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084コーマック・マッカーシー『ザ・ロード』

氷に包まれ死にゆく世界その2です。

珍しく続き物の話になっていますが、別に前の話読まなくても全く支障はないです。

「さっさぶい……さぶい!」


「ぴゃーなんか吹雪いてきました!」


 二人で手を繋ぎながらウブな感じのドキドキ恥ずかし帰宅を決めていた所だったのに、風が突然凶暴になり、辺りを真っ白にし始めたので、片手どころか両手をガッチリ組み合って、お互い抱きつき合うようにして寒さを凌いだ。


「詩織さん! スカート丈短いけれど大丈夫ですか!?」


「全然大丈夫じゃない! 寒いじゃなくて痛い! なんか見えちゃいけないものが見えてきそう!」


 わたしたちは二人ではふはふと喘ぎながら、進めぬ道をのたのたと歩いていた。


「詩織さん! 寝たら死にます、寝ないように何か話を!」


 栞が無茶苦茶なことを言い出すが、こちらも命の危険を感じ始めていたのでテンパって足りない頭捻って何か話題を……と考えた。


「あっそうだ! こういう感じのSF……なのかどうか分からないけれど、似たようなシチュエーションの本読んだことある!」


「本の話はいいですね、大歓迎です!」


 俄にシュゴォと風が逆巻き、二人して「ひー」と悲鳴を上げる。


「えーとね、何とかマッカーシーって人の本で『ザ・ロード』っていうの!」


「コーマック・マッカーシーですね。現代アメリカ文学四天王の」


「うーんその人だと思うんだけれど、アンナ・カヴァンの『氷』みたいなどんどん地上の熱ががなくなっていく荒廃した世界で、父と子の二人だけで南を目指してどこまでも歩いて行く話なの」


「へぇいいですね! 続きをどうぞ」


「なんかショッピングカートに彼方此方の廃墟で拾った食べ物とか、汚い毛布とかのせて、他の人間に見つからないように、「道」を歩いて行くっていう話なんだけどさ、もう凄い末法感が出てるのね。二人は「善き者」であって「火を運ぶ者」って自称しているんだけれど、最初は荒廃した世界で二人だけしかいない道をどこまでも歩いて行くのかなって思ってたら「悪い者」が意外なほど一杯いるのよね。んでそいつらは武器を持って奴隷を従えて、女子供を好きにしているっていうマジモンの悪い奴なんだけれど、なんていうのかな。衝撃的なんだけれどそいつら人間を集めて敵だと思ったヤツとか弱いヤツを食べちゃうの。カニバリズムってヤツなのよね。それがまあ一回だけじゃなくて人間が食べられた形跡がいくつもあったり、生かしたまま四肢を削いで食べているっぽい所とか、自分で生んだばかりの赤ん坊も食べているっぽい描写とか出てきて、滅茶苦茶バイオレンスで生き地獄めいた事になっているの」


「へぇーハードコアな世界観ですね」


 寒さに抗うように一気にまくし立てると栞がヤケクソ気味に絶叫する。

 あ、普段の栞からじゃ考えられない一面見ちゃった!

 なんて思う余裕もなく、鼻水をズビズビ啜りながら、ストーリーを何とか思い出す。


「まあそんな感じで、生きるのがベリーハードな世界なんだけれど、確かね、この本括弧が一個も出てこない上に、そこそこ登場人物出てくる割には主人公の二人含めて誰一人名前が出てこないの。途中でなんで生きていられるのか分からないちょい役の老人とかが出てくるんだけれどその人が本名とは思えない偽名を使っているのが一カ所あるだけで、あとは何もないの。で、ちょっといい感じの廃墟とか見つけても数日以内で逃げ出さないと、どこから「悪い者」がやってくるか分からない、なんか凄いサスペンスに満ちているんだ。だって普通に街の中で生首が飾られたりとかしているのに何度も遭遇しているし、実際に荷物盗まれたりしちゃってまあ大変って感じなん。いつ頃読んだか忘れちゃったけれど、アレの衝撃が強すぎて、あの本読んでからなんか読書とかで地雷避けるようになっちゃったかも」


「どちらの感情に振れるにせよ、それだけ衝撃的な読書体験が出来るのはいいことですね!」


「でも、栞が読んでいないっぽいのは凄く意外だなあー。わたしの読んだことのある本なんて全部とっくに詠みつくされているのかと思ったけれど、ちょっと優位に立った感じ!」


 自分でもなにが優位に立っているんだか分からないけれど、風が乙女の太股にザクザク切りつける度に「ギョエー」等と乙女らしくない絶叫をあげてた。


「コーマック・マッカーシーはですね、ハロルド・ブルームっていう大物評論家から、ドン・デリーロ、フィリップ・ロス、トマス・ピンチョンと並んで現代アメリカ文学の代表四人みたいに選ばれてますね。フィリップ・ロスは二〇一八年に亡くなっていますが、ドン・デリーロはノーベル文学賞受賞者を何人も輩出しているフランツ・カフカ賞取っていますし、ピンチョンもいつ取ってもおかしくない人っていわれていますね、あー寒い!」


 二人してガッチリ組み合って、歯の根をガチガチ言わせながらどこまでも歩いて行く。


「確かに、世界観はカヴァンに似ていますね。あちらはまだ幾分統制が取れていますが、街中の暴力で人が殺されるシーンはあまりないですし、食人までいった事もないです」


「えへへ、栞に本のお勧めしたの何か誇らしいね!」


「いいと思います! その調子で私の読んだことのない本、これからもいっぱい、いっぱいお勧めしてください!」


「まああの世界に比べたら、今のわたしたちなんてそんな死に向かう世界って訳でもないし大して、ああっ糞っ寒い!」


「女の子が糞とかいっちゃ駄目です!」


 周りに歩行者どころか車さえ殆ど走っていないのをいいことに「ごべーん」と鼻に掛かった声でヤケクソに叫ぶ。


「でもあれいいですよね。ラストシーンで初めて「善き者」に出会って、親子の意思が継承されるシーン。あそこで思わずポロリと泣きそうになりましたよ。映画はまだ見てないですが気になりますねえ!」


「ん! 何がいいですよねって?」


 今度は栞がやけっぱちになって「何でもないでーす!」と叫び声を上げたので、お互い何を言っているのかよく分からなくなってきたけれど、なんだかそれがとても愉快な感じがして、あはははと二人して笑い合った。


「ポルトガルの作家で、これもノーベル賞取った人なんですが、ジョゼ・サラマーゴという人の作品に『白い闇』というのがあって、突然今の私たちみたいに目の前が真っ白に包まれる謎の奇病が大発生するという話があるのですけれど、なんかそれ思い出しますね! 眼鏡に雪が積もって真っ白です!」


「わたしゃ裸眼だから目が滅茶苦茶痛い!」


 また風が別方向から逆巻いて足下を切り刻む。

 北風と太陽の話みたいに、二人してガッチリとなんか溶接されたんじゃないかという勢いでこれ以上ないぐらいくっつく。


「『ヨルとネル』っていう漫画がありますけれど、あれもかなり『ザ・ロード』に影響されていますよね。凄く上手いこと換骨奪胎というか咀嚼していますけれど」


「韓国がなに?」


「かんこ……まあいいや、家に着く前に凍死しそうなんで、そこら辺の喫茶店で、コートが乾くまで一時避難しませんか!」


 最後の方は何を言っているのかよく分からなかったけれど、とりあえず休憩を取ろうという提案であるのは分かったので、二人は抱き合いながらいつもの喫茶店に入っていく、ワケありカップルみたいな不審者感満々で、緊急避難をすることにした。

 おのれ吹雪め! これじゃなんかいちゃついているだけのカップル見たいじゃないかと思いながらも、栞の抱き心地を体に記憶させておくことにやぶさかではなかった。

コーマック・マッカーシーだと『全ての美しい馬』を最高傑作にあげる友人がいますが、あれ三部作なので、私としてはこっちの『ザ・ロード』のほうが色々と衝撃的だったかなぁと。

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