069那須正幹『少年のブルース』
パソコンさんがお亡くなりになっていました。
あと長編書きためてました。
完成はしたけれどまあ気が向いたらアップしようかなと。
「小学生の時わたしも読んでたなあ……」
「そうですね。私も大好きでした」
那須正幹が亡くなったという。
わたしでも名前を知っている「ズッコケ三人組シリーズ」の作者である。
「昔の作家アンケート部門で、小学生が読みたい作家ランキングでは常に一位だったそうです。私も大好きな作家さんだったんですが、八十歳目前にして亡くなってしまいましたね……」
「そうそう。今から見るとちょっと昭和っぽいノリだなあって思うことあるけれど、っていうか昭和のコトなんて知らないけれどさ。なんとなくそういう空気感あるけれど、読んでても古さを感じない作品だったなって」
「そうなんですよね、本当にシリーズ通して、時代は感じるけれど古さは感じないという、何というか普遍的な価値観を持った作家さんでした」
「そういえば、小学校の図書室には置いてなかったけれど、三人組が中年になったときのシリーズもあったんだったっけ?」
栞はちょっと苦笑いして。
「なかなか世知辛い話しでしたよ」
と、いう。
「そっかあ、世知辛いかあ……」
多分あれは、実際に中年を迎える頃にならないと本当の面白さは分からないでしょうね。
と、栞が誰にともなくぽつりと呟く。
「栞はさあ、どの話しが好きだった?」
「そうですねえ、株式会社とか好きでした」
「あっ! あれ良いよね。わたしも好き。でも「ズッコケ」以外の作品って知らないなあ。何か出してたりしたの?」
「当然色々と出していましたよ。お勧めの一冊持ってきました」
話が早い。助かる。
「ズッコケシリーズの一番最初の本ってどんなだったか覚えてますか?」
うーんと考え込んで首がへし折れるほど考え込んでみたが思い出せない。
なんだか怪談っぽい話しがあったようなのは覚えている。
「そうなんですよね。一冊目って意外と覚えていない方が多いようなのですが、短編集なんですよね」
へー。いわれてみればと思い出す。
「で、ですね。私が持ってきたお勧めの一冊も短編集です」
ズッコケ以外知らないので、短編といわれてもピンと来ない。
「私の一冊は『少年のブルース』です。とにかく問答無用で面白い一冊です」
子供の頭の中に様々なイラストがボテッとつまった表紙である。
「那須正幹という作家は、短編の名手です。ズッコケの一作目がそうであったように、様々な題材を、工夫を凝らして色々な切り口で書き進めています。これは本当に傑作なんですよ!」
本を手に取り、ほうほうと頷きながらパラパラとめくっていく。
「内容的にはSFチックにお話が多いですが、ギャグありホラーあり、そしてとてつもなく暗い話ありと、何度読んでも飽きない本です」
「暗い話かあ」
「例えばこの「お星さまの涙」という作品ですが……」
栞が私の肩の上に頭をのっけるようにして、本を覗き込む。
なんだか吐息から甘い香りがする。
「童話作家の那須氏はで始まっていますが、なんだか美しい話しを書いているというのに、息子や娘が入れ替わり立ち替わり那須氏の所に来て邪魔をしてますよね」
「うん。高校生の娘が煙草欲しがったり、次男が人を殺す武器探したりしてる……」
「これは意外と実話に近くて、那須正幹が自身の体験を元にしているようです。実際にこの頃の時代背景として荒れる少年少女という社会問題があり、那須正幹の家でも、ズッコケシリーズを書いている人とは思えない、凄い家庭内暴力なんかがあったそうです」
「えっ! 怖い……」
「そんな壮絶な体験すら自分の作品の元にしちゃっているんですよね。他の話しも全部一〇頁もないぐらいで終わっちゃうんですが、暗い作品が多いです。孤独だったり暴力だったり。時代背景をうつして過激派のカップルの話しだったり……。小学生で読んだときには過激派がなんだかよく分からなかったのですが、今考えると、小学生の読む物に過激派はちょっと大人びているというか、それこそ過激な話しですよね」
ふふっと笑うと、頭を上げて一歩下がった。
栞のふわりとした甘い香りと体温がまだそこに残っている。
「作品集自体は一九七八年に出ていますが、子供にはちよっと難しい話しもあるのですが、子供向けにしたから子供っぽいということはなくて。本当にいい作品なら大人が見ても楽しめるということを体現している本です。短編というよりはショート・ショートというか掌編というかとにかく短いのですが、そんな中に物語に必要な全ての要素が含まれています。こんなに読み返した本は中々ないですね」
確かに、渡された本を見てみると、本を綺麗に読む栞にしては珍しく、表紙がべよべよになっている。
本は再版された物らしく一九九三年と書いてあった。
それにしても三〇年は前の話なので古い本ではある。
「ショート・ショート集というのは、那須正幹の長い作家歴の中でもこの一冊だけらしいのですが、コント集という側面も強いですよね。兎に角色々なシチュエーションが出てきて、全く飽きの来ない構成になっています。大人が読んでも満足感の非常に高い童話です。世界文学に比肩する様な完成度なんじゃないかなと、思い出補正を含めつつ思っていたりします」
「そんなに」
そんなにですね。
と、いって栞は隣に座った。
「私の読書歴の中でも比較的古い時期に現れた本です。この本は私を構成する一つの要素なんですね。だから詩織さんにも今からでも読んで貰ったら、その古い記憶を共有出来るんじゃないかなって……」
「なんか二人だけの秘密っていけないことしているっぽいね」
そうですね。
ある意味記憶の共犯者なんていえるのかも知れないですね。
なにそれー?
なんていいながら、二人して顔を合わせ、ふふふっとどちらからともなく笑い合った。
「本に夢中になれる原体験ってこういう所から出来ていくんじゃないですかね? 一冊の本を通してお互いに感想を語り合ったり、おすすめの一冊を教えて貰ったり。私は詩織さんとそんな原体験の共有が出来たら良いなって。それが面白い本なら尚更ですね」
「うん。分かった。ズッコケ好きだしこれも読む」
「じゃあ今度またお泊まり会して一晩中語りたいですね」
「この本はそんなにわたしに語らせることが出来るかな?」
「自信を持ってお勧めする一冊ですよ!」
また二人して他愛もなく笑い合った。
季節はいつの間にか夏真っ盛りである。
こういう読書に書ける青春というのも中々面白い物かも知れない。
それが読書体験を共有出来る人がいれば……。
大変長らく放置してしまい、無駄足踏ませた皆様には大変申し訳なく思います。
秀一ぐらいでは更新したいですね、本当に。




