068ガブリエル・ガルシア=マルケス『族長の秋』
だいぶ間が空いてしまいました。
無駄足踏ませてしまった方には申し訳無い限りです。
「栞クイーズ!」
「えっ何? 怖い……」
栞が唐突に立ち上がり、本当に唐突に声を上げた。
彼女らしからぬその奇態に瞠目するばかりである。
「じゃじゃん! ラテンアメリカには『独裁者小説』と呼ばれるジャンルがあります。これはご存じですよね?」
「……ご存じないです」
「はい、その中でも特に三大独裁者小説というものがあります。一つがアウグスト・ロア=バストス『至高の我』、もう一つがアレホ・カルペンティエール『方法異説』、そしてもう一つが……さて何でしょうか!」
「わか……わかりません……」
「二択です。一つガブリエル・ガルシア=マルケス『族長の秋』、もう一つがマリオ・バルガス=リョサ『チボの狂宴』、さてどっち!」
「えっ何々? 怖い」
「ヒント! 今上げた四つの作品の中で一人だけセルバンテス賞を取っていない……辞退した作家がいます、その人の作品が正解です! 因みにリョサもガルシア=マルケスもノーベル賞作家です」
「えっ怖い怖い……じやあ……ガルシア=マルケス! ってかその人しか知らない……」
「ドコドコドコドコドコドコ正解は~、ガルシア=マルケス『族長の秋』でした! おめでとう詩織さん! これでご家族の命も救われました!」
「えっ……あっやった……ってか何、怖い!?」
しどろもどろになりながら怖い怖いといっていたら、急にガクリと膝を突き、椅子にどかっと座り込んだ。
「暑いのがですね、暑いのが本当に嫌いなんです……」
「あー……冷房工事中だもんね……」
どうやら彼女の回転の速い頭は非常に熱を発しているようで、あまりにも放熱が及ばなかったので熱暴走を起こしたようである。
というかバグってるとしかいいようがない……。
普段冷静な彼女の普段見られない一面を見られてよかった……というには微笑ましさからは遠く離れて恐怖を感じた。
「うん、暑いよね、だから頭を冷やそうね、わたしは肝が冷えたけれど」
といって持っていた扇子でパタパタと煽いでやった。
中学校の修学旅行で買った、白檀の骨の扇である。
未だによい香りがし続けるのは本当に凄い。
いい香りをすったので二人して少し落ち着く。
「たまにはですね。たまにはちょっと変わった一面を見せた方がいいかなと思ったのですが。大火傷起こしましたね」
「うん。大火傷だったと思う」
「まあこうして詩織さんにパタパタ煽いで貰えるからまあ帳尻は合ったかなと思います」
「うん……うん?」
「気にしないでください」
「はい」
まあそんなこんなで、と一息ついた所で『族長の秋』ってなんなんじゃろうという話しが始まった。
「文庫も出ているのですが、全集だと前半に『エレンディラ』という小説が載っているので一冊でいっぱい読めてお勧めです。因みに中編の『族長の秋』はガルシア=マルケスの小説にしては珍しく文庫で出ていて『エレンディラ』も文庫で出いてるのですが、お値段的には文庫二冊買った方がお得なんですけどね」
「そんなに読めないよ!」
「まあまあ短いので大丈夫ですよ。さて私は全ての小説の中で『百年の孤独』が最も偉大な小説だと思っている節はあるのですが、筒井康隆なんかは『族長の秋』の方を推していましたね。この小説中編なのですが、これがまたちょっと体力いりますね。幾つかの章に分かれているのですが、一つの章を一切分割しないでワンパラグラフで書ききっているのが特徴なんですよね。それから語り手と視点と時間軸がぐわんぐわんと変わっていきます。後半になればなるほどナラトロジー的にいうと『語りの早さ』というんですが、話しが加速していきます」
「うあーん難しそう……」
「最初の方は読みづらくはあるかも知れませんが、エンターテイメントしているのでとても面白いです。独裁者は百歳とも二百歳ともいわれていて、生まれた時を知るものが一人もいないぐらい長いこと独裁を敷いています。なんと百五十の時にまた歯が替え変わったなんていわれるほどです。まずその独裁者が殺されて、その死体を押し込んだ市民が発見される所から始まります。そして独裁者の過去に話しはうつっていくのですが、非常に神話的な内容になっています。それと牛がモチーフとして何度も現れるのですが、これは独裁者のメターファーらしく、牛のような独裁者という形がラテンアメリカ共通のイメージらしいです。迷宮のような大統領府にいる牛……つまりミノタウロス的な神話のイメージと重なっているようですね。迷宮の中の孤独な独裁者という訳でするボルヘスはミノタウロスを打ち倒す迷宮の外からやってくるテセウスを、解放者であると見ているようですがこれは好対照ですね」
「独裁者っていってなんかそんな悪いことしてるの?」
「独裁者の孤独というやつなんでしょうね。自分以外誰も信じられなくなって、自分に最も忠実な部下を、最後は信じ切れなくなり丸焼きにして晩餐会に出したりします」
「おげぇ気持ち悪……」
「ハルパゴスとか三国志みたいなもんですよ」
「うん。その例え全くピンとこないね!」
「ま、それはいいとしてですねラテンアメリカって独裁者の歴史でもあるのですね。アルゼンチンの軍事独裁政権なんかの恐怖はあまりにも有名です。まあ歴史の授業でそんなに取り上げられる話しでもないですが、詳しい話しは割愛しますけど、ボルヘスがノーベル賞を取らなかった遠因にもなっているなんて話もあるように歴史にも文化にも凄い影響を与えているんですね。ガルシア=マルケスの国コロンビアでもパラミリターレスと左翼ゲリラ、それと国軍との民間人を壮大に巻き込んだ戦いがほんの十年ほど前まで起こっていました。コロンビアは一度ゲリラと停戦を結び平和が訪れたのですが、それもまた一時的なものだったようです。そういう点で、紛争や独裁者による、国民や宗教施設への弾圧などを書き上げた作品は沢山あるのです」
「そんなに……」
「そんなにです」
「やっぱり難しくないのその本」
「いえいえ、酸鼻を極めるシーンは確かにあるのですが、なんとなく全体的にユーモアが漂っていて、神話としか思えない、ガルシア=マルケスお得意のマジックリアリズムがばばーんと展開されていてしっかりエンターテイメントしてますよ!」
「ほんとにぃー?」
「ほんとにっー……です!」
「分かりました、そこまで言うなら読んでみましょう!」
「面白いですよ! それにラテンアメリカの文学読んだことある人って家族以外だと詩織さんしかいないのでいっぱいお話ししたいのですよね」
「えっ! わたしそんな詳しくないよ?」
「でも何冊かラテンアメリカ文学作品読んでいますよね。高校生としては自分で言うのも何ですが珍しいのではないかと思いますよ!」
「……恐ろしい。いつの間にか読書家になっていたなんて自分が恐ろしい」
すぐ調子に乗らないことですと牽制球を投げられたけれど、なんか詳しい人みたいにいわれるとまあまあ悪い気はしないもんである。
そうか読書家ですか、むふふ。知的な姿が男共にも伝わってモテモテでござるよとか考えていたら、顔に出てたらしく、栞が眼鏡をかけ直しながら、また調子に乗らないことと刺してくる。
自分も一度栞から本を教わるんじゃなくて、自分からお勧め出来るようになれればいいなと思ったけれど、なんだかその道は遠そうだなあと、むしあつい図書室の中でボンヤリ考えていた。
どうしてもラテンアメリカ文学作品に偏りがちなので何とかしたいですね。
感想当有りましたらいただけるとありがたいです。
もう少し時間取ってもうちょっと変化球投げられるようにしたいですね。
6月いっぱいはちょっと時間が中々とれないのですが、ボチボチやっていきますのでよろしくお願いいたします。




