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080国木田独歩『運命』

もうちょっと早く更新したかったですが遅くなりました。

岩波文庫から出たばかりの本ですが大変オススメしたいと思います。

 鈍色の空からはちらちらと雪が舞っていて、強くならなければいいのにと思った。

 あと鈍色とかいったけれど、栞がなんかそんなことを言っていたので「鈍色」が何色なのかも分からず、適当にフィーリングで使っていた。


「ひゃあ寒い。換気終了! エアコンでもストーブでもなんか暖房をつけてつけて!」


「換気を怠ると体に悪いですよ!」


「いっても栞は黒タイツでビシッと防御してるじゃん! わたしと防御力雲泥の差ですよ?」


「前から思っていましたけれど、詩織さんはスカート丈短すぎですよ……。夏場ならまだしも、いま冬ですよ。真冬。しかも生足!」


 ふっ、と窓に近づき雪のちら舞う大気に白い息を吐きながら。


「なんていうかこう……譲れないものがあるんだ……」


「んま!」


「それより栞ちゃんー、あたためあおうよーん」


 などといって戯れに抱きつくと、ひゃあだかへぁだかよく分からない悲鳴を上げて腰砕けになってしまった。

 うわ弱い。

 そしてちょっとやり過ぎてしまったかも知れないと反省した。


「ごめんごめんってー乙女の戯れでしょー!」


「本当の乙女はそういう破廉恥なことはしません!」


「んまっ! ハレンチ!?」


 とりあえず本当に寒くなってきたので窓を閉めると、生まれたての子馬の如くがくがくと足腰ぷるぷると震わせている栞の手を取り立つのを手伝う。


「んもー大げさだなあ!」


「大げさとかそういうことではないんです! もう! 換気は重要です。ご時世的なものもあれば最近また結核とかはやっているそうですよ!」


「でた! 文豪とか音楽家の死因第一位!」


 あははと軽く笑いながら「今でいうと癌ぐらいありふれた病気だったっていうだけですよ」といって椅子に座り直す。


「まあ昔の著名人で若くしてなくなっている方は大体結核みたいなイメージは確かにありますよねー。抗生物質発見したフレミングには脚向けて眠れませんね」


「わたしは栞の脚だったら頭に向けて眠っても悪い気はしないかなぁ」


 んもぉーといいながら脚を閉じてスカートをグイと下げる。

 なんかエロ親父の気分になってきた。


「なんかこうサナトリウム文学とかいうんだっけ? 結核の有名な作家とか何かいる?」


 ペロリと下の先っちょだけを出して指を当てると「ありますあります。丁度昨日読み終わって詩織さんにも読んで欲しいなと思った作品が……」


「ナイスタイミング! なんか読んだことないけれどサナトリウム文学って田舎の高地で肺病みの青年とか美少女がなんかブンガク的な交流してラブ……ってやつでしょ?」


「いえ、サナトリウム文学ではないのですが、肺結核で早世した作家ですね。多分名前は聞いたことあると思いますよ」


「続けて」


 掌をくくいくいとやって続きを促す。


「日本文学の中でも結構インパクトのある響きある作家で、国木田独歩ですね!」


「あーはいはい。聞いたことある聞いたことある。ドッポね、はいはい理解した理解した」


「……しました?」


「……ごめんなさい」


 鞄から取り出した本を机に置いてスイとこちらに差し出してくる。

 あ、岩波文庫の緑のラベルのヤツだ。

 ここ最近レーベル別にどこの地域の文学か表紙の色でわかれているとかいうのに気付いたのである。

 どういう分別かは栞に聞いたけれど岩波文庫とか光文社古典新訳とかぱっと見で分かるようになっているとのことである。


「んー名前は確かに聞いたことあるようなないような……」


「まあ実のところ私も名前は知っていたものの読んだことない作家の一人だったんですよね。私全体的に海外古典ばかり読んでいて日本人なのに日本の作家に不案内というか暗いというか、まあお恥ずかしい話なんですが……」


「一言で言うとどういうことなん?」


「日本の作家詳しくない……です」


「よく言いますわ……」


 等といった所で本人がそういっているんだからそうなんだろう。まあわたしより遙かに詳しい人がいて、その人が栞な訳だけれど、その栞より詳しい人は当然いるだろうというのも当たり前なんだろう。

 同年代と条件付けたって、やっぱり本の虫みたいなひとはいるんだろうけれど、まあ上ばかり見ていても仕方ない。


「で、面白かったんですかい栞センセイ?」


「んもー先生とか……まあいいですけれども……。基本的に独歩吟と言われる散文詩の他には短編集しか書いていないそうなんですけれど、この作品なんかは割と単純すぎるストーリーが多くて、そんなに技巧に富んだ作品っていう訳じゃないんですよね。で、それが短所かというとそうではなくて、分かりやすすぎる一本調子のストーリーが水を飲むようにスイと胸に染みてくるのですよね」


「分かりやすいストーリー助かる」


「自然派と言われるだけあって、自然描写は朴訥としていながらも目の前に風景がイメージされるようなシンプルさがあります。下手ではないんです。とてもストレートに自然賛歌をしているのですよね。そしてもう一つが様々な人たちの友情描写です。時折悲劇的な最後を迎える作品もありますが、そうではなく明るいというかしみじみといいなあと思える友人関係やお付き合いなんかが描かれています。読んでいて素朴な楽しさがあるんですよね。伊藤整なんかは拙ない素人じみた作品といっていたそうですが、当然これは褒め言葉なんです。読んでいて、あーいいなあと思える作品なんですよね」


「そんなに面白いの?」


「まあ短編集なんで一話一話が短いので是非読んでみてください。当時の社会での友情や社会的成功と、現代のそれに相通じるものがあるんですね。私この一冊で一気に好きになってしまいましたよ。芥川龍之介も高く評価していたということですね」


「なるほど……まあそこまで言うなら読ませていただきましょうか……」


「まあ本を読んで気に入っていただけたのでしたら青空文庫にも納められているので、あとは気になった作品を読むと良いと思います!」


「ハードル上げて来ましたなあ……」


「短編の愉しみ方が味わえる貴重な作家だと思いますよ。技巧や奇を衒わずに黙々とストーリーが進んでいくのは本当にいい読書体験になりますね。友情や青春、それから聖書や女性関係色々ありますけれど、なんというか鄙びた感覚に浸れます」


「ユージョー!」


「そう、ユージョーですよ、ユージョー! 見ていて気持ちのいい作品が多いですからね。それにこれ岩波文庫から先だって出たばっかりなんで、新しもの好きの詩織さんも、読んでやったという謎の満足感を満喫出来ますよ!」


 なんか軽く引っかかるものがあったけれど、確かにまだあまり人が読んでいない本を読むというのは、なんだか積もり積もった新雪にダイブするような気持ちよさがないとはいえないので読んでみることにした。


「長年に渡り友情や友誼を忘れずに、お互いの事を気にかけ合い、再会を素直に喜ぶ話というのは単純だけれどストレートに心に響きます。私も創作するにあたってはこういう気持ちでいたいものです」


 長年の途切れることのない友情かあ……。

 栞との友情はどれだけ続くんだろうか?

 生活の変化があれば、そりゃ物理的に離れてしまうということもあるだろうけれど、今のご時世ネットもあるし、連絡を取ること自体はそんなに難しいことではないのだろうけれど、やっぱり会えないのは淋しい。

 この先進学とかなんとか色々あるだろうけれど、離ればなれでも相手のことを思い続ける長距離恋愛みたいなものよりは、大切に人は身近にいて欲しいなとボンヤリ思ってしまい、そこまで考えてなんだか不意に恥ずかしくなり本で顔を覆ってしまった。


「どうしました?」


 栞が顔を覆っている本の下から顔を覗き込んでくる。

 そこまでしなくてもと思ったものの、目が合うと恥ずかしさがぶり返す。


「まあアレですよ。わたしも国木田独歩攻略して友情のなんたるかを栞に見せつけてやりますよ!」


「いいと思います!」


 暖房がまだ効ききっていないのにかぁーっとアツくなってくる。

 ユージョーですか……ユージョー……。

 人とのご縁というものは不思議な上に複雑怪奇なもんだなあーと思いながら、栞が巫山戯て顔を覗き込んでくるのを躱していた。

 さっきの反撃だなと思いながら今度は吹き出しそうになってくるのでいけない。

 頑張って本読んで栞との共通の話題や経験いっぱいしたいなと思い。今年は読書にちょっと力を入れてみようと思った。

国木田独歩というとラーメンズの「日本語学校アメリカン」思い出してしょうがないですね。

次はカミュの方の『ペスト』あたりネタに出来ればと思います。

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