074アウグスト・ビュルガー『ほら吹き男爵の冒険』
しばらく病院のやっかいになっていたので、更新が何でアレしましたが、先日会った人に「読んでるから更新しろ」と直接言われてしまう事態になってしまったので、なんとか書きました。
びっくりさせられることばかりですね。
アクセス解析も久しぶりに見てみたら、何も更新していないのに数字が跳ね上がっている日もあったりして「監視社会か、怖いな」と思ったりもしたので、文章の練習も兼ねて書いているのでもう少し更新頑張りたいと思います。
今のところ終わる予定も泣く、延々と思い出した頃に更新すると思いますので気が向いた方はお付き合いいただければと思います。
「十一月一日は「古典の日」で更に九日までは「読書週間」だそうです」
だそうです等と突然いわれて、間抜けな顔しながら「はい?」と返すと「丁度良い切っ掛けなので普段より読書をすると良いと思われます」と、手元の本に目を落としたまましおりんが呟くので、先ほどより更に一段階間抜けな顔をして「はい?」と答えた。
「とはいっても、しおりんは毎日なんか本ずっと読んでいるじゃないですか?」
「何ですかしおりんって……」
しおりんこと、東風栞が苦笑しながらこちらに視線を向ける。
栞は時間があれば本読んでいるので、今更「読書週間」なんていっても、本当に今更感があるなあと思ってボンヤリと顔を見る。
「読書の秋にしろ読書週間にしろ、何か本を読む言い訳にして、読書するとっかかりにするのは悪いことではないはず……です……!」
「読まない言い訳じゃなくて、読むための言い訳ってなんか斬新だな」
「こういった行事には乗っかっておくのも悪くないと思います!」
「でも栞はこういう行事に関わらずずっと本読んでない?」
「そんなことないですよ。私だってずっと本読んでる合間に、ネットとかチラ見したらそのまま気付いたら時間が過ぎていた……なんて事はありますもの」
「ふうん、意外な感じはするかな……で、何かお勧めの本がありまして?」
そう水を向けると栞は、視線を窓の外にやって、ふぅーんと鼻を鳴らす。
ちょっと面白い。
「そうですねぇ、今年はドストエフスキーの生誕二〇〇周年だそうで、大作に挑戦してみるのもアリかも知れないですね!」
「ドストエフスキーって『罪&罰』しか知らない……」
「何ですかその刑事ドラマのバディ物みたいな言い方は……まあ『罪と罰』は実際の所、エンタメ・サスペンス物なので、難しいと思って挑戦してみたら、意外とハマるかもですが」
「うーん、面白いのかも知れないけれど、ロシアのブンガクってやつはなんかやたらと重そうなイメージがあるなあ、まあロシアの文学なんて、あとはトルストイが授業で出てきたかなぐらいしか知らないんだけれど……あとドイツも似たようなイメージある……」
「確かにドイツは、カントとかヘーゲルとかの難解な哲学踏まえた大ドイツの精神的牙城……みたいなイメージはありますね……でも割と入りやすい小説っていうのもちゃんとありますよ!」
「本当にー?」
「例えば『ほら吹き男爵の冒険』とかどうですか?」
「なんかタイトルだけ聞くと、児童文学みたいだけれど……どんなやつ?」
「ミュンヒハウゼン男爵とか聞いたことないですか? 偶に病的な嘘つきの病名になったりしている……」
「あーなんか海外ニュースバラエティみたいなので聞いたことある気がする!」
「比較的見ることが簡単なのはテリー・ギリアムが『バロン』ってタイトルで映画化してますね。この映画は面白いですよ。ファンタジーですねぇ」
「ファンタジーかあ、でも児童文学っていうと逆に簡単すぎない?」
「いえいえ、児童文学として絵本になったりしていますけれど、元々は大人向けの作品ですよ」
「でもさっき言ってた大ドイツのなんとかかんとか見たいな難しい本じゃないの?」
「いえいえ、風刺や皮肉に彩られていますけれど、多分二時間もあれば誰でも読めるぐらいの厚さですし、短い挿話で構成されているので、すぐ読めちゃいますよ」
ふぅん、と息をつきながら「まあ二時間ぐらいなら……」といってお勧めポイントを聞く。
「実在したミュンヒハウゼン男爵が語った冒険譚を一冊の本に纏めた物ですね。ただ実際にミュンヒハウゼン男爵が語った事以外も色々とエピソードが盛られています。ドイツで出版された本を、ルドルフ・エーリヒ・ラスペと言う人がドイツ語から英語に訳してイギリスで評判になったのですが、そのときにかなりエピソードが追加されているのですが、このラスペと言う人はとんだ山師で、自分に任せれば鉱山を一発で見つけられるとか横領とか詐欺とかしていて、この人自身がほら吹きみたいな所あるんですが、このラスペ版をドイツに持ってきてドイツ語翻訳したのがアウグスト・ビュルガーという人で、この人もエピソードに手を加えたり追加したりしていて、この人の版が一応の底本になっているようですね」
「なにそれ、ほら吹きまみれじゃないですか……」
「ええ、そんなこんなで手があちこちにはいっているので、そのバージョンは六〇〇以上あるらしく、更にいうと研究者が少ないので、決定版がなかったりするというややっこしいお話でもありますね。まあそれも味なのでしょうけれど……」
「ふぅん、つかみ所のない本なのね」
「子供向けに再編した児童書はドイツで今でも、絵本文学の代表作みたいな扱いらしいですよ。近い所では二〇一六年には一般向けにコミカライズとかされていますね。映像化もかなり早い段階でされているらしく、世界初の映像発明家であるところのリュミエール兄弟も『ミュンヒハウゼン』というタイトルで、数分間の短い映像作品を作っています。まあタイトルと映像の内容は全然関係ないらしいですが……あと変わりどころだと、ナチスの宣伝相のヨーゼフ・ゲッベルスが戦局の悪化で落ちた士気を盛り上げるためになんとカラーで映画を撮ったりしています。ここで面白いのがナチスに非協力的な『飛ぶ教室』何かを書いていたケストナーが台本を書いているのですよね。内容的にも反体制的なところがちょいちょいあるらしいのですが、ここら辺も殆ど削られずに上映されたそうです」
「はぁん、人気作なんだ」
「お話の中身ももちろん面白いのですが、取り巻くエピソードも面白いのですよね……。社会風刺が多かったのでビュルガーは名前を伏せて発行したのですが、まあ大ヒットしたそうです。ここで面白ポイントはビュルガーが出版したときに、本物のミュンヒハウゼン男爵はまだ存命で、更にいうとビュルガーより長生きしています」
「そんなに……」
「はい。例えばほら吹き男爵がロシアに雇われていたり、トルコと戦っていたりなんてエピソードがあるのですが、ここら辺は事実らしいです。色々な才能をもった部下を旅の途中で次々に仲間にして、その異能をもってしてトルコのスルタンに一泡吹かせたりしているのですが、ここら辺は先ほどいった映画の『バロン』と併せてみると面白いですよ!」
「そんなに凄いの?」
「イマジネーションが爆発していますよ。例えば沼にはまって危うく溺れる所を自分の後ろ髪を自分で引っ張り上げることで、沼から自分を引き上げたり、月にいったかえりに、ロープを月から垂らして地上に戻るのですが、ロープの一番下にたどり着いたとき、上のロープをちょんと切って、それを一番下につなげて降りていくなんていう何やら不思議なことをしていますね。ここら辺は映像で見るとはったりが効いていて楽しいです」
「滅茶苦茶だなあー」
「それから物語の中ではアプリオリの概念が使われていたり、ビュルガーの感性が詰まっていますね」
「アプリ……なに?」
「哲学用語です。ビュルガーがケーニヒスベルグ大学の講師の職にありついたときにカントの授業を受けて話に取り入れたようです。言葉の意味はまあ深く考える必要はないですが、色々と当時の流行なんかも取り入れているんですよということですね。ここら辺は一八〇〇年以前からの全ての講義で使われていたプリントがネットで誰でもpdfで見られるそうで、翻訳者の方もそれにお世話になっていたそうですね。風刺についても電子化された古書からエピソードの元ネタを拾ってきたそうですが、例えばドイツで当時流行っていた地方の支配者が、兵士をガチガチに訓練して、それを人身売買でアメリカの独立戦争に送って大もうけしたなんて話を元ネタにしたエピソードがあります。兵士は一攫千金を狙っていたものの、大部分が戦死したので、兵士に支払われるはずのお金が貴族に流れたとか酷い話だったそうです」
「わぁ当時の社会情勢とかが反映されていると……」
「そういうことです。当時の文学というと、貴族や高位の聖職者の秘密をのぞき見たいという理由で書簡体小説か日記文学が人気で、他の小説なんかはお堅いのばかりであまり人気がなかったそうですが、宗教や哲学がメインではない世俗小説である『ほら吹き男爵の冒険』は飛ぶように売れたんですねー」
「ねぇ、なんかやっぱり難しいお話じゃないんですの?」
いえいえと首を振りながら、鞄をごそごそと漁ると岩波文庫と光文社古典新訳の二冊を取り出す。
なんかいつも話題にしている本が飛び出てくるけれど、今までたまたま用意がよかったと追っていたけれど、まさかわたしが話す方向を操って用意していたのではないかという疑念が頭の奥底でムラムラと湧いてきた。
「そんなことないですよー」
「そうだよね、たまたまだよね……うん?」
あれ? なんかおかしいような……。
「何はともあれ見てください」
話題がまた本に戻る。
「こちらの古典新訳の挿絵見てください。凄いお話が分かりやすくなっているでしょう?」
ほそーい線で描かれた挿絵がほぼ全部の頁に載っている。
「なんか見たことあるような……」
「そうです! 鋭い! この前お見せした平川訳のダンテ『神曲』の挿絵と一緒です! ギュスターヴ・ドレのセンスが光る愉快挿絵ですね!」
「へードレって人そんなにいっぱい仕事していたのかあ」
「挿絵画家としては今でも世界で一番有名なんじゃないでしょうか」
パラパラとめくってみると、胴体が真っ二つになっている馬だとか、頭に木が生えている鹿の絵とか、状況が全く飲み込めないものが描かれている。
「どうです? ページ数が少ない上に挿絵がいっぱいで文章量も比較的少ないので、もしかしたら二時間も掛からないで読めそうじゃないですか?」
確かにこれならちょちょいっと読める気がする……。
「よーし、読書の秋だし挑戦してみますか!」
「ふふふ、こちらを読んだ後に星新一が書いたバージョンのほら吹き男爵もあるのでこちらもオススメです!」
「なんだかいっぱいバージョンあるのねぇ……」
「専門で『ほら吹き男爵の冒険』研究している人世界に一人だけらしいですからね……まあいつも硬い感じの本が多いので、たまにはこういうエンタメに全振りした本とか読んで、読書欲を引き上げておかないとですね……」
「なんですか。馬の鼻先に人参吊り下げられたようななんかそういう意図を感じる……まさかやっぱりしおりんに操られて……」
「してないです」
「してないかあ……」
そんなこんなで書の秋というヤツを、小学校の頃の課題図書を読みましょうというキャンペーンだか授業だかあまり記憶には残っていないけれど、そういう半ば強制された感じではなく、例え薄い本でも自分からすすんで読むのは初めてな気がする。
なんだか行動をコントロールされているきがしないでもないけれど、まあ読書は健康に良いという話も聞いたことがあるようなないような気がするので、ちょっと気合い入れて色々読んでみて、栞をビックリさせてやろうかというような気にもなってきた。
二人しかいない図書室で、キャッキャウフフという二人の雑談の声だけが静かに響いている。
何とかの秋なんていって何かしら新しい行動の切っ掛けにするのも悪くはないかな……と思いつつ、何か神の見えざる手で行動の指針を操られているような……。
「そんなことないですよ?」
「う……うん?」
秋晴れのなか寒気をするために開けていた窓から冷たい風が吹き込んできた……。
なんか本の解説だけでお話し部分に変わったことを仕込めなかったのですが、次回以降もう少し変わった球が投げられるように頑張りたいと思います。
次は『堤中納言物語』あたりでも取り上げられたらなと思っています。
読書自体は色々としているのですが、こういう話に使えなさそうなポピュラーサイエンスなんかだとか、教養系の本ばかり読んでいたので、もうちょっとネタになりそうな本優先して読んでみようかなと思っています。




