫でてやる。

 すると栞も「うーすいません……」といってわたしの胸に頭を埋めてくるのでほっかり温かい。

 なんかやたらサラサラの髪の毛からどこか知らない南国のフルーツみたいな香りがしてきて妙に落ち着く。どこのシャンプー使ってんだろ?

 しかしヤバ……なんかこれ癖になるかも……。


「まあわたしもさ、映画一〇本ぐらいあって、しかも外伝とかまであるんでしょ? だから読んだこともないし見たこともない作品だから、ズルして栞に粗筋聞いて、ちょっとショートカットしちゃおうかなって思ってた所だから別にいいんだけれどさ……」


 わたしの胸の中で「ズルじゃないですよ。立派な動機です」といって面を上げる。

 眼鏡の奥で涙が滲んで眼が濡れている。


「うほー!」


「うほー?」


「あ、いや何でもない……」


 色々と母性愛とも性的興奮に近いともいえる何らかの感情を押さえとりあえず栞の隣に座る。


「まあ栞が興味あんまりないっていうんじゃさ、今回はわたしが先に読んで栞にオススメしてあげるよ!」


「あっ、それいいですね! 詩織さんのお勧めならば私も読みたくなってくると思います。全十一巻あって中々の文章量だと思うのですが、是非読書体験を愉しんでいただければと思います!」


「十一巻……ちょっといったんペンディングしようか……」


「詩織さん……」


 その巻数を聞いてわたわたとしてしまったが、映画が十本とかもっと出てるんだから、まあそりゃそれだけの巻数あるわなと愚かにも今気付かされた。

 映画だけ見て攻略するのにも丸一日ぐらい分の時間はありそうだし、あれ? わたし思ったより高い山に登ろうとしている? と気付かされる。

 その様子を見て栞がなんだか萎れていくのが分かる。


「いや、まあ最初の一巻よね! 一巻だけは読んでみますよわたしは!」


「そうですね。面白ければ続けて読めばいいですし、合わなかったら無理して読む必要もないですからね。そういう意味では一巻をまず読むのはいいと思います」


「……なんか思ってたより大役仰せつかったような……」


「でもでもですね! 私が聞いた感想では小さい頃にファンタジー・ゲームとかやって想像していたような魔法の世界がそのまま味わえてハマった! って話もあったので波長が合えばそれは楽しい読書体験になると思うのです!」


「そうなのぉ……?」


「そうなのです……!」


 顎をポリポリと掻きながら「んじゃま、わたしのブンガクテキ成長と栞のために挑戦してみましょうか!」


 栞は濡れたままの眼で「いいと思います!」といってわたしの両手を取り激しく揺する。


「読んだことのない本というのは、それだけで無限の価値があるんですよ。評判がよくても自分にとっては退屈な本かも知れないし、全世界的ベストセラーでも自分にとってはあまり価値のない本かも知れないし、あるいは無名の本でも自分の人生の一冊になるかも知れないし、ページをめくるまでは、それは誰にも分からないものなんですよ」


「しょうなのぉ……?」


「しょうなのです……!」


 栞は乱れた制服をただして「インターネットでは色々な小話の情報があるので、そういうのを参考にしつつ愉しんでもいいと思いますし、あるいはシャットアウトして純粋に自分の感性を確かめてもいいと思いますし。まあそういう楽しみ方が出来るのも人類史に残る全世界的ベストセラーでしか出来ない楽しみ方なので、自分の新しい読書スタイルを試してみてください!」


 読んだことない割にはやたらと強くオススメしてくるなあと思いつつも、たまには自分が栞にオススメしてみるというのも、何となく歪んだ優越感があっていいかもと、内心性的な興奮を覚え、いやそういうのではなくてですね……誰に言い訳しているんだわたしゃ……。

 まあそういう反転攻勢も楽しいでしょうという思いから、この図書室のどこかに必ず置いてあるはずの最初の一巻を探しに、初めての大航海にでる水夫のような気持ちで席を立ったのである。

トリビアあさっていたらそっちの方が面白くて時間が無限に解けるのでお勧めです。

割と邪道名話でファンの方には申し訳ないですがこんな芸風でやらせていただいております。

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