056ニコライ・ゴーゴリ『鼻』
毎日更新するといいましたが、早速破ってしまいました。
レーモン・ルーセルで描こうとしたのですがちょっとまとめられませんでした……。
「文学少女にわたしはなる!」
わたしがそう宣言すると、それまで本に目を落としていた栞が、とんでもない人間を見たという目でわたしに視線を投げかけてくる。
「ふふっ、いつの時代も偉大な計画というのは、中々理解されないものだからね……」
「いや、その、はい、詩織さんならなれますよ」
わたしが目指す所の、完璧なる文学少女である東風栞が同意を示してくれる。
なんか若干歯切れが悪い気もするけれど、まあ気のせいだろう。
多分……。
「私には文学少女というのがどういうものなのか分かりませんが、もっと読書したいというのでしたら応援しますよ!」
「うーん……あまり本を読まなくても読書家になれるようなそういう裏技はな……」
「ありません」
と、言い切る前に即遮断されてしまった。
お辛い……。
「でも、文学少女だったか読書家を目指すといいますけれど、具体的な目標というか、どうなったらそこにたどり着くのかとか、そういう目標というか目安みたいなのはあるんですか?」
自分でいっておいてなんだけれど、栞が一番理想に近いので、あまりこういう目標みたいなものが定まっていなかった。
「文豪……文豪読む……」
呆れたのか、面白かったのか、その中間だったのか、ちょっと笑いながら「また漠然としていますね」といわれてしまった。
「文豪というと、パッと思い浮かぶのは……ドストエフスキー……いやまって、滅茶苦茶難しそうだからやめておく!」
んー、といってまたいつものように下唇に細くて白い指を当てて、考え込む。
「ドストエフスキーは確かに長い作品が多いですが、読んでみるとかなりエンタメしていて面白いのですが、そうですね、確かに今までロシア文学の話ってしてきたことなかったですね……」
「ロシア文学とか、ちょっと暗くて冷たくて難しくて長くて死にそうなイメージしかない……」
「どんなイメージですか! まあ確かにロシアというと恐ロシアみたいなイメージはありますが……」
「今なんて?」
栞はぷいとそっぽを向いて今の発言をなかったことにしようとしている。
まあ、ちょっと可愛いからいいか……。
「そうですね……ロシア文学で入りやすい作品というと、ゴーゴリはいかがですか? ニコライ・ゴーゴリ!」
「あっ! その人聞いたことがある!」
「ゴーゴリは面白いですよ、ロシア・フォルマリズムによる異化効果の先鞭をつけているとか、語りの文学であるとか……あ、難しいことはおいておきましょう。割と滅茶苦茶な人でしたよ。とりあえず短いので『鼻』辺りお勧めします」
「『鼻』って芥川龍之介みたいな話なの?」
「そうですね、滅茶苦茶な話というと、相通じるものがありますが、まあタイトルが同じだけですよね。下級官吏が髭を当てて貰ったときに床屋に鼻を落とされる。それが何故か官吏の姿をして街中を歩いている……というような話です」
全く意味が分からない……。
鼻が歩いているというのが、どうにも頭の中でビジュアル化出来ないでいる。
「まあ、そういうものだと思ってください。ゴーゴリはウクライナの生まれで、母親は非常に熱心なキリスト教徒でした。ゴーゴリの一種狂信的なまでの信仰心はここから来ているようですね。この信仰心が死因になるのですが、ちょっとおいておきましょう。彼はなんともチグハグな一生を送りました。彼は信仰心から、作家はよい人間にならなければならず、その作品によって人を良い方向へと教導しないといけない……というような考えを持っていました。ただ『鼻』を読んでみて分かるように、滅茶苦茶な内容を最後に投げっぱなしで終わらせてみたり、批判されたときに原稿を全て燃やしてしまったり。更にいうと下級官吏の悲哀みたいなものを描いている……とは本人は自覚していなかったようですが、それによって社会批判をしていると取られて、革命や市民運動の旗印に担ぎ上げられて、そのセイで政府に睨まれ国外逃亡をしたり……と、まあなんともチグハグな生涯を送りました」
「本当に滅茶苦茶だ……で、なんで死んじゃったの?」
「はい、最後はカルト教祖に文学を捨て去れといわれ、その通りにして断食を決行し、全ての治療を拒んだ上に瀉血されすぎて亡くなりました」
「えーと瀉血って昔の医者がやってた、悪い血を抜くとかいう奴だったっけ? 授業でやったような記憶がある」
「ですです、骨と皮みたいな状態で血を抜かれたら死んじゃいますよね。有名どころだとモーツァルトや、詩人のバイロン卿なんかも瀉血されて亡くなっていますね」
へーへーと感心していたが話題がまるっと逸れてしまっていることに気付いた。
「で、ゴーゴリは読みやすいんですの?」
んーそうですねぇと小首を傾げる。
「ゴーゴリは、語り方に特徴があるのです。彼の作品は語り口調が売りみたいな所もあって、例えば光文社から出ている短編集は落語調の語り口であるのが売りみたいな事が書いてあります。実際に落語の演目にした人もいたそうですね」
落語!
笑点ぐらいしか知らない……。
「あと、語り口調の上に名前もわりといい加減です。これはドストエフスキーも中々滅茶苦茶な名前付けるのですが、キャラの名前がそのまま《下司》さんとか《大便》さんとか、ある意味凄い分かりやすいんですよね」
本当に滅茶苦茶だった。
大便さんって何をしたらそんな非道い名前を……。
「まあもうちょっと分かりやすい言い方をすると、ドラえもんに出てくる骨皮スネ夫とかそういう感じですかね。難しそうなイメージの強いドストエフスキーの『罪と罰』もそんな感じだったりします」
へーへーと、なんか感心してしまった。
「ロシア文学といっても、もちろんイメージ通り難しくて重い話もありますけれど、それが全てではないということですね。とりあえず文学少女を目指すのでしたらロシア文学なんかにも挑戦してみるといいんじゃないでしょうか!」
「ふふ、分かったね、ゴーゴリはもう攻略したといっていいでしょう!」
「ちゃんと読んでから言ってください……」
栞のもっとも過ぎる突っ込みに、小さく消え入りそうな声で「はい」と答えた。
なんか調子のってすいません……。
「私には文学少女というのがなんなのかはよく分かっていないのですが、とりあえず乱読するより深く読むと良いんじゃないでしょうか? 私としては読書百遍書自ずと通ずというよりは色々な本を読みたいのですが、一冊の本や作家にスポットをあてて、じっくりと研究するのもありだと思いますよ!」
んーといって、栞の顔をいきなり両手でワシッと掴むと、ムニムニといじくり回してみた。
「ん……んっ!」
「いやあ、わたしとしてはさ、色んな本を読んで栞と一緒に色んな話出来ればなって思っているんだけど、もっ、やーっ!」
栞が反撃してわたしの顔をもにゅもにゅと揉んできた。
「こちらも! よろしく! よろしく! お願いにゃもす!」
二人して笑いながらお互いの顔をずっともみしだき合っていた。
明日はちゃんと更新したいと思います。
あくまで希望ですが……。




