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054レイ・ブラッドベリ『火星年代記』

SFは謙遜でも何でもなく、あまり詳しくないのですが(じゃあ何に詳しいのかといわれたら難しくはあるのですが……)ブラッドベリは本当に郷愁を誘ったり、時には怖い暗い話を書いたりするSF界の長老です。

九十一でこの世を去る直前まで創作にいそしんでおり、ダンスパーティーにいっても、タイプライターを叩く方が好き。

というところは見習いたいものであります。

「ブラッドベリと夏目漱石は原語で読まないとその良さが分からないなんていいますね」


「へーこの翻訳も良いと思うんだけどねー、いわれてみれば確かに詩みたいな感じする」


 栞から渡されたのはレイ・ブラッド『火星年代記』だった。

 栞はSFとか読まないのと聞いたらお出しされたのがこれだった。

 『旅のラゴス』とかSFというかファンタジーっぽいのは読んでいて面白かったけれど、なんとなくSFというと、スターウォーズみたいな奴ばかり想像してしまう。

 そういう訳でもないというのが栞の弁だった。

 ついでなのでSF作家でノーベル賞とか取った人いるの?

 という質問には、カズオ・イシグロが昔『わたしを離さないで』という作品を出したといっていた。カズオ・イシグロの名前はわたしだって知っている。

 でも『わたしを離さないで』を凄いプッシュしているというロボット工学の石黒教授とかいう有名らしい人については、全然知らなかったのでちょっと悔しかった。

 カズオ・イシグロは別にSF作家ではないけれど、SF的要素を持った作品を書いている人でノーベル賞を取った人というのは珍しいとかなんとか……。

 で、SF読って栞は読むのかいな?

 と、問うてみたら「それほど詳しくないけれど」と前置きをした上で、読んでいるというはなしだった。

 そして、簡単な奴がいい!

 といったら渡されたのが『火星年代記』だった。


「確かに面白いし、なんか詩的な風景があったけれどなんでこの本だったの?」


 ふふと、栞が笑う。


「それはですね、第一章のタイトルって何ですか?」


「えーと、ロケットの夏!」


「はい、ロケットの火が冬のオハイオに、パン釜を開いたような温かさを運んでくるというようなお話ですね。このロケットの夏という単語なんですが、ロケッティアの間ではとても象徴的な言葉なんですよね」


「ロケッティア? 何それ?」


 たとえば――。


「現実の人でいえば『Rocket Boys』なんかが有名ですが、ロケットに心を奪われた人たち、ロケット狂、くだけた言い方をすると《ロケットキチガイ》といった感じの人たちですね。ちなみに『Rocket Boys』はアメリカの炭鉱町で、その町から飛び出して大学に行きたいという高校生達が、科学発表でロケットを実際に作り、全米科学賞をとって大学の奨学金を得るというサクセスストーリーです。因みにこれ全部実話でリーダーはその後NASAで実物のロケット開発に携わります」


「ひょえー凄い!」


「さらに凄いのが、映画化もされたそのタイトルなのですが『October Sky』といってこれって『Rocket Boys』のアナグラム……つまり『Rocket Boys』のスペルの入れ替えで出来ているんですが、冒頭で主人公が十月の空を見上げていたら人類初の人工衛星であるスプートニクが飛んでいく様が見えて、それで宇宙に惹かれたというシーンを表しているんですね。因みに邦題は『遠い空の向こうに』でした。こちらのタイトルもコピーライター一流の仕事が光りますね!」


 いつになく栞が早口なのでちょっと圧倒されてしまう。


「で、そのロケッティア? の人たちと『火星年代記』がどう関係しているので?」


 あっといって、栞は口元に手をやり「ちょっと珍しく熱くなってしまいました、失敬失敬」といって続ける。


「『火星年代記』ではRocketが非常に印象的な象徴になっています。とくに第一章のロケットの夏」というタイトルに惹かれた作家はいっぱいいるんです。ロケッティアのロケッティアによるロケッティアの話である川端裕人の『夏のロケット』という作品ではタイトルはもちろんですが、自作ロケットに乗って宙へと参るロックシンガーの愛読書が『火星年代記』なんですね。この本を読んだ漫画家のあさりよしとおの作品がスケールを小さくしたかわりに、もっと実現可能なミニロケットを小学生が飛ばすという『なつのロケット』という作品を残しています。もう一つ『夏のロケット』というゲームも出ていますね!」


「へーゲームかあ、ロケット作るゲームなの? ちょっちとやってみたいかも」


 ふふふっと栞は意味深な含み笑いをして……。


「そうですね、そうですね」


 と繰り返していた。


「ロケット狂いという人たちは確かに存在していたのですよ。キバリチチ、ゴダート、フォン・ブラウン、それから糸川博士などなど……その様々な人たちのロケット開発の中で、例えばバズーカ砲だとかV2ミサイルだとかICBMだとかという兵器が生まれてたりして、数々の悲劇を生んだりもしましたが、全部みんな宇宙開発に、消そうとしても消しきれない熾火のような宇宙への憧憬があったからなんですね」


「語るねぇー」


 ちょっと意外なほど宇宙開発について語られて、面食らってしまった。


「あっ……すいません……長々と一人で」


「いや、栞が本について語るときそのぐらいいつも語りまくっているよ?」


 かぁーっと色素の薄い皮膚を真っ赤に紅潮させてモジモジとし出す。


「気持ち悪いですよね……すいません……」


「んー、いや可愛いと思う」


 ぽっぽと熱がこちらまで伝わってくる程に茹で蛸のように赤くなって「もう、意地悪なんですから!」とモジモジしているのでこちらもちょっとドキドキとしてくる。


「あっ、いや、ほら『火星年代記』の話してよ! なんでこの作品をわたしに勧めてくれたのかはなんとなく分かったからさ!」


 パタパタと手で顔を仰ぎながら、絞り出すように「そ、そうですね」といってこちらを向く。

「この話は、結局アメリカのノスタルジーの話なんですよ。文体が詩的な事もあるのですが、例えば長い話の後に、短いチャプターが挟まっているという構造になっていますよね。それでこの緑の朝という話をよむと、林檎の種を植えて回る人の話がありますが、これは『木を植えた男』の話であり、ジョン・チャップマンという実在したアメリカの西部開拓者、ジョニー・アップルシードの物語でもあるのです、そういったノスタルジーが積み重なって最後に『百万年ピクニック』という形で、地球から火星に人類の歴史は移り変わるという、人の世の黄昏と、明星を告げているというとんでもないスケールの作品なんですよね。詩的な文体と、味わったことのない未来のノスタルジーが同居する作品なのです……」


 立て板に水の如く語る栞に圧倒されてしまい「まっ」となんだか気の抜けた声を上げてしまったが、確かにそういわれてみると凄い話なのかも知れないと思った。


「でも栞がSFに詳しいと思わなかったー! 意外と面白いねSFってやつも」


「まあ私なんかは実際の所そこまで読んでいる訳でもないのですが、例えば早川の青背を最低千冊は読まないと駄目とか、SFの定義って何だとか、スタージョンの法則とかまあ面倒くさいことをいう人が多いですけれど、わたしは素直に読んでみて面白かったらそれでいいじゃないと思うんですけれどね、だから詩織さんもこれを機に挑戦してみると良いんじゃないかなって思うんですよね!」


 なんだかちょっと面倒くさいのかもと思っていたけれど実際所『火星年代記』は面白かったので、ちょっとやる気が出てきた。


「よーし、SFならそんなに読んでいないって言うし、栞より詳しくなっちゃおうかなあー」


「おお、その意気ですその意気!」


 といって拍手してくれた。

 後ろ頭に手をやってでへへーとかいいながら「じゃあ何から手を付けようかな、日本の作家とか堂なの?」と聞いてみたら。


「そうですね、軽くアップのために、とりあえず初期から中期にかけての筒井康隆を百冊ぐらいと、星新一の作品を百冊ぐらいと小松左京の有名どころから読むことを初めて見ましょうか!」


 と、何の悪気もない感じでいわれたのでわたしは「そんなに……」と叫んで崩れ落ちてしまった。


次の本どうしよう……、月内は毎日更新したいと考えているのですが、私の場合ラテンアメリカの諸作品に偏りまくるのでいけないですね。

日本の作家の短編から拾ってきましょうか、はてさて……。

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