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059芥川龍之介『歯車』

週一ぐらいでは更新したいですね。

「芥川龍之介って自殺しちゃったんでしょ?」


「はい、なんですか唐突に」


 芥川龍之介の死後に発表されたとかいう作品を読んでいた時にふと思い出したのだ。

 青空文庫にあって短くて、傑作らしいという話を聞いて読んでいたのが「歯車」であったわけだ。

 なんだか色々と幻覚じみた事や、何か予兆めいた出来事が色々と出てきて、なんだか死にそうな事を主人公のAという作家がずっといっている。

 当然Aは芥川龍之介自身のことらしい。

 なんだか歩いている内に、色々と死について考えさせられるようなメタファー的なものが現れるのは、以前に一度読んだピンチョンの『競売ナンバー49の叫び』と、方向性は全然違うけれどちょっと似ているなと思った。


「閃輝暗点というそうです」


 栞が読んでいた本から目を上げていう。


「歯車が目の前に現れる症状は、偏頭痛の予兆の閃輝暗点という現象なのではといわれています。視覚障害が起こった後に視野の真ん中に太陽を見た時のようなキラキラとした点が残像のように現れるというのですが、これが歯車の塊に見える人もいるそうなんですよね」


「へー医学的ななんかそういう話があるんだ」


 そうらしいですね、といって栞が続ける。


「どうにも精神的に病んでいたようなのですよね。芥川の母親のフクも精神に異常を来していて、その関係で母方の芥川家に養子に出されて、新原から芥川姓を名乗るようになったそうです。遺伝ということがあるのかどうかは分かりませんが、まあそういう例がないという訳ではないですし、そういう血筋だったのかも知れません」


「うへー怖い」


「『歯車』は芥川龍之介が亡くなる三ヶ月前に書かれた作品で、死後発表されたのですが、この作品は佐藤春夫や堀辰雄、それに川端康成なども芥川龍之介の最高傑作だという評価をしていたりするのですね」


 確かになんといっていいのか分からないけれど、面白い作品だとは思った。思ったけれどもそんな重たい話だとは思わなかった。

 いや、今にも死にそうとかいわれたり、絞め殺して欲しいとかなんか不穏なことをいっていたけれども。


「作品の中でも睡眠薬を飲んでいる描写がありますが、斎藤茂吉から貰った睡眠薬を致死量飲んでしまったのが死因といわれていますね、青酸カリを服毒したなんて説もありますが、まあ毒を呷って亡くなったのは間違いないようですね」


「川端康成は毒ガスだったっけ?」


 栞がちょっと苦笑して「毒ガスじゃなくて普通のガス自殺ですよ、まあ人体にとって毒には違いないですけれどね」という。

 川端康成も芥川龍之介も折角成功していたのにもったいないとボンヤリ思ったいた。


「奥さんへの遺書が残っていて、それが有名な《ボンヤリとした不安》という言葉なのですね、川端康成もなんで自殺したのかよく分かっていませんが、芥川龍之介の死因も、精神的に追い詰められていた様子はあったようで、何度も自殺をほのめかす発言をしていたようなのですが、これまた理由はよく分かっていないようなのですよね」


「なにそれ、怖い」


「何でもかんでも動機付けが必要ということはないですが、確かに不思議だし不気味ですよね。そしてそんな心境で書かれたのが歯車なんですよね、よく分からない話になるのは当然かも知れないです」


「でも何か分からないけれど面白いとは思ったよ」


「そこが不思議なんですよね、確かに面白いんですよ。謎解きに似た面白さがあるというか、芥川を死に追いやった精神的圧力の話が分かるというか」


「なんか冒頭でいきなり、姉の旦那さんが火事起こしたあと列車に轢かれて死んだり、奥さんから死にそうだと思われたり、なんか不穏な出来事がずっと起きているよね」


「何というか妄執の物語なんですよね。芥川自身が完璧主義の短編作家だったので、この歯車も短い話ですが、そこにこれでもかと周りで起きた何かの象徴のような出来事が頭の中で繰り返されています。レエン・コオトだったりもぐらだったり、更に進行するとドッペルゲンガー疑惑まで現れます。それらがなんともいえず幻想的なのに、実際に会ったんだろうなと思える私小説のスタイルでお出しされるのです。ちょっとち異質というか異常な雰囲気がありますよね」


 自分が読んだのが何かとても恐ろしい作品なのではないかと思いちょっとドキドキとしてきた。

 これも妄想に囚われている証拠だったりするのかも知れない。


「この作品を読んだ者は歯車の呪いに掛かって次第に……」


「あ、そういうのはないです」


 栞がニコニコとしたまま思いっきり否定してくる。


「そういえば、桜桃忌ってご存じですか?」


「えーと、太宰治が死んだ日だっけか?」


 満足そうに栞が頷く。


「正解です!」


「よっしゃ!」


 そしてちょっと意地悪そうな笑みを浮かべて、今度はこう問いかけてくる。


「じゃあ芥川の亡くなった日は何でしょう?」


「は……歯車忌?」


 ニコニコしたまま首を横に振る。


「違います、作品のタイトルが使われているのは合っていますね!」


 んーといって考え込んでしまう。

 そんなに考え込むほどの事でも無いのだろうけれども、ここは一発当てて、栞にわたしという女が如何に読書通なのかを知らしめてやりたい。

 と、思う。


「えーと、ら……」


「羅生門ではないですね」


「うぐっ……」


 先を越されてダメ出しされてしまった。


「正解は……」


「正解は?」


「河童忌でした」


 栞の口から煎餅屋の名前が飛び出なかったことに一瞬安堵したけれど、河童なんて作品があったのは知らないかった。


「まあ他にも俳号からとった我鬼忌や、号からとった澄江堂忌なんていう呼び方もありますね。文学忌っていって名前が当てられている忌日というのは結構あるんですよ。栞さんでもすぐ分かりそうなのは治虫忌とかゲゲゲ忌とか……」


「あ、それはすぐ分かる! 手塚治虫と水木しげるだ!」


「正解です! まあ大抵が治虫忌みたいな名前の後に忌を付けただけなんですが、ちょっと知っていると通っぽくなりますよ!」


「あ、凄い。そういう豆知識いっぱい頂戴よ!」


 栞が苦笑いしつつ「中身が伴わない豆知識は意味が無いですよ」という。


「じゃあわたし達が死んだら、しおり忌かあー、後世の人が聞いたらどっちの命日か分からないねーアハハ」


 といって軽く笑うと、栞が神妙な面持ちで「詩織さんは私より後に死んではいけません。私が悲しくなるので……」という。


「それなら栞が先に死んだらわたしが困る……」


 と言い返すと。


「たとえ生まれた日は違えども……」


 などと言い出すので、お互い迂闊に死ねなくなってしまった。

 とりあえず、わたしは目の前に歯車が見えたら栞に伝えるといってお互いにその、いつ死ぬか?

 あるいは死ぬべきか死なないべきかというその問題について頭を悩ますことになった。

 お互い健康で長生きしたいものであるなあという結論に落ち着き、死ぬ日はいつにするかについては、いったんおいておくことになった。

何なんだろうこの話は……。

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