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057フランツ・カフカ『断食芸人』

好き好き大好き、みんな大好きフランツ・カフカです。

 吐く息が白い。

 今年は暖冬だそうだけれど、まあ寒いには寒いのである。

 図書室では相変わらず栞が黙々と本を読んでいて、わたしがふと思いついた時に何か喋ると、栞が反応してくれるというような状態が続いている。

 わたしが今読んでいるのはカフカの『断食芸人』である。

 短くてすぐ読めると言われたので読んでいる。

 そもそもなんで『断食芸人』を読んでいるのかというと、栞が好きな作家って誰?

 という問いかけからだった。


「そうですねぇ、いっぱい好きな作家はいますけれど、日本人の作家なら筒井康隆がパッと思い浮かびますね! 海外の作家ならボルヘスとガブリエル・ガルシア=マルケスが一頭地を抜いた感じですね。あ、そんな彼らに影響を与えた大作家がいます」


 顎に手を当てて、ほうほう、じゃあその影響を与えた人を読めば大体文学は分かったことになるかな?

 と、いってみたら、いつもはノータイムで撃墜されるのに、今日は珍しくちょっと考え込んでから。


「まあ完全に理解は無理ですが、確かにそのエッセンスというか、作風から香りを感じ取ることは出来ると思います」


 などと仰る。


「因みになんて作家なんですの?」


 栞はにこりと微笑み「詩織さんも読んだことありますよ!」というではないか。

 じゃあ自分はもう文学を大体理解していたのか……と呟くと、今度はノータイムで「いえ、そうはなりませんね」とあえなく一蹴された。


「ヒントは朝起きたら自分が何かに『変身』しちゃっていたという……」


「あっ! 分かった、分かりましたよ。なんとかカフカだ!」


「何とかじゃなくて、フランツ・カフカですよ! そんなに難しい名前でもないじゃないですか」


 そうそうねフランツ、フランツと繰り返してみた。

 あれ?

 もしかして割と頭悪そうに見える……?

 まあ気にしない方がいいか……。


「カフカってそんなに凄いの?」


「凄いですよ! 近代文学以降でカフカの影響一切受けていない人っていないんじゃないでしょうか? カフカの影響が薄かったとしても、カフカの影響を受けたガルシア=マルケスとかから影響を受けている人なんかも数えたら凄い膨大な作家に影響を与えていますね!」


「そんなに……」


「はい。カフカは長編が三本あるほかは基本的に短編しかないので、有名どころつまみ読みするだけでもずいぶん楽しめますよ!」


「短編ならすぐ読めてありがたい」


「じゃあ『断食芸人』でも読んでみましょうか」


「了解っス! 詠みましゅ」


 と、いうことで渡されたのが『断食芸人』であるが、お話の筋は簡単で、サーカスの興業で檻の中に入り、水以外は一切口にしないで四十日間断食する芸があるけれど、その当時はもう流行っていなくて、サーカスからは契約を更新しないといわれてしまい、芸人魂的にも誰も注目してくれないので、なんだかムキになってしまう。

 そのあと四十日を過ぎても何も食べずにいて、倒れていた所を見つかり、最後に「自分に合う食べ物はなかったと」といって死んでしまう。

 その後その檻には生き生きとしたヒョウが入ってきて人気者になる……とかいうよく分かるんだか分からないんだかも分からない、なんだか昼間に見た悪夢みたいなよく分からない話だった。


「なるほど、ふわふわした夢みたいな作品ですか。私も同意見ですね」


「おお、栞と同じ意見なら正しそうなのかな?」


「んふー、正しいとか正しくないとかは感想述べる上であまり意味が無いですが、そういった印象を受ける人は多いみたいですね。あの芸能人の伊集院光夜中に『断食芸人』音読して最後まで読み切った瞬間に、襖ががらりと開いて隣から奥さんが「なんだその落ちは!」っていったなんて話していたそうですね」


「そこまでとは……」


「私はその白昼夢のようなふわふわとした現実感のなさがとっても好きなんですよね、不条理であったり、例えばサルトルとかカミュみたいな実存主義だとか、ボルヘスによる紹介でラテンアメリカ文学ブームの火付けに一役買ったり……そのほかにも広範に影響を与えています。カフカ風なんて単語まであるぐらいですね」


「んーでもわたしは、ふわふわしててちょっと理解が出来なかったかな……なんだろうあの落ち、地に足がつかないようななんだか崖の上に放置されているみたいな不安さというか……うーん上手くいえない!」


 腕を組んでウンウンと唸りながらそこまでひねり出した後、栞に視線を戻すとなんだかとても嬉しそうにしている。


「え? どうしたの、なんかニコニコしちゃって……」


 そういうと、なんだかひどく照れくさそうに、モジモジとしだす。

 なんか可愛い……。


「えーと、私はそのモヤモヤとした所というか、足下が見えないような不安感が好きなのですけれど、詩織さんはそこがよく飲み込めないというか、そういったものがあまり好きではないような感じですが、私の感想に引っ張られない自分が感じ取ったままの感想を言ってくれたのが嬉しいのです」


「えーそうかな? わたしはなんかあまり理解出来ていない様な感じではあるけれども……でも栞に褒められたら凄い嬉しいかも」


 と、いってでへでへと笑う。

 なんか文学少女らしからぬ下品な笑い方だなこれ……。


「いえ、いいんですよそれで。まだ咀嚼途中で飲み込めていないんでしょうけれど、それでも自分の感じた意見が出るのはとても良いことです。私も詩織さんの意見や感想を聞いてみたら新しい発見があると思うのです、それは最高の読書体験になるとは思いませんか?」


 また、うーんと腕を組み考え込んでしまう。


「最高の読書体験かあ……確かになんか凄い良いかもしれない……」


「そうですそうです、読書体験の共有とはとても心地よい関係の構築なのです。単純にそれって快感だったり気持ちよかったりすると思いませんか!」


「んまっ! 快感を共有って……はしたない!」


 栞があたふたとする。


「いや、決してイヤラシい意味とかでは……」


「ごめんごめん、でもそうね。わたしも自分の意見ちゃんといえれば、他の読書家みたいな人から見ても違いの分かる女だなって思われてカッコいいかも知れない」


「んもー、すぐ他の人から見てなんて言い出しますけれど、そういうのはよくないですよ」


 へらへらと笑い、ごめんごめんと繰り返す。


「いや、でもこれで読書感想文とかやれといわれたらわたしもいいの書けそうな気がする!」


「そうですね、そういう感性は非常に重要だと思いますよ!」


 えへへ、褒められちったとニヤニヤしている。

 その姿を見て栞は。


「んー、そうですね。詩織さんにはカフカの良さを理解して貰うためにもっとカフカ読んで頂きたいですね! だから『断食芸人』だけではなくて、もっと『流刑地にて』とか長編三本とか、池内紀のカフカの評伝とか色々読んでもらって、私好みの女になって頂きたいなと思う次第です……」


 なんか最後に不穏な言葉が入っていたような気がする……。


「気のせいですよ……」


「はい、気のせいです……」


「それからカフカ自身の話になると話が止まらなくなってしまうの、また時間あるときにお話ししたいと思いますが、私の大好きな作家なので私の好きな人にはやっぱり読んで貰えたら嬉しいなっておもいますね!」


「んまっ! 私の好きな人って」


「あわわ、あわあわ、気にしないでください! 気にしたら負けです!」


 勝ち負けがなんなのか分からなかったけれど、栞がそこまでいってわたわたしているのを見ていたら、何だか急に体が熱くなってきた。

 これはストーブのせいだけではないはずであって、なんだかとても……なんだか上手く言葉に出来ないのであった。


明日も更新したいと思います。

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