076中島敦『文字禍』
今年最後の更新になりますが、2ヶ月ぐらい何も書かなかったりしていたのに足を運んでいただける方がいらしたので、もう少し頑張って更新したいと思います。
文字の歴史の話やり出すと長くてどうしようも無いので押さえましたが、なかなか他椎話題が多いので皆様にもお勧めです。
図書室で本を借りることにした。
とはいってもしょっちゅう、毎日のように図書室に行っているではないかという突っ込みもあるでしょうが、栞と駄弁りにいっている可能性がやや高いので、今回のように目的の本探すなんてのは、我ながら珍しい事ではある。
「えっ? 詩織さんが図書室に本を!?」
「そんなに驚かなくても……」
栞は眼鏡をとり目尻を押さえると、やっと図書室本来の働きが出来ると唸っていた。
そんなにか? そんなにわたしが本を借りたいというのが珍しいのかと突っ込みたくなったけれど、まあ確かに自分からこの本をと名指しで借りるのは珍しいかも知れない……。
「あれですよあれ、国語の授業でやったヤツ。勉強が出来て役人になったけれど詩人に憧れてそっちの道極めようとしたけれど、才能はあったはずなのに自分磨き出来なくって、自分より大したことのない人の方が才能開いて、嫉妬してたら人食い虎になっちゃった奴」
栞はあーはいはい、といいながら日本文学の棚を指さす。
国語の授業でハマル率が滅茶苦茶高いことで有名な中島敦の「山月記」ですね。
といって、岩波文庫の緑色のヤツを探してくれた。
「これ私も好きですね。中国の古典から話をとっている作品が多いのですが、この『山月記』も『人虎伝』からとられていますね。そっちの話だと李徴は不倫していたのがばれて腹いせにその女性の家に放火して逃げ出すとかなかなかなことをやってのけています」
「屑エピソード過ぎる……」
「まあ読んでみてください。他に収録されている「名人伝」なんかもコミックス的要素があって面白いのです」
「なるほど……読んで見……うわ、文字ちっさ!」
そういうと栞はクスクスと笑って「そうですね、岩波文庫の『山月記・李陵』は確かに文字小さいですね」などといっている。
「だめだ……文字小さくて読むのがつらくなってきた……」
「そんな詩織さんに良いことを教えましょう。この中島敦先生は三十三で亡くなっていて。その作品は青空文庫で全部見られます! タブレットとか持ってましたよね?」
「なるほどなるほどそりゃありがたい……「山月記」以外にもオススメってあるの?」
栞は顎に手をやり視線を天井に這わせ、うーんと唸ると。短い、変わっている、面白いの三点セットで「文字禍」ですね!」
という。
「もじか?」
「はい。文字の禍と書いて「文字禍」です。アッシリアのニネヴェにある図書館から夜な夜な話し声が聞こえるので、正体を暴いてこいと、ナブ・アヘ・エリバ博士という老人に白羽の矢が立ちます。まあ図書館といっても当時は粘土版に文字を刻んだものなので今と感覚は違うと思います。ここら辺は歴史の授業でやった通りなんですが、ナブ・アヘ・エリバ博士は、これを文字の精霊のささやき声だと断定します。この線で出来たメソポタミアの文字が意味をただの線に持たせているのは精霊のせいだ! というのですね。で、文字がなければ人は何も覚えていることが出来なくなったり目が悪くなったりと便利さ故に色々な弊害が出ている。だから文字をなくしてしまえ! とアシュル・ヴァニ・アパル王に進言するのですが、学問に重きを置いていた王様は怒って、家に居ろとナブ・アヘ・エリバ博士を追放します。そして最後に博士は……と、いうストーリーです」
「へーそんななの? 面白そう!」
「まあ今でいうと博士は文字の見過ぎでゲシュタルト崩壊起こしてたんじゃないかとかまあ色々いわれているんですが、短い話に凄い情報量詰め込んでいる中島敦という人には頭が下がりますね!」
「それも青空文庫で読めるの?」
「こちらの岩波文庫にも採録されていますが、青空文庫でももちろん読むことが出来ますよ!」
うーん、と考えて本も借りて読み上げるの難しそうな所だけ青空文庫に頼ることにした。
「文字って面白いんですよ。我々日本人や中国、台湾の人たちが使っている漢字って世界で唯一現役で使われている文字だったりするんですよね。ベトナムとかでも使われていたのですがフランス統治下でアルファベットに置き換えられて、今は字喃、チュノムと呼ばれる漢字だけが、一部の部族の聖典に残っているだけなんて研究がありますし、日本も敗戦時に漢字撤廃運動が起きましたよね。これについては国文学の先生や名だたる書道家の必死の抵抗で、日本は漢字続投に決まりましたけれど、中国では毛沢東が、漢字廃止運動を起こしたりしているんですよね。あの人も漢字は廃止だなんていっている割には書道の達人だったりするのが面白い所で、ピンインや文字の簡略化なんかは調べると面白いですよ!」
「うん。いつも通りだけれど玉を一つ投げたら十倍ぐらいになって帰ってきたので、困惑している」
栞は口元に手をやると「あっ! すいません……好きなんですよねここら辺の話……だからどうしても喋っちゃって……」
「いやいやいいのよ。栞の話聞くの好きだし、なんか賢くなった風に感じられるからさ……」
「そういって頂けると嬉しいですね……私、実は字が汚いのがコンプレックスでネットとか本とかで情報仕入れて毛筆と硬筆の練習していたのですが、段々書史のほうに興味が移っちゃって……」
「あれ? 栞はめっちゃ字上手かったような記憶が?」
「まあ練習の効果があったということですね」
といってフフフ、と笑う。
「わたしは字が下手だってよく言われるし実際字が下手だというのもあるからそこら辺も勉強したいかも……」
「毛筆でも硬筆でも字源とか有名書家の漢字の見本がのっている本というか辞書はありますね。私もこれ読んでいるのですが、付箋だらけになってしまって箱に収まりきらなくなりつつあります……」
「そんなに……」
じゃあさ……じゃあといって、少し後悔したなと思いつつも、思いつきで物を言ってしまう。
「年末だし手書きで年賀状作らない? もう年賀状の受付終わっちゃったから、直接ポストカードか何かに書いて受け渡しするの! わたしは今まで自分が古代文字使っているとは知らなかったけれど、なんか古代文字使っている人といわれると、なんか賢いっぽくて良いと思うのですよ。はい」
「年賀状を直接手渡しですか! 良いですね! いつ交換しますか?」
「元旦というか一日にさ、人いっぱいいそうだからあれだけれど初詣いこうよ! わたしも新年一番最初に詩織に会いたいし。そこで年賀状交換すればいー感じに新年迎えられるんじゃない?」
「んま! 新年初日から会って貰えるんですか!」
苦笑いしながら「会って貰えるなんて友達でしょ、親友なんだからいつでも会いたいのは当然じゃん!」
「いつでも会いたい……」
栞はなんだか難しそうな、嬉しそうな、困惑したような表情をすると、一大決心したように「ではお正月に遊びましょう!」と高らかに宣言する。
そして真っ直ぐにこちらの瞳を覗き込んでくるので恥ずかしくて思わず顔が火照ってくるのが分かった。
「まあそうだね……そう。とりあえず正月までに「文字禍」読み終わらせて、小粋な文字トークする事が出来るようにしておきます。はい!」
栞も「私も真面目に年賀状作るので楽しみにしていてください。私は詩織さんの年賀状を心から楽しみにしています!」
なんていいながら、来年も本を読む時は栞の話聞かせて貰いながらが良いなと、どんな文章にして、どんなイラストを添えるか考え込んでしまうのだった。
中島敦展恐ろしい作家……。
皆様、良いお年を!




