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067ホセ・ドノソ『夜のみだらな鳥』

お久しぶりです。

以前『夜のみだらな鳥』で一本やって見ろといわれたのを思い出し、書いてみました。

あまり詳しく書きすぎるとべらぼうに長くなるので、こんな形にしてみました。

ラテンアメリカの文学としてはあまり初心者向けではないですが、読んだ後の満足感はなかなかの物です。

「所で栞さんや」


「なんですか唐突に?」


 図書室は本を読む所であるとの栞の主張により、図書室にいる間は読書に精励しようと考えているのだけれど、急に気になってきたので聞いてみる。


「一番好きな本ってなに?」


 と。


「本当に唐突ですねー」


 といって虚空に視線をやりながら口元を指で押さえる。

 あーとかうーとかいいながら舌がチロチロと何もない空間をなめている。

 ちょっとエッチ……。


「そうですね、そのときにより変わりますけれど、一冊だけいつ読んでも面白い作品というと『百年の孤独』ですかね……」


「はいはい、読みました読みました。なんかアウレリャノとかアルカディオってひとがいっぱい出てくるヤツでしたよね、はいはい。なんだか難しかったけれど面白かったような記憶はありますです」


「あれだけ強烈な話しなのによく覚えていないというのもちょっと不思議な話ですが、まあそうですね、込み入った話かもしれません」


 わたしは上唇と鼻の間にボールペンをくわえて、へーへーと相槌を打つ。


「栞みたく文学少女じゃないですからねー、わたしはおつむの出来がよろしくないので」


「詩織さん、私は詩織さんのことをそんな見下した方な言い方をするのは、例えそれが本人の言葉であったとしても許せないですよ」


 なんかマジトーンと叱られたので「ごめんなさい」と小さくなって謝った。

 なんで怒られてるんだろう、この……。


「まあそれはそうとして栞はなんでそんなに『百年の孤独』が好きなの?」


 話しを無理矢理逸らした。


「そうですねぇ、作者であるガルシア=マルケスは小さい頃の祖母の昔話を再現していたといっていますが、これがもうとんでもなく面白いのです。私の少ない読書経験でいうのもおこがましいですが、私の知る限りでは人類史上最も語りの巧みなひとだと思っています」


「そんなに」


 そんなにですねーと、いいながらなんか指揮者みたいに何もない空間に指をふわふわと揺らしている。


「じゃあ他に凄い面白い本って何があるの?」


「そうですねえ、日本人作家だったら夏目漱石が好きですね。大衆向けな部分も文学的な部分も併せて凄いバランスがいいです。例えば『草枕』とか『夢十夜』なんかは美しいですよね……流石お札になっただけのことはあります」


「へーそんなに面白くて?」


「面白くてですよ」


 むかーし一度か二度か夏目漱石の千円札は見た記憶が薄らとあったけれど、野口英世のイメージが強すぎて思い出せない。

 そういや授業で『こゝろ』とかやったなあと、そんなことはボンヤリ思い出される。


「じゃあさ『百年の孤独』と同じぐらい面白い本って何がある?」


 難しいこと聞きますね!

 といいつつもなんだか楽しそうである。

 本の話しだったら何時間でも何日でもそれこそ一年中でも話していられるのだろう。


「私が面白いというよりは、ラテンアメリカ文学のに中で『百年の孤独』と双璧を成すといわれている作品はありますね」


「よし、聞こう!」


 なんですかそれといいながらフフと笑い声を上げる。

 わたしはそんな仕草がなんとも好きなのだ。


「ホセ・ドノソという人の書いた『夜のみだらな鳥』ですね」


「みだらってエッチな話しですの?」


「ですの……というよりは異常な性愛の話しがガツーンと効いているので、人によってはなかなか読み進められないかも知れませんね」


「そんなに」


「割と最近まで七十年代頃に出た集英社の世界の文学全集という文学全集と、こちらも集英社のラテンアメリカの文学全集という所に納められたものしかなくって、これが全集のキキメになっていてプレミアム価格が凄かったんですよね」


「キキメとは?」


「漫画でも文学全集でも、途中のある特定の巻だけが入手困難な事ってありますよね」


 うーんうーんと唸ってみて「あ、確かに古本屋とかでいつ見ても途中抜けているヤツあるね」とひねり出した。


「その通り、それがキキメの一冊なんですね、他の本に比べてプレミアム価格が突いちゃったり、そもそも見かけなかったりとなかなか入手に困るんです。ですが、これが近年水声社という所から「フィクションのエルドラード」というシリーズで復刊されたんですよね、これはと手飛びつきましたよ! まあ旧刊の方も両方ともコレクション的に所持していたのですが……」


「そんなに」


「何というか邪悪なお伽噺といった感じの話ですね。畸形を持った者達が、畸形が非道ければ非道いほど美しいとされる異常な街で、健常者をあざ笑い使役するという様な非常に倒錯した話しです。まあそれだけが主題という訳ではないですが、長い話しの中の結構な割合をそこに割いていますね。ラテンアメリカの暗い民話や呪いと宿命というような林立するいくつものテーマが複雑に絡み合っています。筒井康隆なんかもこの本を読んで『邪眼鳥』という中編を書いていたりします」


「そんなに」


「そんなに……です」


「そんなに面白いの?」


 面白いんですが……といってちょっと悩んでいる。


「面白いのは面白いのですが、読み切るのにかなりの体力が必要なのと、それだけではなく誤植や漢字の誤変換が多いので、読んでいて間違えなのか合っているのかちよっと怪しいところがあってそこが気になっちゃうのがネックですかね。まあ原著を読めと言われたらそれまでなんですが」


「へー、まあ誤植とかは別としても、そんなに読むの大変なんだ」


「大変なんです、単行本サイズで五八〇頁ほどありますね、字も少し小さめですし」


「それ読み切れる人類って何人いるんだろうか……」


「まあまずはここに一人いますよね」


 確かにといって二人して笑い合う。


「でも畸形の人がそんな出てくる話ってちょっと想像出来ないなあ」


「うーんそうですね、ただ話しの中には『百年の孤独』に近い構造はあるんです」


「伺いましょう」


「『百年の孤独』でもありましたが、近親姦を起こすことで、豚の尻尾が生えた子供が生まれるという恐怖心が描かれており、実際その予言は成就します。そして最後に砂嵐が吹き溢れマコンドは消えてなくなります。そして『夜のみだらな鳥』でも異常な婚姻関係などにより、凄まじい畸形をもった《ボーイ》という子供が生まれます。そしてボーイに尽くすムディートという男が壊滅したこの畸形の園が消え去り、ただ一人橋の下の燃えかすになった雑誌なんかの紙くずが燃え尽きると風に吹かれていつの間にか消え去るという終わり方をするのですが、ここらへんの無情さは『百年の孤独』と同じですね」


「なるほどなるほど、なんていうか凄い話しなんだねえ」


「そうです、凄い話しなんです。異常な世界観のイマジネーションが爆発しています。手術されていく度に体も内臓も切り取られていって最後は赤ん坊ぐらいの大きさになっているムディートなんて頭どうかしているとしか思えない発想ですね」


「そんなに」


「という訳で、私は『百年の孤独』が好きですね。そしてちょっと似た話だと『夜のみだらな鳥』というお話が最近になって読めるようになったのは行幸でしょう」


 で……詩織さんはどんな本が好きなのですか?

 と、わたしの懐に這い入るように体を寄せて上目遣いに栞が聞いてくる。


「そうだなあ……わたしが好きな話しというか印象に残っているのは梶井基次郎の『檸檬』かなあ……」


「あ、それって……」


「そうです、栞がわたしに話しかけてくれた作品です!」


「あの、その……」


 といって色素の薄い顔を紅潮させる。

 それを見て自分まで何か恥ずかしくなり、しどろもどろになりながら。


「あの、今後ともよろしくお願いいたします」


「はっはいっ!」


 そういって何か酸っぱい物を噛んだような酸味が口の中を走った。

ご感想や、こんな本でやって見ろというのがありましたらお声がけください。

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