060宮沢賢治『銀河鉄道の夜』
ザワケンa.k.a宮澤賢治です。
この人は本当に希有な才能を持った人でした。
老若男女関わらず幅広い人々に人気がありますね。
私はあまり宮澤賢治について詳しくないのですが、一番好きな作品は『フランドン農学校の豚』です。
よろしくお願いいたします。
宮澤賢治作品は全て青空文庫で読めますので気になった方はどうぞ是非読んでみてください。
あかいめだまのさそり
ひろげた鷲のつばさ
あおいめだまの子いぬ
ひかりのへびのとぐろ
栞はピアノを弾きながら歌っていた。
夏から秋へと移り変わる時に丁度いい歌だそうだ。
蠍座というのがそもそも夏の星座らしい。
「冬のオリオン座はすぐに分かりますよね?」
栞の質問に首肯する。
「うん、まあ分かる星座ってオリオン座と夏と冬の大三角、あとは北斗七星ぐらいかなあー」
栞はニッコリと笑う。
「蠍座は、女神ヘラの命により傲慢なオリオンを毒殺した蠍です。その功を認められて蠍は夏の夜空へと上げられます。一方オリオンも女神アルテミスから哀れみをかけられ、ゼウスの手によって星座になるのですが、蠍を今でも懼れていて冬の星座となりました」
あーはいはいと頷く。
「うん、確か授業でちょろっとだけ聞いた覚えがあるよ」
栞は、よろしい。
と先生が出来のいい生徒を褒めるときのように満足そうに首を縦にふるので、わたしはちょっと得意になり、えへへと笑う。
「さっきの歌は宮沢賢治の《星めぐりの歌》ですね。そしてこの歌の存在に触れているのがタイトルは聞いたことがあると思うのですが『銀河鉄道の夜』です」
へーといいながら『銀河鉄道の夜』の知識をひねり出そうとしたけれど、ネコが出てくるアニメのイメージしか出てこなかった。
「そうですね、NHKの作ったアニメのイメージがありますよね。ただ宮沢賢治の実弟の清六さんという方は、このネコ化には反対していたそうですね」
「あれっ!? 原作ってネコじゃないの?」
唇に指を当ててフフフと笑うと「そうですね。普通に人間が主人公です」という。
読んだことなかっただけにちょっとしたショックを受ける。
ショックを受けるといっても、正直見たことのない話ではあるので、何がどうショックだったのかといわれても、思い込みが違っただけなので、そらそうかとしかいえなかった。
「綺麗な話ですよ。ジョバンニとカムパネルラという名前ぐらいは……」
うんうんと頷く。
流石にそのくらいは知っている。
まあわたしのなかの『銀河鉄道の夜』の知識はそれが全てだったのだけれど。
「主人公のジョバンニは病気の母と二人だけで暮らしている少年で、カムパネルラは彼の友人です。一九二四年ごろから書き始められていて、宮沢賢治が亡くなる一九三三年まで絶えず書き換えられていたそうです。それは第四稿まであるそうなのですが、第三稿までは、話が全てブルカニロ博士という人の実験により、ジョバンニが見た夢という設定だったそうですが、最終稿ではブルカニロ博士の存在自体がなくなっています。最終稿といっても、生きていればまだまだ変更があったのではないかという気がしますね」
「へーどんな話なんですの。なんか機械の体をもらいに行くの?」
今度は苦笑いをする。
栞という少女は、普段は大人しくて口数が少ないけれど、本の話題になると饒舌になる。それ以外の時はそんなに喋る方ではないけれど、こうしてみてみると、笑い方にも色々と変化があるようで面白い。
「なにニヤニヤしているんです?」
なんか余計なことを考えていたら、ずっとニヤニヤとしていたようだ。これでは不審者というより他ないだろう。
おほんと、一つ咳払いをする。
「いやあ栞が可愛かったからつい……」
「まっ!」
といって、赤面する。
インドア派なためか色が実に白いので、赤面したときなどはすぐに赤くなる。
紅潮するのが本当に素早いし分かりやすい。
皮膚が薄いのだろうかなどと余計なことを考えてしまう。
「詩織さんのスケベ……」
「スケ……えっ! わたしスケベなん……?」
栞が一つスケベをすると、もとい咳払いをすると、今までの流れを強制的に修正しようと力業で、先ほどの『銀河鉄道の夜』の話に戻す。
「えーと、ジョバンニとカムパネルラが銀河鉄道に乗って、天上に昇っていく話です。そのままですね。途中で色々な人に出会います。大学士や鳥捕りなどなど。そしてケンタウルスの村を通りかかったときに、たった一つの神様について議論というかまあちょっとした小話が始まります」
だった一人の神様……どんな話なんですの?
「蠍の例え話がされます。かいつまんでいうと、蠍は生きているとき色んな生物を毒で殺して食べてしまいます。あるとき蠍がいたちに食べられそうになって逃げる際に井戸の中に落ちて溺れます。そのときに蠍は、自分は今まで毒で色々な相手を殺して食べてきたけれど、いたちにから逃げて水に落ちて死ぬのならば、いたちに食べられていればいたちは一日命を長らえるかも知れない。なのに自分は身勝手だというような思いに駆られ、《ほんとうのみんなのさいわい》のためになるようにしてくれと願うと、蠍の炎になって燃え出すのです。ここら辺のやりとりが話の最後に掛かってくるのですが、これは読んだ方が面白いと思いますよ。短いお話ですしね!」
「へーい、読みますよ、読みます!」
ああ、それから――といって栞が窓から空を仰ぐ。
満天の星空だ。
今日は栞の家にお泊まりで勉強をしていたのだけれど、なんだかいつの間にか宮沢賢治ワールドに取り込まれていた。
「宮沢賢治は熱烈な法華経の信徒でした。元々家は熱心な浄土真宗の家でしたが、あるとき法華経に触れ、以来、熱心な信徒になりました。作品のスケッチに使っていた手帳にも妙法蓮華経のお題目が書き付けられていたそうです」
「へーそうなんだ、じゃあこの神様の話もそういう仏教的なお話が絡んでくるわけ?」
「そうです、他者のために自分を犠牲にすることをいとわない。絶対的な他者への法師というのが法華経の教えだそうです。法華経の信者というのは熱心かつ苛烈な信徒が多いようですね、その利他的精神が反映されたのか最後はちょっとそれまでの幻想的で童話のような世界観から急に現実に引き戻される感覚が凄いですね。まあこれは是非読んでもらって体験して貰いたいと思います」
「えーそこまで言われると気になるなあー、でもそんなに凄いの?」
栞は今度はちょっと悪戯っぽく、ニヤッと笑うと「読んでからのお楽しみです」といった。
「それに『銀河鉄道の夜』は様々な映像作品、朗読劇、演劇、絵本などの書籍など様々なメディアに展開しています。一度通して読んでみると絶対にその世界に嵌まると思います。百年ほど前にこんな作品が書かれていたのかと思うとちょっと驚きですよね。だから是非……」
「読んでくださいでしょ、分かってるって、読みますよ、読みます!」
栞は満足げな表情で、本を持ってきてくれた。
「そうですね、今日は勉強はここまでにして、一緒に銀河の夜に思いを馳せてみましょうか。朗読劇なんかも動画サイトに上がっているので是非聴いてみましょうね」
そういって栞は優しく笑っていた。
わたしはこの笑顔を見るために彼女と一緒にいるのかも知れない。
そしてはじめてはじめて読んだ、詩以外の宮沢賢治作品はとてつもなく綺麗で儚い話で、私も一発で虜になってしまった。
銀河の歴史がまた一頁……。
今月はとりあえず毎週日曜に一本アップできれば名と思います。
気がついたときに更新されてて、暇つぶしになったという感じになれば幸いです。




